SHADOW

Ak!La

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第二章 unDead

#24 レスト

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 どれだけ歩いたか。イアリと別れてから随分時間が経った気がする。あれから皆口数が少ない。疲れもあるだろうが、イアリとロレンのことは皆気がかりなのだろう。
「……リト、あとどれくらいで着く?」
 エレンはそう口を開く。先頭を行くリトは、振り向かないまま答えた。
「もう少し」
「さっきからそればっかり……」
「もう少しだって」
 変わりない返答にエレンはため息を吐き、そして我慢できなくなって隣のアーガイルに言った。
「……イアリ、来ねェな」
「そう簡単に決着つくものじゃないでしょ。彼ら、仲良いんでしょ?」
「……まぁな」
 しかし、ロレンがまさか妨害しに来るとは思っていなかった。彼があんな風に自分の身を案じているだなんて思いもしなかった。
 エレンは自分の器用さは武器だと思っている。だから、両腕を失うことが辛くないかと言えばそれは嘘になる。でも、足を失うのはもっと嫌だ。すぐに歩けないのは困る。腕はまだ、必要な時に影で作ればいいが……。
 それに、ユーヤに作ってもらうなら「義手をもう一本」と頼んだ方が面倒が少ない。彼が呆れた顔をするのは目に見えているが、どうせウキウキで手の込んだ性能のものを作るに決まっているのだ。
 だから、自分のことについて不安はそんなにない。それよりも兄に再会出来ることの方が大事だった。自分にとって、欠けてはならない存在だ。
 だから、腕のことは大した問題ではなかった。
(……これで、イアリかロレンが欠けるのも俺は嫌だけどな)
 大切な人たちがいがみ合うのは嫌だ。彼らと腕試しで戦うのは好きだが、それとこれは違う。本気で殺し合うなんてこと、彼らに限ってないとは思うが……。
「見えた。あれだよ」
「!」
 リトが前方を指差した。その先には少し目立つ大樹があるだけで、村らしきものや入口らしきものは何もなかった。
「……どこ」
「だから、あの樹だよ」
「え?」
 とは言われても、どこからどう見てもただの樹だ。訝しみながらも一行はその大樹に近付いて行く。根本がよく見えるようになっても、そこに穴が開いているとかそういった様子はなかった。
「……どこに入口が……」
「黙って見てて」
 リトは広い根の間に立つと、幹に手をかざした。すると、大きな白い魔法陣のようなものが浮かび上がり、何もなかったそこに大きな穴が開いた。
「うわ」
「すごい」
 エレンに続いてケレンが思わず声を上げた。魔法陣的なものについては彼が一番見慣れているはずだが。
「これ、魔術?」
「おれが使ってるわけじゃないよ。レストの人間に反応して開くようになってるんだ。昔から村を守るためにあるんだって」
 リトはケレンにそう説明する。へえ、とケレンは頷いた。
 穴の奥は石の階段になっていた。それはずっと地下へと続いているようで、リトが言っていたことは本当なのだと彼らは実感した。
「じゃあ行こう、ついてきて」
「待て、これイアリは入れるのか?」
 中に入ろうとするリトに、エレンは訊ねる。少年は振り向くと口を曲げた。
「……無理だよ、村人の案内がないと…」
「────どうしよう」
 エレンは悩む。その肩をぽんとアーガイルが叩く。
「ずっと来るまでここで待ってる気?」
「アル……」
「なんとかなるよ。心配なのは分かるけど……出来ることは先に進めておこう」
 相棒の言葉に、エレンは少し迷った末に頷いた。
「分かったよ。……行こう、リト」
 階段は真っ暗だった。灯りが何もない。それにも関わらず、リトはすたすたと歩いて行く。エレンは夜目が利くがそれでも足元に不安を覚える。
「ケレン、大丈夫か」
「う、うん……」
 不安そうなケレンの顔がぼんやり見える。と、その時パッと辺りが現れた。見ると、アーガイルの右手の指先に小さな光球が浮いている。
「あ、ありがとうアル」
「お安い御用だよ」
 光球はふわりと浮いてアーガイルの近くに付随するようについて来る。
「すげえ、ジリョン兄ちゃんとおんなじだ」
「え」
 リトの言葉に、アーガイルは驚く。どうした、とエレンが訊くとアーガイルはあんでもない、と首を振った。
 エレンはその名の人物について気になって、リトに訊ねる。
「そのジリョンっていうのは……誰なんだ」
「この村に滞在してる外の人間だ。光の守護者で……この村に光を与えてくれた人だよ」
「へえ」
「あと医者で、村の人間の怪我や病気を診てくれてるんだ」
「君はその人と仲がいいの?」
 アーガイルが言うと、リトは嬉しそうに頷いた。
「うん。ジリョン兄ちゃんは優しいんだ。村の人間とも皆仲良くしてる」
「そう」
 やがて階段が終わり、視界が拓けた。その光景に、エレンたちは目を疑った。
「……空が」
 見上げれば青い空が広がっている。まごうことなき空だ。雲が流れて太陽が出ている。さっき確かに自分たちは地下へ続く階段を降りて来たし、この場所が地上であるはずはなかった。
「……どうなってんだ?」
「“イリュージョン”……光の力だ。天井に空を映し出してる」
 答えたのはアーガイルだった。え、とエレンはその顔を見た。アーガイルは肩を竦めてリトのあとをついて行った。
「ねぇリト。まずそのジリョンって人に会ってみたいんだけど……」
「え、いいけど……」
 驚いたようにリトは言う。エレンも驚く。
「なんで。普通は村長とかに会うもんだろ」
「……ばあちゃんならもうこの時点で感知してるよ」
「え」
 リトはそう言うと、顎で先を促した。
「いいよ。ジリョン兄ちゃんの家はすぐそこだ」

