日照雨

春想亭 桜木春緒

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 大きな手に為されるままに形を変えてゆく自らの胸元を見止め、逸は首筋をそらして目を背ける。耳にか細い音色が届く。逸はそれが自分の唇から洩れていることに気づいて、手で押さえた。
 やがて膝を崩した逸を翻して懐に引き寄せ、新兵衛は腿の上に彼女の膝を乗せた。頬にかかる髪を避けて、唇を探りあてる。新兵衛は顎を上げて逸に唇を重ねた。
 新兵衛の項に回した手で逸は彼の着物の衣紋を掴んでいる。
 逸の裸身が揺らぎ、撓む。新兵衛の指先が逸の中に滑り込む。どの位置を押さえれば、逸が最も嫋嫋と撓むのか、確認しようとするかのように探った。
 乱れた呼吸とともに小刻みな声を逸が上げている。それを新兵衛は快いものに聞きながら、膝をずらし、裾を割って自らの物を取り出した。
 良いか、と律儀に新兵衛は逸の耳元で訊く。それが十分なことは触れて知っていることだが、逸を驚かせまいと思うのだろう。返事を待たずに、新兵衛はそれを逸に含ませる。
「あっ……」
 其処に分け入る新兵衛を感じ、逸は喉を反らした。逸は新兵衛の上に居る。自重で、彼を身体の奥に招き入れているようで、ひどく気恥かしい。にわかに身体が熱くなった。
 新兵衛は手を逸の項にまわし、もう一方の手でなだらかに撓う腰を押さえて引き寄せた。衝きあげられて逸が切なげな声を放った。いつ果てるとも知れぬ衝動に侵され、逸は身を捩り、背を撓ませて、沸き立つ熱を堪えた。
 鎖骨の上で逸の髪が乱れて揺らいでいた。
 理性的に眉を寄せる逸を、新兵衛は可憐だと思った。瞼の下に涙を滲ませ、高い声を漏らしたことをひどく恥じらう逸が、新兵衛の胸の熱をますます上げていった。

 闇の中で、新兵衛は逸の残滓を惜しみながら身体を拭う。
 彼のその気配を感じながら、逸は先に肌を清め、下着を身にまとう作業をしている。それから着物を拾い、軽く袖畳みにして帯や襦袢と重ねて置く。
 逸の身体を解放しながら、新兵衛はこのままここで泊まっていけ、と言った。
 しかしそれも図々しすぎはしないか、と逸は戸惑っている。
「おいで……」
 新兵衛は声を掛けながら、そんな逸を抱きあげて寝床の上に横たえた。
「旦那さま…」
 困った顔で新兵衛を逸が見上げている。黒目がちの眼差しがあどけない。そういう逸の幼いような表情を見ると、ちくり、と新兵衛は胸が痛む。その歳で嫁に行く者もあるとはいえ、彼の半分の年齢でしかない。罪を為したような気分になる。
 逸の傍らに新兵衛も横臥する。左の腕を逸の首筋の下に差し入れ、枕にさせた。右の手では、事の名残でもつれた逸の髪を、梳く。
「ゆっくり休むといい」
 低く柔らかい声である。
 頷いた途端、逸の目尻から涙がこぼれおちた。
「何を、泣く?」
「お優しいからです」
 答える言葉を探せず、新兵衛はただ逸の髪を撫でつづけた。
「そうでもないさ…」
 その返事がほろ苦い。本当に優しければ、逸のか細い身体を抱くこともしないだろうに、と新兵衛は思った。
 きっとその罪悪感への言い訳に、逸に優しくしようと努めるのだろう。
「こんなお布団に寝るのは初めてです」
 布団など、よほど裕福な者でなければ使えない夜具である。
 柔らかくて宙に浮いているみたい、と逸は明るい声で言った。
 自らを痛めるような表情で思案に沈んだ新兵衛の気をそらすつもりもあったのかもしれない。
 少し不安な光を宿した逸を見て、
「ならば明日の晩も泊まりに来るか?」
 わざと悪戯な顔をして言った。
 言葉を詰まらせて、困惑と含羞に眼差しを揺らがせながら、それでも逸は小さくうなずいていた。
「旦那様がお望みなら……」
 ひたむきな目をして頷いた逸に色香のようなものを濃密に感じて、逆に新兵衛はどきりと胸を鳴らした。
 逸はその後、ぽつりぽつりと、郷里に居た頃の話をした。両親のことや、兄弟姉妹のこと、それから酷薄な代官たちのことなど。
 そして身体を売ろうとしていたこと。
 そこから拾い上げられた上、月々の給金を家族に送ることを得て、どれほど新兵衛に感謝しているかということ。そんなことを小さな声で語っているうちに、いつの間にか逸の唇から寝息がもれていた。
 新兵衛は、ただそっと、逸の薄い背を撫でながら、目を閉じてそれを聞いた。

