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35 舞踏会1

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舞踏会前日、私は城に部屋をもらった。レヴァイン国王から専属メイドを何人かつけると言われたので、一人だけでいいからと丁寧に断った。


「指名してくださってありがとうございます!ローズ様のお世話ができるなんて天にも登る気分です!」

「あの……もう夜だし、その意気込みは明日にしない?」

「はうっ!失礼しました!お茶のおかわりいかがですか?」


全く知らない人より多少知ってる人の方がいいと思い、仔犬メイドさんをつけてもらえるようにお願いした。彼女にお願いして良かった。元気がよくて見ていて楽しい。自然と出た笑顔で話しかけると、仔犬メイドさんは目眩を起こしたように顔に手を当てた。かと思いきや素早くティーポットを片手に寄ってきた。今まで出会ったことのないタイプの人だ。


「わたしもおかわり欲しいわ」

「アベルさんはご自分でどうぞ。私はローズ様専属なので」

「わたしはローズのお友達よ。同等に扱ってよ」


翌日の舞踏会にはアベルさんも出席するらしく、彼も部屋を用意してもらって城に滞在していた。ダンスレッスンがきっかけですっかり仲良くなった私とアベルさんは時々外で会って食事をしたり私の家に招いたりしていた。今も私に充てがわれた部屋に遊びに来ている。
アベルさんと仔犬メイドさんのお陰で舞踏会への緊張感もなくいられる。


「明日ってアベルさんともダンス踊っていいのかしら?」

「いいわよ。わたしから誘ってあげるわ」

「本当?楽しみだわ」

「ローズ様の踊る姿を側で見れないなんて悲しいです……」


仔犬メイドさんの耳が垂れた気がした。


「あの、ドレスはあなたが着付けしてくれるんでしょう?お願いね」

「そうです!髪もメイクも私がやらせていただきます!腕によりをかけてドレスアップさせていただきます!」


よかった。耳が戻ったようだ。尻尾が全開で左右に揺れてるように見える。

元気が良すぎたせいか扱っていたティーポットを倒して中身がテーブルに広がり床にしたたり落ちた。


「大変!足にかかってない?大丈夫?」

「もっ申し訳ありません……!」

仔犬メイドさんが慌てて片付け始めたちょうどそのタイミングで、部屋の扉がノック音が聞こえた。仔犬メイドさんが向かおうとしたので手で制して止めた。


「私が出るわ。あなたは続けてて」

「ローズ様、すみません」

「『ローズ様』を『ローズさん』に変えてくれたら許すわ」


ふふ、と意地悪く笑うと仔犬メイドさんはまた耳が垂れてしまった。無理な注文だったのだろうか?様をつけられる身分ではなので呼ばれる度に気恥ずかしい。


特に約束はしていないが誰だろうと扉を開けると、そこにはレジナルドが立っていた。
私は思わず勢いよく閉めた。


「ローズ……?」


コンコンと小さくノックされ、私はほんの少しだけ扉を開けた。まともに顔が見れなくて扉のかげに隠れるように立った。


「こんな時間にすまない。話がしたい」

「もう会わないって言ったでしょう」


小さく出した声が震えてないか心配した。幸いアベル達からは距離があり、私とレジナルドの声は届いていないようだ。お互い扉を挟んで姿が見えない。だがさっき一瞬目に入ったレジナルドは深刻な表情だった。きっと今もそのままだろう。



「最後の求婚に来た」



最後という言葉に大きく心臓が脈打った。



「ローズ、俺と結婚してくれ」



何かを決心したような強さを含んだ声は、私の心に全部届いた。しかし私の答えは最初から決まっている。おそらくレジナルドもわかっているはずだ。
もう何年も、何年も同じ言葉を送られ、同じ言葉を返してきた。だが、それはこれで最後になる。



「……っ、ごめっ……なさいっ……」



最後なのにちゃんと言えなかった。


私が嗚咽を必死に堪えるのを、アベルさんと仔犬メイドさんは驚きながらも黙って見ていた。

暫くしてレジナルドは何も言わず立ち去った。
やけにその足音が耳に響いた。


私が床に座り込むとアベルさんが側に座り、頭を撫でてくれた。


「抱き締めて慰めた方がいい?」

「…………手を」


握ってくれと差し出すと、アベルさんは優しく手を繋いでくれた。


今まで自分のことばかりで、レジナルドの気持ちをきちんと考えてあげたことなどなかった。彼のために曖昧な態度をとらず、もっと早く真摯に断るべきだった。

私はレジナルドの何年もの時間を無駄に過ごさせてしまった。


***


翌朝、仔犬メイドさんが私の顔を難しそうな顔で覗き込んだ。


「えっと、そんなに酷い?」

「……舞踏会は夜ですし、それまでには目の腫れは引くと思います。もう少し冷やしましょう」

「ご、ごめんなさい」

「『ローズさん』を『ローズ様』に変えてもいいというなら許して差し上げます」

「手強いわね……」


目は濡れた布が充ててあるので口だけで笑った。



鏡の中にいつも通りの自分が確認できた頃、身支度が始まった。仔犬メイドさんは本領発揮と息を荒くしている。視界に入る範囲に物が多すぎる。ドレス着るのにこんな準備が必要なのかと尻込みした。


「ローズ様、今夜はどれをつけますか?」


仔犬メイドさんがいくつかの小さな瓶を目の前に並べた。女性が好みそうな美しい飾りが付いている物もある。それを見た途端私は青ざめ鼻と口を手で覆った。


「わ、私は必要ないわ……!せっかく用意してくれたけれど香水は凄く苦手なの……!」

「そうなんですか?え、でも大丈夫ですか?舞踏会に参加されるご婦人ってみなさんつけておられますよ。会場は色々な香りが混ざって充満するとおもいますけど、嗅ぐと具合悪くなったりします?」

「……するけれど、なんとか頑張るわ」


魔法で自分の周りにシールドを張ってなんとか乗り越えようと自分に言い聞かせた。
優しい花の香りに慣れているせいか、香水は身体に合わないようだった。


これでもかと時間をかけて準備され、終わる頃には私はすでにぐったりだった。舞踏会に喜んで参加する女性の気が知れない。まだ始まってもいないのに帰りたくなった。


「お、お綺麗です……!!自分で言うのもなんですが、最高の仕上がりです!!」

「あ、ありがとう。あなたもお疲れ様……」


仔犬メイドさんがウットリとした目で私の側から離れない。確かにドレスは素敵だ。肩や背中が大きく開いて、ちょっと露出しすぎではないかと思う。いつもしないメイクも手伝って自分が別人のように見える。髪は全てアップにして花が飾られている。あの長い髪を手際よく綺麗に纏めた仔犬メイドさんの腕は凄い。
髪をアップにしたためかゆらゆらと耳元で揺れる青い石のついた耳飾りがとても印象的だ。


「私って青色が合うの?」


鏡の中で確認したのに、もう一度直接見下ろしてみる。今夜のドレス。
薄い青色。晴れた日に外に出ると空気に溶けていきそうな淡く優しい青色。

以前レジナルドが用意してくれた服も濃さは違うが青色だった。


「そうですね。一番ローズ様らしい色に思えます。ドレスとても似合います。私が男だったらこのまま掻っ攫って自分のモノにしちゃうぐらい素敵です!」

「無理矢理?私の意思は?」

「本能には勝てません。二の次です。私が男だったら……ハッ!女性でもよければわたしが連れ去りますよ!?」

「どっちも遠慮しておくわ……」

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