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翌日、落天は外出した。
自国の城に飾る屏風を描く絵師を紹介して欲しいという大名の依頼で、その絵師本人と参考になるような作品を持参して大名の宿所に赴かねばならない。もうひとつ、貴人を茶会に招待した商人に、茶室に飾る掛け軸について相談されていた。それも探さなければならなかった。
菊は、この日は書を稽古していた。師匠は門跡寺院の尼僧である。昔はさぞ美しかったであろうと思われる、気品のある尼僧であった。清松尼という人である。落天が特に請うて来てもらったらしい。昔からの知り合いだということであった。
「よく書けています」
彼女は菊を褒めた。
「なれど、今日は少し乱れがありますね、菊様」
「恐れ入りまする」
「そういう時もあります。お若いのですもの」
稽古を終えてから、菊は清松尼に茶を振舞った。
「菊様は、さすがにあの落天斎どののお目に適う方。ますます美しくなられますね。お姿も、お振る舞いの仕草も何もかもが」
「あの、清松尼さま、お訊きしてもよろしゅうございましょうか」
「何をでございましょう?」
「清松尼さまは、落天様をいつからご存知なのでございますか?」
おや、と彼女は菊をやさしく見つめた。
「ご興味が、おありですの?」
そう問われて、菊は逆に羞恥を覚える。小さい声で、いいえ、と否定してしまった。
「かの方がお小さいころからです。それはもう、かわいらしいお方でした」
「かわいらしい?」
菊は言葉を繰り返してしまった。
あの六尺近い大柄な体躯で、顔立ちは整っているが冷たく無愛想な落天が、かわいらしかったという。不思議な感じであった。
「お母上様もご存知ですの?」
「そう、存じております」
不意に、清松尼の表情が固くなった。そのことには触れないで欲しいという表情だ。
それを強いて問うような無作法を、菊はしなかった。そのように躾けられている。
「庭に桜が見えます。ご覧になられますか?満開ですよ」
と言って、菊は清松尼の固くなった表情をやわらげてやった。
夜。
菊は、この日は以前から着用していたような白綾の小袖を着ている。ただ、帯が紅色である。
幸いなことに出血が止まり、痛みも一昨日からすればずいぶんとなくなった。
(だけど、また…)それを思うと暗澹となってしまう。
褥は昨夜までの赤いものから白いものに取り替えられている。幾分、落ち着いて感じる。その代わり、几帳が赤い薄物になっていた。相変わらず、戸が開け放たれ、桜がかがり火に照らされている。
落天が来た。
「菊、来い」
と几帳の向こう側で彼が呼ぶ。縹色の小袖を着ている。
立っている彼の影が濃い。天気が良いらしい。
「月が明るい。酒をここへ」
「はい」
酒を盆ごと運んで菊は落天のいる濡縁へ出て行った。
満月で、晴天であった。夜空なのに黒くなく、濃紺のような、濃い灰色のような空である。
落天が柱にもたれて胡坐をかいているその傍らに、菊も座った。そっと杯を差し出し、酒を注いだ。
彼は月を見たまま、酒を二杯飲み干す。
「月が茫洋として見える。…春だな」
秋のように乾いておらず、春のもやが空にも満ちているのだろうか、月の回りに朦気の輪が見えるようだった。落天はそれを茫洋とたとえた。
落天が三杯目を飲み終わる。その空の杯を差し出すのにまた菊が瓶子を傾けようとすると、落天が首を振り、菊に杯を持たせ、瓶子を彼が取り上げた。
「頂戴します」
落天は横目でうなずいた。
菊は月を眺めながら、ゆっくり飲んだ。杯を空にしてから落天のほうへ目を向けたとき、落天が瓶子に唇をつけてそこから直接酒を飲んでいるのを見た。
「まぁ」
と、つい咎めるように呟く。立ち居振る舞いについてあれほど菊に厳しい落天が、この行儀はなんと言うことであろうか。
落天がその菊を空いた手で引き寄せ、髪をつかんで強引に唇を重ねてきた。その唇に、彼は含んでいた酒を注ぎいれた。
驚きながら菊は口に流し込まれた酒を嚥下する。唇の端に少し流れたものを手でぬぐいながら、落天を見上げた。彼はまた瓶子から酒を飲んでいる。
「行儀が悪いか?……誰も咎めはしない。かまうまい」
眉をひそめている菊を見下ろしながら、落天は皮肉めいた微笑を浮かべている。菊は彼の膝の上に仰向けに倒されていた。
彼はまた、菊の唇に酒を流し込む作業をした。
