【完結】cat typing ~猫と麦酒~第10回ドリーム小説大賞奨励賞

まみ夜

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開店、まで

腸詰

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 僕は、ソーセージ教室に来ていた。
 オヤジには、割り切れ、と言われたが、買ってきたソーセージを出すのに抵抗があった。
 別に、手作りにこだわっているわけではないのだが、せっかくウチに来てくれるのに、他でも食べられるのを出すのが、嫌なのかもしれない。
 そこで一回、実際に手作りしてみたら、見える物もあるのでは、と思ったからだ。
 
 しかし、意外に教室探しは、難航した。
 なぜなら、どこも無添加が、ウリだったからだ。
 ネットで調べれば、すぐに分かると思うが、ソーセージという食品は、添加物塗れだ、と攻撃されている。
 だからこそ、無添加がウリになるのだが、ちょっと待ってほしい。
 なぜ、添加物を入れるのか、考えたことはあるだろうか?
 まあ、企業が儲けるため、というのが、筆頭だろう。
 しかし実は、ソーセージの添加物である亜硝酸ナトリウムは、重篤な食中毒を引きこすボツリヌス菌の増殖を抑制する働きがある。
 蜂蜜を乳児に与えてはいけない原因だ。
 もともと、肉を塩漬けにする岩塩の中に、不純物として硝酸が入っていて、肉の加工中に亜硝酸ナトリウムになっていた、という偶然の産物だ。
 岩塩の中の硝酸は、不純物なので安定しないから、添加物として、亜硝酸ナトリウムを使っている。
 さて、ここで問題。
 ボツリヌス菌の増殖を抑える、亜硝酸ナトリウムが入っているソーセージと、入っていないソーセージ、食べるならどっち?
 僕は、入っている方を選ぶ。
 だから、無添加のソーセージ造りを学ぶ意味がない。
 結局、またアニキに頼ってしまった。
 ちなみに、亜硝酸ナトリウムの安全性が不明、という意見もあるようだが、既に入ったソーセージを食べ続ける壮大な人体実験が世界中で行われている最中だ。
 人類が滅びていないので、まあ、そういうことだろう。
 よく言う、本来の味、という実態のよく分からない奴を語るのであれば、亜硝酸ナトリウムが入っているのが、元々の味なのだ。
 
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
 マイスター資格を持った先生、と聞いていたので、てっきり頑固な親父が出てくるか、と思っていたら、綺麗な女性だった。
 ずっと前から日本人を研修させてくれている、ドイツの老舗店で、ベテランマイスターに師従したのだそうだ。
 職人っぽい、きびきびした感じだ。
「それでは、つくり方を教えていきます。今回は、お店でお客様に食べていただけるレベルで、との話ですから、一回で終わるとは思っていませんので、よろしくお願いします」
 え?
『え?』
 先生、と顔を見合わせた。
「お店、開店するんですよね?」
「はい」
「ビールのお店なんですよね?」
「はい」
「ソーセージ出すんですよね?」
「えーと」
 僕が首を傾げる、と鏡像のように、先生も首を傾げた。
「出せたらいいなあ、とは思うんですけど」
「出しましょう! ビールにはソーセージ。ソーセージには、ビールですよ!」
 ああー、ドイツで修行したんだっけ。
 先生、イケる口ですな。
「出せたら、出したい、です」
「よし! 修行は厳しいですよ!」
 え?
 厳しいの?
 アーニーキー!
 
