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その他
番外編 〜 狼になったあの日のテオバルド 〜
テオバルド視点
「いつか、テオ様の心の傷が薄くなったら……、ノアに弟妹をつくってあげたいのです」
そんな可愛い妻の言葉と、この夜の事を私は一生忘れないだろう。
私が世界でただ一人、心から愛した女性───
それが一年前に白い結婚をしたはずの妻、イザベルだとは、過去の自分には想像も出来なかっただろう。
最初の頃は避けに避けていたが、よくよく思い出すと、初めて同じ馬車に乗った時、吐き気はしなかったような気がするのだ。
そんな事にも気づかない、愚かだった私を叱りつけてやりたいと、今なら思う。
せっかく、ベルの美しかっただろう花嫁姿を、私は覚えてもいないのだから。後悔しかない。
出来るなら、もう一度結婚式をやり直したいくらいだが、ベルは嫌がるだろうか……。
そんな事を考えながら懐中時計を取り出し確認すると、ベルが望んでくれた初夜の約束まで、もう少し時間がある。
「酒……いや、いくら酔わない体質だからとはいえ、大切な初夜に飲むなどしたくはない」
しかし、落ち着かないな。
食事や入浴も終え、ノアも自室で寝るように伝えた。後は愛する妻を待つだけだが……、ベルが部屋に入ってきたら、どう接すれば良いのだろうか。すぐにベッドに? いや、少し話をすべきか。
ソファから立ち上がり、ウロウロと部屋を歩き回る。
……私は臭くないだろうか? 出来るだけおじさんだと思われたくないのだが、もう一度風呂に入るべきか? いや、もうそんな時間はない。ベルを待たせるわけにもいかないだろう。
ダメだ。考え出すと次々気になってくる。
さっきからこんな余計な事ばかりを考えてしまうのは、柄にもなく緊張しているからかもしれない。
結婚して一年。ベルが望まない限りは、事を進めるわけにはいかないだろうと我慢を重ね、ようやく本当の夫婦になれる日が来たのだ。緊張しないわけがない。
「……水でも飲むか」
徐々に大きくなる鼓動に、大きく深呼吸をして落ち着けるよう、ピッチャーからコップに水を注ぎ、それを一気に飲む。
ダメだ。何をしてもソワソワする。
ほんの少し前の私なら、初夜など、言葉を耳にしただけで気持ち悪くなっていただろうに、イザベルとの初夜を思うと、こんなにも気分が高揚するとは、我ながら不思議だ。
「ベル以外が無理な所は変わらずだがな」
どうしてベルは、あんなにも可愛く美しく魅力的なのか……。
「そういえば、ベルには昔婚約者が居たのだったな。デビュタント前に相手が他の女を選び解消したようだが……」
女神のようなベルと婚約しておきながら、よく他の女に目がいくものだ。私なら絶対に浮気もしないし離さない。
「しかし、婚約を解消してくれたからこそ、ベルは私の妻になったのだ。不快ではあるが、そこだけは感謝だな」
「どなたに感謝ですの?」
「!?」
いつの間にか部屋に入っていた妻の声に驚き、いつもなら絶対有り得ない事に動揺する。
「いつからそこに居たんだ?」
「今ですわ。一応ノックしたのですが……入って来てはダメでしたかしら?」
首を傾げるベルにドキリと胸が高鳴る。
「ここは夫婦の寝室だ。ダメなわけないだろう」
いつもとは違うネグリジェを着ている妻だが、初夜にしては露出は少なく、私に気を遣っている事が分かる。
ベルはまだ、私がそういった事が苦手だと思っているようだが、彼女に関してだけは違う。
早くベルに触れたいと立ち上がって近付けば、頬が微かに赤く染まる。その姿に、衝動的に抱きしめてしまった。
「っテオ様……」
「ベル……」
石鹸の香りが鼻をくすぐり、心臓が馬鹿みたいに早く動き出す。
「抱き上げても良いだろうか」
「へ?」
「ベッドまで、私が連れて行きたいんだ」
返事をもらう前にベルを横抱きにし、いつも親子三人で眠っていたベッドへ降ろすと、やけに広く感じた。
「ノアが居ないと、少し広く感じるな……」
「そうですわね。いつもは三人で眠っておりましたし」
「これから暫くは、二人だけだ」
ベルは少し寂しそうにベッドを撫でると、「ノアはもう眠ったかしら……」と息子の事を気にかけている。
そんな優しいベルももちろん好きだが、二人の時には私に集中してもらいたいものだ。
「ベル、ノアは大丈夫だ。私もあの頃の年には一人で眠っていた。ノアも頑張ると言っていただろう。いくら幼くとも男が覚悟したのだから、見守ってやってほしい」
「そうですわね……」
「それに、私と二人きりの時には、私だけを見てくれないか?」
「テオ様……」
真っ赤になる妻が愛おしくてたまらない。
何が我儘で男慣れした悪女だ。どれ一つ当てはまる事はない実に馬鹿馬鹿しい噂に、何故人々は踊らされているのか。
「どうか、私と本当の夫婦になってほしい」
「っ……はい、テオ様」
そして、私達はこの夜、本当の夫婦になったのだ。
一週間後に、ノアが夫婦の寝室に戻ってくるという予想外な事はあったが、こうして家族で過ごせるこの時間が幸せだという事、これからもっと多くの幸せが訪れるという事を、私は全て妻から教わるのだが、それはまた別の話だ。
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