パサディナ空港で

トリヤマケイ

文字の大きさ
54 / 222

#54 ディープフェイク

しおりを挟む
*月*日

   月曜日の朝まだき。

   二丁目の角の公園で、鳩を食っている男をみた。オレは、AVの編集に朝まで付き合っていて、始発で帰ってきたところだった。

   眠気はピークだったが、酒は一滴も呑んでいない。まずテントが見えた。何かやたらゴミが散らかってるなと思ったら、それは鳩の羽だった。

   あたりまえだが、きれいに羽を毟り取ってから、調理したらしい。テントの前に男が座って、鍋をかき混ぜている。

   簡易ガスコンロ、包丁、まな板、塩、胡椒、ローリエ、紙皿、箸。一通り揃っていた。

「ハトって食べたりしていいんですか?」

   おれは、オールしたテンションで見ず知らずの男に思わず聞いていた。

「フランスやスペイン、それにベトナムなんかじゃ、ふつうに食べてるよ? 日本でも、ジビエとしてキジバトが食べられてる」

「ジビエって?」
 
「狩猟でとられたもの、いわゆる天然ものだね。日本で狩猟が許されている野鳥は、全部で28種類ある。カワウ、ゴイサギ、マガモ、カルガモ、コガモ、ヨシガモ、ヒドリガモ、オナガガモ、ハシビロガモ、ホシハジロ、キンクロハジロ、スズガモ、クロガモ、エゾライチョウ、ヤマドリ、キジ、コジュケイ、バン、ヤマシギ、タシギ、キジバト、ヒヨドリ、ニュウナイスズメ、スズメ、ムクドリ、ミヤマガラス、ハシボソガラス、ハシブトガラス」

「そうなんですね。てっきりハトは食べちゃいけないんだと思ってました」

「確かにね、公園によくいるドバトは、狩猟禁止だから駄目だけどさ、これ、キジバトだから。おにーちゃんも食べるかい?   あっさりしてて、結構いけるよ」

   しかし、なぜまたこの人は、こんなところでハトなんか食ってるんだろう。

   当然そう思ったが、頭の芯がなんかジーンとしてて、いろいろどうでもよかった。それでも今回は、一日だけだったから大したことはないが、これが1週間とか続くとなると、眠気ではなく頭が痛くなるのだった。

   踵を返して公園を後にした。

   雲の上を歩いているようでいて、しっかり重だるい身体を引きずるようにして、やっと我が家に辿りついた。

   カップラーメンをすすりながら、おにぎりを食べ、速攻で風呂に入って、ベッドに飛び込み、待ち受けの推しメンにキスして爆睡した。

   夕方、もそもそとベッドから起き出して、TVをつけ、タバコの煙を燻らせていると、

   あるアイドルグループのメンバーと北村匠海似のイケメン御曹司とのお泊り愛のスクープ映像が流れた後に、『公園でハトを食っている男」というテロップと共にアナウンサーがかまびすしく話しはじめるや、いきなりあの角の公園らしきロケーションで、男が簡易ガスコンロを足元に置いて、ハトの羽を毟り取っている映像が流された。

   カメラが回り込んで、正面から男を捉えて、愕然とした。な、な、なんとそれは、オレだったからだ。

   まさに、絵に描いたようなフェイク動画だった。SNSで流されたものを真偽も確かめずにニュースとして公共電波に乗せていいものなのだろうか。

   憤りを超えて悲しかった。

   しかし、悲しんでいる余裕などなかった。個人が特定され、フェイク動画と判明しても完全にオレは事情聴取されるだろう。

   いったいぜんたい、どうなっているのか、誰かの恨みを買ったということか。具体的に身に覚えがないからこそ、厄介だ。

   それから、目撃者という輩からオレの個人情報がSNSにばら撒かれたり、写真もアップされはじめ、一気に潰しにかかってきた。まるで、世界全体を敵に回してしまったように感じた。

   たぶん、まったくオレの事を知らない人でも、ただ面白半分にバッシングの波に乗っかって、日頃の鬱憤ばらしなのか誹謗中傷を書き散らす輩が、雨後の筍のようにわらわらと湧いてきた。

   でも、いちばん怖いのは、そういう能天気なやつじゃなくて、自分は正しいと思ってしっかりとここで悪いヤツを叩かなければならない、みたいな義憤に駆られて行動するヤツで、興味本位であることないことデマを書き散らしているのでなく、明確に鉄槌を下さなければならないと真摯に思っている正義の人がいるということだ。

