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三話
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「じいさん! ちょっと来んさい!」
ばーちゃんの切れてる声で目が覚めた。
「なんでこんなん……。まったくもう……」
今日の怒りポイントは、風呂場か?
何やったんだろ?
「ばあさん、何?」
「このみかん、並べたのじいさんやろ。
なんでこんなんするの!」
「冬至だったから……」
「こんなところに並べないで、ちゃんと箱に戻して!」
侑じーちゃん、また怒られてる。
にしても冬至でみかんってなんだろ?
興味にかられて風呂場をのぞいてみる。
浴槽の縁にずらっとみかんが並べられていて、
時恵ばーちゃんがぶつぶつ言いながら片付けていく。
じーちゃんは俺の後ろからのそのそと現れて、
ばーちゃんから渡されたみかんを黙って運んでいく。
じーちゃん、またしょげてるなあ。
「ばーちゃん、弁当できてるー?」
あ、騒がしいのが降りてきた。
「礼、なんでこんなとこいんのよ。
じゃま!」
「おい、兄にそれはないだろ」
「お兄ちゃんらしくないから十分。
どいて、朝練なの」
陽は俺を洗面所から追い出して顔を洗い始めた。
仕方がないので台所へ向かおうとすると、
じーちゃんがのそのそと目の前に来る。
「じーちゃん、あっちいこ」
避けておかないと、闘牛みたいな陽に吹っ飛ばされるからな。
もぞもぞ抵抗するじーちゃんの背中を押して、
ゆっくり台所に歩いていたら陽に追い越された。
「ばーちゃん、お弁当はー」
「できてるよ。朝ご飯は?」
「適当に食べる。この唐揚げもらい」
「それはだめ……、あ」
聞こえてくる会話に嫌な予感がした。
じーちゃんを追い越して台所へ急ぐ。
「ひなー、それ俺の……」
「気のせい」
「俺のだよ」
陽はすでに、立ったまま煮物をがつがつ食べている。
お弁当をカバンに詰め込んで、袋から食パンをつかみ出すと駆け出していく。
「行ってきまーす!」
まるで嵐のようだ。
振り返ると、じーちゃんはゆっくり風呂場へ向かっていた。
「礼。大ばあちゃん連れてきて」
足の弱った遠子ばーちゃんの手を引いて、
ゆっくりと部屋からテーブルまで歩く。
時恵ばーちゃんがてきぱきと味噌汁を配っていた。
今朝は六人しかいない。
「母さん、夜勤だっけ?」
「そう言っとったよ」
「いただきます」
手を合わせて食べ始める。
俺もそうのんびりしてはいられない。
「お母さん。
昨日は、冬至だったから、みかん、食べよう」
「あれあれ、ありがとうねえ。
ご飯の後にいただこうかねえ」
隣では、侑じーちゃんが遠子ばーちゃんに
みかんをむいてあげている。
九十を過ぎた遠子ばーちゃんとの会話は、
のんびりしていて微笑ましい。
でも、じーちゃん半分くらい自分で食ってないか?
「じいさん、みかんより先にご飯を食べんさい!」
ほら、時恵ばーちゃんの雷が落ちた。
「まったく忙しいんだから、早くしてちょうだい」
ばーちゃんは怒りながら、風呂場の方にせかせかと歩いていく。
しばらくすると、洗濯機が回る音が聞こえてきた。
「今日も荒切りかね?」
「上の方でちょっと弱い棚がある」
「今年ももう降るだろしなあ」
食卓に座る残りの二人――父さんと柊叔父さんは、
ばーちゃんの雷などどこ吹く風で仕事の話をしている。
我が家――望月家は、この辺りでは普通のブドウ農家だ。
俺も週末は手伝いをしている。
作業には興味があるので聞こうと思っていたら……。
「礼、急がんと遅刻ー」
確かにまずい。急がなきゃ。
ばーちゃんはこの寒いのに、待ちきれないとばかりに窓を開け始めた。
「ありがとうございましたー」
担任に礼をする。これで高校は冬休みだ。
途端に教室がいつも以上に浮き立った雰囲気になった。
解放感に浸りながらスマホを開いてみたら、珍しく母さんからメッセージが入っていた。
「おばあちゃんが入院したので、夕飯の支度を頼む。
買い物の予算は二千円まで。清算は後で」
え? まじか……。
入院したのも驚きだし心配だが、俺が夕飯の支度とか無理だ。
でも、母さんが俺に言ってくるのもわかる。
じーちゃん、父さん、叔父さんは仕事で忙しいし、陽は部活で帰りが遅い。
動けるのは冬休みに入った俺だけだ。
少し考えて、いとこの桜にメッセージを送る。
三年くらい前までうちに住んでいてずっと一緒に育ってきた、
ほとんど姉みたいなものだ。
「二千円なら自分で作らなきゃ無理。
料理レシピのサイト送るから、検索して作りな」
サイトのリンクが送られてきた。
試しに開くと、節約レシピのサイトだ。
でも作るという時点で俺にはハードルが高い。
それ以上にめんどくせえ。
「レシピ探して作るのは無理。
もっと簡単なの教えて」
少し待つと、具体的な方法が返ってきた。
メッセージに従って、スーパーで肉とカット野菜と焼肉のたれを買う。
今朝唐揚げをとられたから肉をたくさん食べたかったが、
二千円という上限は厳しくて、あまり多くは買えなかった。
えーっと家に帰ったら、まず米を研いでセットして……。
自転車をこぎながら手順を考えていたら、すれ違う自転車が急に停まった。
「おーい! 礼じゃん。今日はインする?」
「今日は無理だわ。また今度な」
「そっかー。またなー」
手を振って別れる。
夕飯の支度がなきゃゲームやれたのにー。
なるべく簡単にしたつもりだったけれど、それでも夕飯の支度は大変だった。
ご飯を炊いてよそう。
肉と野菜は焼肉のたれでそのまま炒める。
サラダ用のカット野菜を大皿に移す。
ばーちゃんが作った煮物を温めて出す。
やったことはこれだけなのに、並んだのは夕飯の時間ぎりぎりだったし、
かなり疲れた。
「いただきます」
手を合わせて食べ始める。
テーブルにいるのは朝と変わらない顔ぶれだが、
時恵ばーちゃんがいないだけで静かだった。
「ばーちゃん、入院ってどんな感じなの?」
父さんに聞いてみる。
「ああ、転んだから念のために検査入院するそうだ」
「大丈夫なの?
