瞳の石と魔女の物語

結城鹿島

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3章 傷の瞳のシーレ

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魔女の語りは長く、陰鬱なものだった。
瞳に映すものを全て燃やすという、呪いを受けて産まれた女、ウルリカの話。
その女に惹かれ、だが女の呪いを跳ね返す鏡の瞳を持った男、イジュアの話。

「いい話だろう、望みの物を最後に見て死ねるなんて」
「なぜそんな呪いを受けることになったんだ、その女は」
「さて、その話は別の話さ。女はみな苦労する定め」

魔女の物言いはいちいち不愉快だった。

「人の心の内を見通せる男が自分に殺意を抱く女を愛したってことは、破滅願望を抱えていたってことなんだろうねえ。なのに、稀代の名宰相様だよ。愉快じゃないかね」

「……。どこの国の誰だ」

「無粋なことを聞きなさんな」
魔女は、背にした棚の引出から二つの小箱を取り出した。銀糸でぐるぐる巻きにされた炎の色の瞳大の石と、鏡のように鈍く光る銀色の瞳大の石がそれぞれ箱の中に納められている。
「本当に本物なのか?」
元は人の瞳だったとは思えない。

「ほら気に入っただろう? お前のひと睨みでみんな死ぬなんて、気分がいいじゃないか?それとも鏡の瞳でもいい。相手の考えがよく分かるようになるよ。両目を差し出すなら一つずつだって入れてあげようじゃないか」

「それはお断りだ」
そんなこと、想像しただけで胸糞悪い。
「仮にその石を受け取るとして、代償はなんだ?」
魔女は強欲な商人だ。けして奇跡をまけてくれない。天秤のつり合いを譲らない。望みの物を手に入れた瞬間に死んだ者の話も伝わっている。
大きな望みに対してはこちらが天秤に載せるものも大きくなる。それが、魔女との取引だ。

「代償はその瞳でいいよ。交換ってことさ。お前の瞳はどんな石になるだろうねえ」

身体に傷が付くのは極力避けたいところだが、命に比べれば軽い。

「どちらを選ぶ? 炎の瞳かね? 殺される前に殺すんだろう?」

シーレは岩のように黙った。目の前に差し出された二組の石に目を凝らす。鏡の瞳が揺らめく蝋燭の炎を映している。
「……さっき、『あんた達は気に入るだろう』と言ったな? 確かにもう一人、あとで来るだろう。そいつにもこの二つを進めるつもりなんだな? そいつが何を選ぶかを見てからでいい」
「おやいいのかい? 本当に?」

魔女がにたにた笑う。
「ああ、後でいい」
というか、もしも、エミレの選ぶのが鏡の瞳ならば、シーレはどちらも選ぶ必要がない。
ここにはエミレを探しにきたのだ。異能の力を欲して来たわけではない。もっと便利な力ならともかく。

魔女はシーレの考えを読んで、それを馬鹿にしたようにケラケラと笑った。
「やっぱりお前より、あの子の方がアタシの客により相応しい。どうしても欲しいものがあるからね」

「なんだそれは――」


魔女を問いつめようと立ち上がったシーレだったが、小屋の外に人の気配を感じて諦めた。急いで奥の暗がりに身を隠す。ふと思いついて、椅子の上に交換したエミレの星飾りを置いてみる。
隣の部屋かと思った暗がりは、延々と続く棚の列だった。全ての引出しの数は数えきれそうにない。この全てに瞳の石が納められているのでは、と思うと眩暈がする。
棚の陰から魔女を見れば、にやにや笑っている。テーブルの上には二組の石が納められた箱は無かった。
ドアが叩かれ、開かれる。
やはりエミレだ。外套が濡れている。クルーガの森でもこの森でも随分と迷ったのかもしれない。王宮で見かける時と違い、改まった格好ではない。昔の面影を感じた。エミレが椅子に置いた星飾りに気づいたのかは分からなかった。
魔女は先ほどシーレに話した時より、微にいり細にいり瞳にまつわる物語をエミレに語って聞かせた。シーレには語らなかった、鏡の瞳の持ち主の弟の話まで。
ウルリカが銀湖琴ぎんこきんの弾き手だと聞いて、シーレの不快感が増した。

