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その33
しおりを挟む足が止まったアネットに、エティの方から近づいた。前はアネットよりも低かった背が、今はエティの目線の方が僅かに高い。
あと、何回これを言うのだろうと考えながら、アネットにしどろもどろで「成長した」と話した。
「そんな事ってあるの?聞いた事ないわ……」
6日間で一気に別人のように大人っぽくなったエティに、アネットは複雑な心境で立ち尽くした。
「でも実際こちらはエティ殿ですし、なにか問題でも?」
一番意外な人がフォローに回った。
ハンクは何でもいいのでアネットと会話がしたいように見える。色々気づいてしまうと、人の恋路は見ていて楽しい。エティはにやけそうになった顔を慌てて引き締めた。
「問題、あるといえばあります。こんなに綺麗になったら男が寄ってきます。特にご主人様!エティの事を気に入っているのは知っています。どうしてエティと一緒にいるんですか?」
怒り出したアネットにいきなり核心を突かれて、エティは焦りが顔に出てしまった。それを見ていたクリフォードとハンクは、一番隠したがっていた奴が一番最初に白状するようでどうするんだ、と呆れ顔になった。
「ア、アネット。とりあえず中で待ってて?私はシロを馬小屋に連れて行くから」
「エティ、目が泳ぎ過ぎよ。休みの間、ご主人様と一緒にいたのね?」
「…………。」
よりによってバレたくない人にバレた……。
エティはこれ以上ボロを出さないように口を閉じるしかなかった。
なかなか正直に頷かないエティを置いて、アネットはクリフォードの前に立った。アネットから怒られるなど身に覚えのないクリフォードは怪訝な表情で身構えた。
「この際に言っておきます。エティに手を出すのをやめていただけますか?」
そのセリフはもう手遅れだ……。
アネット以外はそう思ったが、直後のアネットの言動は誰一人予想していないものだった。
「エティは私のものです!」
アネットはエティの顔を両手で挟むと、ぶちゅっと自分の唇を押し込むように重ねた。
目が点になるとはらこういう事を言うのか……。
文字通りエティが目が点になって固まっているのを見て、クリフォードとハンクも動けないでいた。もしかしたら自分達もエティと同じように目が点になっているかもしれないと頭の片隅で思った。
アネットはぷはっ、と唇を離した。
品のあるアネットからは想像もつかない行動と、初心者感たっぷりのキスに、一同はどこから突っ込んでいいのか迷った。
「……アネット、気のせいかな。今、アネットにキスされたような……」
「したわよ。激しいのを」
いや、むしろ子供っぽかったけど……。
本当の激しさはさっき味わったばかりだ。エティは思い出して頬を染めたが、そんな場合ではないと頭を振った。
「私の事を……?」
「ずっと前から好きよ」
直前までの強い口調から一転、恋い焦がれるような乙女のように切ない表情で想いは告げられた。
エティは色々な意味でショックを受けて何も言えなかった。
アネットの気持ちに全く気づかなかった。女性が女性に対して恋心を持つという事があるともいうのも、たった今知った。
それまで黙って見ていたクリフォードは、意外に冷静に口を開いた。エティはもう自分のものだと確信と自信があるからこそだろう。
「アネット嬢、悪いが俺は諦めるつもりはない」
もう手をつけたと言われると思っていたエティは、驚いてクリフォードを見た。こんな時でさえエティの立場を気にして、クリフォードは発言に気を配ってくれた。見直したというより、信頼がより一層深まった。
エティはクリフォードの横で呆然と立っているハンクに気づき、目も当てられない思いだった。
徐々に辺りは暗くなり、屋敷の中に明かりが灯った。クリフォードはアネットからの攻撃的な視線を、痛くもかゆくもないという態度で受けていたが「らもう中に入ろう」と皆んなを促した。
エティはクリフォードからレオを預かると、シロも連れて馬小屋へ向かった。クリフォードは未だ呆然としたままのハンクと共に、先に屋敷に入って行った。アネットはエティの後ろを黙ってついて来た。
「アネット、この子はシロよ。向こうから連れて来たの」
いつも通り笑顔で話すエティにアネットは嫉妬心を露わに抱きついてきた。
「エティ、絶対に私を選べとは言わないけれど、ご主人様だけはやめて。あの人がどれだけ女性に節操がないか知ってるでしょう?」
「アネット……。私を心配してくれてるの?」
秘密にしている事が多すぎて、エティは胸を痛めた。できればアネットとは仲良しのままでいたい。エティはアネットを抱き締め返した。
自分が成長したせいか、アネットがとてもか弱い女性に感じた。今まで母のように、姉のように大きな存在だった人が、今はこんなに弱々しく見える。
「アネットの気持ちを聞いてしまったけど、今後は今まで通り接してもいいの?」
「もちろんよ。さっきは暴走しすぎたと反省しているわ。ゆっくりエティに合わせて攻めていくわ」
ああ、今夜は気持ちが高ぶって眠れないか、逆に頭を使いすぎて気絶するように眠るかどっちかだわ……。
精神的に疲れ切ったエティは結局、泥のように眠った。
***
「ハンクはアネット嬢の気持ちを知っていたか?」
「……いえ」
「どうしたんだ?確かに衝撃的な絵面だったが、同性同士の恋愛の話など今までにも聞いた事があるだろう?そんなに珍しくないぞ」
「そう……ですね」
憎まれ口がないハンクは気味が悪い。そんな酷い事を考えながらクリフォードは自室に戻った。ハンクを外して一人になったクリフォードは、久しぶりに自分の広いベッドに身を投げて転がった。
瞼を閉じてもエティの事ばかりだった。
エティが戻って来ないのでは、という不安から急遽エティについて行った旅だったが、思わぬ展開になった。それはエティにとっても同じだろう。
クリフォードは大きなため息を吐いた。あんなに一緒にいたのに今は隣にいない。エティの気持ちもしっかりと自分の耳で聞いて、身体の隅々まで届いている。
こんなに寂しさが募るとは思いもよらなかった。
広いベッドだと余計にその気持ちが強調された。
翌朝、もしかしてエティに会えるかもと期待を込めて、クリフォードは馬小屋へ行った。残念な事に一足遅かったようで、馬の世話は終わった後だった。
「よう、レオ。長い距離疲れただろ?暫くはゆっくり休めよ」
クリフォードはエティがよく撫でている場所を思い出し、そこを撫でてやった。レオは気持ち良さそうに尻尾をパタパタさせた。
「シロも疲れたか?よく頑張ったな。ん?どうした?お前達、そんなに俺に訴えてもエティじゃないからわからないぞ。餌が足りなかったか?」
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