家事とか色々どうするんだよ」
「検査の結果次第だな。
夕飯は礼に頼むって、母さん言ってたぞ」
当然のように言われて驚く。
「無理!
絶対無理だって、冗談じゃない。
母さんは?」
「今日も夜勤だよ。
明日は明けだけど、おばあちゃんが心配だからそのまま付き添ってくるって」
「ばーちゃんが入院したの、母さんの病院?」
「ああ、だからそっちは任せていい」
母さんは看護師だ。
陽が中学にあがったくらいから、夜勤もかなりしている。
「俺は料理できないのに、いきなり作れって言われても困るよ」
「そうだよなあ……。
まあ買ってくるんでも何でもいいから、なんか用意してくれないか?
頼むよ」
父さんは穏やかなのんびりした性格で、押しつけがましい感じがない。
こう穏やかに言われてしまうと、事情がわかるだけに断りにくかった。
「じゃあ、買ってくるよ。
それなら何とかする。
金は出してくれよ」
「それは当然だろう」
なら、まあいい。
買い物は面倒だが、そのくらいなら何とかなるだろう。
ふとじーちゃんを見たら、誰にも怒られていないのに何だかしょげてる気がした。
翌朝は珍しくスマホのアラームで目が覚めた。
着替えて一階に降りると味噌汁のにおいがした。
でもいつものとは違う。
「おはよー?」
台所に立っているのは父さんで、テーブルには朝食が並んでいる。
食パンと目玉焼き、お漬物と味噌汁? ……と何故かみかん。じーちゃんか。
父さん、頑張ったけどご飯を炊き忘れたんだな。
「陽は食パンに目玉焼きをはさんで、食べながら行ったぞ」
「いつもそんなもん。
ばーちゃんのこと、なんか言ってた?」
「いや、なんにも」
遠子ばーちゃんを連れてきて食べ始める。
何だかいつもより、時間がのんびり流れている気がする。
そんでやっぱし、なんかうまくない。
味噌汁って味噌を溶いただけの汁物だよな。
何が違うんだろう。
じーちゃんはまた、ご飯より先にみかん食べてるし。
ま、いっか。
そう言えば、ばーちゃんは毎朝今ぐらいに洗濯してたよな。
その後は掃除。
今日というかしばらく、どうするんだ?
「母さんができるときにやるから、ためておいてだって」
「そう言えば、何で検査するの?」
「さあ、よくわからん。
頭を打って心配だからって言ってたぞ」
「え? 頭打ったって大変じゃない?」
「まあ、母さんがついてるから大丈夫だろ」
……そうじゃなくて。
父さんって本当にのんきというか、困る。
「ばあさん、大丈夫かのう。早く帰ってこんかのう」
じーちゃんがおろおろしだした。
俺もだんだん心配になってきた。
食べ終わったらすぐに、スマホで検索してみた。
『頭蓋内出血』なんていう怖いものが簡単にヒットする。
「父さん。ばーちゃん、
めまいとか吐き気とかあったの?」
「さあ、俺は知らん」
「じゃあ、検査はCTとかするの?」
「詳しいことは何も聞いてない。
母さんに任せてるから」
「ちゃんと状態ぐらい聞いとけよ!」
一体どんな様子なんだ。
どんどん不安が増してくる。
もし頭蓋内出血だったら……。
スマホでさらに調べる。
脳みその問題になるから、結構やばそうだということだけはわかる。
『致死率』なんて言葉まで見つけてしまって、ぎょっとする。
ばーちゃんが死ぬ?