* * *

「兄ちゃん、いる~?」
 コンコン、と小さな医院らしい家のドアをリトは叩く。すると、中から声がする。
「リトか、入れよ」
 それを聞いたリトはドアを開ける。中は簡素な診療室という感じだった。椅子には医者というより旅人風の装いの、若い長髪の男が一人座っていた。
 彼はリトが連れている人影に気がつくと、困ったように笑った。
「珍しく客人を連れて来たんだな」
「うん。……イヴレストで会って……」
「どうせ神殿目的だろ。……まぁいい。お前がそう判断したなら……」
 と、彼はエレンたちに目を向け、そしてアーガイルを見るとハッと目を見開いた。
「……アル……⁉」
「え?」
 エレンはその反応にびっくりしてアーガイルの方を見た。アーガイルは肩で息を吐くと、口を開いた。
「ジン。まさか君とはね」
「え。知り合いか……?」
 エレンは医者とアーガイルを交互に指差す。アーガイルは肩眉をあげ、手で彼の方を差した。
「従弟のジリョンだ。……長いこと会ってなかったけど」
「え⁈」
 世間のド狭さにも驚きだが、それよりもエレンにはアーガイルに従弟がいたことの方が驚きだった。
「……マジで?」
「最後に会ったのは16かそこらの時だっけ? いやー懐かしいな」
 ジリョンはそう言うと立ち上がって、アーガイルへと歩み寄って来る。
「そうだったかもね」
「……俺お前とほぼ毎日遊んでたのに、会ったことなかったのか……」
 エレンはそんなショックを受ける。アーガイルは肩を竦めた。
「毎日ってほどでもなかったよ。それに、君は9歳のときには村にいなかったし」
「ああ……母さんが死んで孤児院に引き取られたからな」
 ほとんど知っていると思っている相手でも、意外と知らないことはあるのだなとエレンは思う。
 ジリョンはそしてアーガイルを見ながらエレンとケレンを指差す。
「お前の友達?」
「ああ、うん。エレンと、その弟のケレン君だよ。エレンは幼馴染なんだ」
「ああなるほど、隣の家の! 話は聞いてるよ」
 そう言ってジリョンはエレンの肩をぽんぽん叩く。あははとエレンは苦笑を浮かべる。
「どうも……」
「で。なんだ。お前らも神殿が目的で来たわけだろ」
 ジリョンは腰に手を当てると、三人に視線を巡らせた。エレンがこくりと頷くと、ジリョンはニヤと笑った。
「覚悟はあるか?」
「……体のことなら。構わない」
「それ“も”あるが。それよりももっと重い覚悟がいるんだよ」
「もっと……?」
 すると、ジリョンは急に真剣な顔になった。

