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第七章 黒白の聖戦
#93 悲報
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「──つまり、魔族たちは精霊界へ渡り精霊と同じように人間に憑いて、体を得ていたということか」
「はい」
おおかたの話を終えたゼイアは、グレンの頭に手を置いた。
「今はこの青年──今は少年の姿ですが、彼が私の体というわけです」
「ふむ。そやつは魔障に侵されておるな」
「ええ────」
やはり彼の目には全てが見えている。目の前の事象を正しく捉えていた。アルはゼイアへと視線を戻した。
「……して。であればどう防いだものか」
「魔族の侵入をですか?」
「そうじゃ。魔界を完全に閉ざすわけにはいかぬし、精霊界へ行けぬようにするしかないか」
魔界は天界より堕ちた者を追放するために創られた。それを閉ざすのでは意味がない。
「しかし……」
「精霊に体を与える。それで世界の調和が崩れるでもなし、一番丸く収まらぬか」
「それは……賛成出来ません」
「ほう」
アルは試すような目をする。ゼイアは一呼吸置いて、言葉を紡いだ。
「精霊は、体を持たぬがゆえに人間に憑くことが出来る。それを変えてしまえば、彼らの仲を破ることになります。グレンには────私のほかにも精霊が憑いています。私の大切な仲間でもあります。ですから……」
「よい。ならば別の方法を考える」
そう言って創造主は優しく笑った。ゼイアは肩の力が抜ける気がした。そしてはっとして、話を続ける。
「それからもう一つ……」
「なんじゃ」
「神界……精霊界と人界の調和が乱れています。このままでは……いずれ崩壊が起きるのではと」
「なんと」
驚いた様子を見せる創造主に、ゼイアは表情を険しくする。
「……やはりご存じありませんか、神界の情勢は」
「そうじゃのう……精霊界を創って三万年余り……俺はもう永らく関わってはおらんからな」
「アル様の目は全てを見通しておられるものかと」
「買いかぶりじゃ。俺が見えるのは目の前のことだけよ。あとはほんの少しの不確かな未来じゃ。しかしそうじゃ、どこか悪い予感はしておったのだ。概念世界に籠る神々からの報せも、ここのところ途絶えておる」
「……そんな」
概念世界とは、神々がそれぞれ持つ固有世界のようなものだ。どこの次元にも属さず、また時の流れもない。過去・現在・未来全てに繋がり、そこから神々は世界を観測している。だから何かあれば、そこにいる神が報せを創造主に寄越す……はずなのだが。
「調和の乱れが既に影響を及ぼしておるのか。……精霊界は今どうなっておる。説明してはくれぬか」
「勿論です」
ゼイアは内容を頭の中で整理しつつ、口を開く。
「……現在神界では、アル様の送られた神の子の子孫たちが、変わらず皇帝として国を統治しています。秩序の国を中心として、一部の国々が同盟を組んでおりますが……そのうちの闇と影、光と炎の国が手を組み、“黒の群勢”、“白の群勢”として争っている状況です」
「仲違いか?」
「そう……ですね。やはり性質として相容れないのかと」
「他の国はどうしている」
「中立国です。秩序の国たちはどうにか戦争を止めようとしていますが、そこから外れている者たちはどうか……」
「ふむ、なるほど」
「その戦争の影響か、人界へ流れる精霊が増え、さらには大規模な争いによるエレメントの過剰な活性化……それにより世界の調和が乱れつつある模様です」
ゼイアの話に、アルは眉を顰めた。
「そうか。……そしてそれを本来治めるはずの大精霊も、その力を弱めていると」
「はい。しかも……その、一部は普通の精霊と交わった結果、大精霊としての役目を放棄し人界へ降りている始末で」
