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49 痕跡の疑念 (レジナルド目線)
ローズが薬草の本を読んでいたとしても、何らおかしい事はない。ローズは昔から本を好んで、特にみんなが避けるような難しい専門書を選んで手に取っていた。読んだ本の中で薬草に関しての本を気に入ってるとか、そういう話なら理解できる。
アベルと薬室長の証言が正しれば、ローズの部屋にあった薬草の本と、ライアンが薬室から借りていた本は同じ物という事になる。
ライアンはローズと顔見知りか?
いや、そんな話は聞いた事ないし、この前一緒にローズの家に行った時もそんな素振りはなかった。実はあの日、ライアンが馬に乗る姿を見て妙な引っかかりを覚えた。どこが、とははっきり言えないところがむず痒い思いだが、以前感じた既視感と同じだ。
疑問探そうと思えば今更ながらに思い浮かぶ。ローズの寝室の鍵をすんなり開けた事や、身元を明かさない部分。
翌日、その疑問を直接確かめる事にした。
執務を早めに終わらせ、まだライアンがいるだろう時間帯に薬室へ行った。ライアンだけでなく、他にも数人薬室長の弟子が残っていたので薬室長の個室を借りた。相変わらずごちゃごちゃと物の多い部屋は椅子が一つしかない。そこにライアンを座らせレジナルドは退路を断つように扉の前に立った。
「話って何ですか?この前の事なら誰にも言ってないですよ?」
膝を揃えて行儀よく座るのを見ると、それなりに育ちの良い青年だとわかる。
「別にそんな事は疑ってない。そういえば、昨夜はお産に立ち会ったそうだがどうだった?」
「無事に産まれたんですが、難産でとても時間がかかりました。神秘的な場面に感動したのと、いい勉強になりました」
そう言って優しく笑ったが、ライアンが家に帰る頃には朝日が昇っていたらしい。どうりで疲れた顔色をしているはずだ。きっと身体を休めずそのまま薬室に来たに違いない。手元に仙人の作った苦い液体があったら、すぐさま飲ませているだろう。
「ライアンは子供の頃、俺と会ってないか?」
「ないですよ。……なぜそんな事を?」
「以前にも言ったが、やはりどこかで会ってる気がするんだよな。城で一緒に遊んでた内の一人とかじゃないのか?思い出してみろ」
「違いますって!きっと誰かと勘違いされてるんですよ」
徐々にライアンに余裕がなくなっていくのがわかる。目線は逸らすし、指先が落ち着きなくあちこち物に触れる。こいつは嘘をつくのがきっと苦手なタイプだ。身元を隠しているのはどこかで繋がりがあるからじゃないのか?
「ローズには?会ったことあるか?」
ライアンは今までで一番の動揺を見せた。
そわそわしていた身体は怯えるように動きを止めた。
「……ありません」
「ライアン、こっち見ろ。俺の目を見て答えろ」
声のトーンを落としたせいで、ライアンにはまるで怒っているように聞こえただろう。背けて下を向いていた顔をゆっくりとこちらに向けると、今にも泣き出しそうな表情で顔を上げた。
「……ッ!!」
突然ライアンが息を飲んで立ち上がった。しかも真っ青になって目一杯後ずさり震えだした。視線の先がレジナルドの背後を捉えているが、振り返っても何もない。
「ライアン?」
レジナルドの呼びかけにも応じず扉を凝視したままだ。呼吸も苦しそうに荒くなってきた。レジナルドがライアンの頬を軽く叩いて刺激すると、糸が切れたように身体の力が抜け落ちその場に倒れ込んだ。
「おい、どうした!ライアン!!」
レジナルドはここが薬室で良かったと心底思った。すぐに診察室のベッドに運び、仙人に診てもらった。青白い生気のない顔はまるで別人のようにも見える。早く矛盾を紐解きたいからと、疲れの色が見えたライアンを追い詰めるようなやり方をするんじゃなかったと、レジナルドは強く反省した。
仙人はライアンが眠るベッドの横に椅子を二つ並べた。その一つに座ると心配そうにライアンを眺め、語りだした。
