パサディナ空港で

トリヤマケイ

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#72 イナバウアー

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*月*日

   私鉄の駅の階段をのぼり切ったところで、ある音楽プロデューサーと名乗る男に批判めいた独り言をつぶやいてしまった俺に対して、すれちがいざま、そんなことはないと彼女は振り返りながらイナバウアーッ!   という感じでありえない角度で反り返り、「私を見つめて」と、真顔で言っているのがわかった。

   だから、俺はすぐさま使い捨てのアイコンタクトで流し目を送ってやったのをきっかけに、自分の行動に歯止めがかからなくなってしまったことを自覚しながらも、もうすでに左手はその女の胸の深い谷間に突っ込まれ、右手もスカートをたくしあげ股間をまさぐっていたが、これは、すべて自分の意思に反していることに違いなかった。

   勝手に手が動いているだけなのだ。

   女は、まったく抵抗しないまま天を仰ぐと胸の上で十字を切って何事か呟いた。

   俺は、そんなことには一切構わず、石畳のような冷たいホームの上に跪き、ギンガムチェックのスカートのなかに潜り込んで、またぐらに顔をおしつけていた。

「ママー、ママー」

   そう誰かが、耳近くで囁くようにいって、すすり泣いているのが聞こえた。熱いものが頬を伝っている。それが口に入ってくる。とっても辛くて、熱い。

   泣いているのは、自分だった。泣きじゃくりながら、パンストを破り裂き、Gストリングにちょっと引いたものの一気にずり下ろして、吸い付こうとした。

   が、そこで脳天に凄まじい一撃を食らって目の前が一瞬真っ白になった。自分がどこにいて何をしているのか、わからなくなるくらい痛かったが更なる地獄が待ち受けていた。

   物凄い力で、そう、万力のように左右から首を何かが締め付けてくるのだった。グイグイ絞められながら、そうか、これは女の太腿なんだということを思い出した。

   もう、このまま死んでしまうのもいいかもなんて思った。だって、今年に入ってから、ずっと電車の人身事故や自然災害が途切れることなくつづいているからで、あれは、今からとんでもない、たとえば地震とか戦争とかの、空前絶後の大殺戮、大惨事が起こるであろうことのオーメンではないのかと思った。

   その、信じられないほどの悲惨な出来事の漲る負のパワーが、ありあまって器からこぼれ出しているのだ。そのこぼれ出しているのが、事故としてこの世に顕現しているのだと思った。とにもかくにも、あまりにも異常過ぎる。

   世界が悲鳴を上げている。

  じょじょに意識が遠のいていく。だが俺はこの緩慢なギロチンで世界を救うのだ、俺の命と引き換えに。それが俺の使命だからだ。
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