先日出会ったルナリアもその一人だ。本来、大精霊は精霊とは格の離れた存在で、人前にも滅多に姿を表さず、世界の調和に尽力する機構的な存在なのだが。
アルはため息を吐いた。
「……それはいずれ起こると予期していたことじゃ。創造神や司神の補助機構として置いた存在だったが、定命である以上精霊との交わりは起こる。機構としての自覚を無くし、自らの生を謳歌するものも現れようて。俺はそれを責めはせん。だが、その状況は看過出来ぬ」
「打てる手はあるでしょうか」
「大精霊の祖たる神々の力が必要となる。じゃが……」
と、アルはルミナエルの方を見た。
「ルミナエル。光輝神はどうしておる」
「……母上ですか」
ルミナエルは右手を左腕に当てると考えながら答える。
「分かりません。恐らくご自身の概念世界に籠っておられるものと思いますが……近頃音沙汰がなく。英智神の方は長らくケイランにおり、しばしば報せが来るのですが」
「うむ。ということじゃ。実は俺も概念世界へ行くことを試したのじゃが、ここのところ上手く行かぬ。調和の乱れにより、次元に歪みが生じているのかもしれん。神々を集めるのには少々時間が掛かるじゃろう」
「そうですか……」
神々の多くは、天界に滞在していない。機構としての自覚が強い創造神や司神たちは特にだ。創造神でも
英智神のように自由な者は中にはいるが稀である。
「大精霊の件はこちらに任せよ。報告ご苦労じゃった。今日はゆっくり休むと良い」
「はい……」
答えてから、ゼイアは密かに思っていたことを口にする。
「実は……一度家に帰りたいと思っているのですが」
「……そうか」
突然、アルの表情が重くなった。ゼイアはそれに気が付いて、眉を顰める。
「……どうかされましたか」
「ビアス……今日はアル様の言う通り休んだ方がいいわ」
ルミナエルが横からそう言った。彼女の表情も暗かった。
「ルミナエル……」
「お願い」
サファラの方を見る。彼も俯いて、顔を逸らした。ゼイアは訳が分からない。
「……私が神徒でないからですか」
「! ……ビアス!」
アルに向けた言葉に、サファラが反応する。だが、ゼイアはそれを無視して言葉をぶつける。
「私が神徒でないからそう言───!」
「やめて、違うの」
ルミナエルが遮って言う。その目は必死だった。
「……じゃあ何だって……」
「お願い、聞いて、あなたを傷つけたくない」
「傷つけ……?」
「今日は帰って来たばかりじゃない、ちゃんと休んで……」
「フェレネが死んだ」
唐突にそう言ったのは、アルだった。ゼイアはその言葉にゆっくりと振り向き、そして訊き返した。
「……今、何と?」
「アル様!」
サファラが半ば悲鳴のような声を上げる。アルは静かな眼差しをゼイアに向け、再び淡々と告げた。
「お前の妹君は、死んだのじゃ」
ゼイアには歳の離れた妹がいた。
名前はフェレネ・セレク。それはそれはゼイアに懐いており、愛らしい妹だった。
兵士團に入ることにずっと憧れていた。勉強を抜け出してゼイアの元へ来ては、兵士團の話を聞かせて欲しいとよくせがんでいた。
ゼイアが堕天した日の前日、初めて魔術の初歩的なことを彼女に教えた。また教えてやると約束した。それをようやく、果たせると思っていたのに────。
「……まさか、嘘です」
「嘘ではない」
創造主はまっすぐに目を見て、はっきりと言った。
「……どうして……」
「殺されたのじゃ」
「…………どうして! 一体誰に!」
「復讐でもするつもりか。やめておけ」
「一体誰がそんなことを!!」
「ビアスやめろ」
「うるさい!」
制止しに来たサファラの手を跳ね除ける。サファラはびっくりした顔をして固まる。怒りとショックが抑えられないゼイアは、再び創造主へとその燃える眼差しを向ける。
「……一体誰が、そのようなことを」
「神徒じゃ。勿論堕天しておる」
「なぜ、フェレネが……!」