菊の手から杯が落ち、胸の上を転がって、かたり、と縁の板敷きの上に落ちた。
「まだ、飲むか?」
菊は首を横に振って断った。
落天は菊の肩を押さえて離さないまま、また酒を飲んだ。瓶子の傾き具合から見て、この一口が最後らしい。
「いい月だな」
空になった瓶子を傍らに置いて落天はまた言った。菊は依然彼の膝の上に在る。
だんだんと菊にも酒精が回ってきた。頬が熱くなり、体の力が抜ける。眠いような、浮かぶようなトロリとしてよい気持ちだった。
「まだ眠るな」
落天が菊の耳元に言う。
菊は自分が持ち上げられたのを知った。宙を旋回した。
下ろされたのは褥の上。
行灯の火明りで肌に朱色のような陰影が出来る。
落天が菊の睫毛の揺らめく陰を指でなぞりながらそこに唇をつけた。その途端に菊の体が強張って細かく震える。朱唇から洩れる吐息も同じように震えている。
「嫌か……?」
問いかけながら、彼は答えを聞くことなく唇を重ねる。やはり菊は震えていた。
紅色の帯を解き、白い小袖の前を開く。落天は菊の唇を舌で割り、菊の舌に自らのそれを絡めた。かすかに菊が呻いている。落天は彼のその縹色の小袖も脱いだ。
裸の胸を重ねる。彼の肌に、菊の乳房の感触が在った。
「……」
菊が大きく呼吸した。胸の膨らみに落天の両手が掛かっている。その手の中で形の良いそれが様々に姿を変えられる。その先端の桜の蕾のようなものが、時折、指の間にきつく挟まれていた。その度、菊が肢体を反り返らせた。
落天の眼差しがまた蒸れるような熱さで菊を見つめている。視線を感じて、菊は喘ぎながら顔を背けた。しかしその背けた首筋が悩ましい。火明かりで鎖骨が朱色の影を落とす。
菊の胸から腰まで、まるでその曲線を確かめるように落天の手のひらが丁寧に往復した。次は肩から背中をたどり、臀部へと。全体に華奢な菊の体の中でやや肉置きを感じられるそこを落天の手がつかみしめた。
菊の指が落天の髪をかき乱していた。彼の唇が菊の乳房を含んでいる。
「はッ……!ぁ……」
か細い声で、抑えかねるように菊が喘ぎ続けていた。
「……良い…、菊、なんて……」
落天の声も爛れていた。
彼の手が菊の秘所に触れた。菊が鮎のように跳ねる。イヤ、と何度か言っている。
否定の言葉を言う唇とは裏腹に、菊の其処は落天の指を迎えると、訓練された通りに微妙に蠢きながらそれをじわりと吸い込むのだ。落天が指を動かすと、それを逃すまいとするように菊の襞も熱く絡み付いていく。
菊がひどく全身を捩る。菊の其処の感官は、このことのために5年もそういう訓練をしたせいで落天の指先の微細な振動をさえ、意識の根を揺さぶるような衝動として、菊の神経に到達させるのだ。
「堪らぬ、これは……、菊……」
落天は自らがそうせしめた菊の器官を賞賛した。菊が震えている。だが、それは怯えているのではないことを落天は悟る。悟って、彼自身もひどく昂じていた。
素早く菊の両膝の間に身体を入れ、落天は憤激しているような自らのそれを菊の其処に擬した。指先でその粘膜をよく押し広げて、ぐっ、と彼は雄渾なその突端を菊の裡に沈ませていく。
「……やめて!それは……!」
菊の抗いより早く、落天は侵入していた。
白い肢体が反り返り、くねる。菊が落天の肩を強く掴みながら、彼の加えてくる圧力に抵抗している。
「少し、耐えよ……!」
落天の手が菊の腰にある。さまざまにうねる白い身体を逃さないように抑えているのだ。
それにしても、と落天は驚嘆する思いでいた。彼自身がそうさせたといえ、菊のその部分のすばらしさはどうだろう。背筋があわ立つような心地よさに眩暈がしそうである。
菊の喉が大きく反り返る。先ほどの指や、訓練してきた道具の非ではない衝動が菊の感官に響くのだろう。喘ぎ続けた声もひどくかすれてきた。啜り泣きに近い。
落天の呼吸も荒い。
「お願い……。苦しい…」
啜り泣きの声の下から何度か菊が訴えている。
「まだ…」
その都度、落天は首を横に振った。(ようやく…)と感じたとき、落天の肩に菊の指が食い込んだ。ようやく、彼のすべてが菊に納まった。その感触が在った。彼自身のすべてが、緊縮しつつ絶妙に絡みつく菊のその襞に包まれた。
菊は落天の肩をつかみ、肘を突っ張らせて背を反り返させた。その弓なりの細い身体に、落天はさらに力を加える。菊に腹を叩きつけるように、落天は身体を何度か律動させた。その仕草とともに彼が体内で往復するのを菊は強烈な衝撃に感じていた。
