SHADOW

Ak!La

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第一章 エレメス・フィーアン

#7 奪取

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「ほんとにびっくりしたよ……突然来るんだもの」
 エレメス某所のマンション、その一室。黒髪の眼鏡をかけた青年が、エレンの腕に包帯を巻きながら言う。
「たまたま非番だったから良かったけどさ……」
「悪いな」
「今度から来る前に先に連絡入れてよね」
 ケレン・レオノール。エレンの4つ下の弟。三兄弟の末っ子だ。エレメスの病院に勤めているれっきとした医師である。
「はいできた。……それで、何があったの」
 二人分の治療を終えたケレンは、ソファに座る。エレンとアーガイルは床に座っている。
「ええと……」
 というわけでこれまでのことをケレンに話す。
「─────お兄ちゃんが?」
「あぁ。だからこれから助けに行くんだが……」
「無茶したらダメだよ。普通に動いてるのが不思議なくらいの怪我なんだから……誰にやられたの」
 エレンとアーガイルはお互いを指差す。ケレンは眉を顰める。
「喧嘩……?」
「ってのは半分で、もう半分は兄貴を捕まえてるカリサだ」
「その人だいぶ強いんじゃない? 助けに行けるの」
「……行くしかないだろ」
 放っておいてもあの兄は自力で脱出するだろうか。いや、無理だ。エレンと違って錠から抜けることもできない。パワーで押し破れるような扉でもなかったし……。
「大丈夫だ。考えはある。……お前も気を付けろよケレン。俺も確実にカリサに狙われてるし……兄貴の縁者は狙われるだろう」
「─────そうだね。気を付けるよ」
 ケレンは神妙な顔をして頷く。彼は決して強くはない。ただの医者だ。
「でも大丈夫だよ兄さん、ありがとう」
「そうか。……何かあったらすぐ呼べよ」
「うん」
 ケレンは笑う。エレンも笑みを返した。アーガイルはその傍らで両手を握ったり開いたりする。
「……今日は休んだ方がいい。寝たら少しは回復するでしょ。ケレン君、悪いけど一晩泊めてくれるかな」
「いいですよ。……ソファくらいしか寝るとこないですけど」
「十分だよ。ありがとう」
 さて、とケレンは立ち上がった。ふあ、と欠伸をする。
「僕も寝るよ。明日も朝早いから。……多分起きたら僕いないけど、あとよろしくね」
「あぁ。おやすみ」
 兄に微笑んで、ケレンは自室へと去って行った。その後ろ姿を見送って、アーガイルは口を開く。
「……ケレン君って……いい子だよね」
「あぁ」
「この兄たちの下でよくああいう風に育ったものだね」
「言うな馬鹿やめろ」
 ケレンは昔から真面目で模範的な“良い子”だった。でも、彼が医師を目指すに至ったのはしょっちゅう怪我して来る兄たちの為だ。
「巻き込みたくはねェが……そういうわけにも行かなそうだ」
「そばに置いとかなくていいの。何があるか分からないでしょ」
「俺より頼りになる奴がついてるから大丈夫だ。……まぁ、何かあったらちゃんと助けには来るけど」
「?」
 アーガイルは首を傾げる。その反応を見てエレンはあれ、と目を見開く。
「……なんだ、知らなかったか」
「何がさ」
「まぁいい。とにかく過剰な心配はいらねェってこったよ」
 よいしょ、とエレンはさっきまでケレンが座っていたソファに座る。
「……ソファも一つしかないけど寝れるか?」
「─────僕は床でいいよ。おやすみ」
 さっと横になって背中を向けてしまうアーガイル。スーッとあっという間に寝息を立て始めた彼に、エレンは眉を顰める。
「早すぎだろ」
 座ったままででも寝ようと思っていたが折角空いてしまったので横になる。疲れがドッと押し寄せて来て瞼が落ちる。アーガイルがあっという間に寝てしまったのも分かる。捕まっている兄のことを考える前に、意識は闇に落ちて行ってしまった。