「────“忌み子”がやったんだ」
「!」
サファラがポツリと言った。ゼイアはそちらを振り向いた。
「何……?」
「真っ黒な翼のあいつが。やったんだ」
サファラは憎しみを噛み殺したような顔で言う。ゼイアはその言葉を頭の中で整理し────そして思い当たる。この時代、“忌み子”と言えば一人しかいない。
封印珠を呼び出して、床に叩きつけるように投げると唱える。
「“解”!」
玉が弾けて、封印式に拘束されたフォレンが床に転がる。
「痛っ……」
「何をする気だビアス!」
サファラを無視し、座り込んで俯いているフォレンにゼイアは叫ぶ。
「……答えろ、お前がやったのか」
「いきなり放り出すとか酷いな……」
「お前じゃない! お前の中の奴に訊いてる!!」
そう言うとフォレンはゆっくりと、顔を上げた。
「……ハハッ……なんだ……ここは天界じゃねェか」
その隻眼は赤く、嫌な笑みを薄っすらと浮かべていた。と、彼は辺りを見渡すと創造主に目を留めた。
「よぉ、創造主じゃねェか」
「……お前……クザファンじゃな」
「なんだ、覚えてるのか……あんたのことだからとっくに忘れてると思ってたのに」
そしてクザファンはゼイアの方を見る。
「それで? どうしてこんな所で出し……」
その言葉は途中で遮られた。ゼイアがフォレンの胸ぐらを掴み上げたのだ。
「お前か」
「何が?」
「フェレネを殺したのはお前かって訊いてるんだよ!!」
そう怒鳴ると、クザファンはふと思い出すように上を見る。
「あー……あのガキの神徒のこと? そういやお前とよく似た赤髪だったな」
「……!」
クザファンは楽しげに笑うと続ける。
「あー! じゃああのガキが言ってた堕天した兄って」
バシャン! と音を立ててフォレンの体が通路脇の水に落ちた。その中からゆっくりと彼は体を起こすと、目を細めた。
「おいおい。俺に怒るのは結構だが、この体は俺のモンじゃねェんだぞ────」
「黙れ悪魔」
ゼイアは剣を呼び出し、クザファンへと向ける。
「やめろビアス!」
サファラが叫ぶ。だがゼイアは聞かない。
「なぜ殺した……!」
「何でって……」
「答えろ」
誰も動かなかった。人間の青年の姿をしたクザファンは、その中で笑う。
「……気に食わなかったから。それじゃ不十分?」
「てめェ……!」
「はは。いいねその顔。怒りをもっとありのまま俺にぶつけろ」
クザファンは楽しそうだった。ゼイアは冷静ではいられない。これまでにない怒りが頭の中を支配する。
「……“ゼイア・ビアス・セレクの名に於いて────」
「お? 殺る気かエセ悪魔」
「貴様を極ッ……」
突然、ゼイアの剣を持つ腕に衝撃が走った。腕が後ろに跳ね上げられ、剣は背後に飛んで行って本棚の隙間に刺さった。
「ぐあっ……!」
「やめんか、ビアス」
「……ッ……アル様……! なぜ止めるのです!」
アルの目が不思議な色に輝いていた。クザファンの方をキッと向いて、殴り掛かろうとしたその体が見えない力に引っ張られ、クザファンとは反対側の水に落ちる。
「……ッ!」
「これ、頭を冷やさんか。それはクザファンの憑依した人の子じゃろう。殺してはいかん」
「……ですが!」
体を起こしたゼイアを、アルはきつい目で見る。
「衝動的な怒りで他者を殺めてはならん。お前がかつて犯した罪は、そんなものではないはずじゃ」
「…………」
サファラの方をチラリと見る。彼が歩み寄って来る。ゼイアは俯き、水面を見た。そこには己の姿が映っている。黒き翼を持つ者。──自分は決して、清き神徒ではない。怒りに任せて神徒を殺した、あの瞬間から。
「……あれ……今入れ替わってた……?」
フォレンがぼうっとした様子で言う。どうやらクザファンは引っ込んだらしい。
「どこだここ……」
