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第四章 秩序のカタストロフィ
#62 猛襲
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────21時00分 セシリア軍基地 外────
『カサンドラ』
「何ですか」
カリストからの無線が入っても、カサンドラはその手を緩めなかった。辺りを血飛沫と悲鳴が舞う。
『結局また暴れてるのか』
「……ブラハが何か言いましたか」
『あぁ。お前が我慢ならなくなって出てって兵士を斬り殺しまくってるって』
ため息混じりの声に、カサンドラは目を細める。
「分かってて私を行かせたんでしょう?」
『物事には限度ってものがある。俺はお前をいつでも処分出来るんだぞ』
「する気なんて無いくせに」
カサンドラがそう言うと、無線機の向こうから苦笑が聞こえる。
『……分かっているのならさっさと片付けて帰って来い』
「帰ったら、寝ます」
『つれないな。王都の有名な菓子屋のエクレアを取り寄せてあるのに』
「…………じゃあ、頂いてから寝ます」
『まったく可愛げのない』
そんな会話の間にも、カサンドラは次々と敵を斬って行く。一陣の銀の風となって。
『レイネルはまだ見つからんのか』
「はい」
『ブラハにも探させてるのか?』
「あの子は目が良いので」
『ブラハでもお前でもどっちでもいい。レイネルを討て』
「元からそのつもりですけどね」
淡々とカサンドラが答えていると、カリストはため息をついた。
『……出来ることなら、穏便に済ませたいんだがな』
「もう手遅れです」
『被害は少なめにな……』
「それももう手遅れです」
『何をやってるんだお前は……』
「……分かってて私を行かせたんでしょう」
『二回目だ、それ』
「同じ事言わせないで下さい」
シュルッと敵と敵の間を抜け、ストンと着地する。その背後では血飛沫を上げた兵士達がバタバタと倒れた。
キンと心地よい音を立ててエストック二本をしまうと、カサンドラは無線の向こうのカリストに言った。
「……まぁ、いいでしょう。飽きて来ました」
『飽き……って、な、お前……』
「ブラハに連絡入れるので、切りますね」
『えっ、あっ、お前っ、待……』
ブツッ。
沈黙した無線に信号を送り、ブラハと繋げる。用を手短に話すと再び無線を切った。そして、カサンドラは向かって来ていた兵士を殴り倒し、地面に仰向けにしてエストックを突き付け、訊ねた。
「………元帥は、どこにいる?」
* * *
────21時00分 セシリア軍基地 裏門────
何度二人で攻撃を繰り出そうとも、イーサイルはびくともしない。細剣一本で軽くあしらわれている。連戦を経た体とは思えない。
「おらぁぁ!」
エランの炎を纏った拳がイーサイルを襲う。体を低くして躱したイーサイルは、左手でエランの胸ぐらを掴むと電撃を放つ。
「があぁぁぁッ!!」
「エランさん! うわっ!」
そのまま投げ飛ばされたエランがロレンを直撃する。エランは気を失っているようだった。その下敷きになったロレンは彼を退かそうとするが上手く力が入らない。
「……力貸してくれライナー……!」
『仕方ないな! 少しだけだぞ!』
腕にぐっと力が入って、ロレンはエランの体を退かす。意識のないエランの口元に耳を近付けると、呼吸はしているようだった。
「良かった、生きてる……」
『聖竜がいてそう簡単には死なないよ』
「そう……」
『……加勢しないの?』
エランから離れようとしないロレンに、ライナーはそう言う。
「……エランさんを放っておけないでしょ」
『とことんお人好しだ』
エレンが振り下ろした棒を、イーサイルの手が受け止める。そして剣がエレンを貫こうとした寸前で、潜り込んだアーガイルの蹴りがイーサイルの体を後退させる。
「……今の僕じゃ、助けにはならない」
ロレンはそう言いながら視線を落とす。ライナーはふぅんとつまらなさそうな態度を取った。
「────退いてくれよ父さん!」
アーガイルが叫ぶ。容赦なくイーサイルの殺気の矛先は息子へ向く。気圧される。指令室で話したことが夢だったんじゃないかとアーガイルは思う。目の前にいるのは幾度も本気で命のやり取りをして、数多の死を越えてきた軍人だ。紛れもない敵である。
逆手に持った短剣で斬りかかる。嫌いだ。嫌いだと思っている。だけど、アーガイルの心は確かに揺れていた。あの、寂しそうな目が忘れられなくて────。
呆気なく弾かれて、蹴りを喰らって地面に転がる。エレンが護るように立ちはだかる。重い威圧感を負ったイーサイルが迫ってくる。と、その時イーサイルの背後に突然現れたライオスが雷撃で何かを弾いた。
「……!」
「らしくないぞイーサイル。油断するな」
それだけ言ってライオスはまたイーサイルの中へ戻って行く。振り向いたイーサイル。エレンに助け起こされたアーガイルはその先にある姿を見る。
「兄さん……」
「ユーヤ兄!」
機嫌の悪そうな目をしたユーヤが、拳銃を片手にそこに立っていた。銃口からは硝煙が上がっている。戦地を抜けて来ただろうに傷ひとつないその姿に思わずエレンは震えた。その目に宿る真っ黒な感情にも。
「まったく、俺を放ってどこへ行ったのかと思ったら……長い階段を登った先にゃ誰もいねェし骨折り損だよ。俺を置いて逃げようってのはまぁ良いとして。……結局ここで会えたことだし、いいか」
「……ユーヤ」
イーサイルは静かにその名を呼んだ。反応したユーヤの目が笑う。
「ご無沙汰してます親父殿。相変わらずのようで何よりだ」
「何しに来た」
「何しにって、変な質問だなぁ。弟を助けに来たんだよ、まぁそれは俺の役目じゃなかったけれど。もう一つは……そうだな。アンタを殺しに来た」
「!」
それは聞いてない。エレンの鼓動が速くなる。そんな感情、聞いてない。恨んでいるとは聞いていたけれど、それは────。
「ユーヤ兄! やめろ! 早く逃げよう!」
「お前は黙ってろよエレン。これは俺の問題だ。何ならお前らは今のうちに逃げろよ。俺はコイツを始末してから行く」
冷たくそう言い放たれる。無理だ。イーサイルに敵うはずがない。いくら銃の腕が良くたって────。
『……なぁ。あいつ憑神してるけど』
(…………え?)
