ひょんなことから異世界を保安することになりました ーPlayー

塩大福くん

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第一章 4月クレイム

第一話 出逢

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 実に綺麗で華やかな桜が咲き誇る並木道。幼稚園の先生に誘導され、満面の笑みで横断歩道を渡る無垢な幼稚園児達。すやすやと眠る赤ちゃんが乗っているベビーカーを押しながら、幸せそうに話している夫婦。

 そんな風景を少し色あせた車窓から僕・宇津木仁うつのきじんがぼんやりと見ていた。

 真っ昼間だからか、古びたバスの乗客は僕と妹の彩芽と数人しかいなかった。

    僕はバスの中でもう何十回と読んだ色あせた本をまた、繰り返し読んでいた。叔父さんが「発想力を豊かにするため」と買ってくれた本だ。
    何度読んでも飽きない程に、この本は僕を虜にした。

 「死神少女」ある死神少女が少年に恋に落ちる物語。ラストは衝撃的な内容で、何度読んでも背筋がゾクゾクする。なぜこんな名作が流行らず、駄作ばかり流行ってしまうのだろうか?最近の世の中は不思議だとつくづく思う。

    『死神は悪魔のような存在だ。
         何かを奪い、何かを与える。
         代償をもかえりみない醜い人間を笑う。
         それを知ってなお、君は何を願う? 』 

    この小説はこのひとつの文章からはじまる。

    死神という存在がこの世にいるとするならば、僕は何を願うだろうか?
    資産か、気持ちか、頭脳か…
    そのどれにも当たらない、僕が手に入れる事が出来るのならーーー

    静かにバスがガタンと揺れる。ふとバスの出口の方に視線を向ける。
    路線図には三駅ほど先に、目指している停留所があった。

 美月市。今日からここに住むのかと思うと実感がわく。思っていたよりも環境も良く、田舎とも都会とも言えないそんな雰囲気の街だ。

  「お兄ちゃん、飴いる?」

 前の座席に座っていた彩芽がこちらを振り返ってきた。キラキラと輝く飾りのチェーン付きの赤色のチェック柄のミニスカートに買ったばかりのシワ1つない赤色のブロックテック。      
     艶のある黒髪はショートヘアーに切りそろえられている。少し釣り目のその奥にはアメジストの様な藤色の瞳が静かに宿っている。肌は透き通るようなペールオレンジだ。彩芽は今年で高校1年生になる、大切な妹だ。

 「じゃあ貰おうかな」

 そうぼそっと呟き、白くて華奢な手から真っ赤っかの飴を取る。恐らく、色からして苺味だろう。生憎、苺はさほど好きではないのだが、かわいい妹の為だ。食べてあげよう。
     というか、食べないと拗ねそうだ。

 そう思い、僕は飴を口の中に放り込んだ。

    舐めようとしたその瞬間、焼けるような痛みと麻痺感が喉と舌を一気に襲ってきた。

 辛いを通り越して痛い。口の中に火を放ったようだ。よだれが落ちないよう、慌ててティッシュとペットボトルを取り出し、お茶を喉に流し込む。ティッシュに飴を吐き出し、彩芽を睨む。

 彩芽は俯きながら笑いを堪え、細い指先でパッケージをつまんでいた。僕に見せつけているパッケージにはデカデカと「激辛!ハバネロキャンディー」と書かれていた。いつこんな物を買ったのだろう。やはりこの妹は生意気だ。
 いくら妹だとはいえども、辛いものが苦手な僕からしたら怒りが収まらず、僕は妹を怒鳴りけ散らそうとした。

 が。口が麻痺していて何もいえない状況下におかれている。怒鳴るどころか、今なら水1リットルを無理やり飲まされても吹き出せず、抵抗できないだろう。うん。きっとそうに違いない。
     それにここは公共の場だ。ここで大声で怒ったとて、常識的に考えていかがなものかと思う。