いやいやいや。そんなことあるわけない。心配しすぎだろ俺。
でも、本当にないと言えるのだろうか。
もちろんないと信じたい。
考えたことなどなかった。
でも考えてみれば、誰にでもいつ何が起こってもおかしくないし、
元気でも高齢者なんだからその確率は高いわけで……。
時恵ばーちゃん。
しょっちゅうじーちゃんを怒ってて口うるさくてせっかちで、
正直うるさいなあとしか思ってなかったけど。
生まれてから今まで、ずっと一緒に暮らしてきた家族で、いるのが当たり前だった。
その人がいなくなる、かもしれない?
いやないから。大丈夫だから。
俺はたまらず、母さんにメッセージを入れた。
詳しいことがわかれば、こんな不安はただの笑い話になると思ったのに……。
母さんからの返信は、なかった。
「そこまで心配しなくても大丈夫でしょ」
いとこの桜は、あっさり返してくれた。
「今連絡がないなら、そこまで重くないはず」
桜は俺の二つ上で、今は高校三年生。
医大を受けようとしているだけあって、しっかりしていて頼りになる。
「私も少し調べたけど、もし『頭蓋内出血』でも簡単に死んだりしないから。
病院で検査してるなら大丈夫」
確かにそうだ。
万が一のことにならないように、今検査しているのだから。
俺、動揺しまくってたな。
ちょっと落ち着こう。
もちろん桜に今日の食事についても聞いた。
ほんの少し待つだけで、俺でもできそうなことを教えてくれる。
桜は今、東京で守伯父さんと二人暮らしだ。
守伯父さんは確かIT関係の仕事をしていて、
俺にいつもパソコンのことを教えてくれる。
人当たりの柔らかい良い人だけど、不器用で家事とかできなさそうだ。
たぶん全部、桜がやってるんだろう。
俺よりはるかに勉強ができる医大の受験生で、家事までやってる?
すごすぎだろ。
とりあえず今日ぐらい、俺も頑張ってみるか。
ちょっと気を引き締めて取り組んでみることにした。
やらなければならない家事は、食事の用意だけではなかった。
食事を作る前に、まず食器を片付けなくてはいけない。
昨夜と今朝の食器、釜、鍋などを洗って片付ける。
冷蔵庫の中身を確認して、買い物に出かける。
昼食は頼まれていないけれど、やると決めていた。
桜からのメッセージの通りに買い物をする。
自転車での買い出しは、坂ばかりだから結構きつい。
帰ると休まず昼食の準備をしたが、やっぱり時間ぎりぎりになった。
「昼もやってくれたのか、礼。助かるよ」
父さんのうれしそうな様子に、結構気分が良くなる。
その勢いで夕飯もと思ったが、昼食の食器を片付けたところで力尽きた。
朝からずっと働いたせいか、足がやけにだるくて立っているのがしんどかった。
甘くみていた。
台所仕事がこんなに疲れるものだとは思っていなかった。
時恵ばーちゃんは、これを毎日三食やっているのか。
いや三食だけじゃない。
朝早くから俺たちの弁当を作って洗濯や掃除をして、
ブドウの仕事だって時々手伝っている。
七十も近いのに、朝から晩までほとんど休む間もなく働いて、
疲れないわけがない。
高校生の俺でこれだけ疲れるのだから……。
俺、今までやってもらうのが当たり前って思ってたよな?
結局午後は、自分の部屋で二、三時間休んでから再開して、
何とか夕飯も形にできた。
その日夜になってから、ようやく母さんが帰ってきた。
検査結果は全て異常なしで、明日には退院するという。
「なんですぐに返信くれなかったんだよ」
「寝てた。
連続夜勤で、昨日は昼間寝れなかったから、ばーちゃんのベッドで爆睡」
聞いた瞬間力が抜けた。
無理もないけど、俺本気で心配したんだよなー。
とにかく大事にならなくて本当に良かった。
そう心から思った。
「明日の退院、礼も来て手伝って」
「いいよ。何するの?」
「荷物持ち」
いつもならめんどくさいと思うところだが、何となくうれしかった。
「お母さん、先生が言ってたように、帰っても大人しくしててよ」
病院から家へ向かう車の中、母さんが運転しながら説得を始めた。
「別に無理はせんよ。やることゆっくりやるだけだから……」
「そのやることをしないで、休んでてって言ってるの」
今朝病室に行った時、ばーちゃんはいつもと何も変わらなくて、俺は拍子抜けした。
でもその後、診察室で一緒に医師の説明を聞いて、一気に怖くなった。
現時点で検査結果に異常がなくても、
ほんの少しずつ頭蓋内出血が進んで悪くなることもあるという。
しばらくは無理せず激しい運動は避けて経過に注意して、
もし症状が出たらすぐに受診するようにとか、色々教えてもらった。
頭痛や吐き気、あとは忘れたが、
特に高齢者は半年ぐらい経ってから症状が出ることもあると初めて知った。
「今日はクリスマスだし、すぐにお正月だ。
