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万と一
可愛いお皿(2)
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※※※
何を贈ろうかと時間があるとスマートフォンで検索をしている。
欲しいものを聞けばいいのだろうが、きっと一ノ瀬はきにするなというだろう。
それではタッパーをただ返すだけになってしまう。
そこにお菓子を詰めようかと考えたが、自分で作るのではないかと思いなおす。
何か可愛いものでもとぬいぐるみを眺めるが、どれがいいのかわからない。
「何がいいんだろう」
今まで付き合ってきた女性はバッグやアクセサリーを欲しがったが、相手は男だしなと却下する。
一ノ瀬のツボにつきそうなもの、腕組をしながら考えていたら、ピンとひらめいた。
「あ、そうだ、食器とかどうだろう」
つい使いたくなるような、それでいて可愛いお皿がいい。
検索すると、カラフルだったり可愛い絵の描いたお皿が表示される。そこに鳥をモチーフにした皿があった。
「これ、絶対に喜ぶな」
色も五色あり、一色ずつ買うことにした。
傍に置いてあった箸置きとランチョンマットも一緒に買い物かごに入れた。
それから二日後。
注文の品が届き、一ノ瀬にタッパーを返すので土曜日に家へ伺うと伝えると、ごはんの用意をして待っているという返事だ。
そして、約束の日である土曜日になり、いつもよりも身支度に時間をかけて食器とタッパーの入った袋を手にタクシーに乗り込んだ。
万丈の家から三十分ほどの距離に一ノ瀬の住むマンションがある。
チャイムを鳴らすとすぐにドアが開き、二度目のお部屋訪問となった。
今日は部屋に入った途端、甘いにおいがする。
「この匂いは」
「すまん、苦手だったか?」
棚の上にお香をみつける。特に苦手なにおいではなので大丈夫だと伝えた。
「休日は普段できない場所の掃除と片づけをした後、時間が余っていたら香を焚き本を読む」
「そうなんですね」
いくら忙しくとも自分でご飯を作り、洗うものをためることはしないのだろう。
万丈なんて休みの日にやればいいという考え方なので、半日は家事でつぶれてしまう。普段できない片づけなどした日には一日あっても足りないだろう。
「だから部屋がキラキラで綿菓子みたいに甘いんですね」
綺麗に掃除されている、可愛い、甘いにおいがする、それをひっくるめてそう口にした。
すると一ノ瀬が頬を染めて目を見開いた。
「なに、恥ずかしいことを」
口元を手で押さえて万丈から視線をそらす。大いに照れているが、どことなく嬉しそうに見えた。
「え、あ」
堅物な大人の男なのに、その反応が可愛くて胸がどっと波打つ。
「あ……、ところで、その袋は?」
話を誤魔化そうと、万丈の傍にある紙袋を指さした。
「そうでした! 課長、おかず美味しかったですありがとうございました。あの、これは可愛い食器を見つけたので」
渡した食器を見て目を輝かせる。本当に嬉しんだと伝わってきて万丈も嬉しかった。
「可愛いな、これ。五色あるんだ」
「はい。後は箸置きとランチョンマットです」
一つずつ手に取っては嬉しそうに口元を綻ばす。
プレゼントは大成功のようでホッと胸をなでおろした。
「実はな、こういうのもあるんだ」
戸棚から取り出したのは黄色のお皿で、くちばしの部分が出っ張っている。
「ひよこですね。可愛い」
「百……、五十嵐副社長の子供たちにおやつを出すときに使っているんだ」
ひよこの型で抜いて、レモンのアイシングクッキーにするそうだ。
「先輩が見た子供とは五十嵐副社長の子供さんだったんですね」
「そうだ。買い物に付き合わされるんだ」
「なるほど」
そういうことなのかとホッとして、それに驚いた。どうしてそう思ったのかと。