 数分間ヒリヒリとした辛さと格闘した結果、ようやくなんとか喋れるようになった。しかし辛さを我慢している間に熱も覚め、もう怒る気分でも無かった。

その後はしばらく本を読んだり、引っ越す前にいた所の思い出に浸っていた。 



 「次は美月市役所前ーー繰り返します、美月市役所前ですーー」

 どれ位たっただろうか。電車の機械音声から、目的地の音声が流れた。
 ハッと我に返り、慌てて荷物を持ち、あの後スースーと寝息をたてて眠ってしまった妹を起こす。
 全く。いつもは憎たらしいのに、寝顔だけは可愛らしいのだ。と思わず見とれてしまった。

 「おーい、起きろー」

 「ふぁぁちょっと待って...」

 ちょっと待ってと言ってるもののまたすぐに眠ってしまう。
 そこで、さっきの仕返しとばかりに手に握られた例のハバネロキャンディーの袋をそっと手から抜き取り、飴玉を妹の口の上に器用に乗せる。妹は気づいていない。

 「いい加減にしろよー?」
    
     軽くとんとんと肩を叩いて再び起こす。

 「分かっ...あぁぁぁ辛っ辛いぃぃ!ちょっ、助けて!!!!」

  飴は口を開いた瞬間に妹の口の中に入った。残念だ...もしイ行、ウ行、エ行から始まれば、何とか飴は口に入らず、唇の麻痺だけで済んだかもしれないのに運悪くア行から始まるなんて。いやぁ、本当に、残念だなぁ!
 ニヤニヤしながら見ていると、妹は、口を抑えながら、出口を指さした。早く降りろということらしい。
 すかさず代金を二人分払い、バスを降りると、春風が僕の前髪を掻き分けた。


 バスを降りた後、タクシーを呼び、家へと向かうことになっていたので、僕はバス停からタクシー会社に電話をした。

   「ねえ、お兄ちゃん、これから大丈夫かな?」

    タクシーを待っている間、公園のベンチに座りながら彩芽はポツリと言った。
  
   「きっと、大丈夫だよ、彩芽」

    二人でならきっと大丈夫。そう思って僕は彩芽の隣のベンチに腰掛けた。


    10分後、タクシーがつき、僕らはタクシーに乗った。

    わずか15分程で家に着き、こんな距離だったら徒歩でもよかったかもしれないと思う。リサーチ不足だった。

 妹はタクシーの中で車窓にに凭れてぐっすりと寝ている。その肩をそっと僕の方に寄せて、首を傾けさせる。
    引越し前の不安で寝不足だったのだろう。僕も寝てしまいたかったが、僕は起きていないといけないと思い、風景を眺めていた。

 こじんまりとしたアパートの家の前にはもう既に引越し業者のトラックが停まっていたが、鍵は渡しているので大丈夫だった。
 早速家に上がるともうほぼ家具は運ばれており、業者が片付けをしている所だった。ちゃんと業者さんに御礼を言った。
 その後は家具の設置とご近所の挨拶ですっかりと日が暮れ、気づけば夜10時になってしまった。もちろん長い時間の移動や家具の設置で疲れていたので、僕も彩芽ももう早めに寝付く事にした。

 ...

 .........


 心地よく寝ていると喉が乾き、目が覚めてしまった。今日ぐらいはぐっすり寝たかったのに。と眉をしかめる。起きてキッチンに行こうとする。

 

 その違和感の原因は直ぐに分かった。

     体が動かないのだ。

     いや、正確に言うと目と左手の指先以外が動かない。俗にいう金縛りとやらだろう。にしてもなぜ目と左手の指先は動かせるのだろうか。

 ふと左側を見ると、暗闇の中に紛れるかのように黒いパーカーを着た何者かがちょこんと座っている。体格から見るに恐らく、女性だろう。

 髪は赤みがかった色だ。だが、パーカーを被っていて、しかも電気はもちろん消えているため、顔が良く見えない。

 不敵な笑みを浮かべている。それだけは分かった。誰かは分からない。だが、こいつは...危険だ。ピンチなのだ。体と心がこいつをnoと言っている。
     殺気に満ち溢れた紅色の目に僕は目が離せなかった。