「菊!……良い……!凄く…」
その往還を移動する落天をきつく阻むように、また滑らかに纏い付くように菊のその粘膜が機能する。落天は菊の陥穽に没入した彼自身から伝わる甘美な感触に、肌を粟立てた。
落天の背にびっしりと汗の珠が浮いている。緩急をつけて落天は身体を動かす。汗が彼の筋肉の振動に合わせて流れ出していた。快すぎる、と戸惑うほどの思いで彼は眉根を寄せて目を固く閉じた。細かく震える細い身体を抱きしめて足掻きながら、自らの物をさらに菊の秘奥に分け入らせ、強く貫いた。
菊がかすれた声で悲鳴のような声を途切れ途切れに上げる。いつの間にか、落天もまた、陶酔のまま荒々しい吐息でそのか細い声に和していた。
白い菊の膝頭が、落天のしなやかな筋肉によろわれた腰を締め付けて、激しく震える。菊は膝の辺りからも落天の身体の熱を知った。朦朧となりながら落天が噴出する熱気を菊はその身に浴び、彼のその激しさに応えきれず、無意識に悲鳴のような声を放ちながら、全身を水中の絹のように波打たせて煩悶した。
やがて沈静した落天が菊の傍らに身を横たえ、まだ熱いままの掌を、小刻みに収縮と弛緩を繰り返している少女の白い腹に触れた。その滑らかな肌も、彼女の汗で湿っていた。肩にまといついている黒髪がひどく乱れている。首筋や、頬の辺りが艶やかに紅潮している。熟れ始めた桃のような風情だ。
仰臥した菊の胸が大きく上下していて、膨らみの間を汗が筋を引いて流れていく。
二人の下に敷かれた状態になっていた菊の白い小袖が、皺くちゃになっており、ところどころ、赤いにじみがある。落天はそれをまた掴み、彼の物を拭った。
少し血塗られていた。
ぐったりとなって激しく息をついていた菊が、その様子を目の端で見つめている。(また血が…)と気付く。疼痛があったわけである。ずっと、菊はそれを訴えていたのに、落天は少しも聞き入れなかった。
菊の醸す快楽の中で悩乱していた彼は、菊の言葉を音色としてしか認識できなかったのであった。それでも菊にとっては同じことで、結局、どう訴えても落天はそれを無視し、聞き入れはしなかったということが彼女にとっての事実で、彼女はまた口惜しさを覚えるのだった。
落天に従わなかったときに受けた折檻を菊は思い出している。まずはそういう苦痛が連想されてしまう。
「これは、……罰なの…?」
仰臥して顔だけを向け、落天の手から小袖を奪い、赤い帯ごとそれを胸に抱きながら菊は彼に訊いた。まだ呼吸が乱れている。
落天は横臥したまま、腕を伸ばして先ほど脱ぎ捨てた縹色の自分の小袖を腰にかけながら、菊の問いかけを聞いている。彼は果てる瞬間までの陶酔の余韻にまだ身体を火照らせている。その快楽の酔いの冷めぬ意識のなかに投げかけられた、菊の言葉は意外であった。
「妙なことを」
と言いながら、落天は微笑んでいる。満足の表情である。
菊という彼の作品の、その想像以上の機能の良さが彼を酔い痴れさせたことが嬉しいようだ。菊の多少の抵抗も、煩悶の表情も、可憐さを催す姿態も、彼を幻惑させるために為された演出のように思えてならない。ただそういう菊の婉美なさまも、彼は菊がそういう仕草をするような少女に育てた成果である。
「…まだ、良くないのか」
「良……く、なんて」
悪寒が走ったように肌身を震わせて、菊が切れ切れに言った。
「罰のつもりなどない。良いように、したつもりだが」
「でも、あ、あんな」
反論の途中で、菊は睫毛を伏せた。あんなもので血が出るほど私を突いて、と言おうとしてその意味のいやらしさに気が付いたらしい。菊の其処に、落天の侵入の触感が、いまだ熱を帯びたままでまざまざと残っている。
赤い染みのある部分を掴んで、唇を噛んだ。口をついて出そうになった猥雑な言葉に自ら羞恥を覚えてひどく赤面している。
落天は消え入りそうに恥じている菊の睫毛に指を触れ、不思議そうな表情でそんな少女を見つめていた。
「一昨日よりはましであろう?」
彼はそう言うが、菊はそれはどうだろうと思う。一昨夜のほうが落天は菊の身を憐れんでくれていた。今の落天の猛々しさは前より増しているようにしか、感じられなかった。
「でも、あの時は、すぐに止めて下さった。……今は、…私、ずっと苦しいって、ずっと申し上げましたのに」