休んでなんぞおれんよ」
「クリスマスなんか適当で大丈夫だし、お正月の準備は私がやるから」
「お前は仕事だろう。無理せんでいい」
「お母さんに無理されたら私が困るの」
押し問答が続く。
ばーちゃんに休んでほしいけど、母さんが忙しいのは確かだ。
それなら。
「ばーちゃん、俺がやるよ」
「礼?」
二人揃って驚いた声をあげた。
「ばーちゃんが具合悪くなったら俺やだし、ちゃんと休んでてよ」
ばーちゃんは珍しく戸惑った顔をしている。
「もちろん何やったらいいかわかんないからさ、座って見てて全部教えてよ。
母さん、そのくらいなら大丈夫だよね?」
「そうしてくれると助かるわ。
ほとんど座っててたまに動くくらいなら大丈夫」
「ね、ばーちゃん。俺やるから教えてよ」
ばーちゃんはしばらく黙っていたけれど、うなずいてくれた。
自分からやるとは言ったものの、それからの数日間は本当に大変だった。
あんまり大変だから、しっかり父さんも巻き込んで働いた。
もちろん二人ともまともにできるわけがない。
ばーちゃんは説明するのがまだるっこしくなると、自分で動こうとしてしまう。
それを何とか止めて座ってもらうためにも、必死で頑張った。
大掃除に、新年の年神様をお迎えするための色々な準備、
帰ってくる桜たちの部屋の準備などは、肉体労働だし俺たちにやらせてくれたが、
問題は台所仕事だった。
「お正月の料理はやらんと」
「今年は買ったものでいいから」
「煮物だけはやらんと」
「頑張るから座ってて!」
父さんが意外に包丁を上手く使うので、俺はまずゴボウを担当することにした。
煮物に入っているゴボウは、いつも一口大の色々な形に切られている。
あの適当な切り方なら俺でもできるだろうと踏んだのだ。
ばーちゃんに手順を一つ一つ聞きながら進める。
まずたわしでこすって泥を洗い落とす。
やってみるとなかなか落ちないので、力を入れて根気良くこすらなければいけない。
次に包丁の背での皮むき。
まず、ばーちゃんにお手本を見せてもらった。
ばーちゃんがやるとすーっと長くむけるのに、
俺がやるとぶつぶつ切れるし上手くできなくて、ゴボウの表面が凸凹になった。
それを適当な大きさに切ってしばらく水にさらし、さらに一回茹でこぼすという。
「切って煮るだけじゃだめなの?」
「ゴボウは泥くささを抜かんと全体の味が悪くなる」
いつもばーちゃんが作ってくれる煮物には、十種類近い具が入っていたと思う。
その中の一つだけでこんなに手間がかかるなんて、思ってもみなかった。
他の具はそこまで大変ではなかったけれど、やっぱり色々あって驚いた。
下ごしらえは俺たちがやったけれど、煮込むときの味付けだけはやると、
ばーちゃんは頑として譲らなかった。
しかも、煮えて味見をしたところで、大ばあちゃんを連れてきてくれという。
「お義母さん、煮物の味を見てもらえんでしょか」
小皿にとって、遠子ばーちゃんに差し出す。
「……おいしいねえ」
遠子ばーちゃんらしい返事にほっとしたが、甘かった。
「今年は味が違うねえ。珍しいねえ」
「今年は誠司さんと礼が野菜の下ごしらえをしてくれたんですよ」
遠子ばーちゃんが俺たちを見た。
「あれ、司さんが作ってくれたんかね。
ありがたいねえ」
遠子ばーちゃんは、いつも俺を司さん――亡くなったひいじいちゃんと間違える。
「この煮物、大ばあちゃんから教わってたんだ」
「うちに代々伝わってきた味だよ。
楓や桜にも伝えなきゃならん」
「司さんはこの煮物が好きでねえ……」
その日の夕飯に、早速煮物を食べてみた。
いつもとは違う味がした。
「礼、よく頑張ってくれてありがとう」
夜、食器の片づけを終えて伸びをしていたら、突然母さんに声をかけられた。
「いいよ。ばーちゃん心配だし」
何気なく返事したけれど、自分でも頑張ったと思っていたから、かなりうれしかった。
「優しい子に育ってくれた。ありがとう、って。
ばあちゃんさっき涙ぐんでたんだよ」
それは俺こそが言うことだ。
今までありがとうって。
「ばあちゃんね、病院で検査を待ってるときうるさかったのよ。
他の患者さんとしゃべりまくっててね。
桜と陽とお前の自慢話ばっかり」
うるさいなあとしか思ってなくて、今までろくに手伝いもしてなかったのに、なんで……。
「他の看護師に怒られたりしてね。
母さんはとにかく眠かったから」
「だからって、ばーちゃんのベッドで寝るなよ」
笑って突っ込めて良かった。
でないとうっかり泣きそうだった。
これは本当に大事なことだ。
ちゃんと陽に伝えてやろう。
あと、桜にも……。
桜がもうすぐ帰ってくる。
ばーちゃんの切れてる声で目が覚めた。
「なんでこんなん……。まったくもう……」
今日の怒りポイントは、風呂場か?