   個人情報開示請求をプロバイダーにしてもまず拒否されるのが常であり、となると、裁判で情報開示を勝ち取るしかない。そして、それからまた特定できた個人との戦いになる。

   現状では、情報開示までに相当な時間と手間がかかるわけだが、オレははなから裁判により社会的な制裁を加害者側に加えるつもりなどない。

   匿名を隠れ蓑にして、好き勝手に誹謗中傷したヤツなのだから、こちらも匿名のまま、私刑にかけてやる。それが道理ってもんだろう。

   非常識なヤツには、非常識な制裁を加えてやる。そう決めた。

それから。

   ディープフェイクと呼ばれる動画をSNSに晒されたオレは、時間こそかかったが、個人を特定できた。そして、意外なやり方で、溜飲を下げたのだった。

   実は、この現実と呼ばれる世界は、いわゆる表の世界であり、裏の世界があることを、みなさんはご存知だろうか?

   誰もがそんなものがあるはずもないと思うのは当たり前で、裏の世界での記憶は表の世界へと転移する際には、一時的消されてしまう。

   実際には、消されるわけではなく記憶へのアクセスを遮断されるだけ。記憶は、脳の海馬あたりが司っているようだが、つまり、記憶などどうとでもなるわけだ。

   知覚も記憶も認識も、すべては脳が処理しているわけだから、脳が記憶へのアクセスを遮断したならば、その記憶は存在しないことになる。

   そして知覚も、ダイレクトではなく、すべて脳を経由して自動で再構築されたものを認識する。

   リアルなヒトの脳も実は、時間と空間を認知するのではない。はじめから時間と空間があるという認識。時間と空間がセットではじめから脳に埋め込まれている。だから、この事の意味は何なんだろうとずっと考えていた。

   つまり、そもそも現前する世界がほんとうに現実世界と言われているものの再構築なのかすらわからない。

   つまり時間と空間の形式が既に組み込まれている脳で世界がはじめて構築されているのかも知れないということ。

   そして。

   この世に生まれ落ちた時から脳に織り込み済みの時間と空間の形式の認識というのは世界を再構築する際の縛りではないのか、と思いはじめた。

  実のところ人には無限の能力が備わっていて本当は人が考える事は全て可能なのではないか。それを規制するために脳にいわゆる「箍(タガ)」が嵌められているのではないか。

   そのタガを外してしまえば人はほんとうに自由で変幻自在、行くとして可ならざるなしな存在になれるのではないか。ただし、時間と空間を超えること、それは同時に死を意味する、表向きには。

   そんな風にして、コインに表と裏があるように、実はヒトにも表と裏があるのは当然であると考えた。

   同じロケーションでも昼と夜とでは、全然印象が異なります。むしろ、別なものと考えても差し支えないほど、がらりと雰囲気は変わる。

  何が言いたいのかと言うと、私たちは、一般的には8時間睡眠くらいがよいとされているようですが、その睡眠している時間、8時間ならば8時間は、表の世界での睡眠時間であって、それは即ち裏の世界の覚醒なり活動時間ではないのか、ということなのだ。

   それは、つまり夢の世界の話ね?   と早合点されても困る。いわゆるリアルの表世界では、肉体を有しているので、かなりの制限があるのですが、裏の世界は、精神世界ですから縛りはない。

   まさにラノベの主人公になって、ハーレムを作り空を飛ぶなんて当たり前すぎるし、とにかく自由奔放に無双の限りを尽くせるわけなのですが、再び8時間経過して表世界での活動時間となるや、脳は今さっきまでの事象の記憶へのアクセスを遮断してしまう。夢は、その時の活動の残滓に過ぎない。

   そんなわけで、私は裏の世界で毎夜毎夜、特定したフェイク動画の犯人やら誹謗中傷した輩を的にし殺戮しまくっているのだった。

   それも阿鼻叫喚の地獄絵図の如く。溺死、轢死、首吊り、飛び降り、銃殺、撲殺と手を替え品を替え毎夜毎夜蹂躙し、殺しまくっているのだ。


p.s. 裏の世界の事象が、表には一切影響しないなどということはない。むしろその逆なのだ、実は裏が表を支配している。



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

乳首当てゲーム

はこスミレ
恋愛
会社の同僚に、思わず口に出た「乳首当てゲームしたい」という独り言を聞かれた話。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

自習室の机の下で。

カゲ
恋愛
とある自習室の机の下での話。

処理中です...