エレボスの声に耳を疑う。
(何で言わなかった?!)
『知ってるもんだと。付き合い長いんだろ』
(知らねェよ!)
寝耳に水だ。いや、確かにユーヤの戦闘センスは高い。だからエレンも助っ人として協力を仰いだのだ。でも、そういうイメージはなかった。
「……俺を殺すだと? 大口を叩くな。随分と舐められたものだな」
「舐めてるのはそっちだと思うけどね。俺たちのこと何も知らないクセに」
イーサイルの姿が消えた。直後、ユーヤのすぐ目の前に現れ────キイィィィンと耳をつん裂くような音が鳴り響いた。
「……?!」
細剣の先はユーヤの少し前で止まって動かない。ギリギリと、何かの力にイーサイルは抗っているようだった。ユーヤは余裕そうな表情で、首を傾げる。
「へえ、すごいや。跳ね返されずに耐えるとは」
「……何の力だこりゃ……」
イーサイルが身を引く。ユーヤは肩を竦めて答える。
「“絶対防御”的なやつだよ。俺に攻撃は当たらない。必ず“彼女”が護ってくれるから。不意打ちだろうがなんだろうがね」
放たれた雷撃がまたユーヤの少し前で弾き返され、イーサイルの方へ戻って来る。それを斬り払ったイーサイルは目を細めた。
跳ね返るその瞬間、ユーヤの周囲に一瞬障壁のようなものが光るのをエレンは見た。
(……お前ら、あれ知ってる精霊か?)
『はい。ミラネス・ポルケースです。鏡の能力……要するに反射の力を持った光の精霊です』
『シャルトーじゃ有名な魔導師だったよな。攻撃にも防御にも使える能力で奴が出て来ると随分苦労したもんだ』
『攻撃をそっくりそのまま返して来ます。無闇な攻撃では自滅するだけです』
なんとも厄介な能力だ。ユーヤがあんな装備で平気そうだったのも、その能力のためか。……と、そこまで考えてエレンは今自分が彼を止めるべき相手として見ていることに気が付く。
「……ユーヤ兄」
ユーヤは拳銃をイーサイルに向けている。そこへアーガイルが飛び出す。
「やめてくれ兄さん! こんなの間違ってる!」
「……退けよアーガイル。どうした。お前だって嫌いだろ、こんなクソ野郎」
「嫌いだよ! だけど…………!」
「いいから退けよ!! 俺の邪魔をするならお前でも……!」
「兄さん! ……!」
アーガイルのすぐ後ろにイーサイルが立つ。アーガイルもエレンも思わず身構えた。だが、彼はアーガイルの肩に手を置くとその体を押し除けた。
「……退いていろ」
「────父さん」
その意図がアーガイルには読み切れなかった。彼は今、何者としてそこにいるのか。
「……急に父親面するなよ。俺は揺らがないぞそんなのじゃ」
「そんなんじゃねェよ。お前は何も分かっちゃいない。だが分かられようとも思わない。……お前が俺に殺意を向けるなら、俺はそれに応えるだけだ」
そのイーサイルの言葉を、ユーヤは鼻で笑う。
「は。何だよそれ。自分の罪を認めてるのか認めてないのかどっちだよ」
「…………」
無言。その返答を以てイーサイルは会話を終了した。稲妻がユーヤへ襲い掛かる。耳障りな音が辺りに響く。ギリギリと、エレンの影縛りを破った時のように力づくでその障壁を突破しようとしているようだった。
「だから無駄だって言ってんの……分かんないかなぁ?!」
叫んだユーヤは右手を大きく振った。
「“リジェット”!!」
「!!」
互角で押し合っていたイーサイルが、勢いよく後ろへ吹き飛ばされた。それと同時にパキィンと嫌な音がした。
「あーあ」
地に仰向けになったイーサイルから少し離れた所に、クルクルと回りながら弧を描いて落ちて来たのはフードラの上半分だった。それを見たイーサイルは目を見開く。
「そんな細い剣で全力の力掛けたら、そりゃ折れるでしょ。力で破れると思ったの、これを。馬鹿だね」
「……てめ……」
体を起こしたイーサイルは折れた剣を鞘にしまった。立ち上がり、睨め付けるその目をユーヤは悠々と見返す。
「大事な剣も折れちゃったことだし。アンタも早いところ死んでくれよ」
「……兄さん!」
「ユーヤ兄!」
アーガイルとエレンは同時に呼び掛けた。ユーヤは冷たい視線を二人に向ける。
「何だよお前ら二人して。コイツは敵だよ、分かってるだろ」
「だけど……! 殺すのは違う!」
エレンがそう言うと、ユーヤは眉を上げて首を振る。
「それはお前の主義だよエレン。俺は違う。アーガイルもそうだ」
「!」
