SHADOW

Ak!La

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第一章 エレメス・フィーアン

#9 トリック

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 同じ頃。エレンとアーガイルはエレメスの街にいた。賞金稼ぎがどこでうろついているか分からないので、帽子とフードでそれぞれ顔を隠している。
「いいのかな……僕も居候させてもらっちゃってるけど」
「だから買い出し出てるんだろ。家賃分は働かねェと。今日はカフィさんもウェラさんも用事で外出てるし……」
 今日の夕飯の分を頼まれている。昼は外で適当に食べて来ていいと小遣いまで貰ってしまった。なかなか羽振りがいい。賞金稼ぎはやはり稼ぎがいいのか。
 兄は家でのんびりしている。一緒に行くかと誘ったところ、「気が乗らねェ」と断られた。のんびり……というよりかは、あれは落ち着かない様子だった。
「っていうかさ。これからどうするの」
「どうするって……何を」
「何して暮らすのかってことだよ。泥棒はもうする気ないんでしょ。僕もグレンさんの手伝いになるわけ」
「まぁ……そうなるな」
「それでいいの」
「平穏に暮らせればそれでいいだろ。何の不満があるんだ」
「平穏……平穏ねぇ」
 アーガイルは口を尖らせる。エレンはやれやれとため息を吐く。
「ま、今は到底平穏とは言えないけどな」
「……そうだね」
「しばらくは退屈しねェで済むだろ」
「……そういうんじゃ……ないんだよな…」
 カクンと項垂れるアーガイル。まぁ言わんとしていることは分かる。それに、エレンだって本音でそう思っているわけではない。カリサのことは気がかりだ。家に一人グレンを残しているのも、状況的には良くない。……まぁ、あの怪物のような兄のことだからあまり心配はしていないが。攫われた前例があるので楽観してばかりもいられない。それに……。
 ブー。マナーモードにしていた携帯が鳴った。エレンがポケットから携帯を出すと、通知が一件入っている。
「!」
「どうしたの?」
 エレンは青ざめる。アーガイルが画面を覗いて来る。そして眉をひそめた。
「これって……」
 ケレンからのメール。文面は単純だった。『助けて』。そして添付された一枚の写真。どこかの路地。映っているのはフェールと……。
「あいつ……!」
「あの黒コート……! 何で⁉︎ あの時確かに」
 この目で死んだのを見たはずだった。カフィが確実に心臓を刺した。やけに、あっさりとした感じはあったが。それに……。
 ────写真の黒コートの男を見て、エレンは目を細めた。
「……アル。この場所分かるか」
「え? あぁ……少し時間くれれば、すぐに」
「急げ。ケレンが危ない。フェールはいるが……庇いながらじゃ限界がある」
「彼は何なの?」
「精霊だ。ケレンに昔から憑いてる……。強いが、ケレンからは離れられない。だから逃がせないんだ」
「なるほどね。分かった。場所の特定は任せて」
  アーガイルも携帯を出す。餅は餅屋だ。その間────自分は覚悟を決める。この先起こる戦いへの。そして────己の信条を、破る覚悟を。