フォレンは辺りを見渡している。どうやら入れ替わっていた間のことは覚えていないらしい。となると、クザファンは無理矢理フォレンの精神を心理の窟へ引き込んで出て来ているようだ。それはとても危険な行為である。精神に傷がつきかねない。
「…………」
ゼイアは何も答えられなかった。するとヒュンとフォレンの姿が縮み、封印珠になるとアルの手に収まった。
「……アル様……」
「こやつは俺が預かろう。見たところ宿主の青年自身も普通の人間ではなかろう」
「仰る通りですが……」
「“ラフル・カロ”か。このような者が現れようとは」
封印珠をしまったアルは、まだ水の中で立てないでいるゼイアに向かって言う。
「先ほど連れ立っておった、こやつに瓜二つの青年もそうじゃな」
「そうですが……分かっていて何も言われなかったのですか」
「別に危険な感じはせんかったしの。お前の封印式もしっかりかかっとったし、心配はいらんと思ったのじゃ。レイフォードが気付いておるかは分からんが……奴ならば、万一何かあろうと未成熟の“ラフル・カロ”くらい容易に抑えられるじゃろう」
万一のためにエレンたちを連れて来たのだ。レイフォードたちに迷惑をかける訳にはいかないと。だが……正直言うとレイフォード一人の方が遥かに強い。心配は無用だろう。
「今日は休むが良い。今はお前のやるべき事に集中するのじゃ」
「……はい」
胸の内が波立っている。休めと言われても穏やかではいられなかった。
「…………」
妹はもういない。天界に帰って来たら、笑顔で彼女と会えるものと思っていた。自分が追放される時、家族の中で妹だけが見送りに来た。両親は来なかった。悪魔となった息子の姿なんて、見たくなかったのかもしれない。家には今、その両親しかいない。帰ったら、なんと言われるだろうか。フェレネが死んだのは自分のせいだと、責められるかもしれない。悪魔と、罵られるかもしれない────。
「うっ……ううっ……ああっ……」
嗚咽が漏れる。サファラが優しくその背を撫でる。
「……だから明日にしたかったのよ」
ルミナエルがそう、小さく呟いた。
#93 END
To be continued...
「はい」
おおかたの話を終えたゼイアは、グレンの頭に手を置いた。
「今はこの青年──今は少年の姿ですが、彼が私の体というわけです」
「ふむ。そやつは魔障に侵されておるな」
「ええ────」
やはり彼の目には全てが見えている。目の前の事象を正しく捉えていた。アルはゼイアへと視線を戻した。
「……して。であればどう防いだものか」
「魔族の侵入をですか?」
「そうじゃ。魔界を完全に閉ざすわけにはいかぬし、精霊界へ行けぬようにするしかないか」
魔界は天界より堕ちた者を追放するために創られた。それを閉ざすのでは意味がない。
「しかし……」
「精霊に体を与える。それで世界の調和が崩れるでもなし、一番丸く収まらぬか」
「それは……賛成出来ません」
「ほう」
アルは試すような目をする。ゼイアは一呼吸置いて、言葉を紡いだ。
「精霊は、体を持たぬがゆえに人間に憑くことが出来る。それを変えてしまえば、彼らの仲を破ることになります。グレンには────私のほかにも精霊が憑いています。私の大切な仲間でもあります。ですから……」
「よい。ならば別の方法を考える」
そう言って創造主は優しく笑った。ゼイアは肩の力が抜ける気がした。そしてはっとして、話を続ける。
「それからもう一つ……」
「なんじゃ」
「神界……精霊界と人界の調和が乱れています。このままでは……いずれ崩壊が起きるのではと」
「なんと」
驚いた様子を見せる創造主に、ゼイアは表情を険しくする。
「……やはりご存じありませんか、神界の情勢は」
「そうじゃのう……精霊界を創って三万年余り……俺はもう永らく関わってはおらんからな」
「アル様の目は全てを見通しておられるものかと」
