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第六章 DarkMemories
#85 取引
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「……何故助けた」
ディエゴの襟首を掴んで引きずり、歩いているとぼそりと彼が言う。
エレンは足を止めるとディエゴを放した。急に支えを失ったディエゴは地面に後頭部をぶつける。
「だっ」
「別にお前の為じゃない。フォレンさんとロレンの為だ」
エレンは彼を見下ろしてそう言う。頭を摩りながら起き上がったディエゴは、エレンの方を見る。
「あ?」
「フォレンさんに誰かを殺させる訳にはいかない」
「……代わりにロレンが死ぬぞ。あいつはいつでもフォレンにくっついてた弱虫だ」
「それは過去の話だろ。今のロレンは強いよ」
エレンがそう言うと、ディエゴはフッと笑う。
「いや。変わらねェよ。見ただろ」
ディエゴが言いたいことは分かる。でも、エレンはその物言いに腹が立つ。
「ロレンの何を知ってんだ。フォレンさんのことも」
「知らねェのは、お前らの方だと思うけどな」
ディエゴはふう、と息を吐くとムッとしたエレンに首を傾げて見せる。
「で、俺を連れて来てどうしたいんだ」
「…………別にどうもしない。退いて欲しいだけだ」
「あぁ? ……そういやダグァスはどうした」
「眠って貰ってる。死んじゃいない。お前が退くなら無事に返してやる」
ダグァスは自らの死をも厭わない様子だったが……しかしディエゴは。
「……全員無事だってのか」
「あのアルトと……カルナだっけ。二人は無事だ。……フォレンさんに吹っ飛ばされた方はわからないけど」
『アイテールの奴が神界に戻った感じはなかった。多分生きてるよ、女の方は』
エレボスがそう言うので、エレンは頬を掻く。
「……女の方は生きてると思う」
「…………そうか」
ディエゴは目を伏せると、ふらりと立ち上がる。
「……取引だ。エレン・レオノール」
「!」
腕を組んだディエゴは、元来た方向へ視線を向ける。
「俺の精霊を助け出して来い。そしたら今日のところは退いてやる」
「……離れれば強制的に戻せないのか?」
「拘束された精霊は無理だ。宿主の方が距離限界から動けなくなる」
「退こうにも退けねェってことか」
「そういうことだ」
ディエゴは正直辛そうだった。精霊の力がなければ治癒は出来ない。彼女がクザファンに捕らえられてからは、ずっとダメージが蓄積している。
「……出来るか?」
エレンは考える。あれは悪魔だ。フォレンよりずっと力の強い、本物の悪魔だ。ゼイアすら凌駕するような。そんな相手に、果たしてどうにか出来るのか。自分一人で。……いや。
「……出来るか、じゃない。やるしかねェんだろ」
「────そうか」
その答えを聞いたディエゴは、どか、と木の麓に座った。
「俺はここで待つ。ルナが俺の元に戻って来れば仲間を連れて山を降りる。それでいいだろ」
「…………絶対だからな」
「疑り深いな。俺は嘘は吐かねェよ」
ふん、と息を吐いたディエゴは目を瞑る。エレンもため息を返すと、ロレンたちがいる方へと戻り始めるのだった。
* * *
木の上から悪魔の近くに接近する。彼は変わらずそこでじっとして女の精霊を抑えていた。ディエゴは「ルナ」と呼んでいたが。
(……あの精霊のこと、知ってるか?)
『はい。闇の大精霊、ルナリア・リアルル様です。月女神ルナリクセル様の血族ですね。治癒の力を持ってらっしゃいます』
リリスがそう答える。皇族である彼女がそう呼ぶからには、高位の精霊なのだろうとエレンは思う。
(あの悪魔のことは?)
