正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

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第一章 呪われし者

青銅の魔魂石

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「これが、捜査資料だ。受け取れ」

 そう言って、キースリーは自分の卓上に資料を滑らすと、肘掛け付きの椅子にゆっくりと背中を預けた。

「失礼します」

 そう言って、目の前に差し出された資料を両手で受け取るエフェルローン。
 それを確認すると、キースリーはおもむろに口を開いてこう言った。

「今回の任務だけど、君たちには巷で起こっている[殺人事件]のひとつを担当してもらう。被疑者や現場の状況、遺留品などの資料はこのファイルに全て入ってる。それと……」

 キースリーは、慣れた手つきで胸のポケットから鈍く輝く石をいくつか取り出すと、酷く投げやりな態度でこう言った。

「クェンビー、国から君への支給品だ。[青銅ブルゾス魔魂石まこんせき]……上限の五つだ。持っていけ」

 そう言うと、キースリーはまるで野良犬に餌でも恵んでやるかのように、それをひとつずつ床に放り投げた。

「……えっ」

 ルイーズは目の前で起きていることに驚き、思わず口元を手で押さえる。
 その[魔魂石まこんせき]のひとつが、資料を持つエフェルローンの手の甲を掠め、床に転がった。

「…………」

 顔色ひとつ変えずにキースリーを見据えるエフェルローン。
 それを愉快そうに見下すキースリー。

 両者の間に緊張した空気が走る。

「こ、こんな……こんな失礼なことって……」

 ルイーズはそう言って絶句すると、キースリーとエフェルローンの顔を交互に見る。
 そんなルイーズの抗議の声など気にも留める様子もなく。
 キースリーは意地の悪い笑みを口元に浮かべながら、更にエフェルローンに向かってこう言った。

「拾えよ、クェンビー。君の安月給なんかじゃ到底手に入らない[青銅ブルゾス魔魂石まこんせき]だよ。いつものように、床に這いつくばって拾ったらどう?」

 そう言って、エフェルローンの神経を逆なでするような言葉をつらつらと連ねると、キースリーは瞳の奥で意地悪く笑いながらこう言った。

「君の命綱だもんね、それ」
 
 そう言ってキースリーが視線を落とした先。
 そこには、鈍い光を放つ青い[魔魂石まこんせき]がひとつ。

「やっぱり心配だろう? 姉君のこと。リアさんだっけ? すごく綺麗な人だよね」「何が言いたい……」

 エフェルローンは苛立たし気にそう答えた。
 その声には、少なからず殺気がこもっている。

「何って、僕も心配してるのさ。身寄りも親族もない君たち姉弟きょうだいをさ」
「はっ、笑わせるな。お前はそんな玉じゃない」

うそぶくキースリーを、エフェルローンはそう鼻であしらう。
 そんなエフェルローンの冷たい反応に。
 キースリーは「傷ついた」とでも云うように大仰に肩を竦めて見せると、今度は、「いかにも心配している」といった体でこう言った。

「でも、君は不死身じゃないだろ? 君が死んだら……君の姉君はどうなってしまうんだろうねぇ」

 意味ありげにそう言うと、キースリーは悪意に満ちた非情な笑みをうっすらと浮かべ、唇をひと舐めする。
そしてあろうことか、何の躊躇いも無くこう言い放った。

「まあ、君の姉君ぐらいの器量があれば、男に体売って生きてくことも不可能じゃ無いか。まぁ、そのときは僕も微力ながらお手伝いするよ? 一応僕は、君の上官だからね」
 
 その、恥も外聞も厭わぬ不埒な物言いに。
 エフェルローン中で、怒りを抑え込んでいたたがが外れる。

「お前……」
 
 胸の前で拳を作り、今にもキースリーに飛び掛かっていきそうなエフェルローン。      
 そんなエフェルローンを、ルイーズが渾身の力を込めて制止する。

「伯爵、駄目です!」

 エフェルローンの小さな両肩が、ルイーズの両手でがっちりと掴まれる。

「離せ……」

 全身から殺気を漂わせ、ルイーズを鋭く睨みつけるエフェルローン。
 殺意だけで人を殺せそうな、その殺気を帯びた瞳に。
 ルイーズは気圧されながらも、一歩も引かずにこう言った。

「伯爵。伯爵は憲兵です。人を守るのが仕事です。その憲兵が人を傷つけてしまったら、それはもう……憲兵ではなく、ただの犯罪者です、だから――」
「離せ……」

 そう言って、ルイーズの手の甲に爪を立て、それを引きはがそうとするエフェルローン。
 ルイーズは、手の甲に滲む血と痛みをグッと堪えると、その両手に更なる力を込め、必死の形相でこう言った。

「この手は絶対に放しません! 伯爵を刑務所に行かせるわけにはいきません! もしそんなことになってしまったら……」

 そう言って涙ぐむと、ルイーズは声を震わせこう言い放った。

「それこそ、伯爵のたった一人のお姉さまはどうなるんですかぁ!」
 
[姉]という言葉に。
 エフェルローンの肩がピクリと跳ねる。 
 
「くそっ……」

 そう捨て台詞を吐くと。
 エフェルローンの殺気は、潮が引くかのようにさっと消えた。

「伯爵……」

 不安そうに肩を掴み続けるルイーズに。
 エフェルローンは大きなため息と共にこう言った。

「もう、大丈夫だ」

 その冷静な口調に安心したのか、ルイーズの目じりから涙が一粒伝って落ちる。
 そして、その様子を面白そうに眺めていたキースリーは、口惜しそうにこう言った。

「あーあ、怒りは収まっちゃったか。君が[犯罪者]になるまで、あともう少しだったのに……ねぇ、クェンビー?」

 そう言って、エフェルローンの気をまた逆なでしようと試みるキースリーに。
 エフェルローンは無言で抵抗する。

 理性を取り戻したエフェルローンに。
 
 キースリーはつまらなそうに鼻を鳴らすと、今度は権力をちらつかせながらこう言った。
 
「さ、床の上に転がっている[青銅ブルゾス魔魂石まこんせき]。今回はどうするつもり? 拾う? それとも諦める? まあ、僕はどちらでも構わないけどね」
「…………」
「あっと、そうだった」

 わざとらしくそう声を上げると。

 キースリーはおもむろに上着の内ポケットに手を入れる。
 そして、その内ポケットから鈍く光る[青銅ブルゾス魔魂石まこんせき]を摘まみ出すと、面倒くさそうにこう言った。

「ほら、あとひとつ。持っていきな」

 そしてまた、[魔魂石まこんせき]を床に放り投げるキースリー。

その[青銅ブルゾス魔魂石まこんせき]は、コロコロと床を転がり、ルイーズの長靴ちょうかの先で止まった。

 長靴の先で青鈍く光る[青銅ブルゾス魔魂石まこんせき]。

 ルイーズは思わず顔を強張らせた。

 更に、義憤のせいもあるだろう。
 その両の拳は、酷くわなわなと震えている。

 そして、とうとう我慢できなくなったルイーズが、キースリーに向かって何かを言いかけたそのとき。

 エフェルローンは無言で床にしゃがむと、[青銅ブルゾス魔魂石まこんせき]を黙々と拾い始めた。

「伯爵、う……うそ、でしょ?」

 そんなルイーズの驚きなどものともせず、床に這いつくばると。
 エフェルローンは、飢えた獣のように床の上に転がる[青銅ブルゾス魔魂石まこんせき]を、舐めるように探すのであった。
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