美少女おじさん ~ちやほやされたいので異世界転移でカワイイ美少女になることにした~

Ell

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第十話 蟻食い子爵

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 冒険者ギルドの玄関の扉から入ってきていたのは……このような場所には場違いのような、実にきっちりとした男性だった。
 先ほど私が股間に電気ショックを与えた大男とは違い、髪の毛は美しい金髪を綺麗にこざっぱりと短く切り揃えており、服装は見事な燕尾服。そう、タキシードではない、燕尾服だ。こんな所に着てくるなど場違いにもほどがある。その辺の冒険者の臭いだけで汚れてしまいそうだ。ああ勿体ない。これだけでも私からすれば好感度はうなぎ登りだ。
 顔はきりりとした白人系の彫りの深い顔をしているが、雰囲気は甘い。非常に優しそうな顔立ちをしている。そして今も恵比寿様のような満面の笑顔で、私の方を向いていた。
 そんな男が、私に向かって今もパチパチパチと拍手をしている。
「貴女の魔法は実に素晴らしかった。威力も美しさも申し分ない。まさしく奇跡の御業でしょう」
「いやそんな……えっと……」
 どうやら私の事を褒め称えているようだ。でも別に大したことをした訳じゃない。
 調子に乗っていた輩を懲らしめただけだ。
 前の世界でいえば、痴漢を一人で撃退した、といったところだろうか。
 あれそう考えたら結構凄いことしたのか私?
 でも流石に拍手を貰うほどではないと思うのだが……。
 そしてそんな私の混乱をよそに、冒険者達はざわざわとしている。
「おい蟻食い子爵様だぜ」
「幾らなんでもこんな所に何の用だよ」
「知らねーよ」
「町中うろついてるのは見たことあるけどよ」
「今日は二足歩行の蟻探しじゃねぇの」
「ガッハッハッ、違ぇねぇ」
 そんな周りの笑いにも涼しい顔だ。
「子爵様、それで冒険者ギルドに何の御用でしょうか」
 いつの間にか私の横にいたガーリーさんが、問いかける。
 ああやっぱりこの人子爵様なんだ。まあそうだよね。一人だけ雰囲気というか世界が違うもんね。
 この世界の貴族ってこういう感じなのかなぁ。それならいいんだけどなぁ。
「見ての通りですよ。エリィ様をお迎えに来たのです」
「やはりそうですか。では一旦外でお待ち下さい。彼女に簡単に説明してからお送りいたしますので」
「分かりました。ではエリィ様、少しの間外でお待ち申し上げておきます。失礼」
 そう言って子爵様は優雅に一礼する。右腕を胸の前に、左足を少し下げて、綺麗な動きだった。やはりこう何というか……凡人ではない、洗練されたものを持っていた。
 彼は美しい所作で扉を開け、ゆっくりと扉が閉まっていくと、私はほぅ……とため息のようなものが漏れる。
「なんやなんや、子爵様に惚れてもーたんか!?」
「いえいえ違いますよ! ただ……動きがいちいち美しいなぁって」
「そらな。お貴族様やからな。あたしら庶民とは生きる世界が違うねん。まああの子爵様はそうでもないみたいやけど」
「そうなんですか?」
「ホンマはむっちゃ偉いんやで! 町の西の小高い丘の上に大きな屋敷が見えるやろ? そこに住んでんねんけど、時々町まで出てきて市場を見たり庶民の様子を自分で調べたりされて、分け隔てなく接してくれる、それはそれは立派なお方やねん!」
「それは凄いですね」
 前の世界の施政者達も、そういう者ばかりならばどんなに良かったことか。
「ただな……ちょぉおおっと変わり者でな」
 ……ん?
「おいおいちょっとじゃねーだろーよガーリーちゃんよぉ」
「そうだぜ、流石に地面歩いてる蟻は食わねぇだろうがよぉ」
 えっ!? 『蟻食い子爵』ってマジで蟻食うの? なんで? どして?
