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#110 カヲル
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そこまで書いて、お腹が空いたので何か作ってよと、リビングでワイドショーだかを観ていたカヲルに云いにいった。
カヲルはもう二十後半になるけれども、なお美しい肢体の持ち主だった。
ローライズの腰から膝にかけてのラインなんか生唾ものだし……。とにかく脚がとってもきれいだった。
きのう、カヲルに膝枕してもらい、うとうととまどろみながら、彼女が死んでしまった夢を見た。ぼくは涙を流しながら、カヲルの冷たい頬に頬擦りし、口づけした。
なんでカヲルが死んでしまったかといえば、別にぼくが私淑するあまりバロウズという作家を真似たわけじゃない。でも、ぼくが殺してしまったみたいな、とりかえしのつかない後悔が烈しく心の中に渦巻いていた。
バロウズは誤ってピストルで奥さんの頭を打ち抜いてしまった。
思うにたぶん遊びでロシアンルーレットでもやってたんじゃないだろうか。バロウズも大きな十字架を背負って生きていたんだなぁと、改めて思った。
ぼくにもそんなことができるだろうか、恋人をこの手で殺めてしまったという重い十字架を背負ってなおこれからも何食わぬ顔で、のほほんと生きていけるものだろうか。
もし仮に……
「ちょっとちょっと膝小僧抱えてさっきから何ぶつぶついってんのよ」
カヲルの能天気な声にぼくは一瞬たじろいだ。
カヲルは死んだのだけれども、その遺体はまるで生きているかのように喋ったりケーキを食べたり、お風呂に入ったりする。
この信じ難いけれども動かし難い現実をもう一度認識しなおさなければならない。現前こそすべてなのだ。
「ね、なによ。なんなのよ、その目は。人のこと亡霊みたいに見ないでよね」
そういわれてくだらない妄想を断ち切った。そうだった、腹が空いてたんだっけ。
「ねー、つまんない。どこかいこーよ」
ぼくは、頷く。
「そうだね。お昼はモスにしよう。じゃ、特急でメェル書くから着替えて待っててね」
メインのメールボックスを覗いてみると、ちょっと気になるメールが来ていた。
「ブログ凍結のお知らせ」ふざけんじゃないよ。こつこつと作った百のブログが全滅とのこと。笑いがこみあげてくる。怒る気には一切なれない。ただ、へらへら笑いながら担当者を滅多刺しにする自分を空想してみた。
それから、競作のこと絡みで酒井氏にメェルを書き始めた。羊みたいに。
あのさ、ベアトリーチェさんの「風来坊」読んだ?久々に感想かこうかと思ったけれど、やめときました。
まず、タイトル。今気づいたことだけど、これだけでもうテーマが絞りきられていないことがよくわかりますが。
ま、そんなことはどうでもいいんだけど、気になることがあって。作品に作者のカラーなり、個性なりが自然に出てくるのは当然なんだけれど、なんていうのかな、彼女は、まあ、キャラは立っているんだけれども、それ以前に作者の貌が見えて仕方ないような気がする。
だから、ストーリーは異なるのに、何を読んでも同じような。ま、気のせいかもしれないんだけど。でね、酒井氏はこれどうよってことなんだけれど。
つまり、自己言及とかしているわけでもないのに、物語の背景に隠れていなければならないはずの作者の貌が、やたら見えてしまうという、件。
この現象は、なんによるものなのか? 自分もそうなのかと思うと怖い。あ、それから、競作の件だけれども……
「ちょっと、いつまでやってんのよ! メールなんて、スマホでやれっつーの」
カヲルの怒声が矢のように飛んでくる。
「はは。ただいま。ただいま参ります」
◯
ぼくらは、のんびり歩きながら、モスへと向った。
ちょうどお昼時で、席があるかなって心配だったけれど、杞憂にすぎなかった。
ラッキー!
