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第十六話 王都召喚の遣い

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 それから私とミレイでの、二人での日常が始まった。
 最近の一日の流れとしては。
 朝起きて一連の準備をして、『止まり木』で朝食。
 冒険者ギルドに顔を出して、こなせそうなクエストがあれば探し。
 林に行ってモンスターを退治したり依頼の採取をしたり。
 そしてギルドに戻って獲物をお願いしたり褒賞金を貰ったり。
 帰りにまた『止まり木』に寄って夕食。ちなみにお昼は行く途中で買ったものを林で休憩中にいただく。
 そんな感じで帰宅してにゃんにゃんして就寝。
 とまあ大体このような感じである。
 ミレイも私も、レベルやスキル等が順調に成長していった。
 出来るようになったことも結構色々あるが、それはまたおいおい。
 とまあこのような生活を一週間か二週間か、まあそこそこ続けて一通り慣れた頃。
 冒険者ギルドに、私を訪ねる者が現れた。

「エリィ様、あれから全然私のお屋敷にいらしていただけないのですが、もしや私の事がお嫌いになったのでしょうか……」
 そう、ムイさんことムイタメル子爵様である。
 ってかそういやそんな約束したけど……なんだか申し訳ない。
「すみません、中々時間が取れなくて。ごめんなさい」
「ああいえいえ。決して謝って欲しいわけでは」
 ムイさんたじたじである。
「それで、ムイさんはどうしてこちらに?」
「ああ……『ムイさん』と親しく呼んでいただけるなんて……光栄の極みです」
「えっと……それで?」
「そうでした。ほら、いらっしゃいましたよ」
「かたじけない。感謝する、ムイタメル子爵殿」
 ムイさんの奥から現れた、二人目の人は騎士のおねーちゃん。わぁ女騎士様だぁくっころとか言わないかな。言わないよなー残念。むしろ見た目的には私の方が言いそうじゃないか。私は言わないぞ。言わないったら。フリじゃないからな!
 女騎士様の見た目は燃えるような赤毛に金色の瞳。立派な甲冑に身を包んではいるけれど、おっぱいも大きそう。つまり甲冑着るの大変そう。
 身長は平均的くらい? 女性の中ではそこそこだけど、きっと騎士なんてガチガチの男性社会だろうから、さぞ一人だけ浮くんだろうなぁ……浮きそう。おっぱいも浮きそう。

 うぉっほん!

「私は王国騎士団所属のギンシュ=ライ=バニングだ。こちらにエリィ殿がおられると聞いたのだが、エリィ殿はどちらにおわせられる!」
 綺麗に通る声だった。力強さもあり、可憐さもあり。そしてあどけなさすら感じられる。うーん……よき。
「エリィ殿は! エリィ殿はどちらに!」
 目を閉じてじーんとしていると、皆の目が私に集まっていた。いかん返事するの忘れてた。
「あ、私です」
「そなたか。ん? んー??」
 私をじろじろと見るギンシュちゃん。あれ、何か顔についてる?
 私の顔を一通り見るとギンシュちゃんはギロリとした目付きでムイさんことムイタメル子爵様の方を向いた。
「ムイタメル子爵殿! 話が違うではないか! 彼女はどう見てもエルフだぞ!」
 ムイさんはどこ吹く風だ。
「ええ。本人からもうかがいましたが、間違いなくエルフです」
「なんだと!? 黒髪黒目で童顔というのが神の落し子の特徴ではないのか!?」
 あっ言っちゃった。まだ冒険者の皆さんにはバレてなかったと思うんだけど……
「私もそう信じていましたよ。彼女に会うまでは」
「むぅ……しかし……これでは……」
「それとも、私を信じられませんかな?」
「いえ、そういう訳では……」
 迷っているギンシュちゃん。ちょっと周りを見渡すと……。

「おい、今エリィちゃんが神の落し子だって言わなかったか」
「俺もそう聞こえたぜ。でも神の落し子って」
「ああ、黒髪黒目で童顔だよな。で目の前のエリィちゃんは……」
「金髪碧眼の美少女エルフ。どう頑張っても違うだろ」
「でもさっき子爵様もそう言ってなかったか?」
「確かに。『彼女に会うまではそう信じてた』って……ってことは」
「やっぱそうなのか。だってあの子爵様が言うんだぜ?」
「ああ。『神の落し子狂いの蟻食い子爵』様が言うんだからな。間違いねぇよ」