何やったんだろ?
「ばあさん、何?」
「このみかん、並べたのじいさんやろ。
なんでこんなんするの!」
「冬至だったから……」
「こんなところに並べないで、ちゃんと箱に戻して!」
侑じーちゃん、また怒られてる。
にしても冬至でみかんってなんだろ?
興味にかられて風呂場をのぞいてみる。
浴槽の縁にずらっとみかんが並べられていて、
時恵ばーちゃんがぶつぶつ言いながら片付けていく。
じーちゃんは俺の後ろからのそのそと現れて、
ばーちゃんから渡されたみかんを黙って運んでいく。
じーちゃん、またしょげてるなあ。
「ばーちゃん、弁当できてるー?」
あ、騒がしいのが降りてきた。
「礼、なんでこんなとこいんのよ。
じゃま!」
「おい、兄にそれはないだろ」
「お兄ちゃんらしくないから十分。
どいて、朝練なの」
陽は俺を洗面所から追い出して顔を洗い始めた。
仕方がないので台所へ向かおうとすると、
じーちゃんがのそのそと目の前に来る。
「じーちゃん、あっちいこ」
避けておかないと、闘牛みたいな陽に吹っ飛ばされるからな。
もぞもぞ抵抗するじーちゃんの背中を押して、
ゆっくり台所に歩いていたら陽に追い越された。
「ばーちゃん、お弁当はー」
「できてるよ。朝ご飯は?」
「適当に食べる。この唐揚げもらい」
「それはだめ……、あ」
聞こえてくる会話に嫌な予感がした。
じーちゃんを追い越して台所へ急ぐ。
「ひなー、それ俺の……」
「気のせい」
「俺のだよ」
陽はすでに、立ったまま煮物をがつがつ食べている。
お弁当をカバンに詰め込んで、袋から食パンをつかみ出すと駆け出していく。
「行ってきまーす!」
まるで嵐のようだ。
振り返ると、じーちゃんはゆっくり風呂場へ向かっていた。
「礼。大ばあちゃん連れてきて」
足の弱った遠子ばーちゃんの手を引いて、
ゆっくりと部屋からテーブルまで歩く。
時恵ばーちゃんがてきぱきと味噌汁を配っていた。
今朝は六人しかいない。
「母さん、夜勤だっけ?」
「そう言っとったよ」
「いただきます」
手を合わせて食べ始める。
俺もそうのんびりしてはいられない。
「お母さん。
昨日は、冬至だったから、みかん、食べよう」
「あれあれ、ありがとうねえ。
ご飯の後にいただこうかねえ」
隣では、侑じーちゃんが遠子ばーちゃんに
みかんをむいてあげている。
九十を過ぎた遠子ばーちゃんとの会話は、
のんびりしていて微笑ましい。
でも、じーちゃん半分くらい自分で食ってないか?
「じいさん、みかんより先にご飯を食べんさい!」
ほら、時恵ばーちゃんの雷が落ちた。
「まったく忙しいんだから、早くしてちょうだい」
ばーちゃんは怒りながら、風呂場の方にせかせかと歩いていく。
しばらくすると、洗濯機が回る音が聞こえてきた。
「今日も荒切りかね?」
「上の方でちょっと弱い棚がある」
「今年ももう降るだろしなあ」
食卓に座る残りの二人――父さんと柊叔父さんは、
ばーちゃんの雷などどこ吹く風で仕事の話をしている。
我が家――望月家は、この辺りでは普通のブドウ農家だ。
俺も週末は手伝いをしている。
作業には興味があるので聞こうと思っていたら……。
「礼、急がんと遅刻ー」
確かにまずい。急がなきゃ。
ばーちゃんはこの寒いのに、待ちきれないとばかりに窓を開け始めた。
「ありがとうございましたー」
担任に礼をする。これで高校は冬休みだ。
途端に教室がいつも以上に浮き立った雰囲気になった。
解放感に浸りながらスマホを開いてみたら、珍しく母さんからメッセージが入っていた。
「おばあちゃんが入院したので、夕飯の支度を頼む。
買い物の予算は二千円まで。清算は後で」
え? まじか……。
入院したのも驚きだし心配だが、俺が夕飯の支度とか無理だ。
でも、母さんが俺に言ってくるのもわかる。
じーちゃん、父さん、叔父さんは仕事で忙しいし、陽は部活で帰りが遅い。
動けるのは冬休みに入った俺だけだ。
少し考えて、いとこの桜にメッセージを送る。
三年くらい前までうちに住んでいてずっと一緒に育ってきた、
ほとんど姉みたいなものだ。
「二千円なら自分で作らなきゃ無理。
料理レシピのサイト送るから、検索して作りな」
サイトのリンクが送られてきた。
試しに開くと、節約レシピのサイトだ。
でも作るという時点で俺にはハードルが高い。
それ以上にめんどくせえ。
「レシピ探して作るのは無理。
もっと簡単なの教えて」
少し待つと、具体的な方法が返ってきた。
メッセージに従って、スーパーで肉とカット野菜と焼肉のたれを買う。
今朝唐揚げをとられたから肉をたくさん食べたかったが、
二千円という上限は厳しくて、あまり多くは買えなかった。
えーっと家に帰ったら、まず米を研いでセットして……。
自転車をこぎながら手順を考えていたら、すれ違う自転車が急に停まった。
「おーい! 礼じゃん。今日はインする?」
「今日は無理だわ。また今度な」
「そっかー。またなー」
手を振って別れる。
夕飯の支度がなきゃゲームやれたのにー。
なるべく簡単にしたつもりだったけれど、それでも夕飯の支度は大変だった。
ご飯を炊いてよそう。
肉と野菜は焼肉のたれでそのまま炒める。
サラダ用のカット野菜を大皿に移す。
ばーちゃんが作った煮物を温めて出す。
やったことはこれだけなのに、並んだのは夕飯の時間ぎりぎりだったし、
かなり疲れた。
「いただきます」
手を合わせて食べ始める。
テーブルにいるのは朝と変わらない顔ぶれだが、
時恵ばーちゃんがいないだけで静かだった。
「ばーちゃん、入院ってどんな感じなの?」
父さんに聞いてみる。
「ああ、転んだから念のために検査入院するそうだ」
「大丈夫なの?