カヲルがオーダーにいく。
ここは以前入ったときにもスティービー・ワンダーがかかっていたな、なんて思いながらトイレへ。
ちょうどそこらへんで曲がかわり、大好きな『Isn't She Lovely』が流れはじめたにもかかわらず、トイレのなかにはスピーカーが設置されてなくてドアを閉めた途端に音は切断――正しくは遮断だけれども、ブチッと切られたようで――されてしまい、まるで異世界に飛ばされたような感じ。
席に戻ってみると、空いていた隣のテーブルにはひとりの女性がもう座っていた。
『I Just Called To Say I Love You』だろうか、曲に合わせて唄っている自分。ボクの前には、むろんカヲルがいて涼しげな眼差しでサトにミルクをあげている。
隣のテーブルの女性に何気なく視線を移すと、なんとノートPCを覗きこんでいる。結構、でかくてそそられる。とにかくメーカーを知りたくて仕方なかった。ぼくは死ぬほどPCが好きなんだ。
と、ありがたいことに注文の品が運ばれてくると彼女は急いでそれを閉じ、ぼくに近いテーブル側に置いて、ハンバーガーをパクつきはじめた。
ヤッホー! 確認完了。
HPだった。やたらでかい。十七インチはありそうだ。
曲は、『You are the Sunshine of my Life 』
サトは、ミルクをあまり飲まなかったので、カヲルがライスバーガーのお米を食べさせている。
とうに食べ終えてしまったぼくは、ペットボトルのミネラルウォーターをちびりちびり。
で、お隣の彼女は時間に追われていたのか、食べ終わるとやたら急いでトレイをもって席をたった。
それを横目で窺っていたぼく。
当然、愛するHPちゃんは、忘れるはずもなくひったくられるようにしてテーブル上からその存在は消え去っていた。
しかし……
しかしである。
彼女は忘れ物をしていった。
バッグは忘れなかったけれど、どこかのお店で買ったのだろうカワイイ手さげ紙袋。
こんなのいらねーから、HPおいてけYO!
どうしようか? とカヲルに視線を送る。
するとカヲルがカウンターに忘れ物を届けにいった。
さてと、お腹もいっぱいになったことだし、雑貨でも見にいくとするか。
ツクモでちょっとHPのノートのスペックを調べてみる。
店には置いてないとのことで、ぐぐることにした。スマートフォンの検索画面を見ながらふと、モスにたいへんな忘れ物をしてきたことに気づいた。
サトとカヲル。
だが、ここに至って、まだなおくだらんゲームをしている自分が虚しかった。
サト? いったいそれは誰やねん!
カヲル? そんなやつとっくのとんまに自殺してるやん!
みよちゃんに寄って駄菓子を買ってから帰ろうと思った。
誰も待っていないアパートに……。
夜空を見上げると、メロンのような新月の下で、金星がひときわ輝いていた。
そしてぼくは、きみのことを想った。
愛してる、愛してる、いまもまだきみのこと、心底愛してるんだ。
カヲルはもう二十後半になるけれども、なお美しい肢体の持ち主だった。
ローライズの腰から膝にかけてのラインなんか生唾ものだし……。とにかく脚がとってもきれいだった。
きのう、カヲルに膝枕してもらい、うとうととまどろみながら、彼女が死んでしまった夢を見た。ぼくは涙を流しながら、カヲルの冷たい頬に頬擦りし、口づけした。
なんでカヲルが死んでしまったかといえば、別にぼくが私淑するあまりバロウズという作家を真似たわけじゃない。でも、ぼくが殺してしまったみたいな、とりかえしのつかない後悔が烈しく心の中に渦巻いていた。
バロウズは誤ってピストルで奥さんの頭を打ち抜いてしまった。
思うにたぶん遊びでロシアンルーレットでもやってたんじゃないだろうか。バロウズも大きな十字架を背負って生きていたんだなぁと、改めて思った。
ぼくにもそんなことができるだろうか、恋人をこの手で殺めてしまったという重い十字架を背負ってなおこれからも何食わぬ顔で、のほほんと生きていけるものだろうか。
もし仮に……
「ちょっとちょっと膝小僧抱えてさっきから何ぶつぶついってんのよ」
カヲルの能天気な声にぼくは一瞬たじろいだ。
カヲルは死んだのだけれども、その遺体はまるで生きているかのように喋ったりケーキを食べたり、お風呂に入ったりする。
この信じ難いけれども動かし難い現実をもう一度認識しなおさなければならない。現前こそすべてなのだ。
「ね、なによ。なんなのよ、その目は。人のこと亡霊みたいに見ないでよね」
そういわれてくだらない妄想を断ち切った。そうだった、腹が空いてたんだっけ。
「ねー、つまんない。どこかいこーよ」
ぼくは、頷く。
「そうだね。お昼はモスにしよう。じゃ、特急でメェル書くから着替えて待っててね」
