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7巻
7-1
しおりを挟むプロローグ
夜、照明を全て消した部屋に、暖炉の温かな光が広がり、影を揺らす。
夜間勤務の使用人たちはできるだけ物音を立てないよう働いているのだろう。随分と静かだ。
そんな中、わたくし――イザベル・ドーラ・ディバインは窓辺に寄り、高度な技術で織られたジャカードのカーテンを開く。冷たい空気が顔を撫でた。
あたりは静寂に包まれている。しんしんと降る雪はバルコニーを白く染め、まるで世界に一人だけ取り残されたような気分になった。
部屋の中は暖かいけれど、窓辺はさすがに冷えますわね。
ぶるっと震え、わたくしは羽織をかけ直して息を吐いた。少し膨らんだお腹に手を当ててから、カーテンを閉めて振り返ると、ベッドには先程寝入ったノアがいる。その穏やかな寝姿に安堵するのも何度目か。
『おもちゃの宝箱』で、ノアを誘拐された事件が未だ、わたくしの心に影を落としていた。
もしあの時、妖精のチロがノアのそばにいなければどうなっていたことか。もしあの時、影が間に合わなければノアは……などと、ふいに思い出しては恐怖に襲われる。常にノアの姿を探してしまう自分に気付き、これではダメだと首を横に振った。
「ぅ……かぁ……さま……」
その時、ノアの声が耳に届いた。
「ノア……?」
今、わたくしのことを呼んだ……?
そばに寄ると、ノアは額に汗をかき、うなされているではないか。小さな声でずっと「おかぁさま……、おかぁさま……っ」とわたくしを呼ぶ姿に胸が締め付けられた。誘拐された時の恐怖は、やはり幼い息子の心に傷を残したのだ。
「ノア、もう大丈夫よ。わたくしはここにおりますわ」
ぎゅっと握られた小さな手を両手で包み、声をかける。
このやり取りは、ここ数日、続いていた。
わたくしは、ノアの心を傷つけた事件を、そして犯人を、許せませんわ。だけどそれ以上に、あの時なにもできなかったわたくし自身が許せない。
「この子のためになにができるかしら……」
わたくしがそばに来たことがわかったのかしら。苦しそうな表情が和らいで、頬に赤味もさしてきた。ノアの小さな手から温かな体温が伝わってきて、甘いホットミルクを飲んだ時のように幸せな気持ちがじんわりと広がっていく。
最近はしっかりしたお兄ちゃんになってきて、誇らしくもほんの少し寂しいと思っていたのだけれど……
「寝顔はまだまだ赤ちゃんのようですわ」
ぷにぷに、ふわふわのほっぺをチョンッと指で突っついて、赤ん坊の頃のノアを想像して癒やされる。
赤ちゃんのノア……絶対可愛かったに違いないですわ!
「可愛いといえば、ノアが連れ帰った赤ちゃんも、とっても可愛いんですのよね――」
第一章 悪女とぺーちゃん
ぷー、ぷー……
先程から聞こえてくるこの可愛らしい音は、わたくしの目の前にあるベビーベッドから出ている。
たんぽぽの綿毛のような、ふわふわとした髪の毛に、ノアよりぷっくりしているほっぺた。むちむちした手足と、ほんのりとするミルクの匂い。音の正体はそう、赤ちゃんの寝息だ。
「ぺーちゃんったら、可愛い寝息を立てておりますわ」
ノアが連れ帰ったこの赤ん坊――名前はぺーちゃんというのだそうだが、ノアを誘拐した組織に囚われていた子供とのことで、現在わたくしの夫であるテオバルド様――テオ様が親御さんを探してくれている。
ぺーちゃんというのだから、本当の名前にはペがつくのだろう。
ペーターとか、ペンタゴンとか、そんな感じの名前なのかしら。
年は一歳くらいの可愛い盛りだ。きっと今頃、親御さんも必死になって探しているに違いない。
わたくしもノアが誘拐されている間、生きた心地がしなかったですもの。ぺーちゃんの親御さんの気持ちを思うと、胸が締め付けられますわ。
そのぺーちゃんだが、ディバイン公爵家の領地にあるこの本邸に来てから一日経った今も、まだ眠ったままだ。
もちろんお医者様にも診察してもらったが、特に異常はないとのことだった。ただ、少し衰弱しているので、基本的にはこのまま寝かせておき、あまりに長く眠り続けるようなら、起こしてミルクや離乳食を与えるように言われている。
ノアも疲弊しているのか、ぺーちゃんと同じように起きないから心配ですわ。
「そろそろ起こした方がいいのかしら……」
落ち着きなく眺めながら、腕を組んで首を傾げる。わたくしのそんな様子を見かねたのか、専属侍女のミランダにも促されたので、まずはぺーちゃんを起こすことにした。
「……ぺーちゃん、ぺーちゃん……? おっきできるかしら?」
「ぅ……むにゅ……」
小さな反応があったので、驚かせないように優しく、ぺーちゃんの身体をポンポンしてみる。
「ぅ……む、にゃ……」
猫みたいな声ですわ。なんて可愛いの……っ。
「ぺーちゃん、そろそろおっきして、まんま食べましょう?」
「ぅ~……」
ぐぐっと腕を上げてバンザイの体勢をとり、ぷるぷる震えて大きなあくびをすると、ぺーちゃんはうっすら目を開ける。わたくしはほっと息を吐いた。
「お腹は空いていないかしら?」
一歳くらいなら、離乳食でも大丈夫ですわよね?
