i-NO!違法異能力非公式取締組織

赤飯

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刑事の憂鬱

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「今月だけでもう三件か」
その刑事、春川大地ハルカワダイチはやれやれ、と小さく呟いた。
争った形跡は無く、現場となったアパートの一室は非常に小綺麗だ。僅か六畳間の部屋には必要最低限の物しか置かれておらず、テレビや雑誌といった娯楽類は見当たらない。遺体は頭を玄関に向けて倒れている。首元を刃物で一閃。見事なまでの切り口は、まるで真剣で切り捨てたかのようである。当然市販の刃物でそのような芸当はできない。仮にできたとしても、切った際に必ず血痕は飛び散るだろう。しかし現場に血痕はない。遺体の首元が、一滴の血も出さずに綺麗に開いているのみである。それに加えて、遺体の発見時、部屋に鍵がかかっていたことが更に刑事たちを悩ませていた。
春川は茶色のコートのポケットの中を弄り、小さな黒いメモ帳を出してここ数週間の一連の事件を思い出していた。
「小綺麗な密室。小綺麗な遺体。見当たらない凶器。春川警部。これは間違いなく、絶対に、連続殺人であります。」
春川の部下、夏乃がハキハキと報告した。
「あぁ。わかっているとも。だから俺ぁ溜め息が止まらないんだぁ。」
春川は使い古したメモ帳に再び視線を落とす。
「ガイシャは一人暮らしか?」
「はい。静岡から大学へ通うために親と別れ、越してきたそうです。あ、ちなみにその大学とはですね…」
「わかってらぁ。魔大マダイ。だろうなぁ。」
夏乃の言葉を遮り、春川が言う。被害者の共通点は現場の状況だけはなかったのだ。
「魔大関係ってことは、やっぱり過激派の仕業か?厄介な事件だ。下手に動くとこちらの首が危うい。」
春川はもう一度ため息をつき、夏乃に、身辺調査してこい、と声をかけてから現場を離れようとした。既にアパートの周りには騒ぎを聞きつけた周辺住民が集まっており、春川が近くの公園で一人になるのには多少の苦労を要した。
アパートから僅か数百メートル離れた公園のベンチで、春川は煙草をふかした。休日の午後ではあったが、あまり人はおらず、広々とベンチを使えた。大きく息を吐いた春川は、メモ帳の入っていたポケットとは反対のポケットを弄り、警察で支給されている最新機種の携帯を取り出した。公園には少年が五人ほどいて、この時の春川と同じように、みんな猫背になって携帯電話を弄っていた。不健康な、と春川は思ったが、煙草を吸う自分が携帯電話の黒い画面に映ったのを見て、首を振った。
風に揺られて桜の花びらが散る。春の暖かな風に煙草の灰色の煙が乗り、春川の頬をなでた。吸い始めた当初はこの煙に撫でられる感触を嫌っていたものの、時が経つにつれて段々と快く思うようになっていったのを春川は回想した。
「わぁ、それ、最新機種じゃん。ひょっとして、おじさんもマジモン、やってるの?」
春川の携帯に興味を示した少年が近づいてきた。慌てて春川は煙草を消したが、少年は特に煙草については気にしていない様子だった。副流煙から引き起こされる病気は、今や脅威ではなくなっているのを春川は思い知らされた。
「すまんなぁ坊主。俺ぁその、マジモン、とか言うのはやってねぇんだぁ。このちっこいのはな、仕事で使ってるだけなんだ。便利たがらな。」
「お仕事で?へえ、すごいね。遠くの人とお話する仕事なの?」
子供特有の考えに驚いた春川は、この日初めての笑みをこぼした。
「はっは、そいつは間違っちゃいねぇ。俺の仕事は、このちっこいオモチャで上と通信する事さ。通信するだけ。俺達のような一般人の手に負えねぇものが増えちまったからなぁ。」
春川の言葉を少年は完全に理解してはいなかったが、春川は構わず続けた。
「俺が若い頃はな、このオモチャでの通信すらすげぇことだったんだぜ。それが今では当たり前。だが今じゃその倍、いや、それ以上にすげぇもんが現れちまった。俺みたいなジジイにとっちゃぁまさに夢の世界よぉ。」
坊主にはわからんか、と春川が付け加えるのと同時に少年をグループへ呼び戻す声が聞こえた。少年は携帯を見ながら歩いてグループへと戻って行った。その姿に春川は多少不満を抱いたが、今ではこれが当たり前なのだと心の中で結論付けた。
少年が去り、邪魔者はいなくなったと言わんばかりに春川は思い切りのびをしてから、携帯の電源を入れた。夏乃はちゃんと聞き込みをしているのだろうか、と一瞬考えたが、この事件が手に負えないことを既に察していた春川にはすぐにどうでもよくなった。自分の仕事が上司への報告であること、それを春川は再認識させられた。
「もしもし、あぁ、春川です。どうやら今回の連続殺人は普通じゃないみたいでしてねぇ。えぇ、はい。異能班イノウハンの出番かと。えぇ。俺の仕事はここまで、ですなぁ。」
ひと通り電話を終えた春川は、さらにため息をつき、最後の煙草に火をつけ、ベンチにふんぞり返るようにして座り直した。
「変わっちまったんだなぁ。なにも、かもが。」

その刑事は空に開いた大穴を見上げ、やれやれ、と小さく呟いた。
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