綿津見様の入り婿探し

十河

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6.綿津見様、犬を拾う

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 あれから、一週間ほどの時間が経過した。
 カスガ様の能力を使った浅蜊繁殖作戦は順調で、ヤカクが方々から集めて来てくれた手伝いの人達と協力しながら、干潟の区画整理と再生計画も進行してる。みんな浅蜊をお腹いっぱい食べて元気になってるから、すごく意欲的に力を貸してくれて、とてもありがたい。

「これからも浅蜊がちゃんと継続して漁れるようになる為には、米作りとかも大事なんだよ」

 今日の俺はカスガ様とヤカクと一緒に、水田地帯の様子を見に行く途中だ。和風の国だけあって、夜の食卓に炊いた米が出されて、思わず小躍りしてしまった俺である。だけどよくよく話を聞くと、やっぱり米もかなりの不作で、平民達の口には殆ど入らないようになっているとのこと。でも浅蜊に続いてこれも、カスガ様の力を使えば、救えるかもしれない。
 カスガ様はヤカクと一緒に馬の背中に、俺は残念ながら馬に乗れないので、テクテクと徒歩で歩いて移動している。カスガ様は神様の御使みつかいを歩かせて自分が馬に乗るなんてと反対したけれど、俺としてはカスガ様が乗ってくれる方が当然何だよなぁ。自分より年上の方、特に女性には優しく!

「そうなのですか?」
「うん。水田で米を作るでしょ、そうしたら水田に張る水に、植物性プランクトン……えぇと、浅蜊を育てる為の栄養がたくさん含まれるんだ。その水が川に流されて、やがて海に辿り着く。そうやって運ばれてきた砂とかが溜まってできるのが、干潟。だから干潟は本来、浅蜊が元気に育つ条件がバッチリの場所なんだ」

 だけど今、ニシキ領は自国で消費されるだけの米を作る元気すらなくなってしまっている。これがニシキ領だけなら、まだ、他の国とかに支援を求めることが出来たかもしれない。だけどアグニ全土で旱魃や冷害が続いている現状では、他国の支援より、自国の地盤を固めるのが先だとされるのは仕方がないだろう。その上、終焉の魔王まで生まれてるんだしね。

「ワダツミ様、水田に着きましたよ」

 そんなことを考えている間に、水田地帯に到着したみたいだ。
 ヤカクの言葉に足を止めた俺は、顔を上げ、山肌を棚田に区切って広がっている水田を眺めた。
 そして、一言。

「……わぁ、ひどいね」

 思わず、素直な感想を述べてしまった。
 稲作に関してはそこまで詳しくないけれど、小学生の時に米作りについて勉強したし、畳一枚分ぐらいの広さだけれど、クラスごとに稲を植えて、一年間世話をしたこともある。でもその程度の経験しかない俺でも判るぐらい、田んぼは荒れ放題だ。
 遠くの方に至っては、水も入ってなくて、単なる草地になってしまっている。目に見える範囲の半分ぐらいの水田は、ただ水を張っただけという感じ。水の中から突き出て生えている背の高い草は、単なる雑草じゃないかな。辛うじて稲を植えられていると思しき場所も、雑草だらけだ。植えられた稲も綺麗に並べられていないし、そもそも、張ってある水そのものが酷く淀んでいる。

「これじゃあ、育つはずの稲も育たないよ……」
「……面目ありません。以前、稲作の知識を持つ農民達が、纏めて他国に引き抜かれたのです」
「元々、ニシキの土地は痩せ気味です。稲作は国民の主食を支える大事な産業だったのですが……」
「米がとれなくなったことが、悪循環の一端になっちゃったんだね」

 本来は、水田を使った米作りは土地を痩せさせ難いし、肥料に対する反応も良い。収穫量も安定しているのが特徴なんだけど、さすがにこの無秩序な育て方はあんまりだ。雑草が稲に行くべき養分を吸い上げてしまっているし、水が淀んだままでは肥料も行き渡らず、虫もつきやすい。