 結論を言えば「子爵様が言うんだから間違いない」だそーで。ムイさんどんだけ説得力あるの。
 どこのオタク判定機なの。
「仕方ない。改めて問おう。エリィ殿、そなたは神の落し子であるか?」
「……それ答えないといけないやつです?」
「無論だ! 何を馬鹿なことを!!」
 いきり立つギンシュちゃん。私はため息を一つ。
「はぁ……そうです。私は神の落し子です。出来れば秘密にしておきたかったんですけど」
「そんなこと出来る訳がなかろう。そなたは英雄になる資質を持つ者だ。こんな田舎で一生を終えられるはずがないだろう」
 ギンシュちゃんの全く空気を読まず歯に衣着せぬ物言い。なんか一周まわって清々しく感じてきたぞ。
 もっとも周りの冒険者さん達はぴりぴりもすればにやにやしている人も。
「そらそーよ田舎じゃなけりゃあ俺たち商売あがったりだぜ。なぁ」
「おうよ! 王都の騎士団様は毎日訓練さえしてりゃあ金が貰えるんだからいいご身分だぜ」
「がっはっは! ちげぇねぇ!」
 ガラ悪いなぁ。でもこーゆーの、嫌いじゃないよ。おじさん的に。
 一方ギンシュちゃんはブチギレモードに突入だ。
「貴様ら不敬だぞ! 騎士団を貶める者は許さんぞ!」
「おいおいねーちゃんがイキがってどーするよ」
「そうそう、俺たち相手にやろうっての? んん? 流石に数くらい数えられるよなぁ?」
 流石冒険者の皆さん。一対一のタイマン勝負しようとはカケラも思ってないあたり、勝つ為に何でもする感じが見てとれる。
 対するギンシュちゃんは「一対一で勝負すらしないのか! 卑怯者!」と喚いているが冒険者はまるで受ける気がないようで。相性最悪だなもう。
「くっ……だっ、だったら私に対しての侮辱も許されるものではないぞ! 私は確かに騎士団所属だが、これでもバニング伯爵家の娘だぞ! 私を侮辱するものはバニング伯爵家を侮辱する者と思え!」
「ひえっ、おっかねーや。いやぁすんませんねぇおれらはアンタも知っての通りの田舎もんだからよぉ、お偉いさんのことなどとんと知りませんで。いや悪ぃ悪ぃ」
 言葉だけ聞けば謝っているように聞こえなくもないが、顔が全く謝っていない。
「ぐぬぬ……」
 あーあー顔真っ赤。髪の毛と同じくらいになってら。
 ここは私が一肌脱いで空気を変えてやろうじゃないか。いや露出はしないけど。
「あの……私の話じゃないんです? 用が済んだのなら私もう出てっていいですか?」
「いやちょっと待ってくれ! 確かにエリィ殿への話であった。要件を済まさねば。良かったなお前たち! 今私は極めて重要な任務中なので、お前たちの相手はしないでおいてやる!」
「あーはいはい。俺らも小娘なんぞに用はねぇよ。お前らさっさと稼ぎに行こうぜ!」
「おうよ!」
「全くだ!」
 そう言いながら酒盛りを始める冒険者の皆さん。もうほんと何なのこいつら。仕事しろ。
「ではエリィ殿へ。こちらを読み上げるので、聞いて欲しい」
「はい」
「神の落し子であるエリィ殿へ、王宮への召喚令を申し付ける。以後、騎士団の遣いと共に急ぎ王宮へ参上すること。以上だ。」
「うわめんどくさ。それ断っていいですか?」
 私の返答を聞いたギンシュちゃん。またも吠える吠える。
「いいわけないだろう! 国王陛下からの召喚状だぞ!? これ断ったら不敬罪で死刑が妥当だぞ!? そんなに死にたいのか!?」
「えー」
 私はピピーナでのんびり過ごしてお金貯まったらその辺の町ぶらぶらする予定なのに。全く。
 不満げな私をよそに、周りの冒険者の皆さんは大騒ぎだ。
「マジかよ。エリィちゃん王都にお呼ばれだってさ」
「いやーすげぇなぁ。まだ冒険者はじめて一ヶ月も立ってねーのによ」
「俺らの仲間からこんな奴が出るなんてなぁ。俺らも負けてらんねーぜ!」
「全くだ! 乾杯だ乾杯! おいジョッキが空だぞ! おかわり!」
 いいからお前らさっさと依頼をこなしにいけ。負けてらんないって酒盛りにか? 勝負をした覚えすらないが。
 相変わらずおバカな人達だなぁとか思いつつ、私は自分の不満をムイさんに向ける。
「……これ王宮に伝えたのムイさんでしょ」
「神の落し子を見つけた場合、国王陛下に報告の義務があります。残念ながらね。本音を言えば私だって匿っておきたいに決まってるじゃないですか。私の町からエリィ様がいなくなるだなんて。|腸(はらわた)を投げつけたくなるような思いですよ」
 なんじゃそりゃって思ったけど、これきっと『断腸の思い』だ。
