桜のかえるところ

響 颯

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四話

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「これ、遠子さんに食べてもらってね」

母から包みを渡される。

「何?」

「めざしが手に入ったのよ。
 今は一番大事なときだからね」

遠子とは、予定通り秋に祝言をあげた。
俺がまだ学生だから、
彼女は実家で暮らしている。
俺は時間が許す限り、
彼女の家に通うように心がけた。

そして今、彼女は身籠っている。

「丁度良く手に入って良かったわ。
 あちらは農家だから、
 こちらほどには食べ物に
 困らないでしょうけど、
 海の魚は難しいから……」

農家だけあって、米は少なくても、
小麦で作るほうとうを食べられるし、
麦、芋、野菜なども作っていて、
ひどい空腹を抱える、ということはない。

それでも魚などは、
滅多に口にできなくなっていた。

『欲しがりません勝つまでは』

そんな言葉のもと、
ありとあらゆる物資を戦争につぎ込み、
国内の物資は枯渇していて、
すべては国の統制下に置かれていた。
衣食住のほとんどの物資は、
自由に店で買うことなどできず、
すべて各戸に配布される切符と
交換で配給されていた。

例えば一番大切な食料は、
米、麦などの主食だけでなく、
生鮮魚介類、小麦、油に調味料まで、
すべて一人当たりの量が決められている。
唯一の入手手段にもかかわらず、
肝心の配給はだんだん量が減り、
米のかわりに芋、大豆、ふすまなどの
代用食が多くなり、遅配、欠配も珍しくない。
生鮮魚介類など目にすることはなくなり、
三食がご飯粒つきカボチャか芋になり、
誰もが飢えてやせこけていた。

配給だけでは生きていかれないからと、
みんな、わずかの隙間を見つけては、
畑を作りカボチャなどを育てた。
土地のない都市部では、
学校の校庭や家々の庭だけでなく、
目抜き通りの中央分離帯までもが
畑に早変わりした。
土地のある地方でも、河原や山を開墾して、
とにかく食べ物を耕作した。

そんな状態の今、
生鮮魚介類を手に入れるには
相場の跳ね上がった闇市で買うしかない。

今日の出発に合わせて、
何とかして手に入れてくれたのだ。

「ありがとうございます」

受け取った包みを、
大切にカバンにしまう。

「父さんと兄さんは?」

「今日は手術が入ってるから、
 準備に忙しいみたいよ」

うちは、個人経営ながら、
入院手術にも対応した病院をやっている。
今は入院患者は自宅退院してもらっているが、
今日の手術はどうしても必要だと
聞いた記憶があった。

「それなら顔出さずに行くから、
 母さんから伝えておいて」

「あちらによろしくね。
 明日には行きますからって」

九月に召集された彼が、
約半年経った昨日一時帰省したと、
遠子から連絡が来た。

召集された人たちは、
軍人として働けるように訓練を受けると、
一時帰省を許され、
それから実戦に送り出されるという噂だ。

最後になるかもしれないからと、
俺は今日、俺の家族も明日には、
遠子の家に行くことになっていた。

母と兄の家族は、それをきっかけに
疎開させてもらう予定になっている。

「わかった。じゃ行くから」

カバンを抱えて玄関を出ると、
兄嫁とその幼子が二人、
朝の散歩から帰ってきた。

「司さん、もう出発ですか?」

うなづきつつ、しゃがみこむ。
ぽてぽてとたどたどしい足取りで
近づいてくる姪と甥に笑いかける。

「おかえり。
 おじちゃん、先に行くからな」

小さな頭をわしゃわしゃとなでる。

「えー、いっしょにいくー」

「いくー」

「お母さんと明日おいで。
 大変だけど、がんばってな」

汽車に乗っての長旅は、
幼子にはつらいだろう。
それでも東京は危ないという危機感が
日ごとに増している今、
子供たちを東京には置いておけない。

「ではお先に行きます」

「気をつけて」

カバンを抱え直し歩き出す。

遠子に子供が生まれることに
まだ実感はないけれど、
あんなかわいい子供と
過ごすことになるのだと考えると、
単純にうれしいと思えた。
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