「ぁう……ぁ……っ(な、な……っ)」
ぺーちゃんがわたくしを見て、おめめをまん丸にするものだから、驚かせてしまったかと少し申し訳なくなる。
「あらあら、まん丸おめめ。おっきしたら知らない人がいてびっくりしてしまったのね」
隣にいるミランダもぺーちゃんの顔を覗き込む。
「固まっていますね。もしかしたら、奥様のあまりの美しさに驚いているのではないでしょうか」
「そんなバカな」
いつも感情を表に出さないミランダは、今日も今日とて無表情で、そんなおかしなことを呟き、頷いている。
「あぅ……、にゃ、じぇ、いじゃ……!?(なんで……、なんでイザベル・ドーラ・ディバインが、私の目の前にいるんだ!?)」
ぺーちゃんは相変わらず大混乱継続中ですわね。ご飯を食べさせて、落ち着かせた方がいいかもしれませんわ。
「ミランダ、さっきシェフに作ってもらった離乳食を持ってきてもらえるかしら」
「かしこまりました。奥様」
「にゃ……」
うるんだ目で怯えたように見上げてくる様は、まるで子猫のようで庇護欲を掻き立てられる。
「ぺーちゃん、わたくしはノアの母でイザベルと申しますわ」
「ぅあ……、あく、ちょ!!(ひぇ! や、やっぱりあの、悪魔と手を組んだ悪女だ!! なんで私の名を知っている!?)」
「え? もしかして、握手って言いましたの?」
「ちあー! ぁく、ちょ!! (違う! 悪女と言ったんだ!! こっちに来るなっ)」
「まぁっ、皆見てちょうだい! 握手って言って、可愛いおててをこちらに出しておりますのよ!」
ノアの名前を出したからか、ぺーちゃんは、小さな手をわたくしに差し出してきたのだ。
礼儀正しい赤ちゃんですのね。可愛い。
「本当ですね!」
「可愛い~!」
周囲にいたメイドたちも、赤ん坊の可愛さにメロメロだ。
「にゃ! じゃーきゃ!(勘違いも甚だしいぞ! 誰が悪女に握手を求めるか!)」
「ぺーちゃん、よろしくお願いしますわね」
「にゃ……!?」
「はい、握手」
そう言いながら、ぺーちゃんの手を取り、握手を交わす。ノアよりも小さな手はぷにぷにで、とても可愛らしい。
「ぅにゃ、ちゃ!?(一見いい人そうに思わせて、実は私を売る気だな!?)」
「ふふっ、ノアの言っていたとおり、にゃんこのようなお返事をしますのね」
「にょあ!」
ノアの名前を出すと、ぺーちゃんは突然、赤ちゃん用の布団を撥ね除け、四つん這いになる。そして顔をキョロキョロさせ、ノアを探し始めたではないか。
「ちょーや、にょあ!? みゃちゃ、ぁにゃっ(そうだ、ノアはどこだ!? まさか、お前が虐めているんじゃないだろうなっ)」
なにか一生懸命お喋りしているのだけれど、なにをお話ししているのかわかりませんわ。
困惑してメイドたちを見るが、皆もわからないようで、笑って誤魔化している。
すると、ぺーちゃんは布団をぽふぽふしながら首を傾げ始めた。もしかして、布団が気に入ったのだろうか。
「ぅにゅ……」
そしてまた周りの大人たちに目を向け、ベビーベッドを見てを繰り返す。その行動は、まるで自分のいるところを確認しているようだった。
まだ誘拐されていると思っているのかしら。あら、今度はわたくしを見て真っ赤になって……汗が出始めておりますわ!