『分かりません。神界に入って来た悪魔たちは、名を上げるため闇の国の精霊として戦争に参加することもあるのですが……あの悪魔に関しては見覚えがありませんね』
『俺もだ。まぁ悪魔の中には神界に非協力的な奴もいるし……』
彼についての情報は全くないということだ。エレンは枝の上で屈んだまま棒を展開する。ともかく攻撃しなければ何も始まらない。
ゼイアが少し離れたところで膝をついて留まっている。辺りに黒い刃がいくつも浮いていて、彼は動けないようだった。彼の援助は望めないだろう。
音もなく、木から飛び降りた。背後から奇襲を狙う。が、着地して地を蹴ったその瞬間、悪魔はぐるりとこちらを振り向きルナリアを放した。
「えっ」
「バカ、避けろ!」
ゼイアの声が飛んで来る。黒く何かが閃くのを見て、反射的にエレンは棒を横に持ち替え防御姿勢を取る。ガキィンという金属音と共に、肩へ衝撃が伝わった。
「あれれ」
悪魔が笑う。自らの武器が受け止めていたのは、漆黒の刀身の刀だった。
「なぁ。攻撃するの、こっちじゃないだろ?」
「……お前で合ってんだよ鴉野郎」
「ん? あぁ、俺の名前を知らないのか。」
ガキ、と弾き返して距離を取る。悪魔は左手を胸に当てて笑う。
「俺の名はクザファン。クザファン・ブローディアス。生まれながらにして穢れ、悪魔として生まれ落ちた元神徒だ。よろしくな、エレン・レオノール」
「! 俺の名前……」
「そりゃ知ってるさ。フォレンの中からずっと見てたんだから」
三日月のような笑みを浮かべるクザファンに、エレンは構えなおして問う。
「……お前、いつからフォレンさんの中にいたんだ」
「ええ? ずっと前だよ。あいつがガキの頃から」
そう言うとクザファンは肩を竦め、続ける。
「そんなことより、どうして俺を攻撃するんだ? お前はフォレンの味方で、そこの精霊は敵のはずだぜ」
と、彼が指差した先では放されて膝をついたルナリアの周りを多くの黒い刃が浮いて囲っている。ゼイアと同じ状況だ。
「……お前らを止める。ロレンだってフォレンさんと戦ってるだろ」
「あぁ、あの兄弟喧嘩……そうか、本気で止める気か。襲って来た奴らのことはどうするつもりだ?」
「止めるよ。お前とフォレンさんのことも、あいつらのことも」
「ふぅん。それで、この精霊を俺から取り戻して来いって言われたわけ? とことんお人好しだ」
ククク、とクザファンはおかしそうに笑う。エレンが勝てるとは微塵も思っていないようだ。それはその通りだと、エレンも思うのだが。
「じゃあ……俺はそれを全力で邪魔するよ」
言いながら、クザファンは刀を振る。エレンはそれを受け止める。片手の攻撃を両腕で受け止めているのに、ギリギリと拮抗している。どころか、押し切られそうですらある。
「……ぐぅ……」
「そら」
「!」
クザファンの左手が閃く。咄嗟の判断でエレンは体を僅かに捩った。脇腹を手刀が掠めて行く。血が飛び散る。直後、背後で木が折れた。勢いで後ろに転け、唖然とする。
「……なっ……」
「“Lafowl Kuld Al Nad”……っと、避けるか。真っ二つにしてやろうと思ったのに」
「…………っ」
痛みに脇腹を抑える。再生が遅い。やはり魔障のせいか。じくじくと、侵食されるような痛みを感じる。
「お前は不死身なんだっけ。バラバラにしても生きてるのかな?」
そう言って、クザファンはクククと愉しそうに笑う。
「……悪魔め……」
「そうだ。その通りだよ」
黒い姿が揺らめき、消える。気配にエレンが振り向いた先、右半身を剣筋が走る。血が噴き出した。
「!」
「はは、痛い?」
ペロリと、自身の頬に付いた血をクザファンは舐める。
勢いで後ろに倒れそうになったのを踏み止まる。血が流れる。そこへクザファンが右手を伸ばす。
「“Lafowl Ragoa Olfen”」
