sideBの憂鬱

るー

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 別に、愁とアレコレするのが嫌な訳じゃない。

 アレコレというのは……愁からの息継ぎもままならないキスだったり、女みたいに胸を舐められたり、互いの高ぶった部分を擦り合わせたりする、性的な事だ。


 最初に愁からキスされた時は、相手が男だったせいでショックは受けたが、後で考えたら不思議と嫌ではなかった。嫌と思うよりも気持ち良かったという印象しか残っていない。


 愁に触れられるのは気持ちいい。


 その自覚がシャンプーやキスを通して最初からあったと思ったから、愁に付き合ってくれと言われてもたぶん大丈夫だと判断した。付き合うとそれまで以上に触られるだろうという事も頭をよぎって、だからそれなりに覚悟はして愁の腕に収まったつもりだった。


 しかし、その覚悟はおぼろげなものだったと気付かされた。


 キスからの流れで一緒にヌいたのは凛斗も合意でコトに及んだし、あまりにも気持ちよくて後半は自らねだったくらいだった。しかし、その先は凛斗が想像した感覚と違うものが待っていた。


 ***


「凛斗、おーい凛斗? またボーッとしてるだろ」

「へっ? あ、……ごめん」


 顔の前で手をフリフリと振られ凛斗はハッと目を見開いた。正面には賢治が不満そうに凛斗の顔を覗き込んでいる。


 愁の家から逃げ出してから2日後、凛斗は約束していた賢治の課題を手伝っていた。自分の部屋だからか、つい気が緩んで意識がよそへ向いていたらしい。賢治から本日何度目かの指摘を受けた凛斗は、バツが悪そうに前髪をクシャとかき上げ、はぁ、と大きく息を逃した。そんな凛斗をジッと見ていた賢治は、まだ半分も終わっていない課題のノートをパタンと静かに閉じた。そして曇ったままの表情の凛斗に諭すように言った。


「今日はもうやめよう。後は自分で何とかするよ。凛斗、この前から様子が変だったけど、昨日からは特にヒドイな。一体どうした?どっか身体悪いのか?」

「え、そんなに変だった?どこも悪くしてないよ」

「ああ、変だった。気もそぞろなのはさっきから頻繁に鳴ってる携帯のせいか?」


 賢治は凛斗の背後に視線を送った。そこには雑に置かれた凛斗のリュックが置いてある。リュックの中の携帯はマナーモードにしてあるが、着信があるたびに僅かな振動が床を通して伝わってくる。


 執拗な着信の相手が誰で、どんな用件かは想像がついていたせいもあり、凛斗は携帯をわざと手に取らなかった。画面に表示されているであろう名前を見たくなくて携帯を触りたくないからだ。


(昨日より多い……。こんなにかかってくるなら朝から電源を落としておけばよかった……)


「でないのかよ。急用とかじゃないのか?」

「いいよ。気にしないで。それよりやっぱり続き……」

「あのさぁ、凛斗」


 やっぱり課題やっちゃおう、と言おうとした凛斗を賢治は大きなため息とともに遮った。
 重い空気で何やら言いにくそうに口ごもる賢治に、凛斗は何だろうと首を傾げた。


「やっぱ借金かなんかしてんだろ?電話は返済の催促とかじゃないのか?」


 朝から心ここに在らずの凛斗を心配したらしく、賢治は親身になろうと話を切り出した。しかし賢治の言う事は的はずれな内容で凛斗は一瞬キョトンとしてしまった。


「え?……あ、いや、そんなんじゃねぇよ。大丈夫」

「大丈夫そうに見えないから聞いてんだけど。なんだよ、俺じゃあ相談相手にもならない?」


 不満そうな低い声で責めるように言われ、凛斗は肩をすくめながら慌てて言い返した。


「そ、そんな事ない!言える事なら真っ先に賢治に相談してるって!ただ今回のはちょっと特殊っていうか、賢治には管轄外っていうか……」

「はぁ?そんなの聞いてみないと管轄外かどうかわかんないだろ。言ってみろ」


 心底心配してくれる賢治には悪いが、先日発生した悩みをそのまま打ち明ける勇気は出なかった。かといって、賢治の気持ちを無下にしたくない。凛斗がグズグズと言い淀んでいると、賢治は早く言えと催促するように指先で机をトントンしだした。凛斗は少し考えた後、しどろもどろで口を開いた。


「じゃあ聞くけど、あのさ……賢治って高い所苦手だろ? 例えばだけど、スカイツリーの展望台から下を見下ろさなきゃいけなくなったとしたら、賢治どうする?」

「うわぁ……絶対やだね!想像しただけで死にそう」


 賢治は今にも吐きそうな様子で口を手で覆った。しかしすぐにハッとすると、凛斗に詰め寄った。


「いや、ちょっと待て。なんで俺の高所恐怖症の話になってるんだ? 凛斗の悩みはどこいった?」

「あ、えっと、俺が賢治だとしたらスカイツリーに登らなきゃいけない状況になってるんだけど、どうしようかなって……」

「それってつまり、苦手な事を克服しなきゃいけないって事か?」

「まぁ、そんな感じ」

「てっぺんまで登らなきゃダメなの?」

「できれば……」


 凛斗がすがるような目で言うと、賢治は腕を組んでウーンと考え出した。凛斗の悩みを賢治の苦手な事にすり替えて話をしたためか、賢治はブツブツ言いながら親身に考えてくれた。