「いっぺんに元に戻すのは難しいから、幾つか手頃な大きさの区画を使おう」

 ……そうは言っても、何処にしようかな。
 まずは雑草だらけの土地から水を抜いて、雑草を出来るだけ取り除く。田起こしは省略するとしても、代掻きは必要だと思う。本来は馬や牛に手伝ってもらう作業なのだけど、生憎、そんな農作業に耐えられるような牛も馬も殆ど残って居ないらしい。だったら、人力でやるしかない。
 ヤカクに頼んでおいた種籾をカスガ様に握ってもらい、何度かの試行錯誤の末に、田植えに適した大きさの苗にまで育てることには成功できた。あとは、水田側の準備になるんだけど。

「うーん……やっぱりまた、人海戦術で手伝ってもらうしかないかなぁ」

 でも、稚貝を撒く作業がメインの干潟と違って、水田を再生させる作業は結構な重労働だ。浅蜊を食べて少しぐらい元気を取り戻したからって、すぐにこなせるものじゃない気がする。なんとかして多くの人手を集めるか、或いはお金を工面して、牛や馬を調達するか……どっちにしても、一筋縄では行かないみたい。
 更にうんうん唸りつつ、水田を遠くまで眺めていた俺なのだけれど。

「……あれ?」

 荒れた水田が広がる山肌の一角に、何か黒い粒が集まったみたいな、集団が見える。

「ねぇヤカク。あれ、何?」
「え?」

 俺の指差す方向に暫く目を凝らしたヤカクは、その正体に気づいたのか、さっと顔色を変えた。

「あれは、ヌイマル族……!」
「ヌイマル族?」
「ニシキの隣国である、獣人国家ラナの山岳地帯に住む一族です。彼等がなぜ、このような所に……」
「……何か問題があるの?」

 首を傾げて尋ねた俺に、肯き返すヤカクの表情は真剣だ。

「とても凶暴な性質を持つ上に、統率の取れた戦上手の一族として名高いのです。しかし、滅多なことでは国を出たりしない筈なのですが……ワダツミ様、あまり近づかない方が」
「……でもヤカク。あの人達、みんな、倒れてない?」

 少し距離を詰めて改めて目を凝らしてみると、黒い粒だと思ったものは、確かに、それぞれ人の形をしていた。ヤカク、すごく目が良いよね? でもその誰もが倒れこんだまま、ぴくりとも動いていない。……まさか、全員死んじゃってたりしてない?

「確かに……そうですね。何があったのでしょう」
「ちょっと、行ってみてくる!」
「ダメです! ワダツミ様、危険ですよ!」
「大丈夫! ヤカクはカスガ様と一緒に居て!」

 慌てるヤカクを置いて、俺は辛うじて残っている畦道を伝い、ヌイマル族が倒れている場所まで行ってみることにした。
 近くにつれて、黒っぽく見えていた人影の形が、はっきりと確認できるようになってくる。そして。

「何だこれ……!」

 俺は思わず、言葉を無くす。
 倒れているヌイマル族は、全部で三十人ぐらい。全員が何処かしら怪我をしていて、ボロボロの姿だ。大人も子供も入り混じっているけれど、みんな大きな獣耳と、長い尻尾を持っている。そういえば、ヤカクが獣人国家の一族って言ってたよね。
 俺がそろそろと近づこうとすると、集団の一番先頭で倒れていた青年の頭上にある耳が、ぴくりと動いた。

「くぅ……」

 ゆるゆると、地面から上げられた、泥だらけの顔。
 燻んだ黒髪と、褐色の肌。金色の瞳が、真っ直ぐに俺を見つめてくる。

「……グルル」

 身体を起こし、仲間達を背中に庇って低く唸りながら牙を剥いてくるけど、傷だらけの腕はガクガクと震えていて、今にも倒れそうだ。それでも下手に近づいたら攻撃されそうだし、俺は取り敢えず、ある程度距離を置いたまま声をかけてみることにした。

