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第3話 入学編3 やりたいことを諦めるのは無理だ!

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 待ちに待った大学の講義が始まった。ところが…
「これじゃ高校と変わんないじゃん!」
 天瀬紬あまがせつむぎは悶えていた。まず教室が古い。そして人が多い。最後に何よりも、講義が多くて難しい。青春とはなんだーーーーーー。
 紬は履修を完全に決めたわけではないので、複数の講義を取りつつ放課後は様々なサークルの体験練習に向かうという忙しい生活を送っていた。しかし輝かしいキャンパスライフというわけではない。
 まず普通なら、大学の入学式が美しいキャンパスライフの1ページ目をめくるにふさわしいイベントなのだろう。しかし紬の大学は、新入生同士のレクと一週間分の講義が終わった後に入学式が執り行われるため、入学式で体験するはずの初対面の新鮮な喜びを得ることができないのだ。ちくしょう、青春を返せ。そして、紬の入ったクラスのQ組は50人中女子が2人しかいなかった。これでは男子校とあまり変わらないではないか…それでも、サークルオリエンテーションの日に不破一矢ふわいっしと知り合えたことをはじめとして、入学式の時点ではクラスのみんなとすっかり打ち解けていた。
 そんなこんなで入学式の翌々日、日曜日。紬は入るサークルを考えつつ、学内の合唱団の聴き比べコンサートに向かっていた。不破君も興味があるらしく、一緒に来てくれるとのことだった。不破君と落ち合って講堂の座席に着くと、見たことのある女性が前から歩いてくる。
「あっ…」
 女性の方も我々に気付いたようだ。なら他人ではないよな、声をかけて
「すみません、もしかしなくても同じクラスの人ですよね。お名前もう一度伺ってもいいですか?僕は天瀬紬といいます」
「儂は不破一矢、よろしくな」
「はい。私は綾部悠宇あやべゆうといいます。よろしくお願いします」
 はきはき喋る、笑顔の可愛い女の人だ。好感が持てる。もう丁寧語を外してもいいだろう。
「よろしくね」
 それからは連絡先を交換した後、履修やサークルについての話もした。綾部さんは授業の受け方については割と紬と似た価値観だったらしく、「授業をサボるのはだめだよっ」と言っていた。やっぱそうだよね、綾部さんと履修相談しよう。
 帰り道、不破君と綾部さんと帰途につく。綾部さんが口を開く。
「ところで、不破君と天瀬君は何のサークルに入るか決めた?」
「儂は合唱はやめようと思う。向いてないし」
「え、そうなんだ」
「そうじゃ。儂はこっちやから、またな」「じゃあね」「またね」
そう言って不破君は駅と反対方向に向かい、紬は綾部さんと二人になった。
「寂しいなあ…綾部さんは実家?」
「はい。天瀬君も?」
「うん。もう少し帰り道同じだね、サークル何に入るか決めた?」
「まだです。でも私は中学から合唱をやって来たので、合唱サークルに入りたいと思ってる」
「そっか、続けられるってすごいね。僕は中学はテニス部、高校は帰宅部だった」
「そうなんだ。合唱はやりたいの?」
「ちょっと悩んでいる。すぐに飽きてしまうから継続する能力があるかは自信ないし、不破君も入らないし。でもね、」
 綾部さんは紬の言葉を待っているみたいだった。言葉を続ける。
「やってみたいという気持ちの方が、強いかな。僕は合唱を始めてみようと思う。」
 綾部さんの顔が満面の笑みに変わった。紬もつられて笑顔になる。
「うん、きっと楽しめると思う。一緒のサークルに入れるといいね!あ、電車来た。私こっちの方向。じゃあLINEするね、またね!」
「うん、またね」
 そういって紬は一人になった。何かが大きく前進した気がした。
 紬は物事を続けるのが得意ではないし、協調性もない。カラオケに行ったら歌も上手くない。以上の理由から、親からは合唱サークルに入ることに反対されていたのだ。実際自分自身も向いていないと思う。
 でも、紬にもなぜだかわからないのだが、合唱をやってみたいのだ。どこに魅かれたのかはわからない。魅かれた原因が、今日のコンサートで聞いた大人数の迫力ある演奏かもしれないし、鈴田雪穂すずたゆきほさんの存在かもしれないし、今日会った綾部さんの存在かもしれない。原因はわからないが、魅かれたという事実それだけで紬にとって十分だ。そして何より、やってみたいことを諦めるのは、自分の未知なる可能性を根元から否定するみたいで嫌だった。やれることをやってから否定しよう。よし、合唱団に入ろう。そうなると、椎木合唱団しいのきがっしょうだんだろうか。
 そうだ、綾部さんに合唱団についてLINE送ってみよう。
『綾部さん、天瀬です。今日はありがとう。』
『天瀬さん、こんばんは。こちらこそありがとう』
 返事はっや。さっきも思ったけどこの子本当に良い人だ。
 綾部さんとは合唱団のことや、履修計画についてチャットした。賢い子で、履修はサクサク決まった上に同じ講義を取ることにしたのだ。
『もうこんな時間か。今日は本当にありがとう、履修が決まって助かったよ』
『こちらこそありがとう!よろしくね』
 ここで紬はあることに気がついた。今日は日曜日。明日は月曜日なので、椎木合唱団の体験練習があるはずだ。綾部さんを誘おう。
『最後に、明日椎木合唱団の体験練習があるらしいんだけど一緒に行かない?』
『うん、行く!行こう!楽しみ!』
『よかった!僕も楽しみ。それじゃ、おやすみなさい。良い夢を』
『おやすみ。そちらこそ』
 紬は、綾部さんとなら仲良くなれる気がした。クラスに2人しかいない女子の片方がこんな良い人だったなんて。青春じゃん何これ楽しい。

 その夜、紬は久々に変わった夢を見た。
 僕の目の前には綾部さんがいた。彼女は嬉しそうな顔で僕に言った
「私ね、好きな人がいるの!」
 そこで紬は目が覚めた。なんだこの夢は。
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