 隣の部屋にいる彩芽に助けを求めようとするものの、金縛りのせいで、口が動かない。
 女はまるで死神のようだ。そうまるで、本で読んだような。

 すると、その女はそっと後ろから爛々と光る短剣を取り出した。
 その刃先を僕の喉元まで運ぶ。喉まで後数ミリ。もう、僕の心には恐怖しかなかった。僕は、殺される、のか?
     そんな心の中、ふと、手先が動かせることを思い出した。その手先で、もし短剣で刺された後、生きれた時に女に逃げられないよう、女のワンピースの端を気づかれないようにそっと摘む。

 女が短剣を喉にさそうとして、腕を振り上げる。

     もうダメか、と感じたその瞬間。

    急に体が金縛りから解放された。僕は慌てて思いっきり右側に転がり、短剣をかわす。短剣は見事に布団に突き刺さった。あまりにも突然のことで、今の一瞬のことがまるで映画の一つ一つのフィルムのように流れた。
 女が慌てて短剣を布団から抜こうとするが、ワンピースの端をつかんでいるのを僕が引っ張ったので、哀れにずっこける。その隙を狙い、僕は咄嗟に布団にグッサリと刺さった短剣を抜き、女の喉元まであてる。まさに形勢逆転だ。

 「ゆっ許してください…」

 女は情けない声を出し、助けを求める。

 「どういう事だ?何故こんなことをした。強盗か?」

 僕は女を睨み、問う。

 「私、やっと死神に認められて、それで、」 

 ん?まてまてまてまて、死神?僕の耳が腐ったのだろうか?

 「まて。今死神って言ったか?」

 「ああ、は、はいっ、えっと、死神ですっ。」

 「…はぁ?」

 耳は腐ってはなかったが...
    僕は呆れた。まさか現実にこんな妄想をしている人がいるとは… 

 しかし僕に危害を加えるような素振りはないようだ。
    僕は厳重な警戒をしながらそっと短剣を下ろした。

 「しっ信じてませんねアナタ...少し待ってください...」

 女は両手につけていた白い手袋の片方を外し、露にした手を僕に見せつける。

 その手には肉と皮がなく、骨しかなかった。ボディペイントなんかではなく、本物だ。
     思わず僕は、ひっ と恐怖の言葉を漏らし、少し後退りをする。
     そんな僕に構わず、女はその手をゆっくりと動かす。

 「死神は、必ず手だけが骨なんですよ...それくらい人間でも知っているでしょう?」

 と、細かい説明をしているが、骨だけの手に驚愕していて、呆然としていた。

 「というか聞いてますか?で。ここからが物凄く重要なんです」

 ハッと女の方を見ると、真剣な表情で僕を見つめている。
     見えるようになったその顔はえらく整っていて、まるで人形のようだった。
     赤い目に見つめられ、僕は思わず目線を逸らしてしまった。

 「実は、死神の姿を見た人は3時間後不明の死を告げるんです...」

 「はぁっ?!ってことは僕死ぬの?!」

 「ええ、死神の存在を知られると色々とやっかいですから」

 は?いやいやいやいや、嫌だよ?そんな口封じのためにサクッと殺される、みたいな人生、やだよ?

 「まあ条約で、姿を見られた死神がその見た人に養ってもらうと約束した場合は別ですがね...」

 「要は死ぬか死神に憑かれるかです。どちらかを選んでください。さあ、こうしている内にも3時間の中の時間は一刻一刻と減っていきますよ...」

 僕は悩んだ。盛大に悩んだ。しかし死んでしまうのなら死神に憑かれる方が遥かにましだ。

 ばっと思い切り死神の体の前に手を出し握手を求める。

 「コレカラヨロシクオネガイシマスッ!」

 腹の奥から絞り出した様な声を出し、したくもない挨拶をした。

 「ええ、よろしくお願いします。」

 死神はこの答えを予測していたかのようになんの抵抗もなく、骨の手で手汗まみれの僕の手をとった。

 そう。これが僕と死神の少女、アキとの最悪の出会いでもある、一週間前の話。
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