咄嗟に地を蹴り、動いた。闇の粒子が集まって出来た、巨大な黒い竜爪によって空間が引き裂かれる。背筋がゾッとする。地面で転身し、エレンは屈んだ状態でクザファンの方を見る。
「躱すねェ」
ゆらりと重心が傾き、鳥脚が地面を蹴る。上から斬りかかられて受け止める。
「受けるだけかよ、つまらねェ」
「……どうかな!」
エレンの影から二本の刃が飛び出す。反射的に飛び退いたクザファンを、エレンは追撃する。と、バッとクザファンが両翼を広げた。
「“黒翼旋刃”」
「!」
翼から弾丸の如く、の羽根が飛んで来る。その数は数え切れないほどだ。逃げ場もなければ、防ぎようもない。
『援護します!』
「!」
リリスの声がしたかと思うと、目の前にその姿が現れ魔術の防護壁を張る。
「リリー!」
「……チッ、神の血族が」
リリスはエレンに目配せすると、すぐに中へ戻って来た。ルナリアやゼイアの状況からしてそれが正解だろう。
「なら、これはどうだ? “Lefel Ulc”!」
『……エレンさん! 避けて!』
リリスの警告に、エレンはその場から飛び退いた。直後、さっきまでいた地面が縦に大きく抉れ、衝撃波にエレンは吹き飛ばされて地面を転がる。
「な、何だ……」
『また来ます!』
「!」
リリスの声に、その場から飛び退く。同じ攻撃が飛んで来て、同じく地面が抉れた。そして素早く飛んで来たクザファンが振った刀を転がって避けた。髪が2、3本攫われて行く。
「ちょこまかと……ッ!」
エレンが立ち上がり様に突き上げた拳がクザファンの顎を打った。ようやくまともな攻撃が入る。よろめいて、後ろに下がったクザファンを見ながらエレンは姿勢を立て直し棒をくるりと回して地面を打つ。
「……ナメやがって」
手の甲で顎を拭ったクザファンはそう言って舌打ちする。赤い瞳が苛立ちにギラついていた。
「……そっちこそ、人間をナメるなよ」
エレンはそう言うと、大きく深呼吸して地面を蹴った。
* * *
「本気で俺に敵うと思ってたのか、お前が」
「……ぐっ……」
「なぁ!」
腹を蹴られてロレンは地面を転がる。体が軋む。うつ伏せに止まって、なんとか体を起こそうとする。
「……兄さ……」
「俺はお前が思ってるような俺じゃねェんだよ」
「…………そんなことない……兄さんは……」
腕に力を込め、地面についた足で踏ん張る。
「昔も……優しかったんだ」
立ち上がって、肩で息をしながらフォレンを見据えた。
「今の兄さんが本当だなんて……僕は思わない」
「……分からない奴だな。そんなの幻想だ」
「記憶を失くして過ごした18年の……あの兄さんが、簡単にいなくなるわけないだろ」
フォレンはただ、冷たい目をしてロレンを見ていた。その視線を、ロレンは跳ね返す。
「兄さんは、強いんだ」
「……意味が分からないな。お前は俺をどうしたいんだ」
「ぶん殴って目を覚まさせる。それだけだ」
「────下らない。それで本当に……」
「それから、僕を僕だと認めさせる」
「あ?」
フォレンは怪訝な顔をする。ロレンはどんと胸に拳を当てた。
「僕の名はロレン・レミエル。……他でもない兄さんが、そう付けてくれたんだ」
ロレンは足を踏み出す。兄の元へと歩いて行く。フォレンは動かなかった。
「その名前こそ、僕と兄さんを区別するものだと思うけど」
フォレンのすぐ目の前まで、やって来る。目線の高さに違いはなく、同じ顔が鏡のように、並ぶ。
「……そう初めに区別したのは、兄さんだよ?」
「…………!」
フォレンの体が、横へ倒れる。ロレンが素早く繰り出した上段蹴りが側頭部にヒットしたのだ。
「……てめ…………」
倒れ切らずに、フォレンは踏み止まると血の流れるこめかみを手で抑え、ロレンを睨みつける。
「あのね、兄さん。僕は別に勝てるだなんて思ってないんだ」
ロレンの体は既に満身創痍だ。無理が出来る体ではない。
「ただ、勝とうと思ってるだけだ」
「…………!」
フォレンの隻眼が、鋭く光る。ロレンは深呼吸して、内に語りかけた。
