短編集

希紫瑠音

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長期休暇

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 蚊帳に蚊取り線香。

 外は満天の星空、虫の音が聞こえてくる。

「あぁ……、帰って来たなぁ」

 都会の喧騒を忘れさせてくれ、生まれ育った場所へと帰って来たなと実感する。

「おい」

 明日は妹夫婦が子供たちを連れて遊びにくる。

「おいっ」

 近くの小川は夜になると蛍が飛び交い、とても幻想的な風情が楽しめる。

荻颯太おぎそうた!!」

 星空を眺めていたのに肩を掴まれ部屋の方へと向けられた。

 そこには嫌味なほどに整った顔をした男が居る。

 結城真人ゆうきまさと。職場の同期で俺のことをフルネームで呼び、何かにつけて絡んでくるので鬱陶しい。

 しかも、つれない態度をとっていても変わらず近づいてくるものだから、随分と慕われているのだと思われている。

 それなのに結城が颯太の実家に来ているのかというと、長期休暇が始まる一週間前にさかのぼる。

「喜べ、荻颯太」

 長期連休が近づくと、毎回、俺の元に来ては、海外に行くから一緒に連れて行ってやると誘われる。

 その度に実家に帰ると断っているのだが、恋人も居ない癖にと一言多く、確かにその通りなので余計なお世話としか返せずにいた。

 だが、断ったからといって諦める相手ではない。誘う場所を変え、休みに入るまで誘い続けてくるから迷惑でしかない。





 実家まで夜行バスに乗り、さらに路線バスで二十分ほど揺られる。しかもバス停から十分ほど歩かなければならない。

 近くに温泉地があるので休暇に温泉を楽しもうという客もいるだろう。その中に結城の姿を見つけた時は驚いた。

「奇遇だな」
「え、なんで」
「旅行だ」

 それ以外に何があるといわんばかりの顔をされた。

 席は離れていたので特に絡まれることは無かったが、バスの終点地である駅に着いてから何故か後をついてくる。

 しかも温泉地へ向かう訳でもなく、同じところでバスを降りた。

 これは間違いなく家まで着いていく気だ。冗談じゃないぞと結城の方へと振り返り、

「温泉地は二つ目の停留場だ」

 そちらへ行くようにバス停を指さす。

「まぁ、気にするな」

 何が気にするな、だ。

 結局は家までついて来て、泊める気はないとタクシーを呼ぼうとしていた所に母が外へと出てきた。

「お帰り、颯太そうた。あら、そちらの方は?」
「はじめまして。結城と申します」

 爽やかな笑顔と共に頭を下げる。

「あらあら、お友達なの。素敵な方ね」

 のんびりとした性格で、良く笑う母だ。地元の友達には優しくて羨ましいと良く言われる。

 いつもはフルネームで呼ぶ癖に、親の前では「颯太君」と呼ぶ。

 しかも母はすっかり結城のことを気に入ってしまったようだ。

「何もない所だけどゆっくりしていってね」

 連絡もなく連れてきた、というか着いてきた相手に対して母は迷惑だという顔もせずに受け入れる。

 なんて人が良すぎるんだと、がっくりと肩を落とした。

「はい、お世話になります」

 そういう結城も図々しい。母と一緒に家の中へと入ってしまう。

 しかも父にはお土産ですと日本酒を手渡している。

 大の酒好きだということを結城に話したことは無い。いつ、リサーチしたのだろうか。

 早速と日本酒をご機嫌で飲む父に、結城は付き合いながら話をし始める。

 結城はビジネススキルの一つ、ヒューマンスキルが高い。初めてでも緊張せず円滑に会話を勧める。

 そこは見習いたい所だが、颯太に対しては一歩的で強引な所がある。

 きちんと話を聞くこともできるのに、それをしてくれないのが余計にムカつく訳だ。

「颯太、運んで頂戴」

 お刺身にてんぷら。

 付皿と天つゆ、太鼓、生姜、ワサビのおろし。

 次々にテーブルの上にのせていく。