 あんなに綺麗で立派で美しいお貴族様が、あの恰好で地面の蟻をむしゃむしゃ拾って手で摘まんで食べている所を想像すると……余りにも合わなくてうげっとした。
 幼児が何も知らずに間違えて食べたりならまだ分かるけど……ほんとどーしてそんなことに?
 こちらのお貴族様にはそういう文化でもあるのだろうか?
 ガーリーさんはこっそりと私の耳に口元を近付ける。なんだかちょっとえっちぃ。
「あのな……実はな」
「来たか」
 ガーリーさんが話そうとする丁度その時に、ギルマスが奥から出てきた。
「エリィ。ちょお来い」
「あ、はい」
 私は裏まで呼ばれた。
「今のがこの町の領主様や。お前ん事話したら予想通り飛んで来られたわ。恐らくこれからあの方のもとで食事して色々話を聞かれるやろ。ええか、余計な事はしたらあかんで。丁寧に話聞いて、全てを正直に話すんや。決して嘘吐いたらあかんで。お前の経歴とかそーゆーんをしっかり話すんや。ええな」
「それは……例の事もそうでしょうか」
「むしろそれが本題や」
 ここら廊下の途中で私達二人は立ち話の途中である。周りに誰もいないのをきょろきょろ見回すギルマス。私は何事だろうと首をかしげる。
 しっかりと誰もいないのを確認すると、ちょいちょいと手で私を呼ぶ。今でも十分近いが、更に顔をギルマスに近付けた。
 ギルマスが内緒話をするように、口に片手を当てる。
「あの人はな……神の落し子狂いやねん」
「は?」
「伝説や物語に出てくる神の落し子がかっこええやら素敵やらで、もう好きすぎてしゃーないねん。せやからついに本物かもしれんお前さんの話を聞いて、居ても立っても居られんのや」
「えっと……」
「つまりや、あの人はお前さんから神の落し子にしか出来ん話をお望みや。そーゆー話を聞かれたら聞かれた通りに丁寧に嘘偽り無くしょーじきに話せば悪いようにはならん。ええな」
「わ……分かりました」
「それでなくてもお前さんは見た目が神の落し子やないねん。嘘吐いたら一発で首が飛ぶで」
「ひぇっ!?」
「あの方はな、大抵の事は笑ってお許しになる。それこそその辺の冒険者に馬鹿にされようとな。でもな、嘘だけは大のお嫌いだそうで。誤魔化したりしたら目の前で首飛ばすこともあるらしいて」
「ちょっと! なんでそんな人に私のこと言っちゃうんですか!」
「知ってて黙ってたらそれこそワイの首が飛ぶねん! だいじょぶや! しょーじきに喋ってたら何の害も無いお人やから」
「それはそうですけど」
「なんなら蟻食いも神の落し子の世界では虫食うなんて話を聞いたかららしいんやけど……なあこれホンマなん? ワイ信じられんのやけど」
 うわぁ……つまり神の落し子オタクってことなのか。おまけに文化を勘違いしちゃった系。なんかあんなにかっこよかったのに一気に残念系アメリカ人みたいなイメージが浮かんで、ちょっと面白くなった。
「えっと……地域によっては虫を食べたりもしますけど、肉が食べられない地域とか、昔の風習やらで、今はもうそこまででもないですし、苦手な人は苦手なのでその地域でも食べなかったりします。少なくとも一般的ではないですよ。何より、食べるのは蜂の子、幼虫とか、あとはいなごとかで、蟻はそもそも食べないですかね……地域差や個人差が大きいと思います。この世界でも、種族や文化が違えば食べるものも変わってくるのではないでしょうか」
 私が懇切丁寧にそう答えると、ギルマスはちょっとホッとした顔になった。もしかして私のこともそういう虫食い野郎だと思っていたのだろうか。いや野郎じゃないけど。今の見た目は女だけど。
「確かにな。住んどる場所や文化の違いで食ったり食わんかったりか。ならそれだけでも懇切丁寧に伝えて差し上げるとええで」
「はい」
 そういえば熱帯地域とか先住民とかだともしかしたら昆虫食文化ってあるかもしれない、がその辺は黙っておく。