一気に訴えかけて、菊はまた少し胸を喘がせた。動悸も肌の粟立ちも少しも治まらない。身体にも力が入らず、その場を去りたい気持ちでいっぱいだったのだが、横たわったまま落天に背中を向けるだけで精一杯だった。
「熟れれば、すぐ良くなる」
落天は彼に向けられた菊のつるりとした白磁のような背中を見ている。その肌に浮かんだ汗が水を含んだ絹に似た照りをもって、火明かりの下で濃い朱の影を落としている。背中から腰にかけての瓢のような曲線は、瞠目に値する艶めかしさだった。
「女は男を受け容れるように出来ているのだから」
菊の背に、落天は胸を寄せる。菊が抱えている小袖の布地の間に手を忍ばせ、柔らかな胸元を探った。
その手元から菊は渾身の力で這い出し、寝所から居間へ続く板戸の所までいざりよる。
落天は菊の両足を押さえて逃さない。
「もう、何もなさらないで下さいませ」
上体を起こして、肩を壁にもたせて菊は落天に向かって合掌した。
「お願いでございます」
落天の肩がまるで黒い山のように菊に陰を落としている。
「どうか……お願いです。今宵はもう、どうか……」
菊は哀願する。切れ長な落天の眼が、猛火に炙られたような輝きを帯びて、そんな菊の長い睫毛の下の潤んだ眸を捉えている。怯えている。
「俺に怯えるのか?」
苛立った口調だった。
これまでにさまざまなことを菊にさせてきた落天だったが、彼女の飲み込みの良さには感心していたのだ。例えば秘所の鍛錬にしても、菊は出来が良かった。しかし本来の目的であるこのこと自体を、菊が受け入れがたく感じるとは、予想外であった。
「怖いのか」
重ねて落天が低い声で訊く。
菊が息を呑んで顔を強張らせた。落天の機嫌を損なったことを知った。また折檻を受けることになるか、その思いで菊は震え始めた。あわてて首を横に振る。
「いえ!……申し訳ありません。どうか、ご容赦くださいませ……!」
菊は落天の間近な強い視線に射すくめられている。まるで刺殺せんばかりの鋭い目だ。
「何がそんなに恐ろしい?」
問い詰めながら、落天の右手が菊の顎にかかった。
行灯の火明かりがすこし揺らめいた。几帳も揺れている。風が少し入ってきたようだ。
生暖かい春の風とともに、桜の花弁が数片、濡縁に舞い降りてきている。
そういう沈黙の後、菊はほとばしるように言った。
「そういう落天様が、怖い!」
彼女自身が驚くような力で、落天の胸を押し返す。
激情の発露で興奮したのか、呼吸を乱しながら、震えた声で続けた。
「私は何もできません。落天様に何をされても、拒む力なんてありません。だから怖い!とても怖いのに!……痛くても、苦しくても、我慢しました。恥ずかしくても!」
今のことだけを言っているのではなかった。涙が出てくるうちに、色々なことを思い出して菊は泣いている。
「……落天様が怖いのです」
掌に顔を埋めて、菊は子供のように泣き始めた。
さすがの落天も、ちょっと身を引いた。こんな風に泣く菊を見たのは初めてだった。
初めて会ったときが12歳だったのに、そんなころから、菊は落天に怯えて感情を押し殺してきたのだ。彼は、押し殺されてしまった感情の在処を、彼女の中に見出そうともせず、ただ物を作るように彼女を手入れしてきた。彼の意志に従わなかったときにはまるで、立花のために花の枝を矯めるように彼女を従わせた。
「それなのに、こんなことを、良いと思えなんて」
菊は落天が恐ろしいがために従順にしてきたが、それを喜びに感じてはいなかった、というような意味の言葉を彼に告げた。
落天はそれに抗弁できない。
なるほど、菊はただの器具ではない。
人の心の中までは思い通りに行かないものだと納得するような気持ちでいる。呆れているのでも怒っているのでもなく、灯りの影の暗い中で、彼は面白いと思って菊の訴えを聞いていた。菊が器具ではないというのは、当たり前のことなのに新しい発見のようで、背中がざわめくほどの興趣を覚えた。
その菊はあられもない姿で、落天の影の中で泣いている。
「わかった。やめよう」
落ち着いた声で宣言しながら、彼は菊の身体を彼女の小袖で包み、抱え上げた。そのまま褥の中にやさしく横たえ、掛け物でその身体を覆ってやった。
菊の身体が少し冷えている。他意なく、その腕を落天は掌でさすってやったのだが、彼女はまだ恐ろしいのか、びく、と身を震わせた。
「もう、何もせぬ。眠ろう」
落天のその声を聞いて、ようやく菊は緩やかに目蓋を閉じた。