「いいか。一度死んだ人間を生き返らせるなんてことは、軽いことじゃない。その責任は一生伴う」
「分かってる」
「いや、分かってないね。どうせリトも言ってないんだろ」
 ジリョンがそう言ってリトを見ると、リトはバツが悪そうに顔を逸らした。
「……どういうことだ」
はあるかと訊いてる」
 その言葉に、僅かにリトが動揺を見せた。ジリョンは続けた。
「正確には、“死ねない覚悟”だ。どれだけ体が痛みに襲われようが、どれだけ周りの人間が死んでいこうが、生き続ける。その覚悟はあるかと訊いてるんだ」
 何を言っているのだろう、とエレンは思った。リトはぎゅ、と自分の腕を抱いている。ジリョンはその頭を優しくなでると、さらに続ける。
「生き返しの儀をし、体の一部を魔神に捧げた者は呪いを受ける。“冥府の呪い”だ。その身は決して朽ちることなく、永遠の命を手に入れる。……んだ」
「!」
 永遠の命。不死身の体。それは人類が追い求めるものだろう。だが、しかしだ。一人だけ、自分だけがそれを手に入れるということ。それは。
「………」
「エレン」
 アーガイルがエレンの手首を掴む。エレンは俯いたまま、答えられなかった。ケレンも不安そうにこちらを見ているのを感じる。
「────────その覚悟が出来ないなら、今すぐ帰るんだ。この村に関する口封じの魔術はかけさせてもらうけどな。でも、もし覚悟があるというのなら、神殿に案内してやる」
 どうだ? とジリョンは片眉を上げる。
 自分が死なないということ。それは、自分だけが何があっても生き残り続けるということだ。アーガイルが、ケレンが、そして生き返した兄さえも死んだその未来でも、永遠に自分は生き続ける。死ぬことは許されない。幾度かの戦いの中で、どれだけの苦痛を受けようとも。死んで逃れることは許されない。それが、生者の理を破ることへの罰ということか。
「……分かった。それでも、やるよ俺は」
 エレンは顔を上げた。目には確固たる覚悟があった。それを見たジリョンは眉を下げ、ふむふむと目を瞑って頷くとエレンの肩を持った。
「よし。分かった。案内しよう」
「ああ、いや。でもちょっと待ってくれ。一人仲間がまだ来てないんだ。できれば、待ちたくて」
 エレンがそう言うと、ジリョンは頷いた。
「そうか。まあ今日は疲れただろ。丁度病室が空いてるんだ。そこで休むといいよ」
「いいのか? 助かるよ」
 ジリョンが奥の扉を指差す。エレンはその厚意に感謝する。そういえばずっと歩き通しでヘトヘトだ。
「……ここだとあまり時間の移り変わりが分からないね」
 アーガイルがそう言った。ジリョンはああ、と応える。
「俺の幻影だからな、あの空。アビルトーンに仕込んだやつだし昼間と夜の切り替えしか出来ないんだ。太陽の位置も一定だし……」
 と、ジリョンは壁の時計を指差した。見るともうすぐ夕暮れだ。
「お仲間とははぐれたのか?」
「まあ……。ここまで来れる保証はないけど」
「そのままじゃ村には入れないしな。……そろそろ日が暮れるし、明日村の外で待っててやるといいよ。リトと一緒に」
 な、とジリョンに視線を向けられてリトは頷く。
「お前も今日は家に戻りな」
「うん。またねジリョン兄ちゃん」
 みんなも、とそう言ってリトはジリョンの家を出て行った。
 さて、とジリョンは手を叩いて笑った。
「じゃ、皆さんごゆっくり」

* * *

「兄さん、本当に大丈夫なの?」
 ベッドに座って眠る支度をしているとき、ケレンがそう声をかけてきた。
「……何が?」
「何がじゃないよ! ……兄さんばっかり……だって」
 しゅん、とケレンは縮む。そんな弟にエレンは笑って見せる。
「心配するな。俺が言い出したんだ。イアリの話に飛びついたのも俺……兄貴を生き返らせたいのは、俺のエゴだよ。分かってる。だから、全部俺が受け入れる」
 ケレンはそれに何か言おうとして────────それら全てをグッと飲み込んだ。
「……分かったよ」
 彼の心内は痛いほど分かる。彼は優しく、そして聡い。兄が軽率に全てを承諾していないか、心配だったのだろう。だが、エレンも色々考えた上だった。ここまで来て、この決意は変えられない。
「……ありがとう、ケレン」
「……おやすみ、兄さん」
 シャ、と仕切り用のカーテンを閉めてケレンはエレンのもとを去った。
 窓の外は暗い。ジリョンの言っていたように、日没ごろの時刻になるとじんわりと昼の空から夜の空に切り替わった。それはとても不思議な光景だった。
 イアリとロレンはどうしたろう、とふと思い出した。きっと明日には着くだろうと、そう信じた。あの二人のことだ。最悪の事態にはなっていないと、そう信じたかった。


#24 END


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