「……作るか?」
「はい、なんでしょう」
気がそれていて話を聞いていなかった。
「クッキー、一緒に作るかと聞いたんだ」
眉間にしわが寄る。これは話を聞いていなかった自分が悪い。
「はい、ぜひ、ご指導のほどよろしくお願いします」
そして深く頭を下げると、小さくクスッと笑い声が聞こえた。
「仕事ではないのだから、真面目だな」
下げていた頭を上げると一ノ瀬が優しい目をしていて、思わず手を握りしめていた。
「あっ」
耳と目じりが赤く染まる。
「一ノ瀬課長」
「すまんっ、人と触れ合うとか、そういうの慣れてなくてな」
そう恥ずかしそうに目を伏せた。
「それだけ、ですか?」
「……違う。私の趣味を知っても、こうやって付き合ってくれるのが嬉しくて、心が落ち着かない」
「俺もです。もっと課長のことを知りたいです」
「同じだな」
そう口にすると口元を綻ばした。
互いに思っていたことが同じであること、そして一ノ瀬の表情が柔らかい。じわじわと胸に暖かなものがこみあげてくる。
「よし、続き、やってしまおう」
一ノ瀬が大きな音を立て手を叩く。仕事場でも空気を変えるために手を叩くときがある。それみたいなものだろう。
「そうですね」
いい雰囲気ではあったが、あのままでは照れくさくて気まずかったのでありがたい。
「焼き終えたらお茶にして映画を見よう」
「課長はどんな作品が好きなんですか?」
「そうだなぁ……、と、その前に。二人の時は課長は抜きにしてくれ」
会社じゃないのだからと、眉間にしわを寄せる。もしや拗ねているのだろうか。
他人から見たら怒っているような顔だが、この頃は何となくそうじゃないかなと気が付けるようになった。
「ふっ、わかりました。一ノ瀬さん」
「よし」
どやり顔でうなずく一ノ瀬の姿に、正解だったと小さくガッツポーズを作る。
「そうだ、私のおすすめの映画だったな」
お互いにおすすめを一本ずつ。焼き上がり冷めるのを待つ間に、そしてクッキーを食べながら見ることにした。
何を贈ろうかと時間があるとスマートフォンで検索をしている。
欲しいものを聞けばいいのだろうが、きっと一ノ瀬はきにするなというだろう。
それではタッパーをただ返すだけになってしまう。
そこにお菓子を詰めようかと考えたが、自分で作るのではないかと思いなおす。
何か可愛いものでもとぬいぐるみを眺めるが、どれがいいのかわからない。
「何がいいんだろう」
今まで付き合ってきた女性はバッグやアクセサリーを欲しがったが、相手は男だしなと却下する。
一ノ瀬のツボにつきそうなもの、腕組をしながら考えていたら、ピンとひらめいた。
「あ、そうだ、食器とかどうだろう」
つい使いたくなるような、それでいて可愛いお皿がいい。
検索すると、カラフルだったり可愛い絵の描いたお皿が表示される。そこに鳥をモチーフにした皿があった。
「これ、絶対に喜ぶな」
色も五色あり、一色ずつ買うことにした。
傍に置いてあった箸置きとランチョンマットも一緒に買い物かごに入れた。
それから二日後。
注文の品が届き、一ノ瀬にタッパーを返すので土曜日に家へ伺うと伝えると、ごはんの用意をして待っているという返事だ。
そして、約束の日である土曜日になり、いつもよりも身支度に時間をかけて食器とタッパーの入った袋を手にタクシーに乗り込んだ。
万丈の家から三十分ほどの距離に一ノ瀬の住むマンションがある。
チャイムを鳴らすとすぐにドアが開き、二度目のお部屋訪問となった。
今日は部屋に入った途端、甘いにおいがする。
「この匂いは」
「すまん、苦手だったか?」
棚の上にお香をみつける。特に苦手なにおいではなので大丈夫だと伝えた。
「休日は普段できない場所の掃除と片づけをした後、時間が余っていたら香を焚き本を読む」
「そうなんですね」
いくら忙しくとも自分でご飯を作り、洗うものをためることはしないのだろう。
