継母の心得 〜 番外編 〜

トール

文字の大きさ
66 / 186
番外編 〜 ノア3〜4歳 〜

番外編 〜 つわりと梅干し 〜 ノア4歳、イザベル妊娠初期

しおりを挟む


「ノア様が無事戻ってこられて、良うございました」

ノアが、つわりで食欲のないわたくしの為に、皇帝陛下に美味しいものを作ってくれるよう頼みに行って、邸から居なくなってしまった事件から数分、わたくしの腕の中ですやすやと寝息をたてるノアを、優しい瞳で見つめる女性から、安堵の溜め息とともに、声を掛けられた。

「ええ。妖精も、イーニアス殿下もそばにいてくださったようですし、何より皇帝陛下に会いに行ったようでしたから、陛下がきちんと保護してくださっていたようですの」

女性の名前はマディソン。ウォルトのお母様で、タウンハウスの優秀な侍女長でもある。
わたくしも、タウンハウスに行くと毎回とてもお世話になっている、頼もしい女性だ。

「ノア様はとても素晴らしいお力をお持ちですが、そのお力も一歩間違えると大変な事になりかねません。今回の事は、起こるべくして起こった事。ノア様にとっては良いお勉強となった事と存じます」

そんな彼女が何故領地の邸に居るのかというと、妊娠発覚後にテオ様が呼び寄せ、先程領地の邸に到着したからなのだ。

こちらへ到着したばかりで、ノア失踪事件に巻き込んでしまい申し訳なかったわ。と思いつつも、頼もしい侍女に来てもらえた事は、わたくしの安心感を増すところでもあった。

「そうね。ノアは賢い子ですもの。きちんと学んで次に活かす事が出来ますわ。わたくし、その点は心配しておりませんのよ」

心配なのは、妖精たちの方なのよね……。アオもすごく反省しているようだけど、どうしても自分たちの興味あるものを優先してしまうのは、妖精の性よね。
精霊のウィルのようにもう少し理性を持って行動してもらいたいのだけど。

「ノア様は、奥様がお母様で幸せでございますね」
「え?」

マディソンは優しく微笑み、わたくしとノアを見て言ったのだ。

「奥様、私は本日より、奥様とノア様のお世話をさせていただきますので、よろしくお願いいたします」
「あ、ええ。頼りにしておりますわ」
「早速ですが、医師を呼んでおりますので、診察を受けていただきます」
「? わたくし、どこも何ともありませんわよ……??」

マディソンの言葉に驚き、元気ですわと返事をすれば、「奥様、お食事も満足にできていないご様子で、さらにお邸を走り回り、ノア様を抱き上げていらっしゃいますね」とものすごく静かにお説教されたのよ。

「まずは医師の診察を受けていただき、ノア様がお持ちになった料理で、口に出来そうなものを召し上がってください。幸い、こちらを作った料理人は、妊婦の事をよくご存知の方のようですので、吐きづわりの奥様でも口に出来そうなものがあるのではないかと思います」

やっぱり親子ですわね。ウォルトに話し方も諭し方もよく似ておりますわ……。

「はい……」

ノアをベッドに寝かせ、ムーア先生の診察を受けた後(何ともなかった)、ノアがわたくしの為に皇帝陛下からいただいてきたお料理が机に置かれる。
匂いの抑えられたお料理が少量ずつ、九つに区切られた漆塗りのような箱に入れられ、何だか和食のような趣きにドキリとする。

「見た目も美しいですし、ジンジャーを使ったお料理もございますよ。ジンジャーは吐きづわりの症状も抑えてくれると言われておりますから、こちらから召し上がられるとよろしいかと思います」

さすがマディソン。出産経験があるだけに、よく知っておりますのね。

「いただきますわね」

一つ一つが大きなスプーン一杯分くらいの量なのだが、フォークで恐る恐るすくって口へ入れる。

「……あら、美味しいですわ」
「それはようございました」

こちらも、と薄い赤みがかったソースのかかっているものを食べた瞬間、衝撃が走った。

「こ、これは……っ」
「奥様、無理そうであれば、こちらに吐いてしまって大丈夫ですので……」

「う、うぅ……っ、梅干しですわー!!」
「あの、奥様……?」

この味……このソースに使われているのは、間違いなく梅干しですわ!
まさか陛下が梅干しを手に入れているなんて!!

「マディソン、わたくしこのお料理なら、少量でしたら食べられそうですわ!」
「それはよろしゅうございました。ノア様もお喜びになるかと思います」

結局、食べる事が出来たのは、9種類のおかずの内、3種類だったが、皇帝陛下にはお礼をお伝えした時にレシピを教えていただいたので、うちのシェフにはそれを伝え作ってもらっている。

ちなみに梅干しは、皇宮にある、皇帝陛下が子供の頃に居た宮のお庭に梅の木(白加賀)が生えているらしく、陛下はその実を色々と調理して甘い梅干しや、すっぱい梅干しなど作り出していたらしい。

皇帝陛下は、恐らく梅干しをこの世界で初めて作り出した人ではないのか、と驚きが隠せない。

もちろん、梅干しも分けていただけましたわ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



~ おまけ ~


「おかぁさま、わたち、おやくにたてた?」
「っ……もちろんよ! ノアが陛下からお料理をいただいてきてくれたから、お母様はこうしてお食事出来るようになりましたのよ」
「よかったの!」

胸を張る息子を抱きしめると、ノアは嬉しそうに小さなおててで抱き返してくるのよ。

「ノア、ありがとう」
「はい! おかぁさま、おげんき、なってうれちぃ!」

わたくしの息子はそう言って、満面の笑みを浮かべたのだった。


しおりを挟む
感想 51

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

「美しい女性(ヒト)、貴女は一体、誰なのですか?」・・・って、オメエの嫁だよ

猫枕
恋愛
家の事情で12才でウェスペル家に嫁いだイリス。 当時20才だった旦那ラドヤードは子供のイリスをまったく相手にせず、田舎の領地に閉じ込めてしまった。 それから4年、イリスの実家ルーチェンス家はウェスペル家への借金を返済し、負い目のなくなったイリスは婚姻の無効を訴える準備を着々と整えていた。 そんなある日、領地に視察にやってきた形だけの夫ラドヤードとばったり出くわしてしまう。 美しく成長した妻を目にしたラドヤードは一目でイリスに恋をする。 「美しいひとよ、貴女は一体誰なのですか?」 『・・・・オメエの嫁だよ』 執着されたらかなわんと、逃げるイリスの運命は?

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

処理中です...