メインのメールボックスを覗いてみると、ちょっと気になるメールが来ていた。
「ブログ凍結のお知らせ」ふざけんじゃないよ。こつこつと作った百のブログが全滅とのこと。笑いがこみあげてくる。怒る気には一切なれない。ただ、へらへら笑いながら担当者を滅多刺しにする自分を空想してみた。
それから、競作のこと絡みで酒井氏にメェルを書き始めた。羊みたいに。
あのさ、ベアトリーチェさんの「風来坊」読んだ?久々に感想かこうかと思ったけれど、やめときました。
まず、タイトル。今気づいたことだけど、これだけでもうテーマが絞りきられていないことがよくわかりますが。
ま、そんなことはどうでもいいんだけど、気になることがあって。作品に作者のカラーなり、個性なりが自然に出てくるのは当然なんだけれど、なんていうのかな、彼女は、まあ、キャラは立っているんだけれども、それ以前に作者の貌が見えて仕方ないような気がする。
だから、ストーリーは異なるのに、何を読んでも同じような。ま、気のせいかもしれないんだけど。でね、酒井氏はこれどうよってことなんだけれど。
つまり、自己言及とかしているわけでもないのに、物語の背景に隠れていなければならないはずの作者の貌が、やたら見えてしまうという、件。
この現象は、なんによるものなのか? 自分もそうなのかと思うと怖い。あ、それから、競作の件だけれども……
「ちょっと、いつまでやってんのよ! メールなんて、スマホでやれっつーの」
カヲルの怒声が矢のように飛んでくる。
「はは。ただいま。ただいま参ります」
◯
ぼくらは、のんびり歩きながら、モスへと向った。
ちょうどお昼時で、席があるかなって心配だったけれど、杞憂にすぎなかった。
ラッキー!
カヲルがオーダーにいく。
ここは以前入ったときにもスティービー・ワンダーがかかっていたな、なんて思いながらトイレへ。
ちょうどそこらへんで曲がかわり、大好きな『Isn't She Lovely』が流れはじめたにもかかわらず、トイレのなかにはスピーカーが設置されてなくてドアを閉めた途端に音は切断――正しくは遮断だけれども、ブチッと切られたようで――されてしまい、まるで異世界に飛ばされたような感じ。
席に戻ってみると、空いていた隣のテーブルにはひとりの女性がもう座っていた。
『I Just Called To Say I Love You』だろうか、曲に合わせて唄っている自分。ボクの前には、むろんカヲルがいて涼しげな眼差しでサトにミルクをあげている。
隣のテーブルの女性に何気なく視線を移すと、なんとノートPCを覗きこんでいる。結構、でかくてそそられる。とにかくメーカーを知りたくて仕方なかった。ぼくは死ぬほどPCが好きなんだ。
と、ありがたいことに注文の品が運ばれてくると彼女は急いでそれを閉じ、ぼくに近いテーブル側に置いて、ハンバーガーをパクつきはじめた。
ヤッホー! 確認完了。
HPだった。やたらでかい。十七インチはありそうだ。
曲は、『You are the Sunshine of my Life 』
サトは、ミルクをあまり飲まなかったので、カヲルがライスバーガーのお米を食べさせている。
とうに食べ終えてしまったぼくは、ペットボトルのミネラルウォーターをちびりちびり。
で、お隣の彼女は時間に追われていたのか、食べ終わるとやたら急いでトレイをもって席をたった。
それを横目で窺っていたぼく。
当然、愛するHPちゃんは、忘れるはずもなくひったくられるようにしてテーブル上からその存在は消え去っていた。
しかし……
しかしである。
彼女は忘れ物をしていった。
バッグは忘れなかったけれど、どこかのお店で買ったのだろうカワイイ手さげ紙袋。
こんなのいらねーから、HPおいてけYO!
どうしようか? とカヲルに視線を送る。
するとカヲルがカウンターに忘れ物を届けにいった。
さてと、お腹もいっぱいになったことだし、雑貨でも見にいくとするか。
ツクモでちょっとHPのノートのスペックを調べてみる。
店には置いてないとのことで、ぐぐることにした。スマートフォンの検索画面を見ながらふと、モスにたいへんな忘れ物をしてきたことに気づいた。
サトとカヲル。
だが、ここに至って、まだなおくだらんゲームをしている自分が虚しかった。
サト? いったいそれは誰やねん!
カヲル? そんなやつとっくのとんまに自殺してるやん!
みよちゃんに寄って駄菓子を買ってから帰ろうと思った。
誰も待っていないアパートに……。
夜空を見上げると、メロンのような新月の下で、金星がひときわ輝いていた。
そしてぼくは、きみのことを想った。
愛してる、愛してる、いまもまだきみのこと、心底愛してるんだ。
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