パサディナ空港で

トリヤマケイ

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#15 渦潮 / うずしお

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*月*日
 

 あゆみちゃんに初めて遭ったのは、徳島駅近くの雑居ビルにあるライブハウスだった。
 三時くらいだったろうか、ネカフェからの帰り道、何か買って帰るか、牛丼でも食べて帰るかで起き抜けのボーっとした頭を悩ませている時だった。

 雑居ビルの地下へと降りていく階段のところから、耳をつんざくようなギターの咆哮が漏れ聴こえてきた。

 たぶん、ドアが開いたその瞬間にリハーサルの轟音が津波のように押し寄せてきたのにちがいなかった。

   ぼくはもう居ても立ってもいられなくなって、十八時スタートだというチケットを買った。

 あゆみちゃんの演奏を聴いたのは、その晩がはじめてだった。それからずっと通いつめ、顔も覚えてもらったので、だいぶ懇意にしてもらった。

   なんせ所謂ノイズを聴く輩なんてマイノリティで、まともなヤツがいるわけもないが、この世の中が狂っているのだから、そんな歪な世界を少しでも補正しようとして、ノイズを聴いているのだと、自分は考えていた。
    
   ライブ終わりに、演奏者と一緒に見知らぬ者同士で打ち上げにいくのが常だったので、自分はなんちゃってボカロPで、ノイズのアプローチで初音ミクを歌わせていること、だから、YouTubeに楽曲をあげたところでアクセスはほぼないが楽しい、というようなくだらないことをあゆみちゃんに面と向かって話して、YouTubeに動画あげてほしいとお願いしたりした。

   それは、もちろんこの稀有な才能を埋もれさせてはならないと思っていたからだが、その甲斐あってライブにも、YouTubeを観て知ったという人がかなり増えて、集客に確実に繋がっていた。

   それでもまだまだ知る人ぞ知る的な存在だったが、知名度は確実に上がってはきていたのだ。

   しかし、この時期ライブ活動もままならなくなり、闇に呑まれてしまったのかもしれない。

   あゆみちゃんはこの世からひとりで旅立ってしまった。あゆみちゃんはなぜまた絶望してしまったんだろうか。



   ぼくは形見分けで、小さな手帳をもらった。上京する前に、もう一度渦潮を見たくなり、観覧船で、鳴門の渦潮を真上から見た。
   すると、あゆみちゃんの手記が書かれてあった小さな黒表紙の手帳は、ぼくの手から栗鼠みたいにするすると逃れ、当然のように渦潮のカオスの中へと吸い込まれていった。
 
   空港までのバスの中で、ゲオルグ・フリードリヒ・ハースの『Guitar Quartet』を聴いた。面白い。

   ブラックホールは、渦潮のごとく周りのものすべてを呑み込んでいく。そして、最後には己自身の存在も吸い込んでしまう。あゆみちゃんは、それに似ているなと思った。

   あゆみちゃん、たまにはアンプラグドで演ってほしかったなあ。あきれるほどウルサいひたすら真っ黒なコールタールみたいな分厚い夜の壁だけが、ノイズ(生きること)ではないことを証し立ててほしかった。

   しかし、きみはこういうだろう。
   ほんとうの自分。その魂の声を聞けと。

「私たちに流れるパルスは耳をそばだてないと聞こえない。だから、みんなにも聞こえるように、アンプで増幅するしかないんだよ」
   
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