自国の城に飾る屏風を描く絵師を紹介して欲しいという大名の依頼で、その絵師本人と参考になるような作品を持参して大名の宿所に赴かねばならない。もうひとつ、貴人を茶会に招待した商人に、茶室に飾る掛け軸について相談されていた。それも探さなければならなかった。
菊は、この日は書を稽古していた。師匠は門跡寺院の尼僧である。昔はさぞ美しかったであろうと思われる、気品のある尼僧であった。清松尼という人である。落天が特に請うて来てもらったらしい。昔からの知り合いだということであった。
「よく書けています」
彼女は菊を褒めた。
「なれど、今日は少し乱れがありますね、菊様」
「恐れ入りまする」
「そういう時もあります。お若いのですもの」
稽古を終えてから、菊は清松尼に茶を振舞った。
「菊様は、さすがにあの落天斎どののお目に適う方。ますます美しくなられますね。お姿も、お振る舞いの仕草も何もかもが」
「あの、清松尼さま、お訊きしてもよろしゅうございましょうか」
「何をでございましょう?」
「清松尼さまは、落天様をいつからご存知なのでございますか?」
おや、と彼女は菊をやさしく見つめた。
「ご興味が、おありですの?」
そう問われて、菊は逆に羞恥を覚える。小さい声で、いいえ、と否定してしまった。
「かの方がお小さいころからです。それはもう、かわいらしいお方でした」
「かわいらしい?」
菊は言葉を繰り返してしまった。
あの六尺近い大柄な体躯で、顔立ちは整っているが冷たく無愛想な落天が、かわいらしかったという。不思議な感じであった。
「お母上様もご存知ですの?」
「そう、存じております」
不意に、清松尼の表情が固くなった。そのことには触れないで欲しいという表情だ。
それを強いて問うような無作法を、菊はしなかった。そのように躾けられている。
「庭に桜が見えます。ご覧になられますか?満開ですよ」
と言って、菊は清松尼の固くなった表情をやわらげてやった。
夜。
菊は、この日は以前から着用していたような白綾の小袖を着ている。ただ、帯が紅色である。
幸いなことに出血が止まり、痛みも一昨日からすればずいぶんとなくなった。
(だけど、また…)それを思うと暗澹となってしまう。
褥は昨夜までの赤いものから白いものに取り替えられている。幾分、落ち着いて感じる。その代わり、几帳が赤い薄物になっていた。相変わらず、戸が開け放たれ、桜がかがり火に照らされている。
落天が来た。
「菊、来い」
と几帳の向こう側で彼が呼ぶ。縹色の小袖を着ている。
立っている彼の影が濃い。天気が良いらしい。
「月が明るい。酒をここへ」
「はい」
酒を盆ごと運んで菊は落天のいる濡縁へ出て行った。
満月で、晴天であった。夜空なのに黒くなく、濃紺のような、濃い灰色のような空である。
落天が柱にもたれて胡坐をかいているその傍らに、菊も座った。そっと杯を差し出し、酒を注いだ。
彼は月を見たまま、酒を二杯飲み干す。
「月が茫洋として見える。…春だな」
秋のように乾いておらず、春のもやが空にも満ちているのだろうか、月の回りに朦気の輪が見えるようだった。落天はそれを茫洋とたとえた。
落天が三杯目を飲み終わる。その空の杯を差し出すのにまた菊が瓶子を傾けようとすると、落天が首を振り、菊に杯を持たせ、瓶子を彼が取り上げた。
「頂戴します」
落天は横目でうなずいた。
菊は月を眺めながら、ゆっくり飲んだ。杯を空にしてから落天のほうへ目を向けたとき、落天が瓶子に唇をつけてそこから直接酒を飲んでいるのを見た。
「まぁ」
と、つい咎めるように呟く。立ち居振る舞いについてあれほど菊に厳しい落天が、この行儀はなんと言うことであろうか。
落天がその菊を空いた手で引き寄せ、髪をつかんで強引に唇を重ねてきた。その唇に、彼は含んでいた酒を注ぎいれた。
驚きながら菊は口に流し込まれた酒を嚥下する。唇の端に少し流れたものを手でぬぐいながら、落天を見上げた。彼はまた瓶子から酒を飲んでいる。
「行儀が悪いか?……誰も咎めはしない。かまうまい」
眉をひそめている菊を見下ろしながら、落天は皮肉めいた微笑を浮かべている。菊は彼の膝の上に仰向けに倒されていた。
彼はまた、菊の唇に酒を流し込む作業をした。
菊の手から杯が落ち、胸の上を転がって、かたり、と縁の板敷きの上に落ちた。
「まだ、飲むか?」
菊は首を横に振って断った。