 あくまでもこの世界の『神の落し子』とはどうも日本人っぽい気がするので。私もあの人が今後も地面の蟻をムシャムシャする姿を目にしたくない。
「なんなら食文化とか教えてやり。多分料理人に毎日作らすで」
「そんなに好きなんですか」
「だからこそのあの法律や。あの法律は他の地域やと勇者や賢者にツバつけたいお貴族様が多いんやろけど、少なくともここでは子爵様が神の落し子に逢いたい一心の法律や。おまけに神の落し子なんてそこまでぽんぽん来るもんでもあらへんし、この辺りではまず見ることもない。大抵は王都とかそーゆー場所に行くもんや。子爵様も初めてお会いするんちゃう?」
「なるほど……」
 これは迂闊なことは言ったり出来ないぞ。
「まあそーゆー訳で、いっちょ頼むわ」
「分かりました」

 私はギルマスとの話を終え、扉へと向かう。
 途中で心配そうなガーリーさんが見えた。
「どしたん? 大丈夫やった? オトンに変なことされんかった?」
「大丈夫ですよ。子爵様とお話する前の心構えとかを聞いただけです」
「そか。それなら良かったわ。ホンマ気ぃつけてな」
「はい。ありがとうございます。行って来ます」
 ガーリーさんの気持ちも貰って、ちょっと勇気が出た。
 さてさて私は扉をくぐると、そこにはこれまた私がこの世界に来て初めて見る馬車と、その前に優雅にそしてきっちりとした格好で立っている子爵様がいた。
「新たな朝日が昇る思いでお待ちしておりました。さあ、こちらへ」
 今の言葉は前の世界でいう一日千秋の思いというやつだろうか。こちらの世界のことわざとかも覚えていきたいなぁ。
 「よろしくお願いします」
 私は子爵様の手を取り、馬車の中へと案内された。
 なんかこの動きーお貴族様ので見たことあるやつー!
 でもまさか自分が美しい男性にされるとは思ってなかった。
 そうかこれが執事喫茶とかで行われて女の子がきゃあきゃあされるやつか。
 こんな気分ならおじさんの私でも味わったらきゅんときそうになるので、こりゃ女の子もメロメロってわけだ。
 おまけに今私にしてくれているのは絶世のイケメン美男子。そりゃあぐらりとくるだろう。
 私の中身がおじさんでよかったな! いや向こうからすれば大いに不本意かもしれないが。
 そのまま馬車に乗り込み、ゆっくりと動き出す。
 こちらの世界の馬車はガタゴトと揺れる。いやそもそも向こうの世界で馬車なんか乗ったことないから違いなんぞ分からんが、それでも前の世界で様々な交通機関を味わった私からすると……アスファルトの路面が非道ひどく恋しいくらいにはお尻にくるものがあった。
「さて……ああ何から話せばよいのでしょう。緊張してしまいます」
 私の向かいに座る子爵様は、先ほどまでと同じように体はきっちりと保ちながらも、お顔がほぐれてぐにゃぐにゃになっていた。
 そうかこれ、ずっと会いたかった芸能人に逢えた時のような感じなのか。もしかすると。
 とりあえず私はまず、自分の立場を正直に明かした方がいいと判断した。
 何より見た目が伝説や物語に登場する人物の特徴である、黒髪黒目童顔ではない金髪碧眼のエルフなのだから。
「えっと……まず私は、このような見た目ですが子爵様の思う通り、神の落し子です」
「やはりそうなのですか!? ああこれはなんと嬉しいことでしょう! 私の目の前に本物の神の落し子が現れるとは!」
 子爵様は満面の笑みを浮かべる。なんだか自分に逢えただけでこんなにも嬉しくしてくれるなんて、なんか逆に黒髪黒目童顔でなくて少し申し訳ない気持ちになる。
「私に分かることなら、子爵様には出来る限り正直にお答えしようとは思いますので、何卒よろしくお願いします」
「ああそんな固くならずに。それに私のこともそんな『子爵様』だなんて。もっと愛称とかで呼んでいただいてもよろしいのですよ?」
「えっと……」
 なんて呼ぼう。そういや私この人からまだ自己紹介されて貰ってなくない?
