パサディナ空港で

トリヤマケイ

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#52 ギフト

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*月*日

    母が亡くなったのは、8年前だった。母はある種の団体職員で、定年後には年金を月30万もらっていた。年間にすると60×6=360万になる。

   その頃自分は、アパレルメーカーで各店舗に送る製品を仕分けして搬出する仕事をしていた。

   しかし、アパレルは力仕事とは縁のない世界だと思っていたらとんでもなかった。

   とてつもなく広い倉庫の棚から指示された製品を見つけ出すだけでも大変な作業で、毎日が宝探しゲームだった。

   そして、ある朝母が亡くなったという電話で私は叩き起こされた。

   寝ぼけ眼で私は、病院からのその報告を聞いた。ついに怖れていたことが現実となって私に襲いかかってきたのだ。

   眠気は一気に吹っ飛んだが、しばらく放心状態のまま動けなかった。頭上から巨大な岩石が落ちてきたようだった。

   それから、葬儀屋を見つけ火葬の日にちを決め、葬儀のグレードをどうするかとか、柩は祭壇は会場はとなんやらかんやら、しっちゃかめっちゃかで、哀しみを忘れていられたのかもしれない。

   そして、母を荼毘に付してようやく落ち着いて来たら、年金の事を思い出した。

   団体に母の死を報告しなければならない。その手続きを行って最後に慰霊金みたいなものを10万円もらって年金関係は終了のはずだった。

   そう。そのはずだった、はずなのである。

   だが、ある日とんでもないことが発覚する。

    母が亡くなった後、勤めていたアパレルメーカーも借金のやりくりが出来ずに倒産、そこで出会って付き合いはじめた彼女にも逃げられた。

   仕事にも就けずアルコールに溺れ、ギャンブル漬けの爛れた生活の向こうには、破滅の赤いシグナルがもう点滅していた。

   絶望の二文字が脳裏から離れなくなっても尚、いや、更に拍車をかけるようにギャンブルとアルコールに耽溺していった。

   そんなある日のこと。四六時中シラフではなくなっている伽藍堂みたいな頭の中に気になることが浮かんできた。

   それは、残額0のはずの母の年金用の口座にまだお金が入っているんじゃないかという、ほんとうに馬鹿げた幻想だった。

   お金がほんとうにないと、ありもしないはずのお金を人は確かめずにはいられない。金融機関には死亡の報告はしていなかった。

   私は藁をもすがる思いで口座残高を確認してみた。

   そこには、なぜか28,800,000という数字の連なりが記載されていた。2と8と8と0が5つ。これは、意味のない数字の羅列ではない。

   8年間振り込まれ続けていたとしか思えない。三千万弱。手が、いや、身体全体が震えた。

   何かの手違いにちがいない。確かに8年前に死亡した旨の報告書を私は団体に提出した。

   しかし、これはいい事なのか悪いことなのか。返還すべきなのか、バックレるべきなのか。

   あなたなら、どうする?


    これは、ヒューマンエラーでもシステムのバグでもないだろう。書類上でも、実際に振り込みを行うデジタルのリストからも、私の母の名前は抹消されことは間違いない。

   係りの人が、そんな重大なミスに気づかないはずもない。それは職務上いちばん気をつけなければならないところだからだ。

   そして、システムはむしろ正常に稼働している。つまり、デジタル上のリストから母の名は消えたが、それは可視化されていないだけであり、隠しファイルが確かにそこにあるのに透明になって見えなくなるのと同様、母の名は確実にリストにまだ載っているのだ。

   だから、送金のシステムは正常に機能し、振り込みが行われているわけだ。

   つまり、母は年金対象者のリストから抹消されてはいるが、存在しているのは間違いない。

   これは、神様からのギフトだ。私はそう思うことにした。
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