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第3章 投資ロマン
第七夜 含み損と僕の青春
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朝のチャイム代わりに、株価アプリの通知が鳴る。
スマホを開くと、保有銘柄の数字が真っ赤に染まっていた。
「またマイナスかいな……」
ワクカブは、ふうと息を吐いてリビングに立つ。
顔を洗い、白湯を飲み、いつもの朝をなぞる。
だが、心の奥にじんわりと染み込んでくる、この“赤い朝”の感覚には、どこか見覚えがあった。
⸻
あれは、2008年の夏だった。
世界が揺れたあのリーマン・ショックの前夜、ワクカブは投資を始めたばかりだった。
右も左もわからず、雑誌やネットの“推奨銘柄”を鵜呑みにしては買い、
赤く染まるチャートに心がついていかず、毎朝アラームの音が憂鬱に変わっていった。
「あの夏、含み損は僕の青春の色やったな……」
近所の公園で響いていた、ラジオ体操の鐘の音。
うっすら汗をかいたTシャツ。
ポケットの中の紙くずのような株価メモ――。
儲けたくて始めたのに、心がどんどんすり減っていった。
「買うと下がる」「握ると下がる」「売ると上がる」
まるで自分が“逆指標”のように感じていた日々。
当時の自分に伝えたいことは、ひとつだけだった。
「大丈夫や、これは通過点や」
⸻
豆から淹れたコーヒーを口に運びながら、今の自分は違うと、ワクカブは思う。
含み損はもちろん痛い。だが、それを“自分の全部”とは思わなくなった。
下落相場の時こそ、“何を持ち続けるか”が問われる。
それは銘柄もそうだし、自分自身の信念もまた、同じだ。
「企業の価値は、一朝一夕じゃ動かへん」
「目先の値動きに揺さぶられて、手放したら、そこまでや」
そう考えるようになったのは、企業分析の視点を持つようになったからだ。
社長の言葉を追い、財務の数字に目を通し、事業の軸を確認する。
ただ「株価」だけを見ていると、投資はギャンブルにしか見えない。
⸻
この日、ワクカブは“あの頃の自分”に手紙を書くように、ノートを開いた。
ふと思いついて、こう書き記した。
⸻
-未来のワクカブより、2008年の君へ-
君が見てる“赤い数字”は、失敗じゃない。
それは、学びのインクや。
そのインクで、これから君は“自分の地図”を描いていく。
信じられる企業、続けられる投資、そして、付き合える自分を見つけていくんや。
焦るな。
損をしても、自分を減らすな。
答えはいつも、自分の中にある。
P.S. そのうち、甘酢生姜にハマるで。
⸻
「……自分で書いてて、ちょっとクサかったかな」
でも、ちょっと胸があたたかくなった。
青春と損失は、いつもセットだったのかもしれない。
⸻
この夜の晩ごはんは、シンプルに卵かけご飯と味噌汁。
ご馳走じゃなくてもいい。株も、人生も、そういうもんや。
続けていける、それだけで、十分や。
冷蔵庫の奥から、輸入食品店で買った“サテトム”を取り出す。
テレビで「卵かけご飯に合う」と紹介されていたのを見て、つい真似して買ったものだ。
半信半疑で、卵を割ったご飯の上にちょこんと乗せてみる。
ピリッとした辛味と香ばしさが、口の中で思いがけず広がる。
「……なかなか、いけるやん」
マイナス続きの一日でも、少しだけ気持ちが前を向いた。
「明日も、鐘の音が鳴るで」
スマホを伏せて、ワクカブは静かに目を閉じた。
スマホを開くと、保有銘柄の数字が真っ赤に染まっていた。
「またマイナスかいな……」
ワクカブは、ふうと息を吐いてリビングに立つ。
顔を洗い、白湯を飲み、いつもの朝をなぞる。
だが、心の奥にじんわりと染み込んでくる、この“赤い朝”の感覚には、どこか見覚えがあった。
⸻
あれは、2008年の夏だった。
世界が揺れたあのリーマン・ショックの前夜、ワクカブは投資を始めたばかりだった。
右も左もわからず、雑誌やネットの“推奨銘柄”を鵜呑みにしては買い、
赤く染まるチャートに心がついていかず、毎朝アラームの音が憂鬱に変わっていった。
「あの夏、含み損は僕の青春の色やったな……」
近所の公園で響いていた、ラジオ体操の鐘の音。
うっすら汗をかいたTシャツ。
ポケットの中の紙くずのような株価メモ――。
儲けたくて始めたのに、心がどんどんすり減っていった。
「買うと下がる」「握ると下がる」「売ると上がる」
まるで自分が“逆指標”のように感じていた日々。
当時の自分に伝えたいことは、ひとつだけだった。
「大丈夫や、これは通過点や」
⸻
豆から淹れたコーヒーを口に運びながら、今の自分は違うと、ワクカブは思う。
含み損はもちろん痛い。だが、それを“自分の全部”とは思わなくなった。
下落相場の時こそ、“何を持ち続けるか”が問われる。
それは銘柄もそうだし、自分自身の信念もまた、同じだ。
「企業の価値は、一朝一夕じゃ動かへん」
「目先の値動きに揺さぶられて、手放したら、そこまでや」
そう考えるようになったのは、企業分析の視点を持つようになったからだ。
社長の言葉を追い、財務の数字に目を通し、事業の軸を確認する。
ただ「株価」だけを見ていると、投資はギャンブルにしか見えない。
⸻
この日、ワクカブは“あの頃の自分”に手紙を書くように、ノートを開いた。
ふと思いついて、こう書き記した。
⸻
-未来のワクカブより、2008年の君へ-
君が見てる“赤い数字”は、失敗じゃない。
それは、学びのインクや。
そのインクで、これから君は“自分の地図”を描いていく。
信じられる企業、続けられる投資、そして、付き合える自分を見つけていくんや。
焦るな。
損をしても、自分を減らすな。
答えはいつも、自分の中にある。
P.S. そのうち、甘酢生姜にハマるで。
⸻
「……自分で書いてて、ちょっとクサかったかな」
でも、ちょっと胸があたたかくなった。
青春と損失は、いつもセットだったのかもしれない。
⸻
この夜の晩ごはんは、シンプルに卵かけご飯と味噌汁。
ご馳走じゃなくてもいい。株も、人生も、そういうもんや。
続けていける、それだけで、十分や。
冷蔵庫の奥から、輸入食品店で買った“サテトム”を取り出す。
テレビで「卵かけご飯に合う」と紹介されていたのを見て、つい真似して買ったものだ。
半信半疑で、卵を割ったご飯の上にちょこんと乗せてみる。
ピリッとした辛味と香ばしさが、口の中で思いがけず広がる。
「……なかなか、いけるやん」
マイナス続きの一日でも、少しだけ気持ちが前を向いた。
「明日も、鐘の音が鳴るで」
スマホを伏せて、ワクカブは静かに目を閉じた。
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