                 ◇

「それで、結局その男は別の誰かに殺されたの?」
魔女の語りをエミレが遮る。
「いいや、天寿を全うしたよ」
「そう……」
気のない相槌だ。
「元々『男たち』はイジュアを殺すことが目的じゃなかったからね。眼のせいで本人が王位につくことはあり得ないし。狙いは弟の方だったのさ」
「兄の代わりに弟が殺されたの?」
エミレは魔女に物怖じすることなく、質問を重ねていく。
「そうじゃない。『イジュアがいるのならば弟の若さも問題ない』と、支えになっていた兄の方を殺すことで、弟の株も下げようとしたんだよ。兄が毒を盛られて以来、弟には容易に近づけないようになっていたからね。兄が呪いを受けて死んだら、弟も王位に相応しくない血筋だと難癖をつけようとしたのさ」
「……なんて下らない」
心底馬鹿馬鹿しくてしかたないというように、エミレが呟いた。
どこの国のことか知れないが、王位にまつわる話だ。神経に触る話なのはシーレもエミレも同じだろう。だが、一体誰に自分を重ねているのか――。それが問題だ。
エミレがどちらを選ぶのか、自分の中に祈るような気持ちがあることに気づいて、シーレは自分自身に驚いた。息を飲む。ギレスを殺させたというのに、それでもまだ、殺したくない思いがあるというのか。

(鏡の瞳を選べ、そうしたら――)

「貴族なんてそんなものさ。いつだって」
魔女が棚から小箱を改めて取り出し、エミレの前に置く。箱を開け、一対つずつ中の石を取り出した。
「男の目も石にしたの……?」
「代償は望みと引き換え、それが決まりさ。これは鏡の瞳、呪いを跳ね返すだけでなく、人の中身を暴くことができる。石にするとね、どんな人間の瞳もみな力を持つ」
「両方ともここにあるのはなんで?」
「まったく問いの多い子だこと。どっちもちゃんと死ぬのを待って回収したんだ。褒めてもらいたいもんさね」
エミレはじっと二対の石を見ている。

「さあ、お前はどちらの瞳を選ぶね?」

炎の瞳は見るもの全てを燃やし、鏡の瞳は人の中身を暴き、呪いを跳ね返す。

「炎の瞳を」
エミレは澄んだ声で答えた。

「それでは対価にお前の目を貰うよ」

魔女がエミレの左目に手を伸ばし、躊躇なく青色の瞳を抉り出す。
美しい青い瞳は血にまみれ、魔女の手の中に納まった。そして引き換えに魔女は炎の瞳を開いた穴に捻じ込んだ。
その間、エミレはうめき声一つあげることはなかった。
そしてエミレは魔女の家を出て行った。


「さて、あんたはどうするね?」
エミレが去っていくのを見送ったシーレに、魔女が尋ねてきた。

「答える前に質問がある。貴様は炎の瞳の持ち主の女に「鏡に姿を映せば死ぬ」と言ったな? 今の石になった炎の瞳はどうなんだ」
「まったく用心深いことさ。石になった瞳は、より強い望みを形にする。試してみればいい」

ただの鏡で炎の瞳の力を跳ね返せるか試して、駄目なら死ぬ、なんてことは許容できない。
自分が死ねばクルーガは混乱する。
これまでの人生を無駄にすることは出来ない。

「俺は――鏡の瞳を貰おう」

「先にここに辿り着いたのに、弟の望みを聞いてからでいいなんて、まったくほんとうに酔狂なことさ」
なぜエミレが弟だとわかったのだろう。シーレとはまったく似ていないのに。

「いいのかい? 炎の瞳はもう一つあるんだよ」

エミレの去った後に確認したら、椅子の上に星飾りは無かった。暗がりなので断言はできないが、見る限り床の上にも落ちていない。エミレが持っていったのだ。馬の姿は隠したが、足跡までは隠せない。きっとエミレはシーレがここにきて何かを――瞳の石を――選んだと、そう思った筈だ。

「…………もしも弟が俺に怯えて、俺に殺されるのではと怯えて、呪いを弾く鏡の瞳を選んだのなら、自分の目を対価に弟の目を元に戻してもらうつもりだった。だけど、アイツが選んだのは炎の瞳だ。つまり――俺を殺すことを選んだわけだ。……ならば、こちらも選ぶだけだ」

右目と引き換えに、鏡の瞳を受け取る。
魔女の乾いた指が身体に入ってくる感触に、シーレは不快感を覚えた。鋭い痛みがよりも、魂を覗かれたような気がして、催した吐き気の方が酷かった。さらに捻じ込まれた鏡の石は冷たく、雪を身体に入れられたように感じた。
片方ずつ目を閉じて見れば、右目だけで見た時の方が魔女の嗤いようが鮮明にわかった。

「貴様は……」
「くだらない話をしている暇があるのかい、王子様?」
「……そうだな」

魔女に挨拶もせず、シーレは小屋を出ていく。
ガレに乗って森の中へ向かえば、クルーガへと帰れるだろう。魔女の住む森は、この世の全ての森に繋がっているのだから。

もう、行き着くところまで行くしかない。

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