「コイツのせいで母さんは死んだんだ。その報いを受けてもらう」
「……ば」
アーガイルが顔を真っ赤にして口を開く。
「馬鹿じゃないのか?! 復讐なんか無意味だ! 第一母さんはこんなこと……!」
「うるさい。俺が許せないんだよ」
話が通じない。エレンは唇を噛む。どうにかしてユーヤを止めなければ。彼が目の前で誰かを殺すのを、黙って見ていられない。だが、そのためには……。
(……ユーヤの精霊、何か弱点はあるのか)
『今のユーヤさんの状態は、ミラネスが常に気を張っていて攻撃を防いでいる状態です。……二人をどうにかして引き剥がさないと……ですかね』
『いや俺の力も弾かれるだろ、さすがに』
手詰まりか。“絶対防御”を謳うだけある。どうするべきだろうか。アーガイルの方を見ると、彼も必死にどうすべきか考えているようだった。いや、彼も頭に血が上っていてあまりあてにはならないだろう。
イーサイルが一歩踏み出す。その足を何の躊躇いもなくユーヤが撃ち抜く。だが、一瞬揺らいだだけでイーサイルはそのまま立っている。顔を少し顰めただけで、叫び声一つ上げなかった。
「地獄に堕ちて詫びろよクソ野郎」
再びイーサイルが動こうとした時、彼は透明な箱に閉じ込められた。何か言っているが聞こえない。壁を打った拳が弾かれて彼はその手を見る。
「俺の声は聞こえてると思うけど、それ、通るの一方通行なんだよね。アンタの声は中で反響し続けるだけでこっちには聞こえないよ。そこから出ることも出来ない。……つまり外からは何でも出来るけど、アンタは何も出来ないってわけ」
笑ったユーヤは静かに父の頭へと銃口を向けた。いよいよマズい、止めないと、とエレンがあてもなく立ち上がろうとすると、エレボスが言う。
『待てよ、これはチャンスかもだぜ。あいつ確か鏡を一枚しか出せないんだ』
(……何?」)
『一枚って言うか一個って言うか……つまり今鏡はあいつを閉じ込めるために使われてるだろ。だからユーヤ自身は無防備だ』
(────マジで?)
それは言われないと思い当たらなかった。それまでに“絶対防御”だという意識を無意識に刷り込んで来るのがユーヤらしい。
(それでどうする)
『私に考えがあります。エレンさんは気付かれないようにユーヤさんの後ろに回り込んで下さい。そうしたら私がエレンさんの体を借りてユーヤさんに封神の術をかけます。……触れないといけないのでなかなか難しいのと、効果はほんの一瞬だけですが……その隙にエレボスさんが出てミラネスを引き摺り出して下さい』
『いちかばちか過ぎないか』
エレボスの耳が下がっているのが目に浮かぶ。リリスはそれでもガッツポーズをして続ける。
『出来ます。私たちなら! それから私の魔術でミラネスを眠らせます。エレボスさんより強力に眠らせられるのでこれで止められるはずです』
『強力じゃなくて悪かったな』
魔術はそんなに得意じゃないんだよ、と言うエレボス。エレンは作戦を脳内で復唱しながらユーヤの様子を見る。
(……とにかく近付きゃいいんだな)
『絶対に気付かれないように! お願いしますね』
(分かってるよ……)
隠密行動は得意だ。とにかく時間がない。早速実行に移すべくエレンは静かに影に潜った。辺りに影は満ちている。簡単にユーヤの背後までやって来た。
「じゃあな」
ユーヤがそう言って引き鉄に指をかける寸前、エレンは影から飛び出した。その瞬間に体をリリスが乗っ取る。触れた手がユーヤの力を一瞬失わせ、パリンという音と共に解放されたイーサイルが後ろによろめき、リリスが引っ込みエレボスが飛び出しユーヤの体からミラネスを大鎌で引き摺り出した。直後、光の速さで向けられた銃口がエレンの額を撃ち抜いた。
「……エレン!」
アーガイルが後ろに倒れたエレンに駆け寄る。ぐらぐらして視点がどこかに行っているエレンを見てから、信じられないものを見る目でアーガイルは兄を見る。
「兄さん! 何を……」
「邪魔をするなよ……俺の! 邪魔をするな! お前が俺をここに連れて来たんだぞエレン!」
「…………悪かったよ……それは……なんていうか……痛……」
朦朧とした頭を何とか回しながらエレンは答える。その異様な光景を見てユーヤは多少頭が冷えたのか彼は銃を下ろす。
「……は? 何で生きて……不死身ってガチのガチか」