万丈なんて休みの日にやればいいという考え方なので、半日は家事でつぶれてしまう。普段できない片づけなどした日には一日あっても足りないだろう。
「だから部屋がキラキラで綿菓子みたいに甘いんですね」
綺麗に掃除されている、可愛い、甘いにおいがする、それをひっくるめてそう口にした。
すると一ノ瀬が頬を染めて目を見開いた。
「なに、恥ずかしいことを」
口元を手で押さえて万丈から視線をそらす。大いに照れているが、どことなく嬉しそうに見えた。
「え、あ」
堅物な大人の男なのに、その反応が可愛くて胸がどっと波打つ。
「あ……、ところで、その袋は?」
話を誤魔化そうと、万丈の傍にある紙袋を指さした。
「そうでした! 課長、おかず美味しかったですありがとうございました。あの、これは可愛い食器を見つけたので」
渡した食器を見て目を輝かせる。本当に嬉しんだと伝わってきて万丈も嬉しかった。
「可愛いな、これ。五色あるんだ」
「はい。後は箸置きとランチョンマットです」
一つずつ手に取っては嬉しそうに口元を綻ばす。
プレゼントは大成功のようでホッと胸をなでおろした。
「実はな、こういうのもあるんだ」
戸棚から取り出したのは黄色のお皿で、くちばしの部分が出っ張っている。
「ひよこですね。可愛い」
「百……、五十嵐副社長の子供たちにおやつを出すときに使っているんだ」
ひよこの型で抜いて、レモンのアイシングクッキーにするそうだ。
「先輩が見た子供とは五十嵐副社長の子供さんだったんですね」
「そうだ。買い物に付き合わされるんだ」
「なるほど」
そういうことなのかとホッとして、それに驚いた。どうしてそう思ったのかと。
「……作るか?」
「はい、なんでしょう」
気がそれていて話を聞いていなかった。
「クッキー、一緒に作るかと聞いたんだ」
眉間にしわが寄る。これは話を聞いていなかった自分が悪い。
「はい、ぜひ、ご指導のほどよろしくお願いします」
そして深く頭を下げると、小さくクスッと笑い声が聞こえた。
「仕事ではないのだから、真面目だな」
下げていた頭を上げると一ノ瀬が優しい目をしていて、思わず手を握りしめていた。
「あっ」
耳と目じりが赤く染まる。
「一ノ瀬課長」
「すまんっ、人と触れ合うとか、そういうの慣れてなくてな」
そう恥ずかしそうに目を伏せた。
「それだけ、ですか?」
「……違う。私の趣味を知っても、こうやって付き合ってくれるのが嬉しくて、心が落ち着かない」
「俺もです。もっと課長のことを知りたいです」
「同じだな」
そう口にすると口元を綻ばした。
互いに思っていたことが同じであること、そして一ノ瀬の表情が柔らかい。じわじわと胸に暖かなものがこみあげてくる。
「よし、続き、やってしまおう」
一ノ瀬が大きな音を立て手を叩く。仕事場でも空気を変えるために手を叩くときがある。それみたいなものだろう。
「そうですね」
いい雰囲気ではあったが、あのままでは照れくさくて気まずかったのでありがたい。
「焼き終えたらお茶にして映画を見よう」
「課長はどんな作品が好きなんですか?」
「そうだなぁ……、と、その前に。二人の時は課長は抜きにしてくれ」
会社じゃないのだからと、眉間にしわを寄せる。もしや拗ねているのだろうか。
他人から見たら怒っているような顔だが、この頃は何となくそうじゃないかなと気が付けるようになった。
「ふっ、わかりました。一ノ瀬さん」
「よし」
どやり顔でうなずく一ノ瀬の姿に、正解だったと小さくガッツポーズを作る。
「そうだ、私のおすすめの映画だったな」
お互いにおすすめを一本ずつ。焼き上がり冷めるのを待つ間に、そしてクッキーを食べながら見ることにした。
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