正義の剣は闘いを欲する

花邑 肴

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第三章 生きることの罪

出し抜き、出し抜かれ

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 大人の背丈よりも少し高いぐらいの、薄汚れた家々の壁が続く一本道を、ひたすら突き進むこと数十秒。
 エフェルローンは、後ろを振り向くことなくダニーに短くこう言った。

「べトフォードだ」
「了解です」

 ダニーは頷くと、大股で歩きながら[瞬間移動テレポート]を唱え始める。
 そして、呪文の完成が近づいた時、ダニーは無意識に歩みを止めた。
 
 と、その瞬間――。

 鈍く光る何かが数本、ダニーの足元目掛け、勢いよく叩きこまれる。

「えっ……」

 地面に矢のように深く突き刺さる鋭い小剣ダガー
 その内の一本が、驚き、身を固くするダニーの頬を勢いよく掠めた。

「…………!」

 微かな熱と痛みに、恐る恐る頬を掌で拭うダニー。
 そうして見つめた掌には、目も眩むような真っ赤な鮮血が薄くこびり付いている。

「……ち、血が」

 その現実に、危うく気を失いそうになったダニーは、思わず立ち並ぶ家の壁に片手を突いた。

 しかし――。

 その壁にも、鈍く光る小剣ダガーが数本、とこからともなく突き刺さる。
 
「うわぁ!」

 その息つく暇もない、執拗な攻撃に。
 慌てふためくダニーの黒い髪の毛が数本、地面にぱらぱらと舞い落ちた。
 
 その眩暈のするような、恐ろしい現実を前に。
 ダニーは壁に背を預け、目を白黒させると、ごくりと生唾を飲み込む。

 と、んなダニーを苦々しく見遣ると、エフェルローンは声を張り上げこう怒鳴った。

「ダニー、落ち着け!」
「は、はい!」
 
 そう言って、ダニーを無理やり正気に引き戻すと。
 エフェルローンは、パニックで固まるダニーを小さな体を張って守る。
 それから辺りを瞬時に見回すと。
 その置かれている状況に思わず渋面を作り、舌打ちした。

 見ると、ダニーとエフェルローンの前後を挟むように。
 見張りと思しき男たちが二人、目の前と、背後に続く細い通路を塞いでいる。

 その内の一人――強靭な体躯をしたリーダーらしき男は、口元を粗布で覆ったまま、くぐもった声でこう言った。

「女と、アダムの行先はどこだ」

 その、有無を言わせぬ無機質な問いに。
 エフェルローンは、男の外見に怯む事無くこう言った。

「お前に言う義務は無い」

 きっぱりとそう言い切るエフェルローンに。
 リーダーらしき男は、瞳を剣呑に光らせると意地悪くこう言った。

「ほう、これでもそう言えるかな?」

 そう言うと。

 エフェルローンの正面、その遠方から。
 リーダーらしき男の仲間であろう男が、何かを抱えてエフェルローンたちに近づいて来る。
 よく見ると、その男の小脇には、先ほどメモを託した赤毛の少年――運び屋ジャックがこれみよがしに抱えられていた。
 怒りに顔を赤くし暴れる、そばかす赤毛の運び屋ジャック。

 その不運な少年を目の前に。
 エフェルローンは顔を歪め、唇を噛んだ。

「離せ! この、ばかやろー!」

 そんな少年の罵声を背に。
 リーダーらしき男は、低く平坦な声でこう言った。

「あの少年を殺されたくなければ、女とアダムの行先を言え」

 そう淡々と語る男の声には、感情というものが全く感じられない。
 もしかしたら、エフェルローンが「ノー」と言えば、本当に少年を殺すかもしれない。

 だが、もしここで、この男の脅しに屈してしまうなら――。

 バックランド候の悪事を証明する証拠を持っているアダムが、彼らに殺されてしまう可能性がある。
 
 ジャックの命か、それともアダムの命か――。

 その悩ましい選択に。
 エフェルローンは苦渋に顔を歪め、ぐっと押し黙った。

 と、そんな、無関係な少年の命が掛かっているこの場面で、なかなか首を縦に振らないエフェルローンに。
 リーダーらしき男は濁った薄灰色の瞳をスッと細めると、顔色一つ変えずにこう言った。

「あくまでも言わないというのなら……お前が話す気になるまで、こやつの指を一本ずつ折っていく、というのはどうだ?」

 そう言って、赤毛の少年を無表情で見下ろすリーダーらしき男の無情な言葉に。
 赤毛の少年ジャックは、とんでもないと云わんばかりに目を見開くとこう言った。

「ゆ、指を折るって……嘘だろ。おい! ちょっ……あんた、助けてくれよ! なあ、おい! おいってば!」

 未だ答えを出せず、憂わし気に黙り込むエフェルローンに。
 必死に助けを求め、暴れ、叫び続ける運び屋ジャック。

 だが、そんなジャックの激しい抵抗などものともせず、見張りの男はジャックの体と頭を地面にうつぶせに押さえ付けると、その大きな手でその少年の小さな細い指の一本を乱暴に握った。
 ジャックの小さな体が、恐怖でびくりと跳ねる。

