継母の心得 〜 番外編 〜

トール

文字の大きさ
9 / 175
その他

番外編 〜クレヨンと鉛筆 〜



ボクは帝都でしがない画材屋を経営している。
昔はボクも画家を目指していたけれど、挫折して父の画材屋を継いだ、何の面白味もない中途半端な男だ。

それでも頑張ってみようと、一念発起して画材も作ってみたけど、今じゃ埃をかぶってやる気もなくした。

そんなある日、うちの画材店にこの世のものとは思えないほど美しく、絶対高位貴族だ! という気品を醸し出した紳士がやって来たんだ。

「い、いらっしゃい、ませ……」

失礼な対応をしたら首が飛ぶ。物理的に。

驚くほど冷え冷えとした雰囲気で、目があっただけでこちらが凍りそうなほどで、ボクは目も合わせられず震えているだけだった。

「子供でも簡単に絵を描けるものはあるか」

ぼ、ボクに、話しかけているのかな……?? それにしては店内をゆっくりと見ているし……。

「店主、絵の具ではなく、子供でも簡単に描くことができ、色も様々なものがある。というのが理想なのですが」

呆然としていると、お付きの方がもう一度探しているものを教えてくれた。

さ、探さないと……っ

「旦那様、確か奥様は、顔料とロウを混ぜて固めたものがあれば、と仰っておりましたよね」
「ああ……、これは、何だ」

ボクが作った、隅で埃をかぶっている画材を一瞥したその方は、お付きの方にそう言って、それを手に取らせた。

「店主、こちらは何でしょうか?」

「そ、それは、ボクが作った、簡単に下絵が描けるチョークというものです!」

でも、紙がないと意味のないものなんだよね……。

「旦那様……もしかして、奥様が仰っていたのはこれのことではありませんか」
「……これは、他に色はあるのか」
「は、はい! ございます!! すぐにお持ちします」

こうして、高貴な御方に、ボクの作ったカラーチョークを5色全てご購入いただいたのだ。

「売れた……。たった一つだけど、ボクが作った画材が、あんな高貴な御方に、手に取っていただけて……売れたんだ……っ」

高貴な御方がお帰りになった後、暫く呆然としていたけれど、何だか泣けてきて、作った意味があったんだって、そう思えて、なくしていたやる気が、少し湧いてきた気がした。

その数ヶ月後のことだ。

「店主、私の主が話を聞きたいと仰っております。お時間をいただけますか」

突然美しい女性がやって来て、そう言われ、よくわからないうちに、あの高貴な御方と同じくらい美しい女性が店に入ってきて……、

「お忙しい所申し訳ありませんわ。カラーチョークについてお伺いしたいのだけど、お時間よろしいかしら? お忙しいようでしたら出直しますわ」

誰もいない店内で、全く忙しくはないのだけれど、女神のように美しい女性は、平民のボクに気遣ってくれている。

「あ、だ、大丈夫で、ござ、ます!」
「ありがとう存じますわ」

とても謙虚な方で、ボクの中で貴族のイメージが随分変わった。

「カラーチョークを製造されている方を知りたいのです」
「え!? どうしてカラーチョークのことを!?」
「夫からプレゼントでいただいたのですが、とても魅力的な商品で、ぜひ製造者にお会いしたいのですわ」

などと仰ったので、仰天してしまった。
まさか、あの高貴な御方の奥様!? さすが奥様もお美しい……いや、こんな美しい女性に、ボクのカラーチョークをプレゼントした!? しかも興味を持ってくださった!?

色んな感情が一気に湧いてきて、頭の中はパニックだ。

「店主、聞いていますか? 奥様が製造者をお知りになりたいと仰っております。どうか紹介していただけませんか」

お付きの方にそう言われて、ハッとする。

「つ、作ったのはボクで、ござ、んす! すいませんっ」
「まぁ! あなたがカラーチョークを作られたのね! でしたら、相談なのですが、ぜひ、カラーチョークをわたくしの店に卸していただけないかしら?」
「え!? あのまったく売れないものをですか!?」
「これからは紙も安価で手に入る時代になりますわ。カラーチョークは、子供たちの必需品になるはずです!」

埃をかぶっていた画材が、必需品? とてもじゃないけど、信じられない事だった。

「不安であれば、卸していただけるものは全て買い取りますわ。不良品でない限り、そちらへ返品することはいたしません」
「はぁ……、その条件であればかまいません」
「それと、先程から気になっておりましたこちら……インク無しで黒色の線を引いたり、絵や文字を描けるものではなくて?」

女神が指差したのは、黒鉛と粘土と水を練り合わせ、乾燥させたあと焼き上げてかためたチョークだった。チョークとは言っても、カラーチョークとは全然違う。
高貴な御方にカラーチョークが売れてから、少しやる気を出して新たに作ったものだった。

でも、乾燥して書きにくいんだよな……。

「そうです。でもこれは、薄付きであまり役には立たないかもしれません……」
「そんな事ありませんわ! 素晴らしい発明です! 鉛筆の芯とここで出会うなんて……っ」
「えんぴつ……??」
「あ、いえ。これはわたくしが支援する画家にプレゼントしますので包んでくださいまし」
「は、はいっ! ありがとうございます」
「あと、熱い油を染み込ませると、滑らかな書き心地になるかもしれませんわ」
「へ?」

こうして、女神の店にカラーチョークと黒いチョークを卸すようになったのだが……、ボクは想像もしていなかった。

この十年後、この画材屋はクレヨンや鉛筆が主力商品になるという事を。

感想 52

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました

由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。 ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。 遠い存在になったはずの彼。 けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。 冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

【完結】転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。