家事とか色々どうするんだよ」
「検査の結果次第だな。
夕飯は礼に頼むって、母さん言ってたぞ」
当然のように言われて驚く。
「無理!
絶対無理だって、冗談じゃない。
母さんは?」
「今日も夜勤だよ。
明日は明けだけど、おばあちゃんが心配だからそのまま付き添ってくるって」
「ばーちゃんが入院したの、母さんの病院?」
「ああ、だからそっちは任せていい」
母さんは看護師だ。
陽が中学にあがったくらいから、夜勤もかなりしている。
「俺は料理できないのに、いきなり作れって言われても困るよ」
「そうだよなあ……。
まあ買ってくるんでも何でもいいから、なんか用意してくれないか?
頼むよ」
父さんは穏やかなのんびりした性格で、押しつけがましい感じがない。
こう穏やかに言われてしまうと、事情がわかるだけに断りにくかった。
「じゃあ、買ってくるよ。
それなら何とかする。
金は出してくれよ」
「それは当然だろう」
なら、まあいい。
買い物は面倒だが、そのくらいなら何とかなるだろう。
ふとじーちゃんを見たら、誰にも怒られていないのに何だかしょげてる気がした。
翌朝は珍しくスマホのアラームで目が覚めた。
着替えて一階に降りると味噌汁のにおいがした。
でもいつものとは違う。
「おはよー?」
台所に立っているのは父さんで、テーブルには朝食が並んでいる。
食パンと目玉焼き、お漬物と味噌汁? ……と何故かみかん。じーちゃんか。
父さん、頑張ったけどご飯を炊き忘れたんだな。
「陽は食パンに目玉焼きをはさんで、食べながら行ったぞ」
「いつもそんなもん。
ばーちゃんのこと、なんか言ってた?」
「いや、なんにも」
遠子ばーちゃんを連れてきて食べ始める。
何だかいつもより、時間がのんびり流れている気がする。
そんでやっぱし、なんかうまくない。
味噌汁って味噌を溶いただけの汁物だよな。
何が違うんだろう。
じーちゃんはまた、ご飯より先にみかん食べてるし。
ま、いっか。
そう言えば、ばーちゃんは毎朝今ぐらいに洗濯してたよな。
その後は掃除。
今日というかしばらく、どうするんだ?
「母さんができるときにやるから、ためておいてだって」
「そう言えば、何で検査するの?」
「さあ、よくわからん。
頭を打って心配だからって言ってたぞ」
「え? 頭打ったって大変じゃない?」
「まあ、母さんがついてるから大丈夫だろ」
……そうじゃなくて。
父さんって本当にのんきというか、困る。
「ばあさん、大丈夫かのう。早く帰ってこんかのう」
じーちゃんがおろおろしだした。
俺もだんだん心配になってきた。
食べ終わったらすぐに、スマホで検索してみた。
『頭蓋内出血』なんていう怖いものが簡単にヒットする。
「父さん。ばーちゃん、
めまいとか吐き気とかあったの?」
「さあ、俺は知らん」
「じゃあ、検査はCTとかするの?」
「詳しいことは何も聞いてない。
母さんに任せてるから」
「ちゃんと状態ぐらい聞いとけよ!」
一体どんな様子なんだ。
どんどん不安が増してくる。
もし頭蓋内出血だったら……。
スマホでさらに調べる。
脳みその問題になるから、結構やばそうだということだけはわかる。
『致死率』なんて言葉まで見つけてしまって、ぎょっとする。
ばーちゃんが死ぬ?