「まずは、塩漬けの羊の腸を、水に戻します」
 袋から、白い物を、びろびろーっ、と伸ばす。
「必要な分を切って、残りは袋に戻して乾燥しないように冷蔵すれば、半年くらいはもちます」
 おおー、それは便利だ。
「大雑把に塩をはらって、水に入れておきます」
 うん、マグカップだね。
 きっと、テレビの料理番組だったら、透明のボールか何かに入れるんだろうな。
「次に材料です。今回は、お店でもできるように、物足りないくらいの基本中の基本です」
 並べられているのは、スーパーで売ってそうな豚挽肉に、塩、胡椒、添加物。
 うん、物足りない感が、満載だ。
 僕の残念そうな顔を見て、ちょっと得意そうな先生。
 なんか、リアクション違わなくないですか?
 ドイツ・ジョークなの?
「混ぜます」
 透明なボールに入れて、手袋をした手で、混ぜる。
 おおー、手つきがいい、気がする。
「はい、やってみて」
 僕も、手袋をして、混ぜる。
 小指が短いので、先が余るのが、邪魔だ。
 でも、ここが修行のしどころ、腕の見せどころ、ですよね?
「はい、終了」
 え?
 もう?
「これを冷凍庫に入れます。凍らせては、ダメ。凍る寸前まで冷やします」
 凍らせる、とそれを砕く工程で、熱を帯びてしまうのだそうだ。
「ここに、冷やした物があります」
 え?
 ここだけ、テレビ的?
 しかも、ボールじゃなくて、フードプロセッサーの容器ごと出てきた。
 僕の驚いた顔を見て、ちょっと残念そうな先生。
 なんか、リアクション違わなくないですか?
 ドイツ・ジョークなの?
「これを、文明の利器で混ぜます」
 やはり、ドイツ・ジョークなのだろうか?
「重要なのは、温度です。温度を制する者は、ソーセージを制す。さん、はい!」
 さん、はい、で僕を見たので、仕方なく、
「・・・温度を制する者は、ソーセージーを制す」
「声が小さい!」
 職人さんって、体育会系だ。

 途中で氷を足して、肉の滑らかさと温度を確かめながら、混ぜ終わった。
「これを、腸に詰めていきます。絞り袋に口金を入れてから」
 マグカップから、白いびろびろを取り出して、
「口金を水で濡らして、腸を通して、根元に手繰り寄せます」
 意外と、これが難しそうだ。
 一直線に引っ張られる、ぺったんこな白い腸は、目黒にある博物館の展示物のようで、ちょっとグロい。
 寄せきって、すべて纏まる、と口金が出た。
「絞り袋に、空気を入れないように、肉を入れます」
 ヘラでかき混ぜないように、移す。
「一度、絞って、口金の中まで肉を入れます」
 先から、肉がにゅる、っと出たら、こそげ取って、袋に戻す。
「腸で口金を覆って、先を縛ります。ゆるみが無いように、もう一度手繰り寄せてから。肉を絞る方が力がいるので、利き手で、逆の手で口金の上の腸を送り出すようにしながら、絞ります」
 むにゅうううう、っと腸の中に、肉が押し出されて、腸も伸びていく。
「やってみましょう」
 絞り袋を右手で受け取って、先生が押えているまま左手で腸をつまんだ。
 うぐ、力がいるぞ、これ。
 先生に比べる、とおずおずとした感じで、肉が出ていく。
「力を一定にして」
 と言われても、難しいぞ。
「手を握りきって、止めない。握りながら、手を前へスライドさせて、小指薬指は開いて、また握って」
 ちょっと、意味がわからないし、脳が理解する余裕がない。
 とはいえ、なんとか破裂させずに、入れ切ることができた。
「このままグルグル巻いたりするのも流行ってるけど、今回は基本だから、オーソドックスに」
 くるん、と回すと、ねじれたソーセージになった。
「はい、やってみて」
 言われたが、強く振る、と破れてしまいそうで、うまくいかない。
 なんだか絡まって、歪な分子模型みたいになってしまった。
 情けない顔になった僕への、「ナイス・アート」は、褒め言葉なのだろうか、ドイツ・ジョークなのだろうか?
「こことここ、触って」
 言われた部分を、指で触る。
「こっちは茹でたら、破裂します」
 むむ?
 違いがよく分からない。
 でも、一か所だけなら、合格かな。
「あと、こことこことここの方が分かるかな。触って」
 うん、こっちの方が、腸が張っているのが分かる。
 って、こんなに破裂する箇所あるの?
「茹でます。ぐらぐら沸かすと破裂しやすくなるから、気をつけて」
 立体が、お湯につけられて、しばらくして引き出された。
「ここが、さっき、一番初めに触ってもらったところ」
 確かに、破裂している。
 他は、もっとしてるけど。
 微妙な違いで、破裂してしまうんだなあ。
 もうちょっと、少な目に入れればいいのか。
「この二つ、食べ比べてみて」
 皿に、二切れと箸が乗っていた。
「いただきます」
 ひとつ目を噛みしめる。
 皮が弾ける感じ、中からの旨味ある汁気、肉の滑らかさが美味い。
「美味しい。けど」
 じゃあ、次の、と言いかけた先生が、止まる。
「え? けど? 順番間違えた? なんで、けど?」
「だって、こんなに、こだわらない感じなのに、こんなに美味しいなんて」
 ああー、と納得した顔の先生。
 ニヤニヤしながら、「ぱしぱし」と自分の上腕二頭筋のあたりを叩く。
 腕だ、と言いたいのだろう。
 ちょっと悔しくて、無視してもうひとつを口に入れる。
「うん?」
 皮が弾ける感じがしなくて、ぐんにゃりしている。
「肉が足りないと、食感が悪くなる」
 うわ、適量で入れろ、ということか。
 いつの間にか、火にかけていたフライパンに、ソーセージを入れて、焼く。
 バンバン破裂した。
「焼けば、更に皮は縮む。どう食べさせるかでも、調節が必要」
 うああああああ、ゴールが見えない。
 実際に食べてみる、と当たり前だが皮が破けていない方が断然、美味しい。
 美味しいのだが、悔しい。
 だって、挽肉に塩胡椒で、これだ。
 塊肉を粗挽きにしたり、スパイスを変えたり。
 うああああああ、ゴールが見えない。
 あああああああ、ビールが飲みたい。
 激しく、このソーセージで、ビールが飲みたい!
「さて、ちょうどいい冷え具合かな」
 先生が、冷蔵庫を開けた。
 まさか、ビール!?
 期待して見た先に、出てきたのは、さっき混ぜた肉が入ったボールでした。
 冷凍庫に入れたのが、凍りそうで、冷蔵庫に移されていたらしい。
「じゃあ、もう一回」