「そう言っただろ……信じたんじゃなかったのか。まったく、俺が不死身じゃなかったらどうしてたんだ…………」
急所はさすがに修復が早いのか、傷の治りと共に痛みが引いて来てエレンは体を起こす。頭の靄を振り払うようにエレンは頭を振る。
「……あぁ。ったくやめろよ。カッとなって身内殺すとかイカれてるぞ」
そういうとこ父さんとそっくりだな、とアーガイルは思ったが胸の奥底にしまい込んだ。
エレンはぐるりと視線を巡らせて、銀髪の女を捕らえているエレボスと、その隣に杖を構えているリリスの姿を見つける。既にミラネスは眠らされているらしく、エレボスの腕の中でぐったりとしている。
「……ミラ……!」
「おう。お前の精霊は頂いた。俺としては敵国の精霊だからこのまま殺してやってもいいんだけど」
そう言うエレボスの口調はわざとらしかった。本心ではないことはエレンには分かった。でも、ユーヤには効いているようだった。
「ミラを放せ……!」
「嫌だね。まあお前が大人しくするなら返してやってもいいけど。どーする?」
エレボスの剣が僅かにミラネスの首筋に食い込む。それを見たユーヤの顔は蒼白になる。
「やめろ……!」
「ならお前もやめろ。それが条件。……ついでに言っとくと、コイツはお前の中に戻ってもしばらくは目覚めないよ。リリーの魔術は強力だから…………明日かな? 目覚めるのは」
「明日の朝には目覚めます」
リリスがそうはっきりと言った。眠りの魔術には自信があるのか、彼女の顔は爛々としていた。
ユーヤはイーサイルをチラリと見、そしてミラネスの方を見るとギリ、と歯を食いしばる。そして渋々とした様子で銃をしまうを両手を上げた。
「……分かった……分かったからミラを返してくれ」
「そうか」
そう言ってエレボスはミラネスを放す。すると彼女の体は光となってユーヤの体に入って行った。
「……エレン、大丈夫?」
「なんとかな……もう痛くないし」
「一応帰ったらケレン君に診てもらいな?」
「何ともないと思うけど……まあそうする」
額を擦りながら、エレンはイーサイルの方を見る。足からは血が流れ続けているが彼はそこでただ佇んでいるだけだった。
「……余計なお世話だクソガキ」
「アンタのためじゃねェ。俺はただ人の死が見たくない。……あと、誰かの悲しむ顔も」
アーガイルが何故イーサイルを庇ったのか、エレンには分からない。彼はむしろこうなったらユーヤ側につくだろうとさえエレンは思っていた。
そんなアーガイルはゆっくりと父の方へ歩いて行く。イーサイルからはもう戦意を感じなかった。
「……父さん」
「あ?」
アーガイルは少し口籠ったあと、思い切って口を開いた。
「……父さんのことは嫌いだよ。これは変わらない。でも、アンタはきっとこの組織に必要な人なんだと思う」
「……」
「母さんは父さんを信じてた。それを裏切るようなことはしないでしょ。だから僕も信じることにしてるんだよ。……軍を正して」
「────生意気な口を利くな」
「生意気だよ。僕は大事な仲間と自分を護れるくらいには強くなる。自分で。父さんの力は借りない。……だから、軍に入る話は無し。絶対ね」
「は?」
それに思わず反応するのはエレンだった。
「ちょっと待てお前! 軍に入るって何の話だ!」
「だから断ったんだよ今。エレンには関係ないよ」
「関係なくはないだろ!」
捕まっている間に何か話したのか、ということは察した。だからアーガイルは庇ったのだろうか……とそんなことを思う。
と、イーサイルがふと建物の方を見る。
「────話は終わりか。無駄話してねェでさっさと行け。直に政府の狗が来るぞ」
「え」
耳を疑う。そのエレンの顔を見てイーサイルはため息を吐く。
「疲れた。俺はアルガを探しに行く。後始末がこれ以上厄介になる前に軍を止める。……今やるべきことが見えたもんでな」
「父さん……」
イーサイルは背を向けて去って行く。その時、ほのかに彼が笑ったようにエレンには見えた。
「エレン」
なんとか目を覚ましたエランと共にロレンがやって来る。エランは肩を落とした。
「くそ、情けねェ。さすがに連戦は堪えるな。万全だったらぶっ飛ばしてやったのに」
「もういいよ。それより早く脱出しよう」
イーサイルのお陰で裏門はガラ空きだ。エレンたちはそしてようやく、戦地からの脱出を果たしたのだった。
#62 END
To be continued...