* * *

 グレンは扉が開く気配に目を覚ました。エレンが戻って来たのかと思ったら違った。カリサが扉のところで立っている。

「寝てたのか。余裕だね」
「……そういうお前はボロボロだな。エレンはどうした」
「この程度大したことない。……彼らは逃げたよ」
「ら?」
 言葉に違和感を覚えてグレンは訊き返す。
「彼の元相棒とさ、引き合わせてやったんだよ。まとめて逮捕してやろうと思って……でも、結託して逃げちゃった。君を置いて」
「……アーガイルか。そりゃ残念だったな。あいつら昔から仲いいから……」
「喧嘩した相手とそう簡単に仲直り出来るもんなの? 俺には分からないね」
 そう言ってカリサはグレンにニヒルな笑みを向ける。
「それでどう? 弟に見捨てられた気分は」
「……お前エレンのことを分かってないな。俺がやめろって言ってもアイツは助けに来るよ。そういう奴だ」
「あー……やっぱりそうなの? 口だけじゃなさそうだね。じゃあ俺も期待して待ってるよ」
 クク、と笑うカリサ。グレンは正直なところ複雑だった。
 エレンは自分を助けに戻ってくる。それは確実だ。危機にある身内を放っておけるような人間ではない。無茶はしてほしくない。カリサに彼が敵うとは思えない。殺される。だから来てほしくない気持ちがある。だが……本当に放置されたらされたで悲しい。
 どちらも解決する手立てがあるとすれば自力で脱出することだが、両手を縛られ、能力も使えない状況でカリサとサシで戦うのは厳しい。
「……お前、俺だけじゃなくエレンにまで手出してなんのつもりだ?」
「なんのつもり? 決まってるだろ。お前への復讐だ」
「俺一人を殺せば済む話だろ」
 グレンが唸るように言うと、カリサは笑う。
「そんな生ぬるいことで終わらせられるかよ。なぁ。このために俺がどれだけ準備したと思ってる。まだまだお楽しみはこれからだ。お前を絶望の底まで叩き落して……それから殺してやる」
「てめェ……!」
「じゃあねおやすみグレン。せいぜい良い夢見なよ」
「カリサ……!」
 扉が閉められる。グレンは吐き出し損ねた呪詛を飲み込んで、舌打ちした。暴れても体力を消耗するだけだ。エレンの気質上、明日にでも助けに来るだろう。大人しく待っている方がいい。
「……無事なんだろうな……?」
 あの様子だと確実にカリサと戦っている。逃げおおせたとは言え無傷ではないだろう。……心配だ。
 はぁ、とため息を吐いて壁に身を預けた。出たら必ずカリサのことはぶっ飛ばす。そういえば、一緒に捕まっているはずのカフィとウェラはどこだろうか。エレンは彼らには会えたのか──────グレンのみならずかつての仲間をも巻き込んで。カリサはすっかり復讐鬼になってしまっている。昔から残忍さは持ち合わせている奴だったが、それにしても……。
(……いや、俺のせいか)
 賞金稼ぎなんて稼業に足を突っ込んだ自分のせいだ。人を殺せば誰かに恨まれる。当たり前の話だ。
(俺が始めたことだ。俺が……エレンたちを守らないと)
 だというのにこのザマだ。我ながら情けない。ただ助けを待つばかりの状況に嫌気が差す。エレンに縄抜けくらい教わっておけば良かった……とそう思った。

