正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

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第三章 生きることの罪

悪意の胎動

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「それは、本当なのか」

 そう、裏付けを求めるエフェルローンに。
 ダニーは大きく頷くと、自信ありげにこう言った。

「はい。第二師団・第一連隊の騎士たちが、侵入者の一人を捕らえて自白させたところ、そう言っていたそうです」

 そう言って、炭酸入りパイナップルジュースを一口、口に含むダニー。
 その話の内容を受け、エフェルローンは「なるほど」とばかりに顎に片手を添えると、真面目な顔でこう言った。

「まあ、国家所属騎士の一連隊が投入されてはいるとはいえ、主な戦力は実質、自領の騎士団だからな。それに、地の利生かした戦いというのは、その土地の領主にしか出来ないものだ。そうなると、南部戦線の指揮官は王立騎士団の連隊長ではなく、自ずとバックランド侯爵になる。だからグランシールにしてみれば、バックランド候が一番目に付く憎き標的となるんだろうな」
「でしょうね。父もそう言ってました」

 そう言って、目の前に積まれた鳥肉の塩焼きに手を伸ばす。
 と、そんなダニーの答えに。
 エフェルローンは、多少の驚きをもってこう言った。

「ひょっとして、お前の父親は騎士なのか?」

 そう尋ねるエフェルローンに。
 ダニーは顔色一つ変えず、鶏肉を頬張るとこう言った。

「はい、第二師団・第三連隊の隊長を務めています」
「そうだったのか」

 意外な驚きを込めて、しみじみとそう言うエフェルローンに。
 ダニーは照れたように頭を搔いた。

「実はこの情報も父の情報筋からのものなんです。って言っても、先輩もよく知っている人だとは思いますけど」

 そう言って意味ありげににやにやと笑うダニー。
 と、そんなダニーをムッとした表情で見つめると、エフェルローンは不快感も顕にこう尋ねる。

「俺が知っている?」

 そう言って、口をへの字に曲げ、眉を顰めるエフェルローンに。
 ダニーはクスクスと笑うと、ここぞとばかりにこう言った。

「はい、先輩が大の苦手としているユーイング先輩です」

 ダニーの嬉々とした回答に、エフェルローンは渋い顔をする。
 
「ユーイング先輩、か。確か、つい最近入れ替えでこっちに戻って来てるんだっけな、あそこの第一連隊。あの人、まだ生きてたのか」

 皮肉を込め、エフェルローンはうんざりしたようにそう言う。
 そんな無礼極まりないエフェルローンに、ダニーは口を曲げると深いため息と共にこう言った。

「そんな言い方失礼ですよ、先輩。ユーイング先輩は、男気があって懐が深くて……僕の尊敬する先輩です」
「ああ、そうかい」

 面白くなさそうに頬杖を突くエフェルローンに。
 ダニーは「手が焼ける」と言わんばかりに大きなため息を吐くと、人差し指でエフェルローンを指さしながらこう言った。

「先輩は、ユーイング先輩みたいにもっと人に優しくすべきですね。確かに、先輩は自分に厳しい面がありますが、人にも厳しすぎます。特に、ルイーズさんには」
「……それは、あいつが! あの能天気女が、身勝手に動くから!」

――それで俺が、どれだけ神経すり減らしてると思ってるんだ!

 そう心の中で叫ぶと。
 エフェルローンは椅子から腰を浮かせ、机の上に乱暴に両手を突いた。

 そんな、怒りに我を忘れたエフェルローンの肩を、ダニーは落ち着かせるようにトントンと叩く。
 そして目を怒らせ歯をむき出さんばかりのエフェルローンの眼前に、人差し指をスッと突き出すと、それを左右に動かしこう言った。

「確かに。自分のペースを乱されて、苛立たしいのは分かりますけど。でも、それは、ルイーズさんに当たる所じゃないでしょう? ルイーズさん以外に、そうなる外的要因はたくさんある訳ですし。そう考えると、先輩はもっとストレス発散の方法を真剣に探した方がいいですね。僕みたいに読書するとか、劇場に足を運ぶとか」

 そう言って、炭酸入りパイナップルジュースをぐいと飲み干すダニーに。
 エフェルローンは頬杖を突いたままそっぽを向くと、むすっとした顔でこう言った。

「読書も劇場も、俺の趣味じゃない」
「じゃあ、何が趣味なんですか」

 げんなりと眉尻を下げると、ダニーはため息交じりにエフェルローンにそう尋ねる。
 と、そんな「もう、面倒くさい」と云わんばかりのダニーに。
 エフェルローンは、憮然とした表情のままぶっきらぼうにこう言った。

「解呪の方法の研究。それが、あいつのせいで進まなくて苛々してるんだよ……後は、酒飲むくらいか」

 そう言ってふて腐れるエフェルローンを、ダニーは苦笑気味に見遣ると。
 逆さにしたグラスを元に戻して、酒を注文するとこう言った。

「ユーイング先輩の弁じゃないっですけど。ほんと、面倒くさい人ですよね、先輩って」
「うるせーよ」

 そう言って、本格的に拗ね始めるエフェルローンを困ったように見つめると。
 ダニーは、頼んだ酒をエフェルローンの前に差し出して、肩を竦めつつこう言った。

「じゃ、先輩。これは僕のおごりです。これ一杯じゃ憂さは晴れないでしょうけど、明日もありますから我慢して下さい」
「…………」

 そう差し出された酒に、エフェルローンは何とも渋い顔をした。

 悪いのはルイーズじゃない。
 そんなの自分が一番良く分かっている。

 それなのに――。

(こんな子供みたいに駄々こねて。俺は一体、後輩相手に何やってんだ……)

 そう言って、エフェルローンは心の中で頭を抱える。

 と、その時――。

「ダ、ダニー兄さん! ダニー・ガスリーはいますか!」

 突然、店の戸口が勢いよく開くと。
 黒髪の少年が濡れる体も気にせず店内に駆け込んで来た。

 少年は滴る水も気にせず、ごった返す店内の客を掻き分けながら、更に叫んでこう言った。

「ダニー・ガスリーは、ダニー・ガスリーはいますか!」

 その声に。
 ダニーは弾かれたように立ち上がると、ひしめく人の中に目的の人物を認めてこう言った。

「ジミー? ジミー! ここだ!」

 そう言って、大きく手を振ると、ダニーはジミーと呼んだ少年を自分の近くに招き寄せた。

「ジミー。こんなに濡れて……しかも、そんなに息を切らせて。一体、どうしたの?」

 そう言って、ジミーの雨に濡れた両肩をがっしりと掴むダニーに。
 顔を青くし駆け寄って来たジミーは、肩で荒く息をしながら雨で濡れた顔を手の甲で拭い、こう言った。

「と、父さんが……」

「父さん」という言葉に、事の重大さを感じたダニーは顔色を青くし、恐る恐るこう尋ねる。

「……父さんが、どうかしたの?」

 そう言って、生唾を飲み込むダニー。
 と、そんなダニーの両腕をがっちり掴むと、ジミーは泣き出しそうな顔でこう言った。

「父さんが……父さんが、襲われた!」

 外は、雨。
 星ひとつない、昏い雲の立ち込める薄ら寒い空の下。

 ダニーの父――エディー・ガスリーは、何者かに強襲され、瀕死の重傷を負うのであった。
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