 そーだよね。自分の押し芸能人が自分の町からいなくなるとかそりゃー辛いよね。
「そうですね。すみませんでした」
「いえ。分かって頂けたのなら、嬉しいです」
 私はギンシュちゃんへと向き直る。
「分かりました。うかがいます」
「いや本来は分かるも分からないもないのだがな。ではよろしいか」
「えっと、一度家に戻って準備したいんですけど。ミレイもいい?」
 今まで大人しく私の横でくっついていたミレイにも確認しておく。
「私はエリィ様の向かう所にお供するだけですぅ」
「生憎だが召喚令はエリィ殿のみだ。お前が来る必要はないぞ」
「私はエリィ様と一緒にいないと死んでしまうのでどこまでも着いていくですぅ」
 私の腕をひしっと掴んで離さないミレイ。おうおうかわいいのう。よしよし。
「しかしこちらの予定では私を含めて二人だけだからな、旅費も二人分しかないぞ?」
「あ、じゃあ二人分の旅費出なかったらボイコットして行かないことに私決めましたので」
「そんなこと出来るか! というかぼいこっとってなんだ?」
 ここでムイさんがギンシュちゃんの横に出て一言。
「旅費なら私が立て替えますよ。その代わり向こうできちんと説明して、あとできっちり返して下さいね」
 おっとムイさんファインプレーです。
「むぅ……仕方がない。ではこちらは準備をしておくから、出来るだけ早くしてくれ。余り遅いと今晩までに目的地に着かずに野宿になってしまうからな」
 そう言って扉から出ていく。私はホッと一息。なんだかあの人……一緒にいるとちょっと疲れる。
「大変なことになってもうたなぁ」
「ガーリーさん」
 ここのナンバーワン受付嬢のご登場だ。
「まあええ機会やし、ついでに王都観光でもしてき。あんたどーせこの町以外に知っとる場所ないやろ」
「はい」
「色々見て聞いてくるのもいい経験のうちや。世界を広めるのもおもろいで?」
 なるほど。そう捉えるのもアリか。
「そうですね。ありがとうございます」
「気ぃつけてけや」
 奥からガーリーさんがもう一人出てきた。こちらはギルマスである。
「流石に国王陛下に睨まれたら無事では済まされんからな。余計なことは言わんとしょーじきに話してき」
「なんかそのお言葉、前にも聞いた気が」
「権力者相手に庶民が出来ることなんてそうそうあらへん。そもそも王族相手にお前さんみたいなのが騙し騙されを制してこれるはずないからな」
「おっしゃるとおりで」
「もっとも、いざっちゅー時には王都の冒険者ギルドに逃げ込めばええ。ギルドは全ての冒険者の味方や。逃げ込んで身分証見せればなんとかなるやろ」
「ありがとうございます」
「まあそーゆーわけでや」
 ギルマスはちょいちょいと手をやる。近うよれのあの仕草。
 私は素直に従い、彼の内緒話に耳を傾ける。
「お前さんにな、とっておきの情報を教えたる」
「はい」
「王都の『飲んだくれ亭』って店にな、『星の欠片かけら』って酒があんねんけど、お土産楽しみにしてるわ」
「へっ?」
「ワイ、結構お前さんの面倒みたったつもりなんやけどな。それくらいのお土産頼んでもばちは当たらんやろ」
「いや、あの」
「頼むわ。そろそろ切れそうやねん。あれないとワシ生きてても意味ないねん」
 そこまでか。そこまで言わせる酒なのか。
 ああそういやこの人ドワーフでしたね。ドワーフってお酒大好きですもんね。
「あ、オトンお土産ねだっとる! ずるいーウチもたのむぅー」
「よっしゃ! 俺も美味いもん頼むぜ!」
「俺は高いもんがいいな! 転売出来そうなやつ!」
「俺はいろっぺー姉ちゃんが欲しいぜ! 一晩おまけつきのやつな!」
「そいつは俺も毎晩欲しいな! ぎゃははは!」
 くっそ冒険者ってやつはどいつもこいつも……
 私が必要以上ににこりとした笑顔でミレイをどけると、全身からバチバチと放電させながら
「今すぐ私のお土産が欲しい人、います?」
 と聞いてみた。皆青い顔でぶるぶるぶると震えながら股間を抑えだしたので、私は満足してギルドを出ていった。
 後ろからしっかりミレイもついてきて、私が放電をやめるとまたひしっとしがみついた。
 さて、出かける準備をしないと。

 でもガーリーさん親子にはお世話になってるからなんか買ってきてもいいかな。
 そんなことを思いながら、私は住まいへと戻る為に娼館街を目指した。
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