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#162 釈迦
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*月*日
やっと雨があがったので久しぶりに散歩にいくことにした。今回もかなりの長雨で雨はひと月近く振り続けていた。
それでも核が東京に落とされ黒い雨が降り続いたときよりはまだましだった。
落とされる前には商店街にある角の煙草屋のところまで来ると、お約束みたいに男が不意に近づいてきて話しかけられるという事が何回もあった。
だが、そのうち煙草屋はマスク屋さんになった。その前には確か駄菓子屋さんだったはずで、子どもたちで賑わっていたのを憶えている。
駄菓子屋の前には古本屋だったはずで、一度も買い求めたことはなかったものの、足を止めてめぼしいものはないか幾度か探したことはあった。
タバコ屋からマスク屋に変わった当初は何の店になるのか、ちょっぴり楽しみだった。
新装された外観を見る限りでは、あのツイッターを買い取ったという世界長者番付一番のイーロン・マスクがマスクをした劇画風の絵がシャッターに描かれていたので、マスク屋ではないかと勝手に予想していた。
つまり、予想は当たったのだけれど、自分ならばイーロン・マスクではストレートすぎるので、そこはひとひねりさせて、ジェフ・ベソスにマスクをさせるけどなと、しょうもないことを考えながら、通りを渡って図書館のエントランスを歩いていると、お約束通り男が背後から近づいてくる気配を感じた。
このシチュエーションは久しぶりだった。角のタバコ屋がなくなってしまってから、ついぞ見知らぬ男から声をかけられることはなかった。
なので、不思議ではあるけれど角のタバコ屋の前を通ると見知らぬ男が声を掛けてくるというのは、セットなのだと思っていた。
そして、いつもめんどいから無視しようとするのだが、諦めて仕方なく名を名乗る。
しかし、はなから名を名乗るつもりなので、過剰に仕方ないなぁという演技をしてしまった自分は、まだまだだなと思う。
何がまだまだなのかわからないが、とりあえず私は男に正直に答える。
「キリストだ」
「へ?」
男よ、だからいいたくはなかったのだ。
「ならさー。このお茶、コーラ味にしてくれよ? できんだろ? ワインにするみたく」
るせ~な~
ksgkが
で...
コーラ味てか自分はペプシが好きだからペプシ味にしてやった。
「マジかーい!」
男はペプシ味のおーいお茶を噴き出してそういった。
「わかった! おっちゃん、セロやろ? セロな? 」
云うことを聞いてやったのだし
私は背を向けて歩き出す。
「なー!おっちゃん頼むからセロ云うてくれやー!」
以上が、見知らぬ男に声を掛けられた際の私の対応の一連の流れと、男の反応だった。
問題は、タバコ屋がマスク屋に変わっていることだった。その変化がどう影響するのか我ながら興味津津だった。
男は肩が触れるほど近づいてきた。そして案の定、名前を教えてくれという。
めんどいから無視しようとしたが諦めて仕方なく名を名乗った風を装って、スラスラと答えた。
「釈迦だ」
「へ?」
男よ、だからいいたくはなかったのだ。
「ならさー。ひとこと文句あんだよね、あんた、あれなに、地獄に蜘蛛の糸垂らすってさ? 蜘蛛の糸に亡者が我も我もと群がるのは目に見えてるよね? なのに蜘蛛の糸てなんなん? カンダタだけでも切れそうなのわかってるやん。なのにわかっててやるって、もてあそんでるとしか思われへん、あれは慈悲の心やなくただのイジメやないかい!」
これには私も驚いた。とりあえずこの男は、『蜘蛛の糸』を読んでいるらしい。
「まあまあ、落ち着いて。 キミはあれ? カンダタの子孫か何か? まあ、どうでもええけど、あの話はさ、芥川龍之介の書いたフィクションやから。ホンモノの釈迦があんなむごたらしいことせえへんて。確かに本気で救ってあげようおもてたら蜘蛛の糸はないわな。少なくとも登山用ロープとか、綱引きの綱くらい用意せなあかんやろな」
「そうやろ、話わかっとるやんけ。で、おたくさん、ホンマに釈迦なん?」
「そうやで。せやから今の話したんやで。あれはどこまでいっても芥川龍之介の作り話やさかい、釈迦がホンマにあんなことするかいな」
「そうか、言われてみればそうやな」
「納得いったようやな、ほな、これで」
駅の方へと行きかける私に、男はなお問い掛けてくる。
「いや、話はわかってんけど、ホンマなん? おっちゃん、ホンマに釈迦なん?」
「ああ、誰も信用してくれへんけどな。どうもそうらしいで」
「で、これからどこいくん? まさかサラリーマンやってるわけでもないやろ?」
「私を唯一、釈迦と認めてくれる場所に行くんや」
「どこ、どこにそんなんあるん?」
「マクドや、いや、東京はマックいうんか? 」
「マック? おっちゃん、まさか、この話オチあるやつやろ? それもしょーもないオチな?」
「まさか、蜘蛛の糸はみんな落ちてったが、この話にオチはないで」
「しょうもな。おっちゃん、わかったで、おっちゃん芸人やろ? グレープカンパニー?」
