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言い寄られる
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河北の家は男三人、互いに自由に暮らしている。
息子の英知は大学生でサークルやバイトで忙しく、父親の次郎は仲間と体操やゲートボールを楽しんでいた。
そして邦男は市役所勤めで、仕事が終わると夕食をしにかならず行く場所がある。
「はぁ、今日も一日ご苦労様でした」
自分にご褒美。ビールを一杯ゴクリと飲んだ。
「河北さん、お疲れ様です」
そこには男だが癒しの存在がある。食堂を一人で切り盛りしている店主の沖駿也の存在だ。
「うんうん、一日一度の駿ちゃんだよねぇ」
まず、雰囲気が柔らかいのがいい。優しく包み込まれる、まるで母親のようなひとだ。
どこか懐かしい家庭の味というのもこの店に足を運ぶ理由の一つだった。
「なんですか、それ」
くすくすと笑いながら日替わり定食を置く。今日は新玉と生姜焼きだ。
「うわぁ、いいねぇ、生姜焼き」
「利久君がね、食べたいって」
河北のすぐ隣、背が高く人懐っこい顔をした青年がにっこりと笑う。
「あ……、利久君、今日も来てたんだねぇ」
その姿を見て癒されに店に来たというのに一気に気持ちが重くなった。
南利久。河北の息子とは同い年で幼稚園のころから大学まで同じ学校に通っている。
二十歳の誕生日を迎え、河北が誕生日おめでとうという言葉を告げるよりも先に、
「好きです。付き合ってください」
と告白をされた。
そう、その時の河北は散々だった。
いつものように沖の店でビールを一杯。そして鱈の香草焼きを美味しくいただいていた。
常連と会話で盛り上がり、楽しい気分のまま家へ帰るはずだったのだ。
まず、告白をされて椅子から転げ落ちた。
「河北さん!」
慌てた様子の沖の声。何も反応できずに呆然と地べたに座ったままの河北を助け起こしたのは利久だ。
「大丈夫ですか。腰を打ったりは……」
河北にとって落ちたことより利久の告白の衝撃が大きい。
ゆっくりと利久の方へ顔を向けると引きつりながら、
「え、あ、やだなぁ、おじさんをからかわないでよ」
と利久の肩へと手を置いた。
だが相手は真剣な表情を浮かべてこちらを真っすぐと見つめている。
「いえ、本気ですから。河北さんは俺の初恋の人なんです」
男同士の恋愛に対しては別に嫌悪感はないし、恋愛に対してもまだチャンスがあるのならしたいと思うが、相手が自分の息子と同じ年だというのは抵抗がある。しかも幼き頃からよく知っている子だ。
「利久君、俺と君のお母さんが同級生なのは知っているよね?」
「はい。それでも好きなんです」
一人の男としてみてくださいと利久が言う。
「利久君、困るよ」
「はい。困らせることは重々承知してます。でも、俺は引きません」
といい、毎日好きだと告げるために店へと来るようになった。
正直にいうとこの店に来てほしくない。河北にとって沖の店は仕事の疲れを癒す場所であった。
だが店に来るのは利久の自由であり、それをどうこうしていい訳ではない。そうなると河北が来るのを諦める以外に手はない。
「ここに来るのをやめようかな」
それがつぶやきとなり口から出てしまい、しっかりと利久の耳に届いていた。
「河北さん、ここで会うくらいは許してください」
と小さな声で返された。
利久は河北の住まいを知っている。押しかけることだってできるのにそうしないのは彼なりに考えているのだろう。
息子の友人として彼のことを知っているから嫌いになれず、ただ、ただ困る。
「あー、どうしたらあきらめてくれるのかなぁ」
両手で頭を抱えると、沖がくすくすと声を上げる。
「ちょっと、楽しんでない?」
「楽しいですよ。利久君のことを応援しているから」
援護射撃をされて河北はやめてよと止めるが、利久はその気になって頑張りますと拳を握る。
店の中で河北の味方はいない。利久が素直でいい子なのですぐに可愛がられるようになっていた。それに河北に春がやってきそうなのだから楽しんでやろうと思っているのだろう。もし、当事者でなければ自分だって楽しんでいたはずだ。
それだけにまわりにとやかくいうことはできず、利久を止める手だてもない。そして味方がいない今の状況だ。
「皆、若い子が好きだからねっ!」
拗ねた素振りをしながらビールを一口。
「そうそう、河北ちゃんは俺たちに遊ばれなさい」
と同年輩の常連である佐賀野が河北の肩に腕を回しコップにビールを注いだ。
食事を終えて店を出ると当然のように利久がついてくる。
「利久君、おうちは反対側でしょ」
「送ります」
「俺は一人で平気だから、お家に帰りなさい」
ついてこようとするのを止める。その気はないのだから諦めてほしい。
おやすみと告げ、家の方へと歩き出す。頑張っても無駄だというのをわかってもらうためにつれない態度をとった。
「また明日」
河北の姿が小さくなるまで見送る。一度だけ振り返ったことがあるのだが、それに応えるように大きく手を振った。
それ以来、振り返ることをやめた。