「手伝う」

 そう席を立とうとした所を、手で静止する。

「結城は親父の相手」

 ご機嫌な父の姿を見て、余程、結城との飲みが楽しいのだろう。

 台所へと戻ると母が楽しそうに唇を綻ばす。

「お父さん楽しそうね」
「本当。俺と飲むより楽しいんじゃねぇの?」

 颯太は酒が強い方ではない。晩酌に付き合っても直ぐにダウンしてしまうので、張り合いがないのだろう。

「颯太、後はこれを運んで。一緒に飲んでいらっしゃいな」

 と自慢のぬか漬けを手渡された。

「おっ」

 キュウリを一切れ摘まんで、口の中へと放り込む。

 ぽりぽりと良い音がし、丁度良い漬かり具合だ。

「美味いな」
「こら、素手で食べるんじゃないの」

 と怒られつつ、その一言に母は嬉しそうな表情を浮かべていた。






 出された食事は結城に好評だった。

 どうせお世辞だろうと思っていたが、結構な量を食べていた気がする。

 酒を飲んだ父はすぐに寝てしまい、結城は後で風呂に入るというので先に入らせてもらう。

 その間、母と話しが盛り上がっていたようで、風呂を出た後に居間に向かうと楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

 颯太は風呂から上がったことを告げると、もう寝るわと自室へと向かった。

 縁側に座り涼をとっていると、風呂から出た後らしく、結城が中へと入ってくる。

 それに気が付いたが無反応でいた。すると痺れを切らしたようで、結城に肩を掴まれてそちらへと向かされた訳だ。

「折角、現実逃避していたのに」
「なんとっ」

 どういうつもりだと表情が言っている。

 だがそれには答えずに、

「浴衣」

 と別の話題を振る。

 それがやたらと似合っていて、言うんじゃなかったと後悔するが、結城は嬉しそうだ。

「お母さんが貸してくださったんだ」

 似合うだろうと言いたいのだろうか。自信過剰だなと鼻であしらう。

 相手はそんな颯太を気にすることなく、涼しいなと隣へ座った。

「なぁ、お前さ、なんでついてきたんだよ」
「俺の誘いを断って、お前が戻る場所が気になった」

 くだらない理由だ。

 どうせ、誘いを断ってまで来た所がこんな田舎の一軒家かと思っていることだろう。

「は、馬鹿馬鹿しい。今日は仕方がないから泊めるけど、明日は帰れよな」
「断る」

 なんて勝手なんだろう。

「はぁ? ふざけんなよ」

 衿を掴もうと手を伸ばした所を掴まれ、布団の方へと引っ張られる。

 何をするつもりだと、血の気が引いた。

「離せっ」

 手を強く引こうとした所で手が放されて、まんまと尻もちをつくこととなった。

「てめぇっ」

 なんて男だ。流石に腹が立ち、再び衿を掴もうと手を伸ばしたところに、

「なぁ、これ、蚊帳だよな。そしてこれが蚊取り線香」

 と言われて、一瞬、躊躇う。

「そうだけどっ」

 何を考えているのだろうか結城は。気持ちが読めず、複雑な思いで相手を見れば、

「日本らしい夏の夜だな。しかも外を眺めながら寝られるし、涼しい」

 どうやら物珍しくてワクワクとしている、ようにみえた。

 タワーマンションに住んでいるという話しを受け付けのお嬢さんたちから聞いたことがある。

 そこからなら星空よりも綺麗な夜景が楽しめるだろうに。

「それに虫の音がきれいだ」
「そうか」
「とても心が和む、良い所だ……」

 と布団に横になる。

 褒められたことが以外で、少しだけ嬉しく思った。

「結城、ありがとう」

 素直にそう口に出てしまい、恥ずかしくなって顔を背ければ、結城からは何も反応がない。

  からかわれるかと思ったが、彼の方を見れば既に寝息を立てていた。

「なんだよ」

  聞かれなかったことにホッと胸をなでおろす。

 いい男は寝ている姿までさまになるのかと、颯太も隣の布団に横になった。





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