* * *

 紫の魔法陣が杖の先で広がり、収束する。影の光線が飛び出す。黒コートはそれを避けると、刀で斬りかかる。フェールは杖で受けると、蹴りをかます。下がった黒コートは刀を振り払い、苦笑を漏らす。
「……魔導士のくせに体術もそこそこ出来るとか……」
「一流の魔導士はあらゆる戦術に長けてこそ。生半可な者には遅れは取らぬよ」
「言うね。あんた相当ジジイだろ。無理すんなよ」
「何。齢三千を少し超えただけの若輩よ」
「……それって精霊としてほんとに若かったりするの? 分かんねェや」
 だが、と黒コートは切っ先をフェールへと向けた。
「あんたは強いかもしれねェが。あんたが出て力を使うと、消耗するのは宿主の方だろう。そういうもんだと聞いてるぜ」
「……」
「そっちの坊ちゃんは強くはねェ。精霊は力を極めた者のみが宿すと聞いてるが……どういうことだ? 俺が驚いたのはだからだよ。戦う力も持たねェ人間に、なぜあんた程の精霊が憑いてる」
「……貴様に話すほどのことではない。私はただ、約束した。ケレン殿を、そしてこの一族を守ることを。それだけの話だ」
「約束、ねぇ」
「だから、この身に代えても守らねばならぬ。しかしそれで、ケレン殿を消耗させては元も子もない……」
 シャン、と杖が鳴る。フェールは仄かに笑い、いたずらっ子のように首を傾げる。
「ゆえに、時間切れだ」
「!」
 足音なく、影が降りてくる。二つ。フェールと黒コートの間に降り立ったその姿に、ケレンは顔を綻ばせる。
「兄さん! アーガイルさん!」
「……助けを呼んでたのか。いつの間に」
 仮面の奥で男は目を細める。予想外だ、と言うように。
 エレンは棒を展開させて、一番前に立ち塞がる。肩越しに振り返り、フェールに言う。
「待たせたな」
「いや、十分に早い。存外此奴がしぶとく、手間取った」
「ここは俺に任せて逃げてくれ。護衛にアルをつける」
 アーガイルに目配せすると、彼は頷く。フェールも頷いて小さな光に姿を変えながら応える。
「しばし休む。気を付けられよ」
「……ああ」
 ケレンの胸元に光が吸い込まれる。アーガイルがその手を引く。
「行こう、ケレン君」
「はっ、はい!」
 二人で駆けて行く二人を尻目に、エレンは棒で地面を叩く。
「……それじゃあ、始めましょうか」
 ギロ、とエレンは仮面の奥を睨みつけた。その奥の目に、焦りの色が見えた気がした。手にしたがピクリと動く。
「……お前さ。敵に敬語使うキャラじゃないよね」
「はい。────と言うわけで、敬語取るけど怒るなよ、
「────────」
 仮面が外される。その奥から現れたのは、紛れもなく────エレメス・フィーアンの一人、カフィだった。
 彼はフードを取ると頭を振る。そして苦笑を浮かべて仮面を見た。

