184 / 222
#183 夢の残滓(円山町+)
しおりを挟むついさっき映画の打ち上げで知り合ったばかりの知らない若い子と、ラブホどこにしようかなんて、冗談めかしてしゃべりながら、円山町をぐるぐる回っていた。
つまり、歩きながら半分口説いていたわけだけれども、見知らぬ彼女と早々と再会を果たしたとき、なぜか切ない気持ちになったのだった。
それは、ノスタルジーでもないだろうし、いや、もしかしたなら超短期のノスタルジーなのかもしれない、恋に堕ちるときってそんなもんじゃないだろうか。
彼女の方もアルコールが入って少し大胆になり、欲望を解放する気がなきにしもあらず、といったところだったかもしれない。
実は、映画がクランクアップしたので、それまでの監督とプロデューサー側との対立は陰を潜めたが、撮影隊はギリギリまで一触即発の状態だった。
自分は、製作部で演出部とはあまり意思の疎通がとれていないが、監督には心酔しているという微妙な立ち位置だった。
クランクアップはとにかくうれしかったが、それはもうこんな現場にいなくて済むから、という理由からでもあった。
なので、打ち上げに顔を出す程度で、すぐさま帰ってしまえばよかったのだけれど、自分でもよくわからない、スイッチの切り替えがまだ出来なかったといえばいいだろうか。
もやもやと何かが燻っていてスッキリとしないということではなく、
ほんとうにしんどかった撮影がやっと終わったという安堵感で、気持ちに余裕ができ、もう少しその余韻に浸っていたかった、ということなのかもしれない。
様々なシガラミから解放され、一秒でも早くひとりになって自由を謳歌したいはずなのに、もう戦いは終わり、戦場から離脱できることがわかっているからこそ、逆に戦場にとどまっていたのかもしれない。
映画という非日常と日常のボーダーラインの上で、そのギャップを楽しんでいたのだろうか。
まあ、映画の撮影はマジに過酷という話だが、グズグズしているうちにプロデューサーのやっているお店に連れていかれたりして、P側のベテランのスタッフさんからは、敵情視察に来たのか、みたいな冷たい視線を投げられたりもした。
見知らぬ女子は、むろん、映画のスタッフなどではない、衣装さんだかメイクさんの友だちの友だちのまたその友だちが、打ち上げの会場だった店にたまたま居合わせて、こちらに合流したのだった。
映画は、進行している内に監督側とプロデューサー側とで見事に溝が生じて分断してしまい、非常に危うく深刻な状態だった。
撮影が進むにつれ、乖離がはっきりと現われ、撮影隊は崩壊寸前だったが、それでもなんとかクランクアップに漕ぎ着けたのだった。
そして、プロデューサーの店から抜け出して、帰ろうと渋谷の駅に向かっていると、1次会で見かけたメイクさんだかの友だちの友だちに、またばったりと遭遇したというわけだった。
さっき知り合ったばかりだったけれど、なぜか旧知の仲のように自然に振る舞える自分が不思議だった。
撮影が終わり、何物にも束縛されない完全なフリーになった解放感が、後押ししたのかもしれないが、彼女がとびきりの美人だったから、というのは否めない。
そういえば、まだ名前すら知らなかった。
「なんて呼べばいい?」
「葉月。葉っぱの葉に、月」
「葉月ちゃんか、いい名前だね」
「酔い醒ましに少し散歩しない?」
そんな見え透いたセリフが口からするすると出ていった。
道玄坂をふたりして歩きながら、飲み直そうか、あるいはマンキツに行くとか、ジャズ喫茶は? なんてとりとめのないくだらないことを喋りながら、それでも酔いが回っているからという大義名分があるので、ケラケラ笑いながらも、しっかりとラブホ街である円山町方面に向かっていったのだ。
それから暫くして彼女からもう疲れた、休みたいというサインがでたので、ほなほな、休憩しましょと近くのラブホに入った。
安い部屋から空室はなくなっていくのか、そのラブホに入った時にはもう一番高い部屋しか空きはなかった。