「まぁ、暑くなっちゃったかしら。寝汗もかいておりますものね」
オムツは眠っている間に変えたから大丈夫だと思うけど。
メイドから受け取ったタオルでぺーちゃんの顔や首を拭いていく。
「ふぁ、ふぁ……(ふかふかタオル。気持ちいい……)」
「ふわふわですわね。気持ちよさそうですわ」
タオルの感触が気に入ったらしく、液体のようにとろけるぺーちゃんに思わず笑ってしまう。
「奥様、お待たせいたしました」
その時、ミランダが戻ってきて、机と椅子のセットを始めた。
「ありがとう。ミランダ」
セットされた机には、離乳食とは思えないほど美味しそうな料理が並べられていた。
「さぁ、ぺーちゃん。お腹が空いておりますでしょう。ご飯を食べましょうね」
「ぅにゃ」
小さな鼻をひくひくさせていたぺーちゃんの目が、料理を見て輝く。
「ちゃべ、う!」
「ふふっ、ノアが昔使っていた赤ちゃん用の椅子と机を持ってきてもらいましたのよ。ここに座って食べましょうね」
「ぁーい」
「いいお返事ですわ」
余程お腹が空いていたのだろう。ベビーベッドから一生懸命手を伸ばしている。
抱き上げて、ノアが使っていたという赤ちゃん用の椅子に座らせると、ぺーちゃんは目の前に並べられた離乳食に、また鼻をひくひくさせた。その様が可愛くて、笑い声が漏れてしまう。
ぺーちゃんは、わたくしの笑い声にくすぐったそうに身体をよじる。
ふふっ、ぺーちゃんったら、照れているのかしら。
「さ、ぺーちゃん。あーん」
「ぁ~」
いつも食べさせてもらっているのだろう。声をかけると、口を開けて食べ物が運ばれてくるのを待っている。
嫌がられなくて良かったですわ。
「はい、ぱっくん」
「にゃっくぅ」
ぺーちゃんは目をカッと見開き、ぷるぷると震え出す。
「ぅっ、にゃ~ぃ!(美味い!)」
「美味しい? 気に入ってもらえて良かったですわ」
「ぁーい」
感情表現が豊かな赤ちゃんですわね。本当に美味しそうに食べていて、微笑ましいわぁ。
それにしても、さすが公爵家のシェフだわ。まさか離乳食までこんなに美味しそうに作れるなんて……。『ディバイン公爵家には、世界の美味しい食材が集まる』なんて料理人たちが言っていたけれど、世界トップレベルの料理人がいるからこそ、食材も生きるというものだわ。前世で美味しい料理をたくさんいただいたけれど、それを再現できるのはシェフたちのおかげですもの。わたくし、体力も魔力も平凡ですけれど、対人運だけは最強ですわね!
「まぁんま、うっ、にゃ~い」
残さず綺麗に食べ切ったぺーちゃんは、満足そうに、口からけぷっと可愛い音を出す。
あらあら、離乳食が口の周りにべったべたに付いておりますわ。
「ふあ、ふあっ、ちゅっき! まぁんま、ちゅっき!(ふかふかのタオル好きだ! 美味しいご飯も、好きだ!)」
赤ちゃんの肌にも優しいふわふわフェイスタオルで拭いてあげると、タオルの感触が気持ち良かったのか、嬉しそうに声を上げた。
衰弱していると聞いていたから心配だったけれど、食欲はあるようで安堵する。
「ふふっ、お腹いっぱいですわね」
「ぺぇちゃ、おにゃあきゃ、ぃーっぱ!」
か、可愛いですわ!