『カサンドラ』
「何ですか」
カリストからの無線が入っても、カサンドラはその手を緩めなかった。辺りを血飛沫と悲鳴が舞う。
『結局また暴れてるのか』
「……ブラハが何か言いましたか」
『あぁ。お前が我慢ならなくなって出てって兵士を斬り殺しまくってるって』
ため息混じりの声に、カサンドラは目を細める。
「分かってて私を行かせたんでしょう?」
『物事には限度ってものがある。俺はお前をいつでも処分出来るんだぞ』
「する気なんて無いくせに」
カサンドラがそう言うと、無線機の向こうから苦笑が聞こえる。
『……分かっているのならさっさと片付けて帰って来い』
「帰ったら、寝ます」
『つれないな。王都の有名な菓子屋のエクレアを取り寄せてあるのに』
「…………じゃあ、頂いてから寝ます」
『まったく可愛げのない』
そんな会話の間にも、カサンドラは次々と敵を斬って行く。一陣の銀の風となって。
『レイネルはまだ見つからんのか』
「はい」
『ブラハにも探させてるのか?』
「あの子は目が良いので」
『ブラハでもお前でもどっちでもいい。レイネルを討て』
「元からそのつもりですけどね」
淡々とカサンドラが答えていると、カリストはため息をついた。
『……出来ることなら、穏便に済ませたいんだがな』
「もう手遅れです」
『被害は少なめにな……』
「それももう手遅れです」
『何をやってるんだお前は……』
「……分かってて私を行かせたんでしょう」
『二回目だ、それ』
「同じ事言わせないで下さい」
シュルッと敵と敵の間を抜け、ストンと着地する。その背後では血飛沫を上げた兵士達がバタバタと倒れた。
キンと心地よい音を立ててエストック二本をしまうと、カサンドラは無線の向こうのカリストに言った。
「……まぁ、いいでしょう。飽きて来ました」
『飽き……って、な、お前……』
「ブラハに連絡入れるので、切りますね」
『えっ、あっ、お前っ、待……』
ブツッ。
沈黙した無線に信号を送り、ブラハと繋げる。用を手短に話すと再び無線を切った。そして、カサンドラは向かって来ていた兵士を殴り倒し、地面に仰向けにしてエストックを突き付け、訊ねた。
「………元帥は、どこにいる?」
* * *
────21時00分 セシリア軍基地 裏門────
何度二人で攻撃を繰り出そうとも、イーサイルはびくともしない。細剣一本で軽くあしらわれている。連戦を経た体とは思えない。
「おらぁぁ!」
エランの炎を纏った拳がイーサイルを襲う。体を低くして躱したイーサイルは、左手でエランの胸ぐらを掴むと電撃を放つ。
「があぁぁぁッ!!」
「エランさん! うわっ!」
そのまま投げ飛ばされたエランがロレンを直撃する。エランは気を失っているようだった。その下敷きになったロレンは彼を退かそうとするが上手く力が入らない。
「……力貸してくれライナー……!」
『仕方ないな! 少しだけだぞ!』
腕にぐっと力が入って、ロレンはエランの体を退かす。意識のないエランの口元に耳を近付けると、呼吸はしているようだった。
「良かった、生きてる……」
『聖竜がいてそう簡単には死なないよ』
「そう……」
『……加勢しないの?』
エランから離れようとしないロレンに、ライナーはそう言う。
「……エランさんを放っておけないでしょ」
『とことんお人好しだ』
エレンが振り下ろした棒を、イーサイルの手が受け止める。そして剣がエレンを貫こうとした寸前で、潜り込んだアーガイルの蹴りがイーサイルの体を後退させる。
「……今の僕じゃ、助けにはならない」
ロレンはそう言いながら視線を落とす。ライナーはふぅんとつまらなさそうな態度を取った。
「────退いてくれよ父さん!」
アーガイルが叫ぶ。容赦なくイーサイルの殺気の矛先は息子へ向く。気圧される。指令室で話したことが夢だったんじゃないかとアーガイルは思う。目の前にいるのは幾度も本気で命のやり取りをして、数多の死を越えてきた軍人だ。紛れもない敵である。
逆手に持った短剣で斬りかかる。嫌いだ。嫌いだと思っている。だけど、アーガイルの心は確かに揺れていた。あの、寂しそうな目が忘れられなくて────。
呆気なく弾かれて、蹴りを喰らって地面に転がる。エレンが護るように立ちはだかる。重い威圧感を負ったイーサイルが迫ってくる。と、その時イーサイルの背後に突然現れたライオスが雷撃で何かを弾いた。
「……!」
「らしくないぞイーサイル。油断するな」
それだけ言ってライオスはまたイーサイルの中へ戻って行く。振り向いたイーサイル。エレンに助け起こされたアーガイルはその先にある姿を見る。
「兄さん……」
「ユーヤ兄!」
機嫌の悪そうな目をしたユーヤが、拳銃を片手にそこに立っていた。銃口からは硝煙が上がっている。戦地を抜けて来ただろうに傷ひとつないその姿に思わずエレンは震えた。その目に宿る真っ黒な感情にも。
「まったく、俺を放ってどこへ行ったのかと思ったら……長い階段を登った先にゃ誰もいねェし骨折り損だよ。俺を置いて逃げようってのはまぁ良いとして。……結局ここで会えたことだし、いいか」
「……ユーヤ」
イーサイルは静かにその名を呼んだ。反応したユーヤの目が笑う。
「ご無沙汰してます親父殿。相変わらずのようで何よりだ」
「何しに来た」
「何しにって、変な質問だなぁ。弟を助けに来たんだよ、まぁそれは俺の役目じゃなかったけれど。もう一つは……そうだな。アンタを殺しに来た」
「!」
それは聞いてない。エレンの鼓動が速くなる。そんな感情、聞いてない。恨んでいるとは聞いていたけれど、それは────。
「ユーヤ兄! やめろ! 早く逃げよう!」
「お前は黙ってろよエレン。これは俺の問題だ。何ならお前らは今のうちに逃げろよ。俺はコイツを始末してから行く」
冷たくそう言い放たれる。無理だ。イーサイルに敵うはずがない。いくら銃の腕が良くたって────。
『……なぁ。あいつ憑神してるけど』
(…………え?)
