転生の行く末

かじ たかし

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試練その弐

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 海が徐々に遠のいていくように思えば、今度は緑が増えていく。反対を走る車も列を成す事もなく視界に入る車は指を折って数えれる程だった。大阪市内方面配達ではなく、他府県本着チャーター便を受け持った悠は湾岸線ではなく阪和道の上にいた。稀に受け持つ仕事であり、依頼主が高額を支払い商談に間に合わせるとゆう事から生まれたりする便だ。今回は名古屋だった。往復6時間近くはかかるが助手席に乗せられたA4サイズの小包を渡して受取を貰うだけ。たったのこの作業で5万円近く支払う気持ちが悠には理解できない。1つ言えるのは自分はハンドルを握っているだけなので、なんの苦にもならない事だ。湾岸線とは違い混雑する事は事故以外には見当たらず、料金の違いや場所が市街である事から交通量は少ない。普段なら鼻歌でも唄いながらといった所だが、結局昨日はあの後[予告]なる夢を見てしまい落ち着いてはいられなかった。
今回の場面は居酒屋だった。しかもアスカが働いていた。本来の自分の記憶を辿るがあの店に行った事自体があるような、ないようなはっきりしない感じだった。達也と美穂の3人で晩飯を食べに行った記憶があるのは確かではある。その時押しに押されて紹介までされそうになり頑なに拒否したのを思い出す。
今思えば何故紹介を受け入れなかったのだと後悔し、もしこの夢がまた現実になるのなら今回は喜んで受けてやる。これが過去に戻れた者が得れる特権なのかもしれないな。いつ夢の場面が現れるか検討もつかないが、今回も絶対に死なせずにあの場を凌いでやる。自分の頬を叩き気合いを入れる。
大きな渋滞もなくなんとか名古屋市内に車を走らせる事が出来た。走り慣れない名阪国道で危うくスピード超過で取り締まられる所だったが、自分の前を走るトラックが代わりに検挙され免れた。名阪国道はその名の通り一般国道であり、高速から乗り継ぎする車は格好の餌食となる。制限速度80キロから60キロと大幅に減少するのだから、スピード感覚は狂ってしまうものだ。
そんなこんなでチャーター便の配達を終え、事務所に完了の一報を入れる。すぐ近くのコンビニでタバコと缶コーヒーを買って、エンジンをかけハンドルを握る。すると折り悪くして電話が鳴る。舌打ちをしつつ、シートベルトを解除して左ポケットを弄り携帯を取り出した。画面を見ると達也からだった。
いつもならなんの躊躇もなく通話ボタンを押すのだが、まさかとは思うが嫌な予感がする。恐る恐る8コール程やり過ごし通話ボタンを押す。「もしもし」軽く咳払いをし、声を整えてから電話に出た。夢の事を知っているのは自分だけで、達也も美穂もその他の誰も知るはずがない。ここで変に勘繰られのは御免だった。
「もう仕事終わったのか」いつにも増して弾んだ声だった。
「いや配達は終わったんだけど、実はまだ名古屋で」ありのままを話す。
「名古屋?珍しいな。まあなんでもいいんだけど」驚いた声を上げるが、いつものはにかんだ顔が浮かぶ。
「何時ぐらいに帰ってくる?」
「そうだな。高速の混み具合でも変わるやろうけど、今から3時間ぐらいだから7時かそのくらいには」
「結構早いんだな。もっと遅くなると思ったよ」
「まああくまで多分の話だけどな。んでどうした?こんな平日に」中々用件を言い出さない事に耐えられず聞いてしまう。いつも飲みに行く誘いならその前日くらいのはずで、その他に電話等急ぎの用事でない限りはない事だった。
「いやまあ大した用事はねぇんだけど、実は俺今日急遽休みになってさ、それがまた偶然美穂も休みって感じで。」
どこか遠回しのような言い方だった。恐らく隣にはすでに美穂がいるのだろう。2人で顔を合わせよならぬ事を企んでいる姿が浮かぶ。こうなればいよいよ怖くなってくる。3人で飲みに行く事は稀にないはずなのに、それがよりによって今日とは。まだ何も言われていないが、頭にはその事しか思い浮かばずしばしの沈黙状態が続く。返す言葉が思いつかないでいると「そんなこんなでたまには美穂も混ぜて3人で飯でもいこうぜって、こっちでは話ついてるんだけどな」と達也。後ろから美穂の笑い声も聞こえてくる。だが悠は笑うどころか怯えている。
「そうなんだ。でも何時になるかわからないよ?」なんとか言葉を返す。できる事なら行きたくはない。
「全然オッケー。どうせ俺等暇だし、DVDでも2本位見れば帰ってきてるだろ。で長兵衛じゃなくて、駅前に最近出来た焼き鳥屋に行こうと思ってるんだよ」どうやら行く気満々らしい。達也は初めから断られ事は頭にないのだろう。悔しいがその通りだった。
「じゃあまた帰ったら連絡するよ」
「急がなくていいからな」
じゃあまたと言って互いに電話を切った。これで夢が正夢に代わる場面が用意されてしまった。今日の朝方まで見ていた夢を思い出し、助ける方法を幾つか用意しておこう。シートベルトをもう一度締め直す。いつもとは違い汗を掻く事はない上エアコンもガンガンにつけていた。しかし腋の下にはびっしょりと汗が滴っている。ハンドルを握り恐怖の時間に向かって走り出した。
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