あの日交わした約束がセピア色にかわっても

紫水晶羅

文字の大きさ
10 / 90
ガキ扱いすんなよ

しおりを挟む
「やっぱり母親にはなれないのかなぁ……?」
「ん? 何か言った?」
 ご飯茶碗を見つめ盛大にため息を吐く美空の顔を、晴斗が心配そうに覗き込んだ。
「いえ。何でもありません」
 食器棚の扉を閉めると、美空はにっこり微笑んだ。

 いつまでもお客様用茶碗を使っている美空に、「そろそろ美空専用アイテム置こうよ」と言う晴斗の提案のもと、今日は二人でショッピングに出掛けて来たのだ。
 紫雲はテニス部仲間と一緒に、朝から図書館で勉強だ。少しは受験生の自覚があるらしい。

 買って来たおニューの食器を並べていると、美空の脳裏に昨日の紫雲の言葉が蘇ってきた。

ーー母親だなんて……思ってない……。

 紫雲は確かに、そう言ったのだ。
 あれは、美空は母親の器ではないという意味なのか。それとも、この世で母親は、実の母親ただ一人だということなのか……。

 一晩考えても、答えは出なかった。
 二人の物とは違う女性ものの食器たちが、美空の目には、異質な存在に映る。なんだかまるで、二人の生活を邪魔しているみたいだ。

「それ片付けたら、お茶にしようか」
 晴斗の優しい笑顔が、美空の不安を包み込む。
「はい」
 笑顔で返すと、美空は、散らばっている包装紙を片付け始めた。


「あの……」
 早速買ってきたマグカップにコーヒーを淹れると、美空は話を切り出した。
「ん?」
 美空の顔を伺いながら、晴斗はコーヒーを一口飲んだ。
「気を悪くしたらごめんなさい」
「何? 怖いんだけど」
 マグカップを両手で包み込み、晴斗はわざとおちゃらけて聞いた。
「紫雲君のお母さんって……、どんな方……だったんですか?」
「どうしたの? いきなり」
「ごめんなさい。ちょっと、気になって……」
 マグカップに描かれている猫のシルエットを撫でながら、美空は申し訳なさそうに俯いた。

「もしかして……。昨日から元気がないのって、そのせい?」
「えっ?」
 驚いて顔を上げると、心配そうな晴斗の顔がそこにあった。
「昨日迎えに行った時、なんか様子がおかしかったから……」

 昨日は紫雲がいるため、十時にはお開きとなり、晴斗から車で迎えに来てもらったのだ。
 恵令奈と哲太は、引き続き何処かに飲み直しに行ったようだ。高校生の前では、できない話もあるのだろう。

「美空、車の中で一言も話さなかったから、どうしたのかと思って」
「そうでしたっけ?」
「うん。紫雲もずっとスマホいじってたし」
「ああ……」

「紫雲に何か言われた?」

 美空はドキリとした。紫雲の思いつめた表情が頭をかすめる。
 
 晴斗に相談してみようか? 思ってすぐに考え直した。
 紫雲の真意がわからない今、むやみに話すのは得策ではない。
 もしも、晴斗が紫雲に問いただしてしまったら、彼を傷つけてしまうかも知れない。そうなれば、せっかくうまくいっている三人の関係を壊しかねない。

 いずれ紫雲の気持ちを確かめることになったとしても、それは晴斗には関係のないことだ。
 これは自分と紫雲の問題だ。なるべくなら、晴斗の手を煩わせたくはない。
 それに、紫雲も多感な年頃だ。こんな話、父親には聞かれたくないだろう。

「いえ。ただ単純に、興味があるだけです」
 曖昧な笑顔を浮かべると、美空は恥ずかしそうに晴斗を見つめた。
「そっか……」
 同じく曖昧な表情で見つめ返した晴斗は、「ちょっと待ってて」と言い残し、そのまま部屋から出て行った。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

還暦妻と若い彼 継承される情熱

MisakiNonagase
恋愛
61歳の睦美と、20歳の悠人。ライブ会場で出会った二人の「推し活」は、いつしか世代を超えた秘め事へと変わっていった。合鍵を使い、悠人の部屋で彼を待つ睦美の幸福。 しかし、その幸せの裏側で、娘の愛美もまた、同じ男の体温に触れ始めていた。 母譲りの仕草を見せる娘に、母の面影を重ねる青年。 同じ男を共有しているとは知らぬまま、母娘は「女」としての業(さが)を露呈していく。甘いお土産が繋ぐ、美しくも醜い三角関係の幕が上がる。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

処理中です...