「買いかぶりじゃ。俺が見えるのは目の前のことだけよ。あとはほんの少しの不確かな未来じゃ。しかしそうじゃ、どこか悪い予感はしておったのだ。概念世界に籠る神々からの報せも、ここのところ途絶えておる」
「……そんな」
概念世界とは、神々がそれぞれ持つ固有世界のようなものだ。どこの次元にも属さず、また時の流れもない。過去・現在・未来全てに繋がり、そこから神々は世界を観測している。だから何かあれば、そこにいる神が報せを創造主に寄越す……はずなのだが。
「調和の乱れが既に影響を及ぼしておるのか。……精霊界は今どうなっておる。説明してはくれぬか」
「勿論です」
ゼイアは内容を頭の中で整理しつつ、口を開く。
「……現在神界では、アル様の送られた神の子の子孫たちが、変わらず皇帝として国を統治しています。秩序の国を中心として、一部の国々が同盟を組んでおりますが……そのうちの闇と影、光と炎の国が手を組み、“黒の群勢”、“白の群勢”として争っている状況です」
「仲違いか?」
「そう……ですね。やはり性質として相容れないのかと」
「他の国はどうしている」
「中立国です。秩序の国たちはどうにか戦争を止めようとしていますが、そこから外れている者たちはどうか……」
「ふむ、なるほど」
「その戦争の影響か、人界へ流れる精霊が増え、さらには大規模な争いによるエレメントの過剰な活性化……それにより世界の調和が乱れつつある模様です」
ゼイアの話に、アルは眉を顰めた。
「そうか。……そしてそれを本来治めるはずの大精霊も、その力を弱めていると」
「はい。しかも……その、一部は普通の精霊と交わった結果、大精霊としての役目を放棄し人界へ降りている始末で」
先日出会ったルナリアもその一人だ。本来、大精霊は精霊とは格の離れた存在で、人前にも滅多に姿を表さず、世界の調和に尽力する機構的な存在なのだが。
アルはため息を吐いた。
「……それはいずれ起こると予期していたことじゃ。創造神や司神の補助機構として置いた存在だったが、定命である以上精霊との交わりは起こる。機構としての自覚を無くし、自らの生を謳歌するものも現れようて。俺はそれを責めはせん。だが、その状況は看過出来ぬ」
「打てる手はあるでしょうか」
「大精霊の祖たる神々の力が必要となる。じゃが……」
と、アルはルミナエルの方を見た。
「ルミナエル。光輝神はどうしておる」
「……母上ですか」
ルミナエルは右手を左腕に当てると考えながら答える。
「分かりません。恐らくご自身の概念世界に籠っておられるものと思いますが……近頃音沙汰がなく。英智神の方は長らくケイランにおり、しばしば報せが来るのですが」
「うむ。ということじゃ。実は俺も概念世界へ行くことを試したのじゃが、ここのところ上手く行かぬ。調和の乱れにより、次元に歪みが生じているのかもしれん。神々を集めるのには少々時間が掛かるじゃろう」
「そうですか……」
神々の多くは、天界に滞在していない。機構としての自覚が強い創造神や司神たちは特にだ。創造神でも
英智神のように自由な者は中にはいるが稀である。
「大精霊の件はこちらに任せよ。報告ご苦労じゃった。今日はゆっくり休むと良い」
「はい……」
答えてから、ゼイアは密かに思っていたことを口にする。
「実は……一度家に帰りたいと思っているのですが」
「……そうか」
突然、アルの表情が重くなった。ゼイアはそれに気が付いて、眉を顰める。
「……どうかされましたか」
「ビアス……今日はアル様の言う通り休んだ方がいいわ」
ルミナエルが横からそう言った。彼女の表情も暗かった。
「ルミナエル……」
「お願い」
サファラの方を見る。彼も俯いて、顔を逸らした。ゼイアは訳が分からない。
「……私が神徒でないからですか」
「! ……ビアス!」
アルに向けた言葉に、サファラが反応する。だが、ゼイアはそれを無視して言葉をぶつける。
「私が神徒でないからそう言───!」