「ワシがレジナルド様に相談したかったのはこの事じゃ。こやつ、最近一人になりたくないからと、やたら薬室にとどまるようになったんじゃ」
「一人になりたくない?」
「立ち入って欲しくないようじゃったから詳しくは聞いておらんが、どうやら何かに怯えているように見えるんじゃよ」
「さっきも酷く怯えてたな。顔色が悪い時が多いのは知っていたが……。俺の部下だとか言っときながら、何も気づいてやれなかった」
「ライアンはずっと薬室にいたんじゃからワシが先に気づいて当然じゃ」
薬室長は、ガックリうなだれるレジナルドを庇うように言葉をかけた。しかしレジナルドは、身分の枠をこえて友人付き合いをしたいと思っていた相手の不調を見過ごしてしまったことに、自分の不甲斐なさを感じた。
***
「……ん」
「気がついたか?具合はどうだ?」
「……ん?」
「俺と話していて急に倒れたんだ。覚えてないか?起きたらこれを飲めと仙人が置いていったが、起きられるか?」
状況が把握できないらしく、ライアンは寝たまま辺りを見回した。暫くぼーっとしてから返事をした。
「後で飲みます。ご迷惑をかけたようで申し訳ありませんでした。レジナルド様はもうお部屋に戻ってください」
「おまえは?」
「今夜はここに泊まります。このベッド見た目より寝心地いいんですよ」
「じゃあ俺もここに泊まる」
「何言ってるんですか…。こんな固いベッドで寝るなんてダメですよ」
「さっき寝心地いいって言ってなかったか?」
「レジナルド様のベッドに比べたら固いんです。とにかく帰ってください」
ライアンは気まずそうにそう言うと、寝返りを打ち背中を見せた。やましい事でもあると言っているようなものだが、今はこれ以上追求しない。そんな事は二の次だ。レジナルドは純粋にライアンを心配していた。
「俺が戻るならライアンも一緒だ。俺の部屋に泊まればいい。どっちか選べ」
「……え?」
むくりと起き上がったライアンは茶色の瞳を丸くした。何を言い出したこの人は、と言いたげに眉が寄った。
「俺が一人で戻ると今夜は薬室にライアン一人だぞ?仙人は友人と酒を飲むと言って出て行った」
「……すみません。泊めてください」
ライアンは手の平を返したように素直に頭を下げた。よっぽど一人になりたくなかったらしい。ここ数日はほぼ薬室で寝泊まりしていたと聞き、レジナルドはさすがに文句をつけた。
「何で俺の所に来なかったんだ。そんなに俺は頼りないか」
「だって、薬室はベッドがたくさんあるし、薬室長も常に部屋のどこかにいるし、泊まっていいと言ってくれたので」
「とりあえずライアンは寝ろ。俺は湯に浸かってからこっちの部屋で寝る。何かあったら起こせ」
レジナルドはまだ躊躇いが残るライアンを寝室に押し込むと、バタンと扉を閉めた。が、すぐにまだ開いた。
「ちょっと待ってください!僕がそっちのソファーで寝ます!レジナルド様はちゃんとベッドを使ってください!」
浴室に向かうレジナルドに纏わり付くように、ライアンがキャンキャン吠えた。レジナルドはライアンの首根っこを掴むとそのままズルズル寝室まで引きずっていき、ベッドに座らせた。
「いいか、薬師の仕事がしたいなら早くその顔色を治せ。病人みたいな奴に診てもらっても患者は安心できないぞ」
「……はい。すみません」
シュンと小さくなったライアンはコソコソとベッドに潜り込んだ。それを見届けたレジナルドが寝室を出ようとすると後ろから小さく声が聞こえた。
「あの……レジナルド様。ひとつだけ」
「何だ?」
「……僕を…暴かないでください。ここにいられなくなる」
頭から上掛けをかぶって顔は見えないが、泣きそうな表情のライアンが目に浮かんだ。
「……わかった。その代わり、苦しい時は俺を頼れ」
「……はい」
いまいち信用ならない返事だったがレジナルドは寝室を後にした。
レジナルドが小石に躓いて膝をついた時、助け起こして砂を払ってくれたのはライアンだった。今度は逆にライアンの力になりたいと思うのは当然だった。
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