追憶~言えなかった言葉~

瑞希

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追憶~言えなかった言葉~

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追憶~言えなかったコトバ~

プロローグ
目の前に立っている人の名を、私は知らない。正確に言うと、思い出せないでいた。でも、この湧き上がってくる感情は何なのだろう。そっと、あの人に手を伸ばす……
「ねぇ、待って!」「待って!行かないで……○○!」
すると、彼は驚いた顔で振り向いた……今度こそ言おう。私の……

第1章 ~帰郷~
 都会での就職が決まり、上京して早1年が経った。
今年の夏は、帰郷する事にした。地元の駅に着くと、母が笑顔で迎えに来てくれた。
実家へと帰る車中で、私はずっと外を眺めていた。
実家に到着し、荷物を自分の部屋へと運び終えて休憩していた。不意に玄関の戸が開く音がして、階段の壁越しから玄関先を覗いた。そこに立っていたのは、整った顔立ちの男性だった……

第2章 ~面影~
彼は、私の事に気が付いたのか、驚きながらもしかし嬉しそうに「久しぶりだね!!ずっと、逢いたかった」と笑って言った。私は、この男性が誰なのか覚えていない。その様子を見た母が男性に「もう遅いから、また明日来たら?」と言ってくれた。
翌日も我が家へ来て私の隣に座る。その人は、昔から私の事を知ってる様で私は終始ドキドキが止まらなかった。
彼は、家から持って来たと言うアルバムを私の前に見せてきた。そこに写っていたのは幼い時の私と彼に良く似た男の子だった。何処と無く面影が残ってはいたが、私は思い出せなかった。

第3章 ~蝋燭の光~
 私が覚えているのは、暗闇の中でゆらゆらと揺れる蝋燭の光と泣いていた私の手を引いてくれた手の感触だけだった。その人の顔を思い出そうとすると倒れそうな位の目眩と頭痛に襲われる。母は「無理して思い出さなくても良い」と言ってくれたけど、私は思い出したくて…。
明日には、都会へ帰らなくてはならない。母の提案で地元の夏祭りへ行く事に、浴衣を着て久しぶりの夏祭りを楽しんでいた。提灯の灯りと賑やかなお囃子の音を聴きながら、また来年も帰ってきたいなと思った。
神社の境内で一休みしていると彼が隣に来た。「明日、帰るんだね。寂しくなるな。」私は、俯きながらも「仕事も有りますし、仕方ありません」と言った。

最終章 ~人魂~
 花火が終わり帰ろうとした時、洞窟を見つけた。近くにあった案内板には、この洞窟の最深部で願い事をすると叶うと言う言い伝えがある。私は、最後の思い出にとその洞窟の中へと入った。
 中はそれほど暗くなく、最深部へ近くに連れ、眩しくなっていった。
最深部は人が大勢入る大きさになっていて、皆洞窟のぽっかりと空いた空に浮かぶ月に向かい祈っていた。私も皆と同じく月に祈ろうとした時、誰に手を引かれた。その人は蝋燭を持ち、私の手を引いて元来た道を戻ろうとした瞬間、急な頭痛と目眩で私は倒れた。
私が目を覚ますと、彼は「大丈夫か?俺が誰だか分かるか?」と聴いてきた。
私は、「うん、分かるよ!やっと、逢えた」彼の事をはっきりと思い出した瞬間、私の身体から光が溢れ、私は全てのことを思い出した……
私は、去年の夏に通り魔にナイフで刺されて亡くなった事・大好きな彼への想いを…私はもう彼の隣には居れないのだと実感した。「悔しいなぁ…もっと一緒に居たかった…」少しずつ消えて行く私を彼はぎゅっと力いっぱいに抱き締めてくれた。「絶対、見つけるから!どこにいたって必ず見つける」その温かさと言葉に私は幸せを感じ、微笑みながらゆっくりと光へと消えた。

エピローグ
 墓場の前に、男性が一人立っていた。手には、蝋燭を持ち霊園の中へと入る。花火を見る訳でも無く、ある墓石の前で立ち止まり、そこに書かれた名前を指で撫でていた。「必ず、お前を見つけるから……」そっとその言葉を呟くと彼は、来た道を戻って行くのでした。
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