期待を持たせるような行為はすべきではない。無視して歩いていくのは心苦しく、足取りは重かった。
息子の英知は大学生でサークルやバイトで忙しく、父親の次郎は仲間と体操やゲートボールを楽しんでいた。
そして邦男は市役所勤めで、仕事が終わると夕食をしにかならず行く場所がある。
「はぁ、今日も一日ご苦労様でした」
自分にご褒美。ビールを一杯ゴクリと飲んだ。
「河北さん、お疲れ様です」
そこには男だが癒しの存在がある。食堂を一人で切り盛りしている店主の沖駿也の存在だ。
「うんうん、一日一度の駿ちゃんだよねぇ」
まず、雰囲気が柔らかいのがいい。優しく包み込まれる、まるで母親のようなひとだ。
どこか懐かしい家庭の味というのもこの店に足を運ぶ理由の一つだった。
「なんですか、それ」
くすくすと笑いながら日替わり定食を置く。今日は新玉と生姜焼きだ。
「うわぁ、いいねぇ、生姜焼き」
「利久君がね、食べたいって」
河北のすぐ隣、背が高く人懐っこい顔をした青年がにっこりと笑う。
「あ……、利久君、今日も来てたんだねぇ」
その姿を見て癒されに店に来たというのに一気に気持ちが重くなった。
南利久。河北の息子とは同い年で幼稚園のころから大学まで同じ学校に通っている。
二十歳の誕生日を迎え、河北が誕生日おめでとうという言葉を告げるよりも先に、
「好きです。付き合ってください」
と告白をされた。
そう、その時の河北は散々だった。
いつものように沖の店でビールを一杯。そして鱈の香草焼きを美味しくいただいていた。
常連と会話で盛り上がり、楽しい気分のまま家へ帰るはずだったのだ。
まず、告白をされて椅子から転げ落ちた。
「河北さん!」
慌てた様子の沖の声。何も反応できずに呆然と地べたに座ったままの河北を助け起こしたのは利久だ。
「大丈夫ですか。腰を打ったりは……」
河北にとって落ちたことより利久の告白の衝撃が大きい。
ゆっくりと利久の方へ顔を向けると引きつりながら、
「え、あ、やだなぁ、おじさんをからかわないでよ」
と利久の肩へと手を置いた。
だが相手は真剣な表情を浮かべてこちらを真っすぐと見つめている。
「いえ、本気ですから。河北さんは俺の初恋の人なんです」
男同士の恋愛に対しては別に嫌悪感はないし、恋愛に対してもまだチャンスがあるのならしたいと思うが、相手が自分の息子と同じ年だというのは抵抗がある。しかも幼き頃からよく知っている子だ。
「利久君、俺と君のお母さんが同級生なのは知っているよね?」
「はい。それでも好きなんです」
一人の男としてみてくださいと利久が言う。
「利久君、困るよ」
「はい。困らせることは重々承知してます。でも、俺は引きません」
といい、毎日好きだと告げるために店へと来るようになった。
正直にいうとこの店に来てほしくない。河北にとって沖の店は仕事の疲れを癒す場所であった。
だが店に来るのは利久の自由であり、それをどうこうしていい訳ではない。そうなると河北が来るのを諦める以外に手はない。
「ここに来るのをやめようかな」
それがつぶやきとなり口から出てしまい、しっかりと利久の耳に届いていた。
「河北さん、ここで会うくらいは許してください」
と小さな声で返された。
利久は河北の住まいを知っている。押しかけることだってできるのにそうしないのは彼なりに考えているのだろう。
息子の友人として彼のことを知っているから嫌いになれず、ただ、ただ困る。
「あー、どうしたらあきらめてくれるのかなぁ」
両手で頭を抱えると、沖がくすくすと声を上げる。
「ちょっと、楽しんでない?」
「楽しいですよ。利久君のことを応援しているから」
援護射撃をされて河北はやめてよと止めるが、利久はその気になって頑張りますと拳を握る。
店の中で河北の味方はいない。利久が素直でいい子なのですぐに可愛がられるようになっていた。それに河北に春がやってきそうなのだから楽しんでやろうと思っているのだろう。もし、当事者でなければ自分だって楽しんでいたはずだ。
それだけにまわりにとやかくいうことはできず、利久を止める手だてもない。そして味方がいない今の状況だ。
「皆、若い子が好きだからねっ!」
拗ねた素振りをしながらビールを一口。
「そうそう、河北ちゃんは俺たちに遊ばれなさい」
と同年輩の常連である佐賀野が河北の肩に腕を回しコップにビールを注いだ。
食事を終えて店を出ると当然のように利久がついてくる。
「利久君、おうちは反対側でしょ」
「送ります」
「俺は一人で平気だから、お家に帰りなさい」
ついてこようとするのを止める。その気はないのだから諦めてほしい。
おやすみと告げ、家の方へと歩き出す。頑張っても無駄だというのをわかってもらうためにつれない態度をとった。
「また明日」
河北の姿が小さくなるまで見送る。一度だけ振り返ったことがあるのだが、それに応えるように大きく手を振った。
それ以来、振り返ることをやめた。
期待を持たせるような行為はすべきではない。無視して歩いていくのは心苦しく、足取りは重かった。
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