落天は菊の肩を押さえて離さないまま、また酒を飲んだ。瓶子の傾き具合から見て、この一口が最後らしい。
「いい月だな」
空になった瓶子を傍らに置いて落天はまた言った。菊は依然彼の膝の上に在る。
だんだんと菊にも酒精が回ってきた。頬が熱くなり、体の力が抜ける。眠いような、浮かぶようなトロリとしてよい気持ちだった。
「まだ眠るな」
落天が菊の耳元に言う。
菊は自分が持ち上げられたのを知った。宙を旋回した。
下ろされたのは褥の上。
行灯の火明りで肌に朱色のような陰影が出来る。
落天が菊の睫毛の揺らめく陰を指でなぞりながらそこに唇をつけた。その途端に菊の体が強張って細かく震える。朱唇から洩れる吐息も同じように震えている。
「嫌か……?」
問いかけながら、彼は答えを聞くことなく唇を重ねる。やはり菊は震えていた。
紅色の帯を解き、白い小袖の前を開く。落天は菊の唇を舌で割り、菊の舌に自らのそれを絡めた。かすかに菊が呻いている。落天は彼のその縹色の小袖も脱いだ。
裸の胸を重ねる。彼の肌に、菊の乳房の感触が在った。
「……」
菊が大きく呼吸した。胸の膨らみに落天の両手が掛かっている。その手の中で形の良いそれが様々に姿を変えられる。その先端の桜の蕾のようなものが、時折、指の間にきつく挟まれていた。その度、菊が肢体を反り返らせた。
落天の眼差しがまた蒸れるような熱さで菊を見つめている。視線を感じて、菊は喘ぎながら顔を背けた。しかしその背けた首筋が悩ましい。火明かりで鎖骨が朱色の影を落とす。
菊の胸から腰まで、まるでその曲線を確かめるように落天の手のひらが丁寧に往復した。次は肩から背中をたどり、臀部へと。全体に華奢な菊の体の中でやや肉置きを感じられるそこを落天の手がつかみしめた。
菊の指が落天の髪をかき乱していた。彼の唇が菊の乳房を含んでいる。
「はッ……!ぁ……」
か細い声で、抑えかねるように菊が喘ぎ続けていた。
「……良い…、菊、なんて……」
落天の声も爛れていた。
彼の手が菊の秘所に触れた。菊が鮎のように跳ねる。イヤ、と何度か言っている。
否定の言葉を言う唇とは裏腹に、菊の其処は落天の指を迎えると、訓練された通りに微妙に蠢きながらそれをじわりと吸い込むのだ。落天が指を動かすと、それを逃すまいとするように菊の襞も熱く絡み付いていく。
菊がひどく全身を捩る。菊の其処の感官は、このことのために5年もそういう訓練をしたせいで落天の指先の微細な振動をさえ、意識の根を揺さぶるような衝動として、菊の神経に到達させるのだ。
「堪らぬ、これは……、菊……」
落天は自らがそうせしめた菊の器官を賞賛した。菊が震えている。だが、それは怯えているのではないことを落天は悟る。悟って、彼自身もひどく昂じていた。
素早く菊の両膝の間に身体を入れ、落天は憤激しているような自らのそれを菊の其処に擬した。指先でその粘膜をよく押し広げて、ぐっ、と彼は雄渾なその突端を菊の裡に沈ませていく。
「……やめて!それは……!」
菊の抗いより早く、落天は侵入していた。
白い肢体が反り返り、くねる。菊が落天の肩を強く掴みながら、彼の加えてくる圧力に抵抗している。
「少し、耐えよ……!」
落天の手が菊の腰にある。さまざまにうねる白い身体を逃さないように抑えているのだ。
それにしても、と落天は驚嘆する思いでいた。彼自身がそうさせたといえ、菊のその部分のすばらしさはどうだろう。背筋があわ立つような心地よさに眩暈がしそうである。
菊の喉が大きく反り返る。先ほどの指や、訓練してきた道具の非ではない衝動が菊の感官に響くのだろう。喘ぎ続けた声もひどくかすれてきた。啜り泣きに近い。
落天の呼吸も荒い。
「お願い……。苦しい…」
啜り泣きの声の下から何度か菊が訴えている。
「まだ…」
その都度、落天は首を横に振った。(ようやく…)と感じたとき、落天の肩に菊の指が食い込んだ。ようやく、彼のすべてが菊に納まった。その感触が在った。彼自身のすべてが、緊縮しつつ絶妙に絡みつく菊のその襞に包まれた。
菊は落天の肩をつかみ、肘を突っ張らせて背を反り返させた。その弓なりの細い身体に、落天はさらに力を加える。菊に腹を叩きつけるように、落天は身体を何度か律動させた。その仕草とともに彼が体内で往復するのを菊は強烈な衝撃に感じていた。
「菊!……良い……!凄く…」
