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動機

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「なんでこんな事をしたの?! どうして?!」

 怒りを露わに、ソフィアはローラへと詰め寄る。

「……まあ、覚えてないわよね」

 ローラは、悔しそうな、だけどどこか寂しそうな表情を浮かべると、

「ふぅ……良いわ。そんなに気になるなら話してあげるわ。私と、私の母の人生を狂わせたあなた達の所業を」



◇◇◇


 私の名前は"ローラ"

 ふざけてつけられたものなのか、それとも何も考えずにつけられたのかわからない。名前の意味は"悲しい女"というらしい。

 誰が悲しい女だ!、と強がっていた時期もあったが、名前の意味通りの人生を歩んでしまった。

 わたしの母はどこかおかしい所があった。普通の人なら、寝息を立てて静かに眠る。しかし、わたしの母は、

「すみません!すみません!許して下さい!ヨハネス殿下!お腹にはあなたの子供が!」

 と、眠りながら誰かの名前を呼び、苦しそうに謝る事が多かった。

 わたしはそんな母を見ていられず、家の外で眠ることがほとんどだった。と言っても、家に天井は無かったので、どこで寝ようと外で寝ているのと変わらなかったけど。

 いつもお腹を空かせ、二日に一度食べ物にありつければ幸運という生活を送っていた。母と娘二人。何とか生きていくのに必死だった。

 でも、不幸だったかというとそうでも無かった。むしろ、貧しくて苦しいはずなのに、楽しかった記憶しかない。お腹が鳴ればそれ以上の声で笑い、雨が降れば必死で水瓶へと溜め、王都近くの川まで行って魚を捕まえたり……毎日ワクワクしていた。

 しかし、そんな生活も長く続かなかった。

 あれは、いつものように川で魚を捕まえて帰る道中でのこと。わたしと母は、今夜はどんな風にして食べるかで、楽しく会話をしながら帰っていた。

 だけど、それがよくなかった。突然、曲がり角から飛び出してきた馬車に気づくのが遅れ、わたしを突き飛ばした母がその馬車に轢かれた。

 母をはねた馬車は、慌てて止まり、こちらの様子を伺ってきた。人をはねてしまった恐怖から顔色が青ざめていた。しかし、それも馬車から降りてきた眼鏡をかけた少女によって平常心を取り戻していった。

「何だ……人をはねたと言うから降りてきてみれば、ただのスラムのゴミではありませんか。構うだけ時間の無駄ですので早く出して下さい。帰って魔法陣の研究を進めなくてはなりませんので」

 眼鏡の少女は、さっさと馬車の中へと戻り、業者も安心した顔で馬車を走らせた。

 わたしはひねった歩きづらい足を引きずって母の元へ駆け寄った。だけど、

「……」

 母はすでに息をしていなかった。

「お母さん! お母さん!! お母さん!!!」

 もしかしたら呼べば起きるかもしれない、と必死に呼んだけど、母はぴくりとも動かなかった。

 その後、母は灰となって、川に流された。死体はすぐに燃やさないとアンデッドになる為、満足に母の死も受け入れられずにお別れとなった。

 母が死に、一人になった。どうしようもない悲しみが心を支配して、何も感じなかった。何も考えられなかった。

 虚無……一言で表すならそんな感じだ。

 いつ死んでも良い。と生きる事を放棄し始めていた。しかし、そんな私に、生きる活力が漲る瞬間がやってきた。

 ふらふら、と街を彷徨っていたら、いつの間にかスラムを出ていて、王都で一番の大通りに出ていた。

 しかも、人の壁が出来るほどの賑わいぶりだった。

「……」

 特に意識したわけではないが、なぜか吸い寄せられるように、大通りへと歩み出した。

 大通りに近づくと人の声がだんだん大きくなっていった。

「きゃあああ!!ヨハネス様!!」

「ソフィア様!!!」

 みんな必死で叫び、こっちを向いて欲しいのかアピールするように必死で手を振っていた。

「ヨハネス……」

 その名前に聞き覚えのあった私は、裏道にある建物の非常階段に登り、皆が手を振る人物を確認した。

「……あいつだ」

 しかし、先に目に飛び込んできたのは、数日前、馬車で私の母を轢いた挙げ句、私と母を「ゴミ」と罵ったあの時の貴族風の女が、白い馬車に乗って幸せそうな表情を浮かべて、皆に手を振っていた。

「なんで……なんで私の母を轢き殺したくせに、そんな幸せそうな笑顔を浮かべている? なぜ兵士に捕まらずにのうのうと平和を謳歌している?」
 
 思いを口にすると、空っぽで何も感じなかった心に火が灯り、女への怒りを口にする度に、熱く燃え盛った。

「許さない……絶対に許さない」

 死を待つだけだった私の心に活力がみなぎり、そして生まれて初めて出来た"復讐"という目標が立ち、行動するべきが明確になった。そうすると、進むべき方向、やるべきことが湯水のように沸き起こり、いろんな計画が浮かんだ。

 その後、運も味方をし、奇跡的に王城で働ける事になった。

「母さん。私、絶対にあいつらを地獄に落とすから」

 そう母の墓前、と言ってもただ母の名を刻んだだけの大きな岩に誓いを立て、メイドとして王城へと忍び込んだ。しかし、ヨハネスが実は自分の父親だったりと予想外の事が判明したが、それでも私の決意が変わる事はなく、復讐を実行した。



 ◇◇◇



「……どう?これで納得した?」

 話を聞く前までローラを睨みつけていたソフィアは、そう問われると視線を落とし、

「……」

 何も答えず、動く事もしなかった。

「あーあ、一番はあんたの苦しむ姿が見たかったんだけどなー」

 と、喋るローラ。それに対して、ソフィアはローラに向けて手をかざし、

「ファイア」

 魔法陣を展開させ、攻撃魔法を放とうとしていた。
 眉ひとつ動かさず、無表情で。

「はぁ……これだから貴族っていうのは嫌いなんだ」

 私は、攻撃魔法を放とうとしているソフィアに向かって、

「やめい!」

 勢いよく飛び膝蹴りを喰らわせてやった。

「はがっ!」

 私の膝は、見事にソフィアの鼻骨を粉砕し、原型を留めぬほどにめり込んだ。

「ソフィア様!」

 駆け寄ろうとする近衛兵達を私は静止した。

「助けるな。こいつは一生この顔のまま過ごせば良い。因果応報……って、人を殺した罪にしては軽いだろうけど……私にはここまでしか出来ないけど、少しはお前の心の怒りは晴らせたか?ローラ」

 私が尋ねると、

「……ええ、少しだけスカッとしたわ!」

 ローラは涙を流しつつも、晴れやかな笑顔を浮かべていた。

「それなら少しはやってよかった」

 私も笑顔を浮かべる。
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