 フードプロセッサーにかけるところから、一人でやった。
 一回目の破裂にビビったせいで、「焼き」の破けは少なくなったが、「茹で」ではイマイチな食感だった。
 とりあえず、そこで教室終了が告げられ、先生が、いそいそと ビットブルガー・ピルスの瓶と陶器のジョッキを持てきた。
『乾杯』
 ビールが美味い。
 ソーセージも美味しい。
 しかし、事前に同じレシピで作られていた、先生のを食べる、と悔しさしか出てこない。
 茹でても、焼いても、美味いし破裂していないのだ。
「まあ、茹でて出しているのは、焼く用のに比べて、ちょっと長めに茹でてるけどね」
 それを反則といっても、僕のとの美味しさが覆るような僅差ではない。
「同じソーセージばっかりで、飽きちゃうから」
 いえいえ、先生のとは、別物ですよ、と卑屈になる僕の前に、皿に盛られたペーストが、数種類だされた。
 黄色いのとかは、マスタードだろうけど。
「全部、マスタード。試してみて」
 この、緑のも、ピンクのも?
「この緑のが、バジル入りで、赤いのはカシス。あと、オレガノ入りに、蜂蜜入りに」
 うああああああ、ゴールが見えない。
 肉にスパイスに、マスタード。
 腸だって、もっと太さが違う物もある。
 羊だけじゃない。
 どの組み合わせが正解で、どこかにゴールはあるのだろうか?
 僕は、深淵に脚を踏み込もうとしているのではないか?

「修行の道は、長くて険しいぞ、我が弟子よ」
 師匠が、ビットブルガーのジョッキを傾けていた。
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