その往還を移動する落天をきつく阻むように、また滑らかに纏い付くように菊のその粘膜が機能する。落天は菊の陥穽に没入した彼自身から伝わる甘美な感触に、肌を粟立てた。
落天の背にびっしりと汗の珠が浮いている。緩急をつけて落天は身体を動かす。汗が彼の筋肉の振動に合わせて流れ出していた。快すぎる、と戸惑うほどの思いで彼は眉根を寄せて目を固く閉じた。細かく震える細い身体を抱きしめて足掻きながら、自らの物をさらに菊の秘奥に分け入らせ、強く貫いた。
菊がかすれた声で悲鳴のような声を途切れ途切れに上げる。いつの間にか、落天もまた、陶酔のまま荒々しい吐息でそのか細い声に和していた。
白い菊の膝頭が、落天のしなやかな筋肉によろわれた腰を締め付けて、激しく震える。菊は膝の辺りからも落天の身体の熱を知った。朦朧となりながら落天が噴出する熱気を菊はその身に浴び、彼のその激しさに応えきれず、無意識に悲鳴のような声を放ちながら、全身を水中の絹のように波打たせて煩悶した。
やがて沈静した落天が菊の傍らに身を横たえ、まだ熱いままの掌を、小刻みに収縮と弛緩を繰り返している少女の白い腹に触れた。その滑らかな肌も、彼女の汗で湿っていた。肩にまといついている黒髪がひどく乱れている。首筋や、頬の辺りが艶やかに紅潮している。熟れ始めた桃のような風情だ。
仰臥した菊の胸が大きく上下していて、膨らみの間を汗が筋を引いて流れていく。
二人の下に敷かれた状態になっていた菊の白い小袖が、皺くちゃになっており、ところどころ、赤いにじみがある。落天はそれをまた掴み、彼の物を拭った。
少し血塗られていた。
ぐったりとなって激しく息をついていた菊が、その様子を目の端で見つめている。(また血が…)と気付く。疼痛があったわけである。ずっと、菊はそれを訴えていたのに、落天は少しも聞き入れなかった。
菊の醸す快楽の中で悩乱していた彼は、菊の言葉を音色としてしか認識できなかったのであった。それでも菊にとっては同じことで、結局、どう訴えても落天はそれを無視し、聞き入れはしなかったということが彼女にとっての事実で、彼女はまた口惜しさを覚えるのだった。
落天に従わなかったときに受けた折檻を菊は思い出している。まずはそういう苦痛が連想されてしまう。
「これは、……罰なの…?」
仰臥して顔だけを向け、落天の手から小袖を奪い、赤い帯ごとそれを胸に抱きながら菊は彼に訊いた。まだ呼吸が乱れている。
落天は横臥したまま、腕を伸ばして先ほど脱ぎ捨てた縹色の自分の小袖を腰にかけながら、菊の問いかけを聞いている。彼は果てる瞬間までの陶酔の余韻にまだ身体を火照らせている。その快楽の酔いの冷めぬ意識のなかに投げかけられた、菊の言葉は意外であった。
「妙なことを」
と言いながら、落天は微笑んでいる。満足の表情である。
菊という彼の作品の、その想像以上の機能の良さが彼を酔い痴れさせたことが嬉しいようだ。菊の多少の抵抗も、煩悶の表情も、可憐さを催す姿態も、彼を幻惑させるために為された演出のように思えてならない。ただそういう菊の婉美なさまも、彼は菊がそういう仕草をするような少女に育てた成果である。
「…まだ、良くないのか」
「良……く、なんて」
悪寒が走ったように肌身を震わせて、菊が切れ切れに言った。
「罰のつもりなどない。良いように、したつもりだが」
「でも、あ、あんな」
反論の途中で、菊は睫毛を伏せた。あんなもので血が出るほど私を突いて、と言おうとしてその意味のいやらしさに気が付いたらしい。菊の其処に、落天の侵入の触感が、いまだ熱を帯びたままでまざまざと残っている。
赤い染みのある部分を掴んで、唇を噛んだ。口をついて出そうになった猥雑な言葉に自ら羞恥を覚えてひどく赤面している。
落天は消え入りそうに恥じている菊の睫毛に指を触れ、不思議そうな表情でそんな少女を見つめていた。
「一昨日よりはましであろう?」
彼はそう言うが、菊はそれはどうだろうと思う。一昨夜のほうが落天は菊の身を憐れんでくれていた。今の落天の猛々しさは前より増しているようにしか、感じられなかった。
「でも、あの時は、すぐに止めて下さった。……今は、…私、ずっと苦しいって、ずっと申し上げましたのに」
一気に訴えかけて、菊はまた少し胸を喘がせた。動悸も肌の粟立ちも少しも治まらない。身体にも力が入らず、その場を去りたい気持ちでいっぱいだったのだが、横たわったまま落天に背中を向けるだけで精一杯だった。