「ほな、これでな、マックいくさかい」
「はいはい。わかりました。みんなが温かく迎えてくれはるんやろ? シャカシャカってか? あーアホらし」
やっと雨があがったので久しぶりに散歩にいくことにした。今回もかなりの長雨で雨はひと月近く振り続けていた。
それでも核が東京に落とされ黒い雨が降り続いたときよりはまだましだった。
落とされる前には商店街にある角の煙草屋のところまで来ると、お約束みたいに男が不意に近づいてきて話しかけられるという事が何回もあった。
だが、そのうち煙草屋はマスク屋さんになった。その前には確か駄菓子屋さんだったはずで、子どもたちで賑わっていたのを憶えている。
駄菓子屋の前には古本屋だったはずで、一度も買い求めたことはなかったものの、足を止めてめぼしいものはないか幾度か探したことはあった。
タバコ屋からマスク屋に変わった当初は何の店になるのか、ちょっぴり楽しみだった。
新装された外観を見る限りでは、あのツイッターを買い取ったという世界長者番付一番のイーロン・マスクがマスクをした劇画風の絵がシャッターに描かれていたので、マスク屋ではないかと勝手に予想していた。
つまり、予想は当たったのだけれど、自分ならばイーロン・マスクではストレートすぎるので、そこはひとひねりさせて、ジェフ・ベソスにマスクをさせるけどなと、しょうもないことを考えながら、通りを渡って図書館のエントランスを歩いていると、お約束通り男が背後から近づいてくる気配を感じた。
このシチュエーションは久しぶりだった。角のタバコ屋がなくなってしまってから、ついぞ見知らぬ男から声をかけられることはなかった。
なので、不思議ではあるけれど角のタバコ屋の前を通ると見知らぬ男が声を掛けてくるというのは、セットなのだと思っていた。
そして、いつもめんどいから無視しようとするのだが、諦めて仕方なく名を名乗る。
しかし、はなから名を名乗るつもりなので、過剰に仕方ないなぁという演技をしてしまった自分は、まだまだだなと思う。
何がまだまだなのかわからないが、とりあえず私は男に正直に答える。
「キリストだ」
「へ?」
男よ、だからいいたくはなかったのだ。
「ならさー。このお茶、コーラ味にしてくれよ? できんだろ? ワインにするみたく」
るせ~な~
ksgkが
で...
コーラ味てか自分はペプシが好きだからペプシ味にしてやった。
「マジかーい!」
男はペプシ味のおーいお茶を噴き出してそういった。
「わかった! おっちゃん、セロやろ? セロな? 」
云うことを聞いてやったのだし
私は背を向けて歩き出す。
「なー!おっちゃん頼むからセロ云うてくれやー!」
以上が、見知らぬ男に声を掛けられた際の私の対応の一連の流れと、男の反応だった。
問題は、タバコ屋がマスク屋に変わっていることだった。その変化がどう影響するのか我ながら興味津津だった。
男は肩が触れるほど近づいてきた。そして案の定、名前を教えてくれという。
めんどいから無視しようとしたが諦めて仕方なく名を名乗った風を装って、スラスラと答えた。
「釈迦だ」
「へ?」
男よ、だからいいたくはなかったのだ。
「ならさー。ひとこと文句あんだよね、あんた、あれなに、地獄に蜘蛛の糸垂らすってさ? 蜘蛛の糸に亡者が我も我もと群がるのは目に見えてるよね? なのに蜘蛛の糸てなんなん? カンダタだけでも切れそうなのわかってるやん。なのにわかっててやるって、もてあそんでるとしか思われへん、あれは慈悲の心やなくただのイジメやないかい!」
これには私も驚いた。とりあえずこの男は、『蜘蛛の糸』を読んでいるらしい。
「まあまあ、落ち着いて。 キミはあれ? カンダタの子孫か何か? まあ、どうでもええけど、あの話はさ、芥川龍之介の書いたフィクションやから。ホンモノの釈迦があんなむごたらしいことせえへんて。確かに本気で救ってあげようおもてたら蜘蛛の糸はないわな。少なくとも登山用ロープとか、綱引きの綱くらい用意せなあかんやろな」
「そうやろ、話わかっとるやんけ。で、おたくさん、ホンマに釈迦なん?」
「そうやで。せやから今の話したんやで。あれはどこまでいっても芥川龍之介の作り話やさかい、釈迦がホンマにあんなことするかいな」
「そうか、言われてみればそうやな」
「納得いったようやな、ほな、これで」
駅の方へと行きかける私に、男はなお問い掛けてくる。
「いや、話はわかってんけど、ホンマなん? おっちゃん、ホンマに釈迦なん?」
「ああ、誰も信用してくれへんけどな。どうもそうらしいで」
「で、これからどこいくん? まさかサラリーマンやってるわけでもないやろ?」
「私を唯一、釈迦と認めてくれる場所に行くんや」
「どこ、どこにそんなんあるん?」
「マクドや、いや、東京はマックいうんか? 」
「マック? おっちゃん、まさか、この話オチあるやつやろ? それもしょーもないオチな?」
「まさか、蜘蛛の糸はみんな落ちてったが、この話にオチはないで」
「しょうもな。おっちゃん、わかったで、おっちゃん芸人やろ? グレープカンパニー?」
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