正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

文字の大きさ
7 / 127
第一章 呪われし者

血の連鎖

しおりを挟む
「じゃ、一杯だけ引っ掛けて行こう」

 そう言って入った店の中は、懐かしい活気と熱気で溢れていた。

 若者たちの社交場のひとつ――安酒場[蜂と女王ビー・アンド・クイーン

 今この瞬間も、麦酒エール片手に皆で国歌を大合唱している者たちも居れば、仲間どうしで国政に関してのタブーを熱く戦わせている者たちもいる。

 そんな若者たちの一切の無礼講が許される場所。
 それが[蜂と女王ビー・アンド・クイーン]という場所であった。

「おーおー、やってる、やってる」

 辺りを見回しながら、ディーンが楽しそうにそう言った。
 確かに、昔は彼らのように話題にする事がタブーとされている話で、良く意見を戦わせていたものである。
 それが、今では腫れ物を触るようにタブーを扱っているのだから、皮肉なものだ。

(俺も、すっかり役人だな……)

 そんなことを、ぼんやりと考えていると。

「おい、聞いたか?」
「何を」

 通りがかった客席から、何気ない会話が聞こえてくる。
 紺を基調にした軍服に身を包んでいることから、大学の学生たちだと分かる。

(ほんと、懐かしいな)

 挫折や失敗を恐れず、将来への夢や希望を「ああでもない」「こうでもない」と語り合っていたあの頃。

 彼らも、そうやって意見を交換したり話し合ったりしてるのかもしれない。
 と、そんなことを思いながら、ぼんやり彼らの話に耳をそばだてていると。
 話を振った男――体格の良い男子学生は、神妙な顔で辺りを注意深く見回すと、声を潜めてこう言った。

「何って……[爆弾娘リズ・ボマー]の判決の話だよ」
「ああ、執行猶予付いたな」

 大皿の上に盛られた鶏肉の蒸し焼きに手を伸ばしながら、もう一人の眼鏡をした学生が驚いた風も無くそう言った。

(もうちまたに広まってるのか、早いな……)

 そう心の中で苦笑するエフェルローンをよそに。
 二人の男子学生の会話は進んでいく。

「なんだ、知ってたのか?」

 つまらなそうにそう漏らす体格の良い男に。
 眼鏡の学生は、酒を一口飲み下すと、今度はサラダを皿に取り分けながらこう言った。

「知ってたも何も、こうなることは予想してたよ」

 それから手元のナプキンで指を拭くと、人差し指を一本立てて、体格のいい男の前に突き出すようにしてこう言った。

「いいか、考えてもみろ。事件を起こしたのは上級貴族のご令嬢だぞ? それも、本人に殺意は無かったという。本人が故意じゃないという以上、何の証拠も無いんなら、どんなに重い刑でも、法に則れば無期懲役、事情を汲んでも残念ながら死刑になんてならんだろう。よく言うだろう? 『疑わしきは罰せず』ってね」
 
(なるほど、こいつはカーレンリース卿と同じ考えか……確かに、感情を省けはこれが法の指し示すところだな。俺も、こっちに近いが)

 そんなエフェルローンの心の声に反発するように。
 体格の良い学生は、腑に落ちないという風にこう言った。 

「それって、おかしくないか? 実際に、[爆弾娘リズ・ボマー]は人を殺してるんだろ? 俺は死刑相当で良いと思うけどな」

 判決に納得いかないのだろう。
 体格の良い学生は、そう言って腕を組んだ。
 そんな男に、眼鏡の男はフォークとナイフを握ると、肉の蒸し焼きを起用に切り分けながらこう言った。
 
「動機が不明なんだ。そうなると、事件は至って灰色グレーになる。その場合は、えん罪を懸念して『疑わしきは罰せず』が適用される。しかも、今回の容疑者は貴族の令嬢、それも三大貴族のひとつ、ジュノバ公爵家のご令嬢だ。慎重に慎重を喫するのは当然だろう。それに今回、憲兵の参考人のひとりが意見することを放棄したらしいから、それも無罪相当の判決を決定付けた大きな要因のひとつかもな」
 
 そう言って、取り分けた皿の肉を頬張る眼鏡の男子学生に。
 体格の良い男はイライラと酒を煽ると、酒杯を空にしてこう言った。

「意見を放棄? ってことは、そいつがちゃんと意見を言っていたら、[爆弾娘リズ・ボマー]は死刑になったかもしれないのか。憲兵のくせに、なんでちゃんと仕事しない……!」