(……ライナー。君の力が必要だ)
『…………あぁ』
ライナーがフッと笑う気配がした。
『竜皇の力、お前に貸してやるよ』
ベキベキと、ロレンの両腕や首元に鱗が生える。と、その時ロレンは背後に気配を感じた。
「……え」
そこには闇で出来た、小さな漆黒の竜たちがいた。飛竜や蛇竜、あるいは獣型など様々な形を取った竜が、7つ。
『礼を言っておこうロレン。君のおかげで僕はまたひとつ強くなった』
(ライナー、これは……)
『真覚醒を果たした。これは僕のさらなる力であり、君の力だ。手にした武器の名は“竜皇の血盟”……僕がかつて契約した臣下たちの影だ。存分に使え』
────ロレンは神界で、その真の姿を見てはいないが、影たちは自ずと教えてくれた。その名と、力を。
『やれ。竜皇の力は君の一部となった。全てを従えろ』
ライナーの声が、ロレンを奮い立たせる。現れた竜の影たちを見たフォレンは、その拳を振るわせる。
「……何だそれは! ふざけるな……お前は俺のなり損ないだ! 大人しく消えろ!」
フォレンが叫ぶ。ロレンはもう、何も怖くはなかった。
「…………行くよ!」
ロレンの掛け声と共に、湖鮫竜と翼水竜の影を残して他の五竜は闇の塵となって消えた。突き出した両腕と共に、双竜はフォレンに向かって飛んで行く。
「! ……ぐっ!」
翼水竜がフォレンを突き飛ばし、湖鮫竜がその体に巻きついて拘束する。
「……こんな……もの……!」
ギチギチと締め付ける影に、フォレンは抵抗する。ロレン自身も動いた。渾身の蹴りをその脇腹へ叩き込む。力が増幅されているのを感じた。……竜の力だ。
拘束を解かれたフォレンは吹き飛んで、転がった後に立ち上がる。ゆらりと立ち上がり、こちらを睨みつける半魔の姿。ロレンの背後に双竜が戻って来て控える。もう何も怖くはなかった。
「倒すよ、兄さん」
想いは堅く。そこにあるのは、人界に成った竜皇の影であった。
#85 END
To be continued...
ディエゴの襟首を掴んで引きずり、歩いているとぼそりと彼が言う。
エレンは足を止めるとディエゴを放した。急に支えを失ったディエゴは地面に後頭部をぶつける。
「だっ」
「別にお前の為じゃない。フォレンさんとロレンの為だ」
エレンは彼を見下ろしてそう言う。頭を摩りながら起き上がったディエゴは、エレンの方を見る。
「あ?」
「フォレンさんに誰かを殺させる訳にはいかない」
「……代わりにロレンが死ぬぞ。あいつはいつでもフォレンにくっついてた弱虫だ」
「それは過去の話だろ。今のロレンは強いよ」
エレンがそう言うと、ディエゴはフッと笑う。
「いや。変わらねェよ。見ただろ」
ディエゴが言いたいことは分かる。でも、エレンはその物言いに腹が立つ。
「ロレンの何を知ってんだ。フォレンさんのことも」
「知らねェのは、お前らの方だと思うけどな」
ディエゴはふう、と息を吐くとムッとしたエレンに首を傾げて見せる。
「で、俺を連れて来てどうしたいんだ」
「…………別にどうもしない。退いて欲しいだけだ」
「あぁ? ……そういやダグァスはどうした」
「眠って貰ってる。死んじゃいない。お前が退くなら無事に返してやる」
ダグァスは自らの死をも厭わない様子だったが……しかしディエゴは。
「……全員無事だってのか」
「あのアルトと……カルナだっけ。二人は無事だ。……フォレンさんに吹っ飛ばされた方はわからないけど」
『アイテールの奴が神界に戻った感じはなかった。多分生きてるよ、女の方は』
エレボスがそう言うので、エレンは頬を掻く。
「……女の方は生きてると思う」
「…………そうか」
ディエゴは目を伏せると、ふらりと立ち上がる。
「……取引だ。エレン・レオノール」
「!」
腕を組んだディエゴは、元来た方向へ視線を向ける。
「俺の精霊を助け出して来い。そしたら今日のところは退いてやる」