 呼ぶ名前すら分からんぞ。
 私が困っていると、目の前の子爵様も気付いたようで、大仰に額に手を当てて呻いた。
「おおこれはこれは。私としたことが未だ名乗ってすらいなかったとは。誠面目ない限りで。いやぁこれでは動揺しているのが丸分かりですな」
「いえいえ。緊張しているとよくあることですから」
「なんと、分かっていただけますか。では僭越ながら」
 そう言うと、子爵様は私の目の前で今まで以上にきりりとした顔付きになり、私に向き合った。
「私の名はムイタメル=ライ=ピピーナ。ピピーナの町を治める者です。エリィ様からは気軽にムイさんとか呼んでいただきたいですね」
 おおなんだか貴族様っぽいお名前をいただきました。ムイタメルさんでムイさんか。よし覚えた。お貴族様だからカタカナのながーい名前とかきたらちょっと覚えられる自信がなかったが、それくらいなら覚えられそうだ。
「分かりました。えーと……ムイさん」
 そういうと彼は今日一番の笑顔になった。
「はいっ! なんなりと!」
 こんな世界も、いいかもしれない。
「あと私のことも様付けとかはいいので。エリィさんとかそういった感じで構いませんので」
「そんなそんな! 畏れ多いことです」
「いえ……私も緊張してしまいますし」
「で、では……せめて、慣れたらで構いませんか? 今はもう……心臓の鼓動の音が大きくて」
 緊張しているという意味合いだろうか?
「ええ、構いませんよ。お互い他人行儀な関係は、ちょっと」
「確かに確かに。そういっていただけるとこちらも嬉しく思いますな。エリィ……様」
 まだちょっと難しいらしい。
「ゆっくりで大丈夫ですから」
「はっ……はひ」
 先ほどまではあんなにもかっこよかったのに、なんだこれ。初恋の中学生男子か。
 なんだか可愛くみえてきたぞ。ちょっとからかいたくもなるが、我慢。
 彼の求めるイメージを余り崩してはなるまい。おまけに『神の落し子』としての今後の評判やイメージも私の一挙手一投足にかかっているのだ。
 結構なプレッシャーかもしれないが、私も頑張っていこう。

 そうこうしていると、ガタゴトが止まった。
「おっと、到着したようですな」
 馬車の扉が開かれ、まずは子爵様ことムイさんが先に降りる。
 そして私はまた馬車に乗った時と同様にして、彼の手を取り、ゆっくりと馬車を降りた。
 その目の前に現れたのは、大きなお屋敷と……左右に数人ずつ並ぶ執事、メイドの方々。
「ようこそ、我がピピーナ子爵家へ。歓迎致しますぞ、エリィ様」
 ムイさんはこれまたきっちりとしたお辞儀をして、私に向き直った。
「は、はあ……よろしくお願いします」
 咄嗟とっさにこう告げることしか出来なかった私を許してほしい。
 いや何というか……前の世界で普通にサラリーマンしてたおじさんからすると、流石にいきなりこれは面食らうというかなんというか。
 私貴族じゃないからね。確かに独身貴族ではあったけれども独身貴族はモノホンの貴族と違うからね。
「早速食事と参りましょう。エリィ様に相応しいメニューを取り揃えておりますので、ささどうぞ中へ」
「は、はい……」
 どうしよう。お皿に蟻とか虫とか乗ってたら。
 せめて普通のご飯が食べたいよう。
 どぎまぎしながら私はムイさんのエスコートによって、屋敷の中へと入っていった。
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