フロちゃんこと、フローレンスよりも小さな赤ちゃんが、満足そうに、ぽっこり出ているお腹を叩くその様子は、使用人たちも目尻を下げるほど可愛らしい。
ちなみに今、ぺーちゃんがいるこの部屋には、ベビーベッドをはじめとする赤ちゃん用の家具や服が詰め込まれている。これから生まれてくる赤ちゃんのためにと、テオ様が用意したものだ。準備が早すぎると引いていたのだが、まさかこんなところで役に立つとは……
「ぁ~、にょあ!」
扉の方を見たぺーちゃんが、嬉しそうに声を上げた。
「ぺーちゃん!」
扉から顔を覗かせた天使――私の愛しい息子ノアが、ぺーちゃんの名前を言いながら嬉しそうに入ってくるではないか。
良かった……っ。ノアも元気そうですわ。でも――
「こぉら、ノア。ノックを忘れていますわよ」
「あ……、おかぁさま、ごめんなさぃ……」
くっ、この上目遣いの可愛さ! ダメよイザベル。注意するべき時はちゃんとしないと……む、無理ぃ! この可愛さ、この素直さには、これ以上なにも言えませんわ!!
「にょあ、いちめ、っちゃ、めぇ!」
「あらあら」
ノアを注意したら、わたくし、ぺーちゃんに怒られてしまいましたわ。
「ぺーちゃん、おかぁさま、めっ、しないのよ」
「にょあ?」
ノアの言葉が思いもよらなかったのか、ぺーちゃんがきょとんとして、目をぱちぱちさせる。
「あのね、わたし、ノック、わしゅれたの。わたし、めっなのよ」
わたくしのノア! なんて健気で素直でいい子なのでしょうっ。
「ノアはなにがいけなかったのか、ちゃんとわかっていますのね。でしたらお母様は、めっ、しませんわ。だってノアはとってもいい子ですもの」
頭を撫でると、「ちゅぎから、きょーちゅけます!」と抱きついてくるので可愛くて仕方がない。
「もうっ、いい子すぎますわ!」
ぎゅうっと抱きしめ返すと、「うふふっ、おかぁさま、くるちぃのよ」なんて言いながら、嬉しそうに笑いますのよ。
「にゃ……?」
ぺーちゃんが驚いたのか、目をパチクリさせていますわね。本当に子猫みたいな子。
「ぺーちゃん、もうこわいないのよ。ここ、わたしのおーちなの」
「にょあ、ち……」
「しょう。わたしの、おかぁさま」
ノアがわたくしの手を取って、ぺーちゃんに紹介してくれる。
「おかぁさま、とーっても、やさちぃ。わたしの、だいすきなおかぁさま!」
「にゃ!?」
「だから、こわいないの」
怖くないから安心して、と赤ちゃんを宥めて、ノアがお兄ちゃんの顔をしたので、わたくし感動してしまいましたわ!
「にょあ……」
「だいじょぶよ。こわいちと、もうない」
「こぁい、にゃぃ……?」
SIDE ぺーちゃん
ああ、離乳食がこんなに美味しいなんて……。ディバイン公爵家の料理人は天才か! とご飯に気を取られ、あの悪女イザベル・ドーラ・ディバインのことが頭から飛んでいた。気付けば悪女に顔を拭かれて、あまりの気持ち良さに液体と化していた自分を殴りたい。
ふわふわのタオルで籠絡してくるとは、なんと狡猾な! 前世とは全く違う姿を見せて、こちらの油断を誘う気でいるようだが、そうはいかないんだからな! 私には英雄ノアがついている!
ちょうどノアが部屋に入ってきたことで我に返った。籠絡されずに済んだ、とホッとしていたら、あろうことか悪女はノアを叱りつけたのだ。
やっぱり前世のようにノアを虐待している!
許せないと思い声を荒らげたのだが……まさか、ノアに止められるなんて……
信じられないことに、ノアは悪女のことを『優しくて、大好きなお母様』だと嬉しそうに言うではないか。まさか、洗脳されてしまったのか……?
だけどノアの目はきらきらしていて、とても虐待と洗脳をされているようには見えなかった。「怖くない」と優しく声をかけてくれるノアは、前世の英雄ノアそのもの。どうもおかしいと、悪女に目を移すと、こちらも優しい眼差しを向けてくる。
こんな時は、私の特異魔法『鑑定』を使うしかない!
悪女よ、お前の嘘を見破ってやるからな!
鑑定!!