 夏は終わっている。明け方は少し冷える。
 心地よい温もりの中で逸は目を覚ました。
 傍らに新兵衛が居る。温もりの正体は彼であった。
 人が一番あたたかい。寒い夜に、父や母や、きょうだい達と身を寄せ合って眠ったことを思い出す。
 ふるさとの家には、布団などなかった。むしろの上に皆で横たわり、あるだけの着物を被って、お互いに抱き合って眠ったものだ。懐かしさと、悲しさで、逸は鼻の奥が痛くなった。
 夜明けも遅くなった。
 まだ、日が昇っていない。少し暗い。
 目を覚まし、身じろぎをした逸の気配を感じたのか、新兵衛が目を開けた。彼の眠りを破ってしまったことに、逸は唇を噛んだ。
 申し訳ない、と謝ろうと、逸は新兵衛の顔を見る。
 半ばまどろみの中に在るらしい表情で、新兵衛は逸の頬に触れた。彼は、良いか、と言った。

 戸惑って目を見開いた逸を、身体を翻した新兵衛が下に巻き込む。
 忙しないような動作で、逸の肌着を開く。新兵衛の唇が逸の胸元に居る。膨らみを含んで、軽く歯を立てていた。逸の吐息が途切れる。その下肢に、既に下帯を突き破らんばかりに熱をたたえたそれが、押し付けられていた。
 これから仕事をしなければならないのに。すぐにいねと留吉と顔をあわせるのに。朝餉の支度に行かなければならないのに。逸は困惑した。
 眉を寄せて、咎めるような目をしている逸の唇を、新兵衛は貪った。困惑した表情が、新兵衛にも少し潜む嗜虐心を刺激する。
「おやめ下さいませ…」
 困ります、と逸が言った。それはそうだろう。新兵衛は頭では納得できた。だが、身体はそのままで治まらない。
 いや、と言う逸の腿を撫で上げ、腰巻を捲り上げて指先を秘所に触れた。ぬめりを湛えている。やめて、と逸が身を引いて抗う。
「……だめ……」
 刻が来ているのに、と逸は新兵衛の腕を掴んで拒絶を見せる。
「逸……」
 耳元で新兵衛は囁く。吐息を逸の耳朶に生ぬるく洩らしながら、新兵衛は手を揺り動かした。其処から水面を掻くような粘質の音が鳴る。細い声を発しながら逸が身を捩る。
 聞こえるか、と新兵衛は少し残忍なものを含んで逸に言う。
「お前のからだの音だ」
 動作を荒げ、わざと高らかな音が立つように手を蠢かす。
 嫌、と言って逸は羞恥に顔を手で覆った。耐え難い刺激を身体に与えながら、淫らに責めるような文句を耳に送って寄越す新兵衛を、意地悪だと思った。

 少しも嫌がっていない。そうであろう?と彼は言った。この淫らな音が証拠だと。
 悲しげな表情で頬を真っ赤にした逸を、新兵衛は愛しく見下ろす。指先に力を込めると、逸の眉根が強くしかめられた。首を反らし、時に頤を跳ね上げて、逸は新兵衛の行為に反応を見せる。ひどく可憐で、煽情的だった。
「これ、が、良いか……?」
 高らかな媚声を放って全身に戦慄を走らせた逸に、ここであろうか、と新兵衛は問う。問いながら、そのときに触れたところを反復して触れる。僅かに思案した後、二指を逸の内に沈ませ、甚だしく逸が身を揺らしたときに触れたところを挟みつけて震わせる。
「良いか……?」
「……だめ!」
 逸は胸を喘がせて啜り泣きを始めた。押し殺したような声を洩らしながら身悶える。そこから湧き上がる感覚をどうすれば心身から放てるのか逸には解らない。徒に身体が熱くなって煩悶するばかりだ。
 明るくなりかけている部屋の中で逸は新兵衛にしがみついてその胸の中に子猫のような声を埋める。戦慄が止まない。硬く閉じた瞼の中に雷光のようなものが明滅する。
 甘く喘ぎながら、逸が露わな肌身を方々に傾けて浮動させる。
 新兵衛を煽り立てるように、艶かしく逸が撓む。多量の恥じらいと明らかな愉悦が逸の声と瞼を痙攣させた。
「これは、逸……」
 堪らぬ、と言いながら、新兵衛は逸の膝の間に身体を入れ、逸のために濡れそぼった指で己の物を掴み出し、体内から融解したものを溢れさせている其処にこじ入れた。それは痛むほどに膨れ上がっている。
 逸が短い悲鳴と共にその細い胴をはじけるように反らした。
 惨いほどに感官を引き出された花芯は、新兵衛に愛しげにまとわりついてそれを中へと吸い込んでいく。前後に動けばそれも追従する。逃すまいとするかのようだ。
 快すぎる、と痺れるように新兵衛は感じた。
 小刻みな逸の声が、新兵衛の動作に連なる。
 新兵衛は身体の熱に耐え切れず、寝間着の両肌を脱いだ。裸の胸を、逸の胸に合わせる。逸の肌がしっとりと濡れているのを感じた。
 先ほどまで新兵衛の着物にしがみついていた逸は、寄る辺をなくして彼の背に腕を回して爪を立てた。新兵衛が逸を突き上げるごとに、その爪が彼の背の肌を傷つける。それも甘美な刺激になるようだった。
 猛々しく身体を律動させ、悦楽に悩乱しながら、逸、と新兵衛は何度も何度もその名を呼び続けた。
 焼き切れたような意識の中で、逸はその時の全ての音色を遠くに聞いた。

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