「た、助けて……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 誰か、誰か助けてー!」

 そう、全身を使って激しく暴れ、泣き叫ぶ少年ジャック。
 膝で体を、片手で顔を地面に押し付けられ、挙句、右手の指を一本、しっかりと掴まれた、哀れなジャックの姿に。

「せ、先輩……もうこれ以上は」

 半ば、間接拷問に近いその光景に、ダニーが「耐えられない」とばかりに首を横に振る。

 だが――。

(アダムを殺られたら、俺たちがしてきたこと――バックランド候の罪を暴くという大義――は、全て水の泡だ。とはいえ、憲兵として、守るべき国民の一人であるこの少年を、その大儀のために犠牲にする訳にはいかない。何か方法はないか? アダムと運び屋、二人とも救う方法が、何か――)

 そう必死に打開策を思案しつつ、エフェルローンは表情と声を殺して時間を稼ぐ。

 と、そんなエフェルローンを、ある意味、強情で薄情と捉えたリーダー格の男の部下――少年を抑え込んでいる方――は、これ以上は埒が明かないとばかりにこう言った。

かしら、時間が惜しい。やっちまいましょうぜ」

 部下のその尤もな意見に。
 リーダーらしき男は深く頷くと、そのまま無表情でこう言った。

「やれ」

 その言葉を合図に。

 リーダーらしき男の部下は、躊躇なく少年の指の一本、それをあらぬ方向へぐいと折り曲げた。

「い、痛い痛い痛い痛い――!」

 そう痛みに声を上げる運び屋ジャック。

 と、その瞬間――。

「べトフォード」

 少年の指が折れるか折れないか、そのぎりぎりのタイミングで。
 エフェルローンは、大きなため息と共にそう言った。

 ダニーが、深いため息と共に胸を撫でおろす。

「べトフォード、か……いいだろう」

 低く、抑揚のない声でそう言うと。
 リーダーらしき男は、顎で少年を開放するよう部下に指示する。
 そして、折れそうになった指を懸命に擦る半泣きの少年に向かって、短くこう言った。

「行け」

 その言葉と共に、運び屋ジャックは手の甲で涙を拭いながら転がるように路地を駆け抜けて行く。

 それを、無言で確認すると。

 リーダーらしき男は、エフェルローンの存在など気にも留めず、低い声で何かの呪文を詠唱し始める。
 それに合わせ、ゆっくりと、そして規則正しく動き始める空気――。

([瞬間移動テレポート]か、させるか――!)

 そう腰から短剣を素早く抜き出すと、エフェルローンはリーダーらしき男に飛び掛かろうと姿勢を低くした。

――しかし。

 それに気づいたリーダーらしき男の部下たちは、腰の長剣を引き抜くと、今にも襲い掛かってきそうなエフェルローンの前に猛然と立ち塞がる。
 そんな男たちの口元には、当然というべきか無慈悲な笑みが浮かんでいる。

(実力ある、それも人を殺すことを厭わない騎士級の見張り二人――下級魔術師の俺には荷が重い、か)

 攻撃しあぐね、見張り二人を交互に睨み付けることしか出来ないエフェルローン。
 
 そんな打つ手無し、しかも後手後手に回ざるを得ないこの状況に。
 エフェルローンは悔しさのあまり、心の中で歯ぎしりする。

 と、そんなやるせなさに顔を歪めるエフェルローンを尻目に。

 リーダーらしき男は、やはり無表情のまま上級魔法語ハイ・ロゴスを正確に紡ぎ続けると、手慣れたように自然の法則を捻じ曲げていく。
 それに合わせ、物質としての形を無くした周りの景色は、絵の具を混ぜ合わせたかの様に混沌としたかと思うと、灰色から、次第に真っ黒く染まる。
 そしてそれは、リーダーらしき男の胸の前で収縮し、小さな黒い丸い珠となると、その珠は、やがて爆ぜるいかずちを伴い、インクの染みのようにじわじわと広がっていく。

 そして――。

 そのインクの染みのような大きな丸い漆黒の球体は、自らの意思で男たちを吸い込むと、一瞬にして小さな点となり、そのまま跡形もなく消え去るのであった。



     ※     ※     ※



 薄汚れた家々の壁、剥き出しの地面、そして砂埃――。
 薄暗く細い裏路地に、あるべき日常の静けさが戻る。

――こうして。

 脅威が全面的に去ったところで。

 エフェルローンは腰の鞘に徐に短剣をしまうと、大きな息を吐き、額の汗を拭いながらこう言った。

「出し抜くつもりだったのに……くそっ」

(甘かったか――)

 口の中に入った細かな砂を、唾と一緒に地面に吐き出すと。
 エフェルローンは悔しそうに顔を歪めつつ、瞳を怒らせながらこう言った。

「ダニー! [瞬間移動テレポート]だ!」
「り、了解!」

 そう言うと、ダニーは間髪入れず[瞬間移動テレポート]を詠唱し始める。

(あいつらの行先はべトフォードだ。そう考えるなら、奴らの目的はただひとつ――)
 
「あいつらの狙いはアダムだ。アダムが危ない! 急げ!」

 今までの喧騒が嘘であったかのようにしんと静まり返る細い路地。
 その、薄汚れた家の壁が立ち並ぶ、人気のない、薄暗く細い路地の真ん中で。
 
 敵にまんまと出し抜かれたエフェルローンとダニーは、地面に残る十数本の銀の小剣ダガーと、未だ空中に舞う砂埃を凝視しながら、アダムのいるべトフォードへと、急ぎ飛ぶのであった。
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