* * *

──神暦38325年12月31日──
 ガシャ、と金属質の小さな音がした。誰か来たかと思って見回すと、天井の通気口の金網が外れていた。
「…………エレン?」
 呼びかけると、ひょっこりゴーグルをしたエレンの顔が覗いて口に人差し指を当てた。
 三メートル近い高さの天井から、音もなくエレンが着地する。思わぬ場所からの登場に、グレンは半分感動し、半分びっくりしていた。
「おま……」
「予告通り、お宝をいただきに参りました……いや、時間の予告はしてねェから違うか。待たせたな」
「一人かお前」
「いいや」
 エレンは上を指差す。グレンがその先を見ると、通気口にアーガイルがいた。
「あ」
「話はあとだ。脱出するぞ」
 エレンはグレンの手錠を外す。ようやく解放されてグレンは両手を振る。
「助かったよ。……その格好は?」
「盗む時の正装だ。まだ外に出てないんだから安心するなよ」
「あぁ待て、カフィたちのことも助けねェと……」
 グレンが言うと、エレンは面倒くさそうな顔をしながらため息を吐いた。
「……勿論だ。通気口の構造も分かってるし……さっさと助けて脱出するぞ」
「自分の手柄みたいに言うけど、全部僕だからね?」
 上からアーガイルが言う。エレンは「分かってるって」とぼやいた。
「……俺も通るのか?」
 グレンは自身を指差して言う。エレンは頷く。
「まじで……」
「兄貴でも通れる。心配するな」
 言ってる間にエレンは天井にワイヤーを伸ばすとシャーッと上がって行く。見上げるグレンの元にワイヤーが垂れてくる。
「掴まれ」
「ほんとに大丈夫だよな……?」
 恐る恐る先の金具に掴まると、引き上げられる。天井裏の空間に上がって、グレンは息を吐く。
「こんな感じなんだな……」
「ここで待ってろ。あいつら多分この隣だ」
「隣⁉」
「静かに。……この倉庫、そう広くはねェ。地下の物置の部屋に加えて俺たちが捕まってた小部屋と隣にもう一つ。……地上はほぼ何も置かれてない。俺たちは外に通じる通気口を通って来た。このまま抜け出せば奴とも鉢合わせしないはずだ」
「……だといいけどな」
 グレンは嫌な予感がする。何か腑に落ちない。こんなにあっさり逃げられるのはカリサらしくない。そもそもカフィたちまで捕らえたのは何が目的だ? 邪魔をさせないため? 何かが引っかかる。
 グレンが考えている間にエレンが隣の部屋の通気口の蓋を開けている。
 エレンがひょっこり下に顔を出すと、壁際で座っている二人が見えた。気配にカフィが顔を上げる。
「……んおっ⁈ なんでそんなところから」
「助けに来ました。ちょっと待って下さいね」
 無音で降りるエレン。その様子を上から見て、グレンは改めて猫のようだと思う。
 グレンと同じようにカフィたちの手錠を外す。解放された手首をさすりながら、ウェラは目を伏せる。
「すまんな」
「怪我は?」
 エレンが訊くと、カフィは首を振る。
「ない。目が覚めたらここにいてよ。時々あの黒仮面が飯持ってくるだけでなんもなくて……」
「カリサにも会ってないんですか」
「そうだな……会ってない。ここにいるんだな、あいつが」
 と、その時扉が開いた。驚いて三人はそちらを見た。ゆっくりと開いたその先で、カリサが戸枠にもたれかかって立っていた。
「カリサ……! お前!」
「俺がカメラとかつけてないと思う? ……やあ久しぶり二人とも。それから、お帰りエレン・レオノール。ご苦労様」
 笑うカリサに、エレンは天井裏へ呼びかける。
「……アル」
「……僕の調べではなかった」
「そんなの、俺がつけたに決まってるだろ。君たちが知る手段はない。それで、どうする? 顔は出してみたけど、別にいいんだよね、逃げてもらってもさ」
「は……?」
「どうせ君たちは俺の手からは逃れられない」
「じゃあ、お前を殺して行くっていうのもアリか」
「!」
 ダン、と上からグレンが降って来る。答えを待たずに彼はカリサへ突っ込む。二人は外の部屋へと飛び出す。机とパイプ椅子が崩れる大きな音がした。
「兄貴!」
 エレンが飛び出すと、割れた机の上でグレンがカリサを取り押さえている。その腕はカリサに止められているようだったが───。
「……それはシナリオ上あり得ない」
「シナリオ、だぁ?」
 グレンがそう訊き返した時、風が吹いた。
「!」
「……手を、放してもらおうか」
 グレンの首筋に冷たい刃が当たる。その場の誰もが、いつの間にそいつが現れたのか分からなかった。黒コートの仮面の男が、背後から刀をグレンに向けている。さもなくば首を刎ねると、そういう圧がその声にはあった。
「……くっ……」
 グレンは離れる。カリサは体を払いながら立ち上がった。
「さて。まぁ戦ってもらうのはいいんだけどさ。いきなり俺は気が早いでしょ。ラスボスは最後に取っておくものだし……」
 風を纏い、黒仮面はグレンの背後からカリサの前へとその姿を移した。
「だからとりあえず、コイツの相手しててよ」
「お前は逃げる気か!」
「そうだね。今日の所はお暇するよ。俺は“シナリオ”を先に進める準備をしないと」
 カリサは風を纏う。その姿は揺らぎ、消えて行った。残るのは黒仮面の男────ブラックと名乗ったその男だ。
「何者なんだお前……」
 唸るグレンを、カフィが押し退ける。
「カフィ!」
「下がってろ。相手は剣士だ。俺がやる」
 カフィの左手に風が渦巻き、赤い鞘の刀が現れる。抜刀。流れるようにカフィはブラックへと斬りかかる。ギィン! と激しい音を立てて刀同士がぶつかる。仮面の男を茶化すように、カフィは笑う。
「お前それ、見えてるのか」
「お前を斬り伏せるくらいなら訳はないさ」
「言うね」
  狭く足場も悪い場所で、二人の剣士が斬り合う。エレンは見ているだけで思わず唾を飲む。速い。自分たちとはレベルが違う。
 がっ、とカフィの足がブラックの腹に入る。よろめいたその体をカフィの刀が袈裟懸けに斬った。血が噴き出す。ガタンとそのまま後ろへ倒れるブラック。それっきり動かなかった。
「口ほどにもねーな」
「……死んだのか?」
 グレンはカフィにそう訊く。カフィは答えるより先にブラックの胸を逆手に突き刺して、そしてパチンと納刀した。
「心臓刺されて生きてる奴がいるか」
「……容赦ねェな相変わらず」
 首を縮め、グレンは仮面の男に近付き首を傾げる。
「なんだったんだコイツは」
「カリサの下っ端だろ。どういう繋がりかは知らねェが……早く出よう。あんなこと言ってたけどカリサの奴、また戻って来るかもしれねェしな」
「……そうだな」
 グレンはエレンに目配せした。彼は頷いて、天井裏のアーガイルを呼んだ。
 そして一行は足早に、その倉庫を後にするのだった。


#7 END


To be continued...
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