いやいやいや。そんなことあるわけない。心配しすぎだろ俺。
でも、本当にないと言えるのだろうか。
もちろんないと信じたい。
考えたことなどなかった。
でも考えてみれば、誰にでもいつ何が起こってもおかしくないし、
元気でも高齢者なんだからその確率は高いわけで……。
時恵ばーちゃん。
しょっちゅうじーちゃんを怒ってて口うるさくてせっかちで、
正直うるさいなあとしか思ってなかったけど。
生まれてから今まで、ずっと一緒に暮らしてきた家族で、いるのが当たり前だった。
その人がいなくなる、かもしれない?
いやないから。大丈夫だから。
俺はたまらず、母さんにメッセージを入れた。
詳しいことがわかれば、こんな不安はただの笑い話になると思ったのに……。
母さんからの返信は、なかった。
「そこまで心配しなくても大丈夫でしょ」
いとこの桜は、あっさり返してくれた。
「今連絡がないなら、そこまで重くないはず」
桜は俺の二つ上で、今は高校三年生。
医大を受けようとしているだけあって、しっかりしていて頼りになる。
「私も少し調べたけど、もし『頭蓋内出血』でも簡単に死んだりしないから。
病院で検査してるなら大丈夫」
確かにそうだ。
万が一のことにならないように、今検査しているのだから。
俺、動揺しまくってたな。
ちょっと落ち着こう。
もちろん桜に今日の食事についても聞いた。
ほんの少し待つだけで、俺でもできそうなことを教えてくれる。
桜は今、東京で守伯父さんと二人暮らしだ。
守伯父さんは確かIT関係の仕事をしていて、
俺にいつもパソコンのことを教えてくれる。
人当たりの柔らかい良い人だけど、不器用で家事とかできなさそうだ。
たぶん全部、桜がやってるんだろう。
俺よりはるかに勉強ができる医大の受験生で、家事までやってる?
すごすぎだろ。
とりあえず今日ぐらい、俺も頑張ってみるか。
ちょっと気を引き締めて取り組んでみることにした。
やらなければならない家事は、食事の用意だけではなかった。
食事を作る前に、まず食器を片付けなくてはいけない。
昨夜と今朝の食器、釜、鍋などを洗って片付ける。
冷蔵庫の中身を確認して、買い物に出かける。
昼食は頼まれていないけれど、やると決めていた。
桜からのメッセージの通りに買い物をする。
自転車での買い出しは、坂ばかりだから結構きつい。
帰ると休まず昼食の準備をしたが、やっぱり時間ぎりぎりになった。
「昼もやってくれたのか、礼。助かるよ」
父さんのうれしそうな様子に、結構気分が良くなる。
その勢いで夕飯もと思ったが、昼食の食器を片付けたところで力尽きた。
朝からずっと働いたせいか、足がやけにだるくて立っているのがしんどかった。
甘くみていた。
台所仕事がこんなに疲れるものだとは思っていなかった。
時恵ばーちゃんは、これを毎日三食やっているのか。
いや三食だけじゃない。
朝早くから俺たちの弁当を作って洗濯や掃除をして、
ブドウの仕事だって時々手伝っている。
七十も近いのに、朝から晩までほとんど休む間もなく働いて、
疲れないわけがない。
高校生の俺でこれだけ疲れるのだから……。
俺、今までやってもらうのが当たり前って思ってたよな?
結局午後は、自分の部屋で二、三時間休んでから再開して、
何とか夕飯も形にできた。
その日夜になってから、ようやく母さんが帰ってきた。
検査結果は全て異常なしで、明日には退院するという。
「なんですぐに返信くれなかったんだよ」
「寝てた。
連続夜勤で、昨日は昼間寝れなかったから、ばーちゃんのベッドで爆睡」
聞いた瞬間力が抜けた。
無理もないけど、俺本気で心配したんだよなー。
とにかく大事にならなくて本当に良かった。
そう心から思った。
「明日の退院、礼も来て手伝って」
「いいよ。何するの?」
「荷物持ち」
いつもならめんどくさいと思うところだが、何となくうれしかった。
「お母さん、先生が言ってたように、帰っても大人しくしててよ」
病院から家へ向かう車の中、母さんが運転しながら説得を始めた。
「別に無理はせんよ。やることゆっくりやるだけだから……」
「そのやることをしないで、休んでてって言ってるの」
今朝病室に行った時、ばーちゃんはいつもと何も変わらなくて、俺は拍子抜けした。
でもその後、診察室で一緒に医師の説明を聞いて、一気に怖くなった。
現時点で検査結果に異常がなくても、
ほんの少しずつ頭蓋内出血が進んで悪くなることもあるという。
しばらくは無理せず激しい運動は避けて経過に注意して、
もし症状が出たらすぐに受診するようにとか、色々教えてもらった。
頭痛や吐き気、あとは忘れたが、
特に高齢者は半年ぐらい経ってから症状が出ることもあると初めて知った。
「今日はクリスマスだし、すぐにお正月だ。
