正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

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第三章 生きることの罪

翡翠のブローチ

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 ルイーズとアダムのデート当日、午前九刻を少し過ぎた頃――。

 エフェルローンはダニーと共に、図書館から少し離れた小さなカフェのテラスで遅めの朝食を摂っていた。
 
「先輩。昨日は眠れましたか」

 白い半袖チュニックに黒い革のジャケットをはおり、黒革のズボンに黒革の長靴ちょうか穿いたダニーは、そう言って千切ったクロワッサンを口に頬り込んだ。
 首には、細いベルトのような黒革のチョーカを巻いている。

「……愚問だろ、それ」

 充血した灰青色《はいあおいろ》の瞳を横に逸らすと。 
 白いブラウスに、鉄紺てつこん――暗い紫寄りの青――の上着をはおり、黒色のキュロットに紐付きの黒いたんブーツを穿いたエフェルローンは、スクランブルエッグをナイフでフォークに器用に乗せると、憮然とした顔でそう言った。
 そんなエフェルローンの首元を彩る白いひだのような胸飾りの中央には、金の台座に上品に収まった長方形の石――少し灰色がかった薄水色うすみずいろの半透明の石――が、一際、美しく輝いている。

「はは、そうですよね。僕も眠れませんでしたし。それにしても、先輩」

 そう言うと、ダニーはエフェルローンの胸元を指さしてこう言った。

「それ、そのブローチの石。先輩の瞳の色と同じ、青磁器せいじきを半透明にしたみたいな色で凄く素敵な石ですけど、一体、何の石なんですか」

 そう言って、もう一口クロワッサンを頬張るダニー。

「ああ、これか。これはこう見えても翡翠なんだ」

 そう言うと、エフェルローンは指でそのブローチを上向きに少し動かした。
 その動きに合わせ、灰色がかった半透明の翡翠は、日差しに照らされ、湖面の様にキラキラと光る。

――この石、綺麗でしょ? 貴方の瞳の色と同じ色なの。見つけた瞬間、思わず買っちゃった。良かったら受け取って頂戴。きっとブローチとかにしたら、貴方に似合うと思うの。
 
 そう言って、かつて婚約者であったクローディアから渡された原石を、エフェルローンは半分ブローチに、そしてもう半分をピアスに加工した。

 ブローチはエフェルローンが。
 そしてピアスは、愛するあの女性ひとの耳元に――。
 
 そんな昔懐かしい石の、その色褪せない輝きを前に。
 エフェルローンの脳裏には、一種のノスタルジックな思いがゆっくりと去来していた。

 と、そんな過去に耽り、遠い目をするエフェルローンを尻目に。

「翡翠? それにしては、透明な硝子みたいなキラキラ感が、全然足りない気がするんですけど」

 そう眉を顰め、不思議そうに首を捻るダニーの、その一際甲高い声に。
 エフェルローンは意識を無理やり現実に引き戻され、少し不機嫌そうにこう言った。

「確かにな。でも一応、これはこれで翡翠なんだ。流通の少ない希少な物らしくて、かなり値が張るらしい。まあ、貰いものだから何とも言えないんだが」

 そう言って、ブローチから手を外すエフェルローンに、ダニーは目を丸くするとこう言った。

「貰い物って……そんな高価な物、一体、誰から貰ったんですか」

(この話の流れだと、そう来るよな……)

 身体からだが小さくなってから、精神的に身に着ける事が出来なくなっていたこのブローチ。
 ただ最近、希少な物をこのまま眠らせておくのもどうかと思い始め、久しぶりに身に着けてみたのだが――。