「……離れれば強制的に戻せないのか?」
「拘束された精霊は無理だ。宿主の方が距離限界から動けなくなる」
「退こうにも退けねェってことか」
「そういうことだ」
ディエゴは正直辛そうだった。精霊の力がなければ治癒は出来ない。彼女がクザファンに捕らえられてからは、ずっとダメージが蓄積している。
「……出来るか?」
エレンは考える。あれは悪魔だ。フォレンよりずっと力の強い、本物の悪魔だ。ゼイアすら凌駕するような。そんな相手に、果たしてどうにか出来るのか。自分一人で。……いや。
「……出来るか、じゃない。やるしかねェんだろ」
「────そうか」
その答えを聞いたディエゴは、どか、と木の麓に座った。
「俺はここで待つ。ルナが俺の元に戻って来れば仲間を連れて山を降りる。それでいいだろ」
「…………絶対だからな」
「疑り深いな。俺は嘘は吐かねェよ」
ふん、と息を吐いたディエゴは目を瞑る。エレンもため息を返すと、ロレンたちがいる方へと戻り始めるのだった。
* * *
木の上から悪魔の近くに接近する。彼は変わらずそこでじっとして女の精霊を抑えていた。ディエゴは「ルナ」と呼んでいたが。
(……あの精霊のこと、知ってるか?)
『はい。闇の大精霊、ルナリア・リアルル様です。月女神ルナリクセル様の血族ですね。治癒の力を持ってらっしゃいます』
リリスがそう答える。皇族である彼女がそう呼ぶからには、高位の精霊なのだろうとエレンは思う。
(あの悪魔のことは?)
『分かりません。神界に入って来た悪魔たちは、名を上げるため闇の国の精霊として戦争に参加することもあるのですが……あの悪魔に関しては見覚えがありませんね』
『俺もだ。まぁ悪魔の中には神界に非協力的な奴もいるし……』
彼についての情報は全くないということだ。エレンは枝の上で屈んだまま棒を展開する。ともかく攻撃しなければ何も始まらない。
ゼイアが少し離れたところで膝をついて留まっている。辺りに黒い刃がいくつも浮いていて、彼は動けないようだった。彼の援助は望めないだろう。
音もなく、木から飛び降りた。背後から奇襲を狙う。が、着地して地を蹴ったその瞬間、悪魔はぐるりとこちらを振り向きルナリアを放した。
「えっ」
「バカ、避けろ!」
ゼイアの声が飛んで来る。黒く何かが閃くのを見て、反射的にエレンは棒を横に持ち替え防御姿勢を取る。ガキィンという金属音と共に、肩へ衝撃が伝わった。
「あれれ」
悪魔が笑う。自らの武器が受け止めていたのは、漆黒の刀身の刀だった。
「なぁ。攻撃するの、こっちじゃないだろ?」
「……お前で合ってんだよ鴉野郎」
「ん? あぁ、俺の名前を知らないのか。」
ガキ、と弾き返して距離を取る。悪魔は左手を胸に当てて笑う。
「俺の名はクザファン。クザファン・ブローディアス。生まれながらにして穢れ、悪魔として生まれ落ちた元神徒だ。よろしくな、エレン・レオノール」
「! 俺の名前……」
「そりゃ知ってるさ。フォレンの中からずっと見てたんだから」
三日月のような笑みを浮かべるクザファンに、エレンは構えなおして問う。
「……お前、いつからフォレンさんの中にいたんだ」
「ええ? ずっと前だよ。あいつがガキの頃から」
そう言うとクザファンは肩を竦め、続ける。
「そんなことより、どうして俺を攻撃するんだ? お前はフォレンの味方で、そこの精霊は敵のはずだぜ」
と、彼が指差した先では放されて膝をついたルナリアの周りを多くの黒い刃が浮いて囲っている。ゼイアと同じ状況だ。
「……お前らを止める。ロレンだってフォレンさんと戦ってるだろ」
「あぁ、あの兄弟喧嘩……そうか、本気で止める気か。襲って来た奴らのことはどうするつもりだ?」
「止めるよ。お前とフォレンさんのことも、あいつらのことも」
「ふぅん。それで、この精霊を俺から取り戻して来いって言われたわけ? とことんお人好しだ」
