瞳の石と魔女の物語

結城鹿島

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3章 傷の瞳のシーレ

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初夏のクルーガは一年の中で唯一過ごしやすいといえる時期だ。
祝いにもってこいの、この季節にシーレ・ウルタードとリウレシアのアイレア姫の結婚式が大々的に行われた。
先年の冬にあった騒動のことなど誰も覚えている者はいない。すくなくとも表面上は。
だが、けっして完全に忘れられてはいない。忘れることは出来ないだろう。
シーレの顔に大きな火傷が残ったからだ。
あの日、一つだけの鏡の瞳は、炎の瞳の力を半分しか防がなかった。半身を焼かれ、シーレは意識を失った。命に別状はなかったが、長く寝込むことになった。

気づいたら寝台に寝かされていて、傍らには母親がいた。心配そうに顔を覗きこまれたが、その瞳の奥に保身がすけて見え、シーレは吐き気を覚えた。ふと自分の顔に手をかざせば、右目には眼帯がしてある。母を見たのが、自分の瞳だったことにうんざりしながら、
「大丈夫ですよ、母上。俺は、問題ありません。王に顔は必要ないでしょう?仕事ができればそれでいい。――邪魔者も死にましたしね」
シーレは形ばかりの笑みを浮かべた。

母は息子の冷たい言葉に驚いたようだった。けれど、エミレが死んだことを既に聞いていたのだろう。
「そう、そうですね」
と頷いた。

                 ◇

起き上がれるようになると、すぐシーレはセグラの屋敷に向かった。もう誰もいない。半分焼け落ちたままでは雪に耐えられないだろう。手入れのこともある、春になったらすぐに取り壊さなければならない。門の前で兵士たちを待たせて、シーレは一人で庭へ向かった。
エミレは証拠を庭に隠してあると言っていた。エミレが庭というのは、この屋敷の庭しかない。幼い頃二人で遊んだ庭だ。街の真ん中なのに、塀や樹の配置のせいで、ここだけ切り取られた世界のように思えた。
幼い頃、よく空を見上げていた辺りの雪をかきわける。そして露わになった土を掘りかえしていく。案の定硬い。冬のクルーガで土を掘ろうなんて、実に馬鹿馬鹿しい話だ。
前から念入りに埋めていだろう木箱と、フィリオラを燃やした日に慌てて埋めただろう木箱の二つがあった。浅い方は雪が無ければ目に付く程度しか埋まっていないが、この打ち捨てられた屋敷ならば、それで十分隠されてはいる。
二つの木箱の中には、エミレによって書かれた様々な記録が納められていた。

一つずつ読んでいく。
ジリオラ達のような、シーレに不満を抱く連中に先に声をかけたのはエミレからだった。「私は王位につけない。だが私の産んだ子供は話が別だ」そう言って。シーレが死ねば確かに無い話ではない。王の兄弟が王家から離れた後、王が死ぬとどうなるか。王の兄弟たちの息子に王位は継承されるのだ。クルーガでは若さこそが尊ばれる。エミレ自身が連中を釣るための何よりの餌だった。
釣れたのは、ギレスが調べたリストにある名前がほとんどだったが、いくつかは知らないものもあった。エミレが今わの際に言ったタチの悪い連中――クルーガとリウレシアが繋がることを喜ばない南方諸国の商人たちの名だ。南方諸国の商人がクルーガの貴族を裏で操っていたというのは、頭の痛い問題だった。国内で全てを賄えないクルーガは完全に縁を切ることはできない。
しかし、シーレとアイレア姫との結婚でクルーガに冬でも凍らない港が手に入れば、今まで南方諸国に流れていた物の流れもいずれ変わる。

浅く埋められていた方には、ギレスを刺したことを詫びる書状も入っていた。
王宮を女の格好でうろついてるのを知られ、あまつさえ男の服を隠され、慌てて逃げようとしたら通用口でギレスが待ち構えていたのだと。服と共に置いてあった星飾りをつきつけられ、言い逃れできなくなったこと。なにより、その星飾りを取り戻したかったがために咄嗟に刺してしまったのだと。淡々と記してあった。
結局、逃げることを優先したエミレの中で、シーレが作った星飾りの重さがどれ程のものだったかはしれない。
女の格好で王宮で人に会うということが、それだけで意味のあることだった。だから実は貴族の子女のフリをして、しばしば潜り込んでいたとも書かれている。
王宮ですれ違ったりしていたこともあるのかもしれない、とシーレは思った。だから、やけにエミレの夢を見たのかもしれなかった。
シーレに向けては何も書かれていない。
鏡の瞳で見てみても、文字の列からは何も思いを読み取れはしなかった。
フィリオラについては名前すら挙げられていない。
シーレは燃えた屋敷を見上げた。フィリオラの部屋があったはずの場所を。
あの日、エミレはこれらを隠しにきたついでに、母親を殺そうとしたのだろうか。
シーレにはわからない。
「……」
ただ、フィリオラが炎の瞳に映ったその場で燃え尽きなかった理由だけは、なんとなく分かった気がした。彼女は心の底から凍り付いていた。あれでは炎の瞳でも、燃やすことはできなかっただろう。
シーレは、自分とエミレの瞳は果たして石になったらどんな力を持つのか考えて――止め、その場を去った。

                 ◇

エミレの記録にあった何人かを処断して、冬が開けるとシーレはすぐ南方諸国に人を向かわせた。結婚祝いの名目で、いくつかの取引をクルーガ優位に運べたのは敵の敗北宣言だった。
次期国王が顔に火傷を負ったことに落胆した人間たちも、もたらされた利益に早々に態度を裏返した。
エミレ・セグラが死んだのは既定路線で、失われたものは何もない。シーレの火傷もただの不幸な事故だったというのが共通見解になった。
シーレの許可なくエミレに矢を放った軍の長官をはじめ、様々な人事処分もスムーズに済んだ。
そして、周囲の懸念は姫のことだけになった。
が、シーレ自身は一切心配をしていない。



リウレシアから姫が来たその日は、いつになく晴れた。
馬車から降りたアイレア姫は、半面が焼けただれた自らの花婿を見て驚きはしたが、すぐににこりと微笑みを浮かべた。作り笑いではない。シーレには姫の心の美しさが目に見ることが出来る。鏡の瞳の力によって。
だから、小さく落胆をした。
いっそ罵られたかった。表だって誰も触れようとしない傷を指さして笑われればいいと思っていたのに。

「気になるなら言ってもらっていい」
「私のほくろと、おあいこですわ」

確かに姿絵では消されていた目の下のほくろは、少しばかり目立つ。しかし、そんなものは関係なく、アイレア姫は両の瞳で見るに堪える美しい人だった。
性格で選んだ甲斐がありましたね、と誰かに言われたが、シーレは無視をした。
父は結婚式と戴冠式が済むと、何も語ることなく離宮に旅立った。

シーレにはもう父を詰る気持ちは無い。
何よりその資格がない。

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