休んでなんぞおれんよ」
「クリスマスなんか適当で大丈夫だし、お正月の準備は私がやるから」
「お前は仕事だろう。無理せんでいい」
「お母さんに無理されたら私が困るの」
押し問答が続く。
ばーちゃんに休んでほしいけど、母さんが忙しいのは確かだ。
それなら。
「ばーちゃん、俺がやるよ」
「礼?」
二人揃って驚いた声をあげた。
「ばーちゃんが具合悪くなったら俺やだし、ちゃんと休んでてよ」
ばーちゃんは珍しく戸惑った顔をしている。
「もちろん何やったらいいかわかんないからさ、座って見てて全部教えてよ。
母さん、そのくらいなら大丈夫だよね?」
「そうしてくれると助かるわ。
ほとんど座っててたまに動くくらいなら大丈夫」
「ね、ばーちゃん。俺やるから教えてよ」
ばーちゃんはしばらく黙っていたけれど、うなずいてくれた。
自分からやるとは言ったものの、それからの数日間は本当に大変だった。
あんまり大変だから、しっかり父さんも巻き込んで働いた。
もちろん二人ともまともにできるわけがない。
ばーちゃんは説明するのがまだるっこしくなると、自分で動こうとしてしまう。
それを何とか止めて座ってもらうためにも、必死で頑張った。
大掃除に、新年の年神様をお迎えするための色々な準備、
帰ってくる桜たちの部屋の準備などは、肉体労働だし俺たちにやらせてくれたが、
問題は台所仕事だった。
「お正月の料理はやらんと」
「今年は買ったものでいいから」
「煮物だけはやらんと」
「頑張るから座ってて!」
父さんが意外に包丁を上手く使うので、俺はまずゴボウを担当することにした。
煮物に入っているゴボウは、いつも一口大の色々な形に切られている。
あの適当な切り方なら俺でもできるだろうと踏んだのだ。
ばーちゃんに手順を一つ一つ聞きながら進める。
まずたわしでこすって泥を洗い落とす。
やってみるとなかなか落ちないので、力を入れて根気良くこすらなければいけない。
次に包丁の背での皮むき。
まず、ばーちゃんにお手本を見せてもらった。
ばーちゃんがやるとすーっと長くむけるのに、
俺がやるとぶつぶつ切れるし上手くできなくて、ゴボウの表面が凸凹になった。
それを適当な大きさに切ってしばらく水にさらし、さらに一回茹でこぼすという。
「切って煮るだけじゃだめなの?」
「ゴボウは泥くささを抜かんと全体の味が悪くなる」
いつもばーちゃんが作ってくれる煮物には、十種類近い具が入っていたと思う。
その中の一つだけでこんなに手間がかかるなんて、思ってもみなかった。
他の具はそこまで大変ではなかったけれど、やっぱり色々あって驚いた。
下ごしらえは俺たちがやったけれど、煮込むときの味付けだけはやると、
ばーちゃんは頑として譲らなかった。
しかも、煮えて味見をしたところで、大ばあちゃんを連れてきてくれという。
「お義母さん、煮物の味を見てもらえんでしょか」
小皿にとって、遠子ばーちゃんに差し出す。
「……おいしいねえ」
遠子ばーちゃんらしい返事にほっとしたが、甘かった。
「今年は味が違うねえ。珍しいねえ」
「今年は誠司さんと礼が野菜の下ごしらえをしてくれたんですよ」
遠子ばーちゃんが俺たちを見た。
「あれ、司さんが作ってくれたんかね。
ありがたいねえ」
遠子ばーちゃんは、いつも俺を司さん――亡くなったひいじいちゃんと間違える。
「この煮物、大ばあちゃんから教わってたんだ」
「うちに代々伝わってきた味だよ。
楓や桜にも伝えなきゃならん」
「司さんはこの煮物が好きでねえ……」
その日の夕飯に、早速煮物を食べてみた。
いつもとは違う味がした。
「礼、よく頑張ってくれてありがとう」
夜、食器の片づけを終えて伸びをしていたら、突然母さんに声をかけられた。
「いいよ。ばーちゃん心配だし」
何気なく返事したけれど、自分でも頑張ったと思っていたから、かなりうれしかった。
「優しい子に育ってくれた。ありがとう、って。
ばあちゃんさっき涙ぐんでたんだよ」
それは俺こそが言うことだ。
今までありがとうって。
「ばあちゃんね、病院で検査を待ってるときうるさかったのよ。
他の患者さんとしゃべりまくっててね。
桜と陽とお前の自慢話ばっかり」
うるさいなあとしか思ってなくて、今までろくに手伝いもしてなかったのに、なんで……。
「他の看護師に怒られたりしてね。
母さんはとにかく眠かったから」
「だからって、ばーちゃんのベッドで寝るなよ」
笑って突っ込めて良かった。
でないとうっかり泣きそうだった。
これは本当に大事なことだ。
ちゃんと陽に伝えてやろう。
あと、桜にも……。
桜がもうすぐ帰ってくる。
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