エレボスの声に耳を疑う。
(何で言わなかった?!)
『知ってるもんだと。付き合い長いんだろ』
(知らねェよ!)
寝耳に水だ。いや、確かにユーヤの戦闘センスは高い。だからエレンも助っ人として協力を仰いだのだ。でも、そういうイメージはなかった。
「……俺を殺すだと? 大口を叩くな。随分と舐められたものだな」
「舐めてるのはそっちだと思うけどね。俺たちのこと何も知らないクセに」
イーサイルの姿が消えた。直後、ユーヤのすぐ目の前に現れ────キイィィィンと耳をつん裂くような音が鳴り響いた。
「……?!」
細剣の先はユーヤの少し前で止まって動かない。ギリギリと、何かの力にイーサイルは抗っているようだった。ユーヤは余裕そうな表情で、首を傾げる。
「へえ、すごいや。跳ね返されずに耐えるとは」
「……何の力だこりゃ……」
イーサイルが身を引く。ユーヤは肩を竦めて答える。
「“絶対防御”的なやつだよ。俺に攻撃は当たらない。必ず“彼女”が護ってくれるから。不意打ちだろうがなんだろうがね」
放たれた雷撃がまたユーヤの少し前で弾き返され、イーサイルの方へ戻って来る。それを斬り払ったイーサイルは目を細めた。
跳ね返るその瞬間、ユーヤの周囲に一瞬障壁のようなものが光るのをエレンは見た。
(……お前ら、あれ知ってる精霊か?)
『はい。ミラネス・ポルケースです。鏡の能力……要するに反射の力を持った光の精霊です』
『シャルトーじゃ有名な魔導師だったよな。攻撃にも防御にも使える能力で奴が出て来ると随分苦労したもんだ』
『攻撃をそっくりそのまま返して来ます。無闇な攻撃では自滅するだけです』
なんとも厄介な能力だ。ユーヤがあんな装備で平気そうだったのも、その能力のためか。……と、そこまで考えてエレンは今自分が彼を止めるべき相手として見ていることに気が付く。
「……ユーヤ兄」
ユーヤは拳銃をイーサイルに向けている。そこへアーガイルが飛び出す。
「やめてくれ兄さん! こんなの間違ってる!」
「……退けよアーガイル。どうした。お前だって嫌いだろ、こんなクソ野郎」
「嫌いだよ! だけど…………!」
「いいから退けよ!! 俺の邪魔をするならお前でも……!」
「兄さん! ……!」
アーガイルのすぐ後ろにイーサイルが立つ。アーガイルもエレンも思わず身構えた。だが、彼はアーガイルの肩に手を置くとその体を押し除けた。
「……退いていろ」
「────父さん」
その意図がアーガイルには読み切れなかった。彼は今、何者としてそこにいるのか。
「……急に父親面するなよ。俺は揺らがないぞそんなのじゃ」
「そんなんじゃねェよ。お前は何も分かっちゃいない。だが分かられようとも思わない。……お前が俺に殺意を向けるなら、俺はそれに応えるだけだ」
そのイーサイルの言葉を、ユーヤは鼻で笑う。
「は。何だよそれ。自分の罪を認めてるのか認めてないのかどっちだよ」
「…………」
無言。その返答を以てイーサイルは会話を終了した。稲妻がユーヤへ襲い掛かる。耳障りな音が辺りに響く。ギリギリと、エレンの影縛りを破った時のように力づくでその障壁を突破しようとしているようだった。
「だから無駄だって言ってんの……分かんないかなぁ?!」
叫んだユーヤは右手を大きく振った。
「“リジェット”!!」
「!!」
互角で押し合っていたイーサイルが、勢いよく後ろへ吹き飛ばされた。それと同時にパキィンと嫌な音がした。
「あーあ」
地に仰向けになったイーサイルから少し離れた所に、クルクルと回りながら弧を描いて落ちて来たのはフードラの上半分だった。それを見たイーサイルは目を見開く。
「そんな細い剣で全力の力掛けたら、そりゃ折れるでしょ。力で破れると思ったの、これを。馬鹿だね」
「……てめ……」
体を起こしたイーサイルは折れた剣を鞘にしまった。立ち上がり、睨め付けるその目をユーヤは悠々と見返す。
「大事な剣も折れちゃったことだし。アンタも早いところ死んでくれよ」
「……兄さん!」
「ユーヤ兄!」
アーガイルとエレンは同時に呼び掛けた。ユーヤは冷たい視線を二人に向ける。
「何だよお前ら二人して。コイツは敵だよ、分かってるだろ」
「だけど……! 殺すのは違う!」
エレンがそう言うと、ユーヤは眉を上げて首を振る。
「それはお前の主義だよエレン。俺は違う。アーガイルもそうだ」
「!」
「コイツのせいで母さんは死んだんだ。その報いを受けてもらう」