「やめて、違うの」
ルミナエルが遮って言う。その目は必死だった。
「……じゃあ何だって……」
「お願い、聞いて、あなたを傷つけたくない」
「傷つけ……?」
「今日は帰って来たばかりじゃない、ちゃんと休んで……」
「フェレネが死んだ」
唐突にそう言ったのは、アルだった。ゼイアはその言葉にゆっくりと振り向き、そして訊き返した。
「……今、何と?」
「アル様!」
サファラが半ば悲鳴のような声を上げる。アルは静かな眼差しをゼイアに向け、再び淡々と告げた。
「お前の妹君は、死んだのじゃ」
ゼイアには歳の離れた妹がいた。
名前はフェレネ・セレク。それはそれはゼイアに懐いており、愛らしい妹だった。
兵士團に入ることにずっと憧れていた。勉強を抜け出してゼイアの元へ来ては、兵士團の話を聞かせて欲しいとよくせがんでいた。
ゼイアが堕天した日の前日、初めて魔術の初歩的なことを彼女に教えた。また教えてやると約束した。それをようやく、果たせると思っていたのに────。
「……まさか、嘘です」
「嘘ではない」
創造主はまっすぐに目を見て、はっきりと言った。
「……どうして……」
「殺されたのじゃ」
「…………どうして! 一体誰に!」
「復讐でもするつもりか。やめておけ」
「一体誰がそんなことを!!」
「ビアスやめろ」
「うるさい!」
制止しに来たサファラの手を跳ね除ける。サファラはびっくりした顔をして固まる。怒りとショックが抑えられないゼイアは、再び創造主へとその燃える眼差しを向ける。
「……一体誰が、そのようなことを」
「神徒じゃ。勿論堕天しておる」
「なぜ、フェレネが……!」
「────“忌み子”がやったんだ」
「!」
サファラがポツリと言った。ゼイアはそちらを振り向いた。
「何……?」
「真っ黒な翼のあいつが。やったんだ」
サファラは憎しみを噛み殺したような顔で言う。ゼイアはその言葉を頭の中で整理し────そして思い当たる。この時代、“忌み子”と言えば一人しかいない。
封印珠を呼び出して、床に叩きつけるように投げると唱える。
「“解”!」
玉が弾けて、封印式に拘束されたフォレンが床に転がる。
「痛っ……」
「何をする気だビアス!」
サファラを無視し、座り込んで俯いているフォレンにゼイアは叫ぶ。
「……答えろ、お前がやったのか」
「いきなり放り出すとか酷いな……」
「お前じゃない! お前の中の奴に訊いてる!!」
そう言うとフォレンはゆっくりと、顔を上げた。
「……ハハッ……なんだ……ここは天界じゃねェか」
その隻眼は赤く、嫌な笑みを薄っすらと浮かべていた。と、彼は辺りを見渡すと創造主に目を留めた。
「よぉ、創造主じゃねェか」
「……お前……クザファンじゃな」
「なんだ、覚えてるのか……あんたのことだからとっくに忘れてると思ってたのに」
そしてクザファンはゼイアの方を見る。
「それで? どうしてこんな所で出し……」
その言葉は途中で遮られた。ゼイアがフォレンの胸ぐらを掴み上げたのだ。
「お前か」
「何が?」
「フェレネを殺したのはお前かって訊いてるんだよ!!」
そう怒鳴ると、クザファンはふと思い出すように上を見る。
「あー……あのガキの神徒のこと? そういやお前とよく似た赤髪だったな」
「……!」
クザファンは楽しげに笑うと続ける。
「あー! じゃああのガキが言ってた堕天した兄って」
バシャン! と音を立ててフォレンの体が通路脇の水に落ちた。その中からゆっくりと彼は体を起こすと、目を細めた。
「おいおい。俺に怒るのは結構だが、この体は俺のモンじゃねェんだぞ────」
「黙れ悪魔」
ゼイアは剣を呼び出し、クザファンへと向ける。
「やめろビアス!」
サファラが叫ぶ。だがゼイアは聞かない。
「なぜ殺した……!」
「何でって……」
「答えろ」
誰も動かなかった。人間の青年の姿をしたクザファンは、その中で笑う。