「熟れれば、すぐ良くなる」
落天は彼に向けられた菊のつるりとした白磁のような背中を見ている。その肌に浮かんだ汗が水を含んだ絹に似た照りをもって、火明かりの下で濃い朱の影を落としている。背中から腰にかけての瓢のような曲線は、瞠目に値する艶めかしさだった。
「女は男を受け容れるように出来ているのだから」
菊の背に、落天は胸を寄せる。菊が抱えている小袖の布地の間に手を忍ばせ、柔らかな胸元を探った。
その手元から菊は渾身の力で這い出し、寝所から居間へ続く板戸の所までいざりよる。
落天は菊の両足を押さえて逃さない。
「もう、何もなさらないで下さいませ」
上体を起こして、肩を壁にもたせて菊は落天に向かって合掌した。
「お願いでございます」
落天の肩がまるで黒い山のように菊に陰を落としている。
「どうか……お願いです。今宵はもう、どうか……」
菊は哀願する。切れ長な落天の眼が、猛火に炙られたような輝きを帯びて、そんな菊の長い睫毛の下の潤んだ眸を捉えている。怯えている。
「俺に怯えるのか?」
苛立った口調だった。
これまでにさまざまなことを菊にさせてきた落天だったが、彼女の飲み込みの良さには感心していたのだ。例えば秘所の鍛錬にしても、菊は出来が良かった。しかし本来の目的であるこのこと自体を、菊が受け入れがたく感じるとは、予想外であった。
「怖いのか」
重ねて落天が低い声で訊く。
菊が息を呑んで顔を強張らせた。落天の機嫌を損なったことを知った。また折檻を受けることになるか、その思いで菊は震え始めた。あわてて首を横に振る。
「いえ!……申し訳ありません。どうか、ご容赦くださいませ……!」
菊は落天の間近な強い視線に射すくめられている。まるで刺殺せんばかりの鋭い目だ。
「何がそんなに恐ろしい?」
問い詰めながら、落天の右手が菊の顎にかかった。
行灯の火明かりがすこし揺らめいた。几帳も揺れている。風が少し入ってきたようだ。
生暖かい春の風とともに、桜の花弁が数片、濡縁に舞い降りてきている。
そういう沈黙の後、菊はほとばしるように言った。
「そういう落天様が、怖い!」
彼女自身が驚くような力で、落天の胸を押し返す。
激情の発露で興奮したのか、呼吸を乱しながら、震えた声で続けた。
「私は何もできません。落天様に何をされても、拒む力なんてありません。だから怖い!とても怖いのに!……痛くても、苦しくても、我慢しました。恥ずかしくても!」
今のことだけを言っているのではなかった。涙が出てくるうちに、色々なことを思い出して菊は泣いている。
「……落天様が怖いのです」
掌に顔を埋めて、菊は子供のように泣き始めた。
さすがの落天も、ちょっと身を引いた。こんな風に泣く菊を見たのは初めてだった。
初めて会ったときが12歳だったのに、そんなころから、菊は落天に怯えて感情を押し殺してきたのだ。彼は、押し殺されてしまった感情の在処を、彼女の中に見出そうともせず、ただ物を作るように彼女を手入れしてきた。彼の意志に従わなかったときにはまるで、立花のために花の枝を矯めるように彼女を従わせた。
「それなのに、こんなことを、良いと思えなんて」
菊は落天が恐ろしいがために従順にしてきたが、それを喜びに感じてはいなかった、というような意味の言葉を彼に告げた。
落天はそれに抗弁できない。
なるほど、菊はただの器具ではない。
人の心の中までは思い通りに行かないものだと納得するような気持ちでいる。呆れているのでも怒っているのでもなく、灯りの影の暗い中で、彼は面白いと思って菊の訴えを聞いていた。菊が器具ではないというのは、当たり前のことなのに新しい発見のようで、背中がざわめくほどの興趣を覚えた。
その菊はあられもない姿で、落天の影の中で泣いている。
「わかった。やめよう」
落ち着いた声で宣言しながら、彼は菊の身体を彼女の小袖で包み、抱え上げた。そのまま褥の中にやさしく横たえ、掛け物でその身体を覆ってやった。
菊の身体が少し冷えている。他意なく、その腕を落天は掌でさすってやったのだが、彼女はまだ恐ろしいのか、びく、と身を震わせた。
「もう、何もせぬ。眠ろう」
落天のその声を聞いて、ようやく菊は緩やかに目蓋を閉じた。
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