「……ば」
アーガイルが顔を真っ赤にして口を開く。
「馬鹿じゃないのか?! 復讐なんか無意味だ! 第一母さんはこんなこと……!」
「うるさい。俺が許せないんだよ」
話が通じない。エレンは唇を噛む。どうにかしてユーヤを止めなければ。彼が目の前で誰かを殺すのを、黙って見ていられない。だが、そのためには……。
(……ユーヤの精霊、何か弱点はあるのか)
『今のユーヤさんの状態は、ミラネスが常に気を張っていて攻撃を防いでいる状態です。……二人をどうにかして引き剥がさないと……ですかね』
『いや俺の力も弾かれるだろ、さすがに』
手詰まりか。“絶対防御”を謳うだけある。どうするべきだろうか。アーガイルの方を見ると、彼も必死にどうすべきか考えているようだった。いや、彼も頭に血が上っていてあまりあてにはならないだろう。
イーサイルが一歩踏み出す。その足を何の躊躇いもなくユーヤが撃ち抜く。だが、一瞬揺らいだだけでイーサイルはそのまま立っている。顔を少し顰めただけで、叫び声一つ上げなかった。
「地獄に堕ちて詫びろよクソ野郎」
再びイーサイルが動こうとした時、彼は透明な箱に閉じ込められた。何か言っているが聞こえない。壁を打った拳が弾かれて彼はその手を見る。
「俺の声は聞こえてると思うけど、それ、通るの一方通行なんだよね。アンタの声は中で反響し続けるだけでこっちには聞こえないよ。そこから出ることも出来ない。……つまり外からは何でも出来るけど、アンタは何も出来ないってわけ」
笑ったユーヤは静かに父の頭へと銃口を向けた。いよいよマズい、止めないと、とエレンがあてもなく立ち上がろうとすると、エレボスが言う。
『待てよ、これはチャンスかもだぜ。あいつ確か鏡を一枚しか出せないんだ』
(……何?」)
『一枚って言うか一個って言うか……つまり今鏡はあいつを閉じ込めるために使われてるだろ。だからユーヤ自身は無防備だ』
(────マジで?)
それは言われないと思い当たらなかった。それまでに“絶対防御”だという意識を無意識に刷り込んで来るのがユーヤらしい。
(それでどうする)
『私に考えがあります。エレンさんは気付かれないようにユーヤさんの後ろに回り込んで下さい。そうしたら私がエレンさんの体を借りてユーヤさんに封神の術をかけます。……触れないといけないのでなかなか難しいのと、効果はほんの一瞬だけですが……その隙にエレボスさんが出てミラネスを引き摺り出して下さい』
『いちかばちか過ぎないか』
エレボスの耳が下がっているのが目に浮かぶ。リリスはそれでもガッツポーズをして続ける。
『出来ます。私たちなら! それから私の魔術でミラネスを眠らせます。エレボスさんより強力に眠らせられるのでこれで止められるはずです』
『強力じゃなくて悪かったな』
魔術はそんなに得意じゃないんだよ、と言うエレボス。エレンは作戦を脳内で復唱しながらユーヤの様子を見る。
(……とにかく近付きゃいいんだな)
『絶対に気付かれないように! お願いしますね』
(分かってるよ……)
隠密行動は得意だ。とにかく時間がない。早速実行に移すべくエレンは静かに影に潜った。辺りに影は満ちている。簡単にユーヤの背後までやって来た。
「じゃあな」
ユーヤがそう言って引き鉄に指をかける寸前、エレンは影から飛び出した。その瞬間に体をリリスが乗っ取る。触れた手がユーヤの力を一瞬失わせ、パリンという音と共に解放されたイーサイルが後ろによろめき、リリスが引っ込みエレボスが飛び出しユーヤの体からミラネスを大鎌で引き摺り出した。直後、光の速さで向けられた銃口がエレンの額を撃ち抜いた。
「……エレン!」
アーガイルが後ろに倒れたエレンに駆け寄る。ぐらぐらして視点がどこかに行っているエレンを見てから、信じられないものを見る目でアーガイルは兄を見る。
「兄さん! 何を……」
「邪魔をするなよ……俺の! 邪魔をするな! お前が俺をここに連れて来たんだぞエレン!」
「…………悪かったよ……それは……なんていうか……痛……」
朦朧とした頭を何とか回しながらエレンは答える。その異様な光景を見てユーヤは多少頭が冷えたのか彼は銃を下ろす。
「……は? 何で生きて……不死身ってガチのガチか」
「そう言っただろ……信じたんじゃなかったのか。まったく、俺が不死身じゃなかったらどうしてたんだ…………」