 朝食を食べる手を止め、深いため息をひとつ吐くと。
 エフェルローンは、話がデリケートなものだけに、神妙な顔で一言、こう言った。
 
「ノーコメント」
「はは、そう来ますか」

 話をはぐらかされた事を悟ったダニーはそれ以上の追及はせず、手元のミルクたっぷりのホットコーヒーを一口啜る。

 と、その時――。

「おはようございます! あ、あれ? なんか先輩にダニーさん、目の下が黒くなってるんですけど、何があったんですか? って……あーっ! もしかして、二人してしこたまお酒飲んで、徹夜したんですか! 全く、こんな大事な日の前に……」

 焦げ茶色の長袖Aラインワンピースに、白いベルトと白い長靴《ブーツ》で身を装ったルイーズは、赤い小さなバッグを両手に抱えると、エフェルローンの横の空いている席に苛立たし気に腰を下ろした。

 好きでも無い相手とのデートの日のはずなのに、朝から思いのほか元気で気合の入ったルイーズに。
 エフェルローンはうんざりした表情を浮かべると、胃の辺りを擦りながらこう言った。

「色々あってな」
「そうそう、色々です。色々……」

 ダニーも、疲れたような顔でそう言って頷く。
 そんな息ぴったりの二人の様子に。
 ルイーズは、懐疑心を剝き出しにして目を細めると、腕組みしながらこう言った。

「ふーん、何か隠してますね? 何があったんです? ねえ!」

 そう言って、エフェルローンの肩をゆさゆさと揺するルイーズに。
 エフェルローンは怒りもあらわにこう言った。

「うるさい、吐きそうだから止めろ……」

 青い顔でそう言うと、エフェルローンは透明なグラスに入った水をがぶ飲みする。

「……二人だけで、なんかずるい」

 そう言って、下唇を突き出し拗ねるルイーズに。
 ダニーは苦笑しながらこう言った。

「男性には、女性には理解出来ない男性特有の悩みというか、そう云うものがあってですね……」

 その言葉に。
 
 ルイーズはダニーの広い額をじっと見つめると、なぜか納得したようにこう言った。

「……それは、仕方がないですね。追及するのは止めておきます」

 失礼にも、そう言って追及の手を止めるルイーズ。
 そんなルイーズに、ダニーはというと、引きつった笑みを浮かべたまま両肩を落とした。

 と、次の瞬間――。

 ルイーズの、その薄い栗色の瞳が、まるで吸い込まれるようにエフェルローンのブローチの上で止まる。
 そして、神妙な顔で口元に手を当てると、ルイーズは眉間に眉を顰めてこう言った。

「そのブローチ、誰から貰ったんですか。もしかして、女の人からとか」
「えっ」

 思いがけないその言葉に、真実を薄々感じ取っていたダニーが思わず目を丸くした。

(何で、そこまで分かるんだ……?)

 多少のずれはあるものの、その大筋はぴたりと言い当てるルイーズに。
 エフェルローンもダニー同様、その野性的な勘の鋭さに思わず顔を青くする。

 とはいえ、只の同僚でしかないルイーズに、自分のプライベートな事をぺらぺらと話すつもりなど毛頭ない。
 そんな事もあり、エフェルローンはルイーズを無視し、無言で水をもう一口がぶ飲みする。

 だが――。
 
 面倒くさいことに。
 それでもルイーズは「真実を明かせ」とばかりに、エフェルローンを穴が開くほどジト目で見つめてくる。

 と、そんな無言で圧を掛けてくるルイーズを、とっととあしらいたい一心で。
 エフェルローンは、差し障りのない真実だけを切り取り、こう言った。

「俺が自分で注文して作った、何か文句あるか」

 そんなエフェルローンの、ある種いい加減な答えに。

 ルイーズは、「うーん」と悩まし気に唸ると、おもむろに首を捻ってこう言った。

「先輩の瞳の色と同じ石だなんて……先輩にしては、あまりに趣味が良過ぎる気がして変だと思ったんだけどなぁ……」

 そう言って、ばつが悪そうに頭を搔くルイーズに。
 エフェルローンはどこか末恐ろしいものを感じ、心の中で打ち震えるのであった。
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