名前:イザベル・ドーラ・ディバイン
年齢:20
種族:※q@※ry&;
家族構成:夫、息子、父、弟
レベル:21/平均値26~40
体力:55/平均値65~100
魔力:280/平均値150~300
魔法属性:闇/状態:封印
&※#@xの女神の加護、※q#@の加護、ry&;X神獣の加護あり、世界の回帰の主軸
スキル:異世界の知識、夢渡り、精神治癒(小)
◆ ◆ ◆
ぺーちゃんはわたくしをじっと見て、「にゃ……?」と怪訝な顔をしたかと思うと、徐々に目を見開いていき……
「みぇ、みぇ……っ、ちぃじゅ……」と子猫のように鳴いたあと、チーズと言い放って、突然眠ってしまったのだ。
チーズが食べたかったのかしら?
「おかぁさま、ぺーちゃん、ねんねちたの」
「そ、そうね。ご飯をたくさん食べたから、眠くなってしまったのかしらね」
なんだかわたくしの顔を見ながら、気絶したようにも見えたけれど……、まさかね。
SIDE 大司教クレオ
「大司教、お待ちください! もし騎士団に捜索願いを出せば、それを理由に教会の内部へ騎士団の立ち入りを許してしまうことになります! あのような粗暴な者たちをこの神聖な場所へ招くなど、神への冒涜です!!」
フェリクスの――私の養い子である赤子の行方がわからないというのに、愚かなことを主張する司祭にうんざりする。
騎士団の出入りが神への冒涜というのならば、お前のような欲に塗れた者の出入りを許す方が余程神への冒涜ではないか。やれやれ、あやつの影響がここまで広がっておったとは……
仕事の間は、シスターにフェリクスの世話を任せていた。ところが、様子を見に行った際に二人の姿が見えないことに気付き、教会中を探し回った。しかし教会内のどこにもフェリクスの姿はなく、すぐに騎士団へ連絡しようとしたのじゃが……そこに邪魔が入った。
「それがどうしたというのか。やましいことがあるわけでもない。フェリクスの行方がわかるのであれば、喜んで騎士団を迎えようではないか」
「大司教! なりませんっ、たかが孤児の赤子がいなくなったぐらいで、教会内部に騎士団を入れてしまっては、教会の立場が……っ」
たかが、孤児の赤子じゃと……!!
「フェリクスは私の大切な孫で、『神託の子』。おぬしらよりも余程大事な子供よ!」
「ぐ……っ」
いかん。私としたことが、フェリクスを悪く言われてつい、本当のことを言って……いや、言いすぎてしもうた。
騒ぎ立てていた司祭は、怒りで顔を真っ赤にし、震えている。
なんなのだ、その態度は。排他意識が強いこやつに反省は見られんな。フンッ、今のでも言い足りんかったか。もっと言ってやれば良かったのぅ。
「……大司教、確かに我々にやましいことはございません。しかし教会の権威が弱まっている今、騎士団に教会内部の捜査を許可してしまえば、世間は教会がグランニッシュ帝国の下についたと認識するでしょう。教会は国から独立した組織であり、決して国の支配下にあってはならないのです。そのようなことになれば、この国、いえ、世界のバランスを大きく崩すことになりかねません」
司祭の上司にあたる司教が意見してくるので、思わず睨んでしまったわい。
司教の言うように、現在のグランニッシュ帝国の権力構成は、皇室、教会、ディバイン公爵家の三つ巴。それが一年前、シモンズ伯爵家の娘がディバイン公爵家に入ったことで、比重がディバイン公爵家に大きく傾いてしもうた。
じゃが、ディバイン公爵家は皇室を支持し、決して裏切らないと誓って魔法契約までおこなっているという噂じゃ。だからこそ、かろうじてバランスが保たれておる。
しかし、ここで大司教である私が、教会に騎士団を招いてしまえば、こやつの言うようにバランスが崩れる可能性は高い。最悪、教会を私物化したとして、グランニッシュ帝国が各国から攻め込まれる理由を作ってしまいかねん。そうなるとだいぶ物騒な話になるじゃろう。
「大司教、ご配慮いただきますよう、平にお願い申し上げます」
「わかった……」
フェリクス……っ。
「ご理解賜り感謝いたします」
ならば、私個人が、国ではなく、ディバイン公爵に頼めばよい。ディバイン公爵家は軍事を司る。思慮深い公爵のこと、秘密裏に動いてくれるじゃろうて。すぐに帝都を出発すれば、一週間ほどでディバイン公爵領に着く。誘拐犯があの子の能力を欲しているのであれば、命を奪ったりはせぬだろう。なんとしてでも無事にフェリクスを取り戻さねば……
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