急所はさすがに修復が早いのか、傷の治りと共に痛みが引いて来てエレンは体を起こす。頭の靄を振り払うようにエレンは頭を振る。
「……あぁ。ったくやめろよ。カッとなって身内殺すとかイカれてるぞ」
そういうとこ父さんとそっくりだな、とアーガイルは思ったが胸の奥底にしまい込んだ。
エレンはぐるりと視線を巡らせて、銀髪の女を捕らえているエレボスと、その隣に杖を構えているリリスの姿を見つける。既にミラネスは眠らされているらしく、エレボスの腕の中でぐったりとしている。
「……ミラ……!」
「おう。お前の精霊は頂いた。俺としては敵国の精霊だからこのまま殺してやってもいいんだけど」
そう言うエレボスの口調はわざとらしかった。本心ではないことはエレンには分かった。でも、ユーヤには効いているようだった。
「ミラを放せ……!」
「嫌だね。まあお前が大人しくするなら返してやってもいいけど。どーする?」
エレボスの剣が僅かにミラネスの首筋に食い込む。それを見たユーヤの顔は蒼白になる。
「やめろ……!」
「ならお前もやめろ。それが条件。……ついでに言っとくと、コイツはお前の中に戻ってもしばらくは目覚めないよ。リリーの魔術は強力だから…………明日かな? 目覚めるのは」
「明日の朝には目覚めます」
リリスがそうはっきりと言った。眠りの魔術には自信があるのか、彼女の顔は爛々としていた。
ユーヤはイーサイルをチラリと見、そしてミラネスの方を見るとギリ、と歯を食いしばる。そして渋々とした様子で銃をしまうを両手を上げた。
「……分かった……分かったからミラを返してくれ」
「そうか」
そう言ってエレボスはミラネスを放す。すると彼女の体は光となってユーヤの体に入って行った。
「……エレン、大丈夫?」
「なんとかな……もう痛くないし」
「一応帰ったらケレン君に診てもらいな?」
「何ともないと思うけど……まあそうする」
額を擦りながら、エレンはイーサイルの方を見る。足からは血が流れ続けているが彼はそこでただ佇んでいるだけだった。
「……余計なお世話だクソガキ」
「アンタのためじゃねェ。俺はただ人の死が見たくない。……あと、誰かの悲しむ顔も」
アーガイルが何故イーサイルを庇ったのか、エレンには分からない。彼はむしろこうなったらユーヤ側につくだろうとさえエレンは思っていた。
そんなアーガイルはゆっくりと父の方へ歩いて行く。イーサイルからはもう戦意を感じなかった。
「……父さん」
「あ?」
アーガイルは少し口籠ったあと、思い切って口を開いた。
「……父さんのことは嫌いだよ。これは変わらない。でも、アンタはきっとこの組織に必要な人なんだと思う」
「……」
「母さんは父さんを信じてた。それを裏切るようなことはしないでしょ。だから僕も信じることにしてるんだよ。……軍を正して」
「────生意気な口を利くな」
「生意気だよ。僕は大事な仲間と自分を護れるくらいには強くなる。自分で。父さんの力は借りない。……だから、軍に入る話は無し。絶対ね」
「は?」
それに思わず反応するのはエレンだった。
「ちょっと待てお前! 軍に入るって何の話だ!」
「だから断ったんだよ今。エレンには関係ないよ」
「関係なくはないだろ!」
捕まっている間に何か話したのか、ということは察した。だからアーガイルは庇ったのだろうか……とそんなことを思う。
と、イーサイルがふと建物の方を見る。
「────話は終わりか。無駄話してねェでさっさと行け。直に政府の狗が来るぞ」
「え」
耳を疑う。そのエレンの顔を見てイーサイルはため息を吐く。
「疲れた。俺はアルガを探しに行く。後始末がこれ以上厄介になる前に軍を止める。……今やるべきことが見えたもんでな」
「父さん……」
イーサイルは背を向けて去って行く。その時、ほのかに彼が笑ったようにエレンには見えた。
「エレン」
なんとか目を覚ましたエランと共にロレンがやって来る。エランは肩を落とした。
「くそ、情けねェ。さすがに連戦は堪えるな。万全だったらぶっ飛ばしてやったのに」
「もういいよ。それより早く脱出しよう」
イーサイルのお陰で裏門はガラ空きだ。エレンたちはそしてようやく、戦地からの脱出を果たしたのだった。
#62 END
To be continued...
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