たまたま受付が一緒になったメンズのカップルは断られてしまったらしく、こちらを恨めしそうに見ていたが、こっちもぐずぐずしていたら朝になってしまうので仕方なくそこに決めた。
そして、冷蔵庫に入っていたキンキンに冷えたチリ産の安いシャルドネを自分はがぶ飲みした。
そして、シャワーを浴びている知り合ったばかりの美しい女「葉月」を、静かに待っていた。借りてきた猫みたいに緊張しながら。
しかし、その安ワインが呑みやすく、知らず知らずに呑み過ぎてしまったようだった。
うら若き半裸のヴィーナスが、地上に舞い降りてきた時には、自分は軟体動物みたいにグデングデンに酔っ払っていた。
とにかく気分は上々、解放感が堪らなかった、だから後先考えずがぶ呑みしてしまった。
そして、後悔しても後の祭り。
勃つわけもないのだった。
やがて明け方近くに阿鼻叫喚のような嗚咽する女たちの声で泥のような眠りからふと目覚めた自分は、地の底から聞こえてくるような女たちの悦びとも哀しみともつかぬ声を聞いた。そして、その女たちの本物の欲望剥き出しの声にぞくりとした。
その女たちのヒーヒーと啜り泣く悦びの声は、再びオスである自分を駆り立てた。
葉月は、背中を向けて眠っていた。その背中にぴたりと抱きつき、脚も葉月のようにくの字に曲げると、目覚めたときから実ははちきれんばかりにきつく勃起していたものが、どうしてもお尻にあたってしまうのだった。
それからもう我慢できなくなって、下着をめくってぬるぬると突き挿していった。
葉月は、うーとかあーとか何か言いながらも、まだ夢の中のようで、自分は葉月の名を繰り返し囁きつつ、寄せては返す波のようにゆっくりと腰を使いながら、夢見心地で、再び奈落の底へと堕ちていった。
*
自分は、それ以降しばらくは映像の仕事には就かなかった。映画ではなく、2Hのドラマに何度か誘われもしたが、断ってしまった。
あの夜、初めて会った葉月と関係をもっていなかったら、何かが変わっていただろうか。というか、自分はやはり後悔しただろうか。
幾度となく、そんなバカげたことを考えた。
一晩だけのゆきずりの恋で人生が変わるわけもないとは思うのだけれど、関係を持ったからこそ、甘く苦い想い出の残滓が、彼女の美しい面影と共にいつまでも心に巣食っているのだった。
彼女は、声優を目指して東京に出てきたと言っていたけれど、夢は叶っただろうか。
今は、映画とはまったく関係のない、どこにでもいるただのつまらないサラリーマンとなった自分は、監督になるという夢を諦めてしまった。
そして家庭を持ち、家族がいるという喜びがあると同時に、雁字搦めだと思う自分もいるのだった。
不謹慎だと言われるかもしれないが、家庭に縛られれば縛られるほど、映画みたいな彼女との劇的な再会が用意されているのではないかなどと妄想してしまうのだ。
そして、そんな奇跡が待っていたならば、その時は、自分もしっかりと夢のつづきを、回収したいと思っている。
しかし。それは結局、なにものにもなれなかった自分への言い訳、誤魔化しにすぎない。
実は、家族に縛られていなかったならば、才能あるオレは監督にまで、のぼり詰めていたはずなのだ、なんてあまりにも酷い自己欺瞞であり、一周まわって自虐ネタでしかない。
とどのつまり、憧れは、手の届かないものだから、いつまでも光り輝く存在なのであり、憧れは、憧れのまま、うっとりと夢見心地で見つめていればいい。
想うだけで夢見心地になれる存在のある今こそが、ほんとうはいちばん幸せなのかもしれなかった。
追記:
以上の話は、かれこれ3年前の出来事であり、今現在自分は離婚して社畜も辞め、タイミーやらシェアフルといった単発バイトで日銭を稼ぎ、なんとか食い繋いでいるただのドルヲタだ。
そして、葉月(仮名)は地下アイドルになった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる