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開店、まで

尻尾

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 次の朝、眠る雪さんに、そっと近づいて見る、とやはり尻尾の先から二センチほど根元寄りの横に、五ミリほどの赤い突起があるままだった。
 なんとなくだけど、昨夜より、少しだけ大きくなった気がする。
 一昨日は、カスミちゃんたちが遊んでいたから、あれば気がついて、教えてくれたはずだ。
 なら、ほぼ一日で、できたのだろうか。
 昨日の朝ご飯のときには、あっただろうか?
 なんとなく、ニキビのようにも思える。
 でも、猫の尻尾にニキビができるのか?
 ネットで調べてみるが、尻尾の根元にはできても、先にはできないようだ。
 アニキや猫オバチャンにも相談したいが、獣医でない彼らに、ましてや患部を見ていないのだから、心配させるだけだ。
 雪さんに、ドライフードをあげて、いつもと変わらず食べるのを見つめながら、はやく動物病院の開く時間になれ、と焦れていた。
 
「はいー、大丈夫ですよおー」
 中年坊主頭の獣医が、助手が押えている雪さんをすっごい低姿勢で診察している。
 ようやく診察開始の時間、というかフライング気味に、いつもの動物病院に駆け込んだ。
 もちろん、他に待つ人もなく、すばやく診察室に向かえ入れられた。
「いつ、気がつきましたか?」
「昨日の夜です」
「その前は、どうでした?」
「その前日は、知合いが来て、雪さんと遊んでくれていたので、できていれば、気がついて、教えてくれたと思います」
 ふむふむ、とカルテに書き込んで、
「体重は、ちょっと減ってますが、時期的なものでしょう」
 ブラッシングでアンダーコートもとれてるからかな。
「ちょっと触りますねー」
 助手が、ちょっと力を入れて押さえ、尻尾の先に触る。
 しゃー、っと叫ぶ雪さん。
 そんなに、痛いのか?
「おお、まさか」
 まさか!?
「これは、気がつきませんでした」
 何に!?
 まさか、腫瘍とか!?
「カギ尻尾ですね」
 え?
 今、その話題?
 僕の不審そうな表情に気がついたのだろう、慌てたように、
「カギ尻尾なので、尻尾の骨が曲がっています」
 更に、意味がわからない。
 雪さんの尻尾は、まっすぐだ。
 僕の意味が通じていない顔に気がついて、慌てて、
「この尻尾の先が、曲がってます」
 まっすぐに見えるけど?
「ここから先は、毛だけで、骨の先は、ここです」
 指差すのは、赤い突起。
「触っても大丈夫でしょうか?」
 獣医と助手がアイコンタクトし、頷いた。
 僕は、そっと尻尾に触った。
 尻尾が細くなった先で、中身に触れて、指で辿る、とクニっと先が曲がっていた。
 その先端が、赤くなった部分だ。
「これって?」
「お知り合いが来たようですので、興奮して、毛づくろいしすぎたのかもしれません。尻尾の先が、ちょっとハゲちゃったみたいです」
 となると、デキモノでも、腫瘍でもなく?
「ちょっと尻尾の舐めすぎですね」
 想像もしていなかった結果に、力が抜けるが、酷い病気でないのは、よかった。
「念のため顕微鏡で見てみましょう」
 棚から、プレパラートを出し、雪さんの尻尾の先に、こすり付けた。
 雪さんが、ものすごく不快を表す声を出したので、平謝りする先生。
「すみません、すみません。空いているので、すぐ見ちゃいますね」
 プレパラートを手に、診察室を出ていく獣医。
 空いてるって、自分で言っちゃうのは、どうだろう。
 最近は、評判が良く、混んでいるって話を猫会長から聞いた。
 助手と、人は二人きりになる。
「尻尾、こんなにまっすぐなのに、先だけカギなんですね」
「全然、気がつきませんでした」
 助手に褒められ、喉とかくすぐられて、大人しい雪さん。
 談笑していると、獣医が戻ってきた。
「特に問題はなさそうです」
 よかった。
「炎症止めの飲み薬を出しましょう。気にして舐めて、広がるとよくないですから。二、三日で赤みが薄れれば、安心ですが、長引くようでしたら、連れてきてください」
「部屋に人がたくさん来たのが、原因でしょうか? 今度、部屋で店をやるので、それが原因でしょうか?」
「タイミングが悪かっただけだと思います。毛が抜ける時期ですし、お客様が来て嬉しかったのと合わさったのではないでしょうか」
 確かに、カスミちゃんが来るのは久しぶりだから、はしゃいでたものな、雪さん。
「少し、遊んであげるのを増やした方がいいのかもしれません」
 確かに、最近は開店の準備で、部屋にいても、遊んでなかった。
「繰り返すようなら、考えましょう。大丈夫だとは思いますが」
 うん、今も助手に撫でられて、大人しい雪さんを見る、とそんなに痛かったりするわけじゃなさそうだ。
 雪さんと、もっとちゃんと一緒に暮らさないとだね。
「それで、」
 それで?
「お店というのは?」
 助手と二人に詰め寄られた。
 
 三日ほどする、と尻尾の赤みも薄れ、五日もする、と薄っすらと毛が生えてきた。
 炎症止めの薬は、きっちり飲ませている。
 しばらく待って、部屋の隅に吐いたりしないようにも、見張った。
 短い時間だけど、一日で、何回か遊んでいる。
 メニューを考えたり、オペレーション手順を考えたり、そんなことで煮詰まっていたのか、雪さんと遊ぶ、と気分が落ち着いた。
 これならば、一緒にお客様を迎えても、大丈夫だろうか。
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