「そうだなぁ、ちょっとずつ高さに慣らしていくしかないんじゃないか?……俺だったら最初からトライしないけどな」

「ちょっとずつ、慣らす? 時間をかけて登ればいいって事か?」

「そういう事になるな。他に思いつかないや。景色を見なくていいなら目を瞑って登るって手もあるけど、それだと克服にはならないもんな」


 一発で潔く克服できる方法があれば一番いいのだが、そんな簡単だったらそもそも苦手になっていないだろう。


「こんなんで役に立つのか?」

「ああ、サンキュー」

「結局、何を悩んでるのか教えてくれないんだ?」

「それは……ごめん」


 男とのセックスだなんて言えない。賢治はノーマルだろうし相談を持ちかけたところで引かれて終わりだ。賢治とは親しくなってからそれなりにくだけた話もしてきたが、性事情に関してはあまり深く話した事がない。


「なに顔赤らめてんの? あー……何となくわかったわ。こっちのコトか」

「うわっ! どこ触ってんだよ!」


 賢治は凛斗の近くまで来ると、肩を叩くのと同じ感覚で凛斗の股間にポンと手で触れた。凛斗はギョッとして後ずさり賢治から離れた。

 服の上から触る事は思春期に友達とふざけてやっていたのでさほど驚く事でもないが、悩みのタネを探り当てられてしまい思いっきり動揺してしまった。ほんのり赤かったくらいの顔はリンゴのように耳まで真っ赤になった。これではその通りだと答えたようなものだ。


「お、当たりか?別に隠さなくてもいいのに。苦手な事を克服するのとどう関係してんだ?まさかなんかの病気?」

「や…ち、違う…けど」

「病気とかじゃないんだな?」

「ああ……」


 このままだと誘導尋問されて隠している事を知られてしまうかもしれない。凛斗は視線を彷徨わせながら何とか切り抜けられないかと考えた。しかし焦っている時にはいい案など浮かんでこないものだ。凛斗がオタオタしている様子を見ながら賢治はアレ?と首を捻った。


「じゃあ、あのしつこい電話は何だ? 相手《おんな》か?」

「も、もういいから! 終わり! この話終わり!」

「凛斗ってわかりやす……。彼女ができたのか?まさか童貞だから悩んでるとかじゃないよな?」

「ばっ……! 違う!!」

「ぷっ、真っ赤になって可愛いな」

「!!  からかうなら帰る!」

「怒るなよ。変な言い方して悪かったってば」


 何だか話がどんどん変な方向になってきて凛斗は収集がつかなくなった。賢治がからかってなどないのは凛斗にもわかっていたが、わかりやすい反応だと言われてしまい恥ずかしくて居たたまれなくなってしまった。本気で帰ろうとした凛斗を賢治はなんとか宥めると小さく苦笑いした。


「凛斗ってさ、頭がいいせいか他の人より落ち着いてるし何でもできそうで、いつも余裕そうに見えるからそんな風に悩んでんのが不思議」

「え、俺そんな風に見えるの?」

「ああ」

「ええー……。全然違うよ。背も低いし顔もこんな女みたいでコンプレックスだらけだよ」


 賢治からそんな風に見られているなんて驚いた。落ち着いて見えるのは、めんどくさがり屋な性格のせいで無駄な動きをしてないからじゃないだろか。

 見た目のコンプレックスが強くて、せめて他の部分では自信をつけたいと思って勉強は努力してきた。その甲斐あって学力は人から羨ましがられる程にはなったが、コンプレックスは少しも減っていない。


「凛斗が見た目を気にしてたのは知ってたけど、贅沢な悩みだと思うぞ。背が低いって言っても160はあるだろ?それより低い背の女の子なんていっぱいいるぜ。顔だって芸能人みたいに整ってていいじゃねぇかよ。その顔がコンプレックスとか嫌味にしか聞こえないぜ」

「賢治は他人事だからそんな事言えるんだよ」


 160あるといってもギリギリだ。隣に並ぶ子が高いヒールだったりしたらきっと負けてしまう。賢治はそんな事も気にならないほど背が高いからきっと俺の気持ちなんてわからない。

 ムスッとふてくされたように抗議すると賢治はプッと吹き出した。


「そうだよ、他人事だ。凛斗のコンプレックスも俺のコンプレックスも、きっと他の人から見たらたいした事ない些細な事だよ。だからそんな気にすんな」


 その時は上手いこと言って宥められたと思ったが、後で考えてみると案外そうなのかもしれないと気づいた。賢治は目つきの悪さを気にしているが、凛斗からしたら然程でもない。黙っている時は怒っているのかと思うほど怖い顔でも、笑えば普通に柔らかい表情になるし話せばいい奴だとわかる。

 賢治のコンプレックスを凛斗が気にしていないのと同じで、凛斗のコンプレックスは他の人には目に入っていないかもしれない。


 そんな風に考えたら、本題とは関係なかったが自分が抱えていた悩みが少し軽くなった気がした。
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