「ねぇ……大丈夫?」

 俺の声が、子供に近いものだった為だろう。張り詰めていた青年の雰囲気が、少し和らいだ。

「……ここ、は」
「うん?」
「ここ、は、何処……だ?」
「ニシキ領の外れだよ」
「っ……ニシキ、領……」

 青年の表情が、ホッとしたものになる。

「ようや、く……逃げのびた、のか」
「……逃げのびた?」

 俺の質問に、答えはなくて。
 意識を失って倒れてしまいかけた青年の傍に咄嗟に駆け寄った俺は、その大きな身体を何とか抱きとめた。

「んっ、お、重い……!」

 一緒に倒れ込みそうになりかけたけど、踏ん張って堪える。

「ワダツミ様……! こ、これは……」

 カスガ様を馬に残して駆けつけてくれたヤカクも、周りに広がる惨状に、息を呑んでいるみたいだ。

「ヤカクは、カスガ様と一緒に一旦村の方に戻って。それから、カスガ様に食べられる浅蜊をたくさん作ってもらっといて」
「判りました。すぐに、何人か手伝いを寄越します」
「ありがとう!」

 畦道を走っていくヤカクを見送った後で、俺は抱きとめたままだった青年を仰向けに横たえた。憔悴しきった泥だらけの頬を掌で拭い、頭を何かの上に乗せてあげたいけれど、残念ながら何も持ち合わせていない。せめて草の上に頭の位置が来るように、少し引きずって移動させてみる。
 それから他のヌイマル族の様子を一人一人確認して行くと、とても悲しいことに、何人かは既に冷たくなっていた。
 ……一体、何が起きたんだろうか。

「う……」

 再び聞こえた呻き声は、集団の先頭に居た青年のものだ。
 俺がその傍に膝をついて顔を覗き込むと、またあの金色の瞳が、ひたりと俺の顔を見上げてくる。

「お、前……は……ケホッ…」

 ひどく、掠れた声。
 何か言葉を紡ごうとしているけれど、咽せた咳が邪魔してくる。

「……あんまり、無理して喋らないで」
「く……」

 低く呻く青年は、苦しそうだ。
 こんなことなら、飲み水をもっと持ってくればよかった。
 すぐ近くの水田に一応水は張ってあるけれど、綺麗な水とは言えないもんな。

 俺は何気なく自分の両手を見つめ、揃えた掌を窪ませて、水を掬う器の形を作る。
 ……この掌いっぱいに、水が溢れたらいいのに。

 そう、願った瞬間。

「え!?」

 俺が掌で作った器の中から、透明な水が湧き出して来た。
 それはあっと言う間に掌から溢れて青年の顔を濡らし、尚も渾々と湧き続けてくる。

「……!」

 頬を濡らす水の感触に覚醒したのか、青年がゆっくりと瞳を開いた。俺の掌から溢れている水に気づき、顔を傾けて、何とかそれを飲もうとしている。
 俺はすぐに、青年の顔の近くに、水が溢れている掌を持っていった。

「んぐっ」

 一口二口、水を飲んだ青年は腕を伸ばし、俺の手首を掴む。

「……!」

 がっしりと手首を掴まれたまま、掌に顔を突っ込むようにして水を飲み干される。

「わ、わ」

 鼻の先とか、舌とかが容赦なく掌に当たって擽ったい。慌てる俺を他所にごくごくと水を飲み続けた青年は、暫くしてから満足したのか大きく息を吐いて身体を起こし、俺の手首を掴んだまま、しっかりと視線を合わせてきた。

「……ありがとう……助かった」
「ど、どういたしまして」

 青年が水を飲み止めるのと同時に、掌から溢れていた水も止まってしまっている。
 俺はこっそり、掴まれた手首を取り戻そうとしたのだけれど、何故か、余計にギュッと握られてしまった。

「君は、命の恩人……俺はイヴァン。イヴァン=ロフリン」

 じっと俺を見つめるイヴァンの視線は、何処か、不思議な熱を帯びている。
 俺も名乗った方がいいのだろうかと言いかけた言葉は、手の甲に緩やかに口付けられたことで、引っ込んでしまう。


「……名も知らぬ、美しく、優しい人。どうか、俺を拾ってくれないか」
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