ククク、とクザファンはおかしそうに笑う。エレンが勝てるとは微塵も思っていないようだ。それはその通りだと、エレンも思うのだが。
「じゃあ……俺はそれを全力で邪魔するよ」
言いながら、クザファンは刀を振る。エレンはそれを受け止める。片手の攻撃を両腕で受け止めているのに、ギリギリと拮抗している。どころか、押し切られそうですらある。
「……ぐぅ……」
「そら」
「!」
クザファンの左手が閃く。咄嗟の判断でエレンは体を僅かに捩った。脇腹を手刀が掠めて行く。血が飛び散る。直後、背後で木が折れた。勢いで後ろに転け、唖然とする。
「……なっ……」
「“Lafowl Kuld Al Nad”……っと、避けるか。真っ二つにしてやろうと思ったのに」
「…………っ」
痛みに脇腹を抑える。再生が遅い。やはり魔障のせいか。じくじくと、侵食されるような痛みを感じる。
「お前は不死身なんだっけ。バラバラにしても生きてるのかな?」
そう言って、クザファンはクククと愉しそうに笑う。
「……悪魔め……」
「そうだ。その通りだよ」
黒い姿が揺らめき、消える。気配にエレンが振り向いた先、右半身を剣筋が走る。血が噴き出した。
「!」
「はは、痛い?」
ペロリと、自身の頬に付いた血をクザファンは舐める。
勢いで後ろに倒れそうになったのを踏み止まる。血が流れる。そこへクザファンが右手を伸ばす。
「“Lafowl Ragoa Olfen”」
咄嗟に地を蹴り、動いた。闇の粒子が集まって出来た、巨大な黒い竜爪によって空間が引き裂かれる。背筋がゾッとする。地面で転身し、エレンは屈んだ状態でクザファンの方を見る。
「躱すねェ」
ゆらりと重心が傾き、鳥脚が地面を蹴る。上から斬りかかられて受け止める。
「受けるだけかよ、つまらねェ」
「……どうかな!」
エレンの影から二本の刃が飛び出す。反射的に飛び退いたクザファンを、エレンは追撃する。と、バッとクザファンが両翼を広げた。
「“黒翼旋刃”」
「!」
翼から弾丸の如く、の羽根が飛んで来る。その数は数え切れないほどだ。逃げ場もなければ、防ぎようもない。
『援護します!』
「!」
リリスの声がしたかと思うと、目の前にその姿が現れ魔術の防護壁を張る。
「リリー!」
「……チッ、神の血族が」
リリスはエレンに目配せすると、すぐに中へ戻って来た。ルナリアやゼイアの状況からしてそれが正解だろう。
「なら、これはどうだ? “Lefel Ulc”!」
『……エレンさん! 避けて!』
リリスの警告に、エレンはその場から飛び退いた。直後、さっきまでいた地面が縦に大きく抉れ、衝撃波にエレンは吹き飛ばされて地面を転がる。
「な、何だ……」
『また来ます!』
「!」
リリスの声に、その場から飛び退く。同じ攻撃が飛んで来て、同じく地面が抉れた。そして素早く飛んで来たクザファンが振った刀を転がって避けた。髪が2、3本攫われて行く。
「ちょこまかと……ッ!」
エレンが立ち上がり様に突き上げた拳がクザファンの顎を打った。ようやくまともな攻撃が入る。よろめいて、後ろに下がったクザファンを見ながらエレンは姿勢を立て直し棒をくるりと回して地面を打つ。
「……ナメやがって」
手の甲で顎を拭ったクザファンはそう言って舌打ちする。赤い瞳が苛立ちにギラついていた。
「……そっちこそ、人間をナメるなよ」
エレンはそう言うと、大きく深呼吸して地面を蹴った。
* * *
「本気で俺に敵うと思ってたのか、お前が」
「……ぐっ……」
「なぁ!」
腹を蹴られてロレンは地面を転がる。体が軋む。うつ伏せに止まって、なんとか体を起こそうとする。
「……兄さ……」
「俺はお前が思ってるような俺じゃねェんだよ」
「…………そんなことない……兄さんは……」
腕に力を込め、地面についた足で踏ん張る。
「昔も……優しかったんだ」
立ち上がって、肩で息をしながらフォレンを見据えた。
「今の兄さんが本当だなんて……僕は思わない」