 その、無念が滲む学生の言葉に。
 エフェルローンの心臓は、ぎゅっと萎縮する。

(ベトフォードの人たちの気持ちは分からなくは無い。でも法は、両者に公正でなければならない。だがその公正がなんなのか、[爆弾娘リズ・ボマー]を無罪相当にすることなのか、それとも有罪とすることなのか、俺には――)

――その時。

「俺は、俺は認めねぇぞ! [爆弾娘リズ・ボマーが、あの[大量殺人者]が無罪放免だなんてな!」

 そう言って、一人のがたいの良い大男が立ち上がった。
 濃紺の制服を着ているので、この男も大学の学生なのだろう。
 男は、ドスの効いた野太い声でそういうと、立ち上がったまま豪快に酒を煽る。
 と同時に、酒杯が床に叩き付けられる音――。

「なんだ、揉め事か?」
 
 ディーンが、愉快そうに目の前のカウンター席に腰掛ける。

「血が騒ぐなぁ、おい」

 そう言ってカウンターに肘を付き、ニヤニヤと大男を眺めるディーンに。
 エフェルローンは同じく目の前のカウンター席に向かうと、それによじ登りながらこう言った。

「その年で『参戦する』とか言うなよ? まあ、止めはしないけど」

 そう言って、荒い息をしながら席に着いたエフェルローンに。
 ディーンは、ニヤリと笑うとこう言った。

「参戦はしないが仲裁には入るかもな? 俺、憲兵だし。制止を聞かなければ法の下やりたい放題ってな」

 嘘とも本気とも付かないディーンの言葉に。
 エフェルローンはうんざりしながらこう言った。

「ま、椅子と机だけは壊すなよ」
「はいはい」

(この話の主要人物として係わっている以上、触らぬ神にたたり無しだな)

 そう心に決めると。
 エフェルローンは傍観者を決め込み、静かに事の成り行きを見守る事にする。

 と、そんなエフェルローンの心を知ってか知らずか。
 大男は、周りに聞こえるような大声でこうのたまい始めた。

「俺はな、ベトフォードの出身だ! [爆弾娘リズ・ボマー]のせいで、家族を全員失った。全員だ……! 俺には、[爆弾娘リズ・ボマー]と同じ年の妹がいた。その妹はもう居ない。それなのにあの女、[爆弾娘リズ・ボマー]は、柔らかいベッドに寝て、美味い者を食って、家族と笑い合ってるんだ。そんなの、許せるか? そんなの、平等だって言えるか? だが、お偉いさん方はそれが平等だと言う。だが俺は、俺はそんなの認めねぇ!」

 そう言って、拳を片手に涙を流す男。
 そんな男の無念さの滲む訴えに。
 酒場は、まるで葬式のようにシンと静まり返った。

 無言のまま、互いに顔を見合わせる若者たち。

 だがそんな中、一人の若者が徐に立ち上がってこう言った。

「俺も、お前の気持ち分かるぜ。ベトフォード出身なんだ。俺も、家族を亡くした。全員……」

 髪の先端を赤く染めた、見るからに軽そうな男子学生は、そう言うと自分の酒杯を一気に煽った。
 そして、もう一人。

「僕も……君たちと同じ。悔しくて今、やけ酒中」

 そう言って、顔を赤くして苦笑う小柄な男子学生。
 彼の机の上には、既に葡萄酒のボトルが二本、空になって置いてある。

「おやおや」

 ディーンがそう言って肩を竦める。

 と、その時――。 

「その女を、四年前助けた奴が今ここに居るって言ったら?」

 その言葉に。

 酒場に居る全員の視線が酒場の入口の方に向けられる。

「誰だ?」
「さぁ……」

 一部の学生からそう声が上がり、酒場がにわかにざわめき始めるのを確認すると。
 酒場の入口に立っている男――銀髪黒眼の男は、黒い瞳を満足げに細めながらこう言った。

「君たちが憎む[爆弾娘リズ・ボマー]を命がけで救った男だ。そいつが今、ここに居るとしたら……君らはどうする? いや、どうしたい?」

 ざわめきが、一気にどよめきに変わる。
 無論、大男は大きな身体を震わせ宙に吠えた。

「そんな奴は私刑リンチだ、死刑リンチしてやる!」

 それに賛同する者が拍手を送り、不賛成の者は机の上に代金を乗せると無言で席を立って行く。

 エフェルローンはというと。
 大男では無く、入口の横に陣取る男を凝視する。

 心臓を鷲掴みされたような恐怖感におののきながら。
 エフェルローンは、その男の名を苦々しく絞り出す。

「キースリー……」
 
 そんなエフェルローンの、恐怖に歪む青白い顔を満足げに眺め遣ると。

 キースリーは新しい玩具を見つけた子供のように、残酷な笑みを浮かべるのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

処理中です...