「……気に食わなかったから。それじゃ不十分?」
「てめェ……!」
「はは。いいねその顔。怒りをもっとありのまま俺にぶつけろ」
クザファンは楽しそうだった。ゼイアは冷静ではいられない。これまでにない怒りが頭の中を支配する。
「……“ゼイア・ビアス・セレクの名に於いて────」
「お? 殺る気かエセ悪魔」
「貴様を極ッ……」
突然、ゼイアの剣を持つ腕に衝撃が走った。腕が後ろに跳ね上げられ、剣は背後に飛んで行って本棚の隙間に刺さった。
「ぐあっ……!」
「やめんか、ビアス」
「……ッ……アル様……! なぜ止めるのです!」
アルの目が不思議な色に輝いていた。クザファンの方をキッと向いて、殴り掛かろうとしたその体が見えない力に引っ張られ、クザファンとは反対側の水に落ちる。
「……ッ!」
「これ、頭を冷やさんか。それはクザファンの憑依した人の子じゃろう。殺してはいかん」
「……ですが!」
体を起こしたゼイアを、アルはきつい目で見る。
「衝動的な怒りで他者を殺めてはならん。お前がかつて犯した罪は、そんなものではないはずじゃ」
「…………」
サファラの方をチラリと見る。彼が歩み寄って来る。ゼイアは俯き、水面を見た。そこには己の姿が映っている。黒き翼を持つ者。──自分は決して、清き神徒ではない。怒りに任せて神徒を殺した、あの瞬間から。
「……あれ……今入れ替わってた……?」
フォレンがぼうっとした様子で言う。どうやらクザファンは引っ込んだらしい。
「どこだここ……」
フォレンは辺りを見渡している。どうやら入れ替わっていた間のことは覚えていないらしい。となると、クザファンは無理矢理フォレンの精神を心理の窟へ引き込んで出て来ているようだ。それはとても危険な行為である。精神に傷がつきかねない。
「…………」
ゼイアは何も答えられなかった。するとヒュンとフォレンの姿が縮み、封印珠になるとアルの手に収まった。
「……アル様……」
「こやつは俺が預かろう。見たところ宿主の青年自身も普通の人間ではなかろう」
「仰る通りですが……」
「“ラフル・カロ”か。このような者が現れようとは」
封印珠をしまったアルは、まだ水の中で立てないでいるゼイアに向かって言う。
「先ほど連れ立っておった、こやつに瓜二つの青年もそうじゃな」
「そうですが……分かっていて何も言われなかったのですか」
「別に危険な感じはせんかったしの。お前の封印式もしっかりかかっとったし、心配はいらんと思ったのじゃ。レイフォードが気付いておるかは分からんが……奴ならば、万一何かあろうと未成熟の“ラフル・カロ”くらい容易に抑えられるじゃろう」
万一のためにエレンたちを連れて来たのだ。レイフォードたちに迷惑をかける訳にはいかないと。だが……正直言うとレイフォード一人の方が遥かに強い。心配は無用だろう。
「今日は休むが良い。今はお前のやるべき事に集中するのじゃ」
「……はい」
胸の内が波立っている。休めと言われても穏やかではいられなかった。
「…………」
妹はもういない。天界に帰って来たら、笑顔で彼女と会えるものと思っていた。自分が追放される時、家族の中で妹だけが見送りに来た。両親は来なかった。悪魔となった息子の姿なんて、見たくなかったのかもしれない。家には今、その両親しかいない。帰ったら、なんと言われるだろうか。フェレネが死んだのは自分のせいだと、責められるかもしれない。悪魔と、罵られるかもしれない────。
「うっ……ううっ……ああっ……」
嗚咽が漏れる。サファラが優しくその背を撫でる。
「……だから明日にしたかったのよ」
ルミナエルがそう、小さく呟いた。
#93 END
To be continued...
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