「おかしいな……何でバレた? フツーあり得ねェだろ。俺が二人いるなんて」
 そうだ。この黒コートとカフィは同時に存在していた。だが、そのトリックもエレンにはもう分かっている。
「影分身だ。カリサの力だろ。あいつは影の力はさほど使えないと言ってたが……戦った時の感じだと、それくらいは出来るはずだ」
 エレンの影が盛り上がり、そして隣にもう一人エレンが現れる。それはエレンとは別の動きをする。
「分身はある程度自律する。指示もしっかり聞くし……強度はそれほどないけど影武者の役割くらいならこなせる」
 コン、とエレンは分身の頭を小突く。イテ、という顔をして分身は溶けて影に戻った。
「……なるほどね。影の守護者だから考え着きやすかったか」
 カフィは顎に手を当てる。エレンはそれから、と鞘を指差した。
「その刀だ。倉庫で黒コートに会った時は鞘の刀だったな。捕まってたあんたが持ってたのはそれだった。……俺が武器に目利きができるから……分身にはわざわざ別のものを持たせたな」
「……探偵にでもなれば? 向いてるよ」
 やれやれ、とカフィは仮面を投げ捨てた。
「バレちゃったなら仕方ない……それじゃあここでお前を殺さないと、カリサに怒られるな。一番下の弟が先でも、お前が先でも計画には障りない」
「悪趣味な復讐だ。あんたも兄貴が憎いのか」
「いいや? ただ、俺たちはグレンよりカリサの方が付き合いが長いからな……筋を通しただけだ。文句があるか?」
「ねェよ。……てことはウェラもか」
「まぁそうなるね。つまり、お前たちはまんまと敵の巣に誘き出されてたってわけ。お分かり?」
「……初めから信用しちゃいねェよ」
「あら。存外冷たいんだなお前」
 チキ、とカフィの刀が鳴る。肩に刀を担いだカフィは、ニヤリと笑った。
「じゃあ、やろうか?」
「!」
 シュン、と風切り音がした。反射的に棒を構える。ギン! と激しく金属が打ち合う音がして、すぐ目の前にカフィが現れる。
「おぉ、やるね。俺の一太刀目を受けたのは、お前で二人目だ」
「……一人目は?」
「お前の兄貴に決まってるだろ!」
 弾いて離れ、そしてカフィは再び斬りかかってくる。今度は受けずに流す。だが、すぐに返し刃が来る。棒の端で受け、その反対側を奥へ回しカフィの顎を打つ。
「ッ!」
 カフィはややのけ反りながら後ろへ下がると、笑った。
「はは、なるほど面白ェ。手合わせしたいって言ったのが叶って良かった」
「……マジモンの戦闘狂かよ」
「俺たちは大概そうだよ。……まぁ、強者を求めるのは俺くらいか。いや、まぁ~正直言ってナメてた。こりゃ、全力出さないと負けるね」
 赤くなった顎をさすりながら、カフィは目を細めた。それはさながら、獲物を目にした肉食獣のようだった。
「俺に一撃入れるだなんて、思ってなかったよ。いや、まぁ初めての武器相手ってのもあったけど……もう見切った。手加減なしだ」
 刀を降ろし、自然体のカフィ。しかしエレンはその気配にゾクリとする。風か体を通り抜けた。それを感じた直後、ズッ、と衝撃を感じて背中を打った。視界は両脇の建物と空。息が詰まる。息を吸い込んだ瞬間に、脇腹に鋭い痛みが走った。
「……ッッ&‼︎」
「思ったより浅いな。さすがに鍛えてるか。一刀両断にしてやるつもりだったんだけど」
 呑気な声で、カフィが見下ろしてくる。声とは裏腹に、目は冷たかった。左脇腹に当てた手が、真っ赤に染まる。動かそうとした足が酷く痛んだ。力が入らない。
(今の一瞬で……脇腹と右足の腱を……)
 全く見えなかった。半ば絶望感が胸に湧き上がる。カリサと変わらない。こいつも、相当強い。
「今さら逃げようだなんて、出来ないよ」
 切っ先が喉元に向けられる。鈍く血に光る刃先は、それだけでエレンを脅迫した。チクリと首筋に切っ先が刺さる。カフィにはいつもの笑顔は見る影もない。笑ってこそいるが、それは敵を嬲り殺す獰猛な獣の顔だった。エレンの頬を冷や汗が伝う。ケレンを助けるためとはいえ、やはり無謀だった。せめてアーガイルには残ってもらうべきだったか。……いや。それはできない。
 影が地面から伸びて、刀を掴んで離させる。
「!」
 その隙にエレンは転がって抜け出し、立ち上がる。
「……何で立てるの?」
「さて。何でだろうな」
 足首の影で斬られた腱を補強した。立てはするが痛みは誤魔化せない。だが、ここで大人しくやられるわけにはいかない。
「逃げやしねェよ。ここに来た時点で、覚悟はしてる」
「そりゃ無謀ってものだぜ」
「無謀なことをやり遂げてきたのが、俺たちだ」
 棒を構える。痛みを気合で吹き飛ばす。まだまだこれからだ。ここで終わるわけにはいかない。無理矢理笑った。血が滾る感覚。────血は争えないなと、そう思った。兄ばかりじゃない。自分だって。
「来い!」
 叫ぶ。持てる力の全てをぶつける。そうすることでしか、活路は見いだせない。
 カフィが凶悪な笑みを浮かべ、そして風が渦巻いた。


#9 END


To be continued...
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