「……分からない奴だな。そんなの幻想だ」
「記憶を失くして過ごした18年の……あの兄さんが、簡単にいなくなるわけないだろ」
フォレンはただ、冷たい目をしてロレンを見ていた。その視線を、ロレンは跳ね返す。
「兄さんは、強いんだ」
「……意味が分からないな。お前は俺をどうしたいんだ」
「ぶん殴って目を覚まさせる。それだけだ」
「────下らない。それで本当に……」
「それから、僕を僕だと認めさせる」
「あ?」
フォレンは怪訝な顔をする。ロレンはどんと胸に拳を当てた。
「僕の名はロレン・レミエル。……他でもない兄さんが、そう付けてくれたんだ」
ロレンは足を踏み出す。兄の元へと歩いて行く。フォレンは動かなかった。
「その名前こそ、僕と兄さんを区別するものだと思うけど」
フォレンのすぐ目の前まで、やって来る。目線の高さに違いはなく、同じ顔が鏡のように、並ぶ。
「……そう初めに区別したのは、兄さんだよ?」
「…………!」
フォレンの体が、横へ倒れる。ロレンが素早く繰り出した上段蹴りが側頭部にヒットしたのだ。
「……てめ…………」
倒れ切らずに、フォレンは踏み止まると血の流れるこめかみを手で抑え、ロレンを睨みつける。
「あのね、兄さん。僕は別に勝てるだなんて思ってないんだ」
ロレンの体は既に満身創痍だ。無理が出来る体ではない。
「ただ、勝とうと思ってるだけだ」
「…………!」
フォレンの隻眼が、鋭く光る。ロレンは深呼吸して、内に語りかけた。
(……ライナー。君の力が必要だ)
『…………あぁ』
ライナーがフッと笑う気配がした。
『竜皇の力、お前に貸してやるよ』
ベキベキと、ロレンの両腕や首元に鱗が生える。と、その時ロレンは背後に気配を感じた。
「……え」
そこには闇で出来た、小さな漆黒の竜たちがいた。飛竜や蛇竜、あるいは獣型など様々な形を取った竜が、7つ。
『礼を言っておこうロレン。君のおかげで僕はまたひとつ強くなった』
(ライナー、これは……)
『真覚醒を果たした。これは僕のさらなる力であり、君の力だ。手にした武器の名は“竜皇の血盟”……僕がかつて契約した臣下たちの影だ。存分に使え』
────ロレンは神界で、その真の姿を見てはいないが、影たちは自ずと教えてくれた。その名と、力を。
『やれ。竜皇の力は君の一部となった。全てを従えろ』
ライナーの声が、ロレンを奮い立たせる。現れた竜の影たちを見たフォレンは、その拳を振るわせる。
「……何だそれは! ふざけるな……お前は俺のなり損ないだ! 大人しく消えろ!」
フォレンが叫ぶ。ロレンはもう、何も怖くはなかった。
「…………行くよ!」
ロレンの掛け声と共に、湖鮫竜と翼水竜の影を残して他の五竜は闇の塵となって消えた。突き出した両腕と共に、双竜はフォレンに向かって飛んで行く。
「! ……ぐっ!」
翼水竜がフォレンを突き飛ばし、湖鮫竜がその体に巻きついて拘束する。
「……こんな……もの……!」
ギチギチと締め付ける影に、フォレンは抵抗する。ロレン自身も動いた。渾身の蹴りをその脇腹へ叩き込む。力が増幅されているのを感じた。……竜の力だ。
拘束を解かれたフォレンは吹き飛んで、転がった後に立ち上がる。ゆらりと立ち上がり、こちらを睨みつける半魔の姿。ロレンの背後に双竜が戻って来て控える。もう何も怖くはなかった。
「倒すよ、兄さん」
想いは堅く。そこにあるのは、人界に成った竜皇の影であった。
#85 END
To be continued...
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センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
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