あの日交わした約束がセピア色にかわっても

紫水晶羅

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新たな世界へ

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 目の前の花壇の中で、色とりどりのチューリップが風にそよぐ。手前にはクローバーの群れが、丁寧に敷き詰められた絨毯のように広がっている。純白のシロツメクサが所々顔を出し、緑の中に彩りを添えていた。

 肩を並べて座る二人を、昼下がりの穏やかな日差しが包み込んだ。
「恵令奈さんから聞いて……」
 腰を落ち着けて暫くした後、紫雲が静かに口を開いた。
「恵令奈から? なんで?」
「うん。実は、あの人今、父さんと付き合ってる」
「え?」
 数回目をしばたかせた後、「ええええええっ!」美空は大きく叫んだ。
「やっぱ知らなかったか……」
 ふるふると首を振る美空を横目で見ながら、紫雲は小さく溜息を漏らした。

「前に住民票もらいに役所に行った時、偶然会ったみたいだよ。それから何度か飲みに行ったりして、いつの間にかそういう仲になったって恵令奈さん言ってた」
「へ、へぇ……」
 自分でも驚くほど気の抜けた声で、美空は相槌を打った。
「美空さんには自分から言うって言ってたんだけど、さすがに言えなかったか」
 ははっと笑うと紫雲は「ショック?」小首を傾げて美空の顔を覗き込んだ。
「あ、いや、別に……」
 動揺を隠せずあたふたと手を振る美空に、「やっぱショックだよねぇ……」紫雲は頭を掻きながら、視線を宙に漂わせた。
「違うの」美空は慌てて否定した。
「ちょっとびっくりしただけ。だって恵令奈、そんなこと一言も……」
 美空は、今まで交わした恵令奈とのメールのやり取りを思い浮かべてみた。だが、彼女の言葉のどこにも、それらしい事は書かれていなかった。

「恵令奈さん言ってたよ。『私だけ幸せになる訳にはいかない』って」
「恵令奈……」
「あの人さ、ずっと父さんを説得してくれてたみたい。俺と美空さんの交際を認めろって。『寂しいなら、私が一生傍にいてやる』って……。笑っちゃうよね」
「ははっ。恵令奈らしい」
 笑いながら、美空の目尻に涙が光った。
 美空は改めて、その友情に感謝した。恵令奈の気持ちが、嬉しかった。
「それから、いろいろ誤解も解いてくれて……。俺が一方的に美空さんに迫ってただけだって。俺たちの間には何も無かったって……」
 最後の日の事は内緒ね、と、紫雲はペロリと舌を出した。

 おどけたようなその仕草に微かな笑みを浮かべたあと、「晴斗さんは……なんて?」美空は消え入りそうな声で尋ねた。
「父さんは……」
 一旦目を伏せ、それから紫雲は懐かしむように遠くを眺めた。
「『全てを背負う覚悟があるのなら、俺はもう何も言わない。ただし、中途半端な事はするな』って。きっと、複雑なんだろうけど……」
「晴斗さん……」
 最後に向けられた怒りと悲しみに満ちた晴斗の顔を思い出し、美空は再び罪の意識に苛まれた。
「でもね。別れ際に、父さん言ってくれたんだ」
「なんて……?」

 視線を戻すと、紫雲はふっと目元を緩めた。
「『幸せになれ』って……」
「っ……!」
 美空の頬を涙が伝った。
 ここに辿り着くまできっと、数えきれない程の葛藤があっただろう。それでも、最終的には息子の幸せを願う父の想いに、美空は、親子の絆の深さを見たような気がした。

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