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導きの魔女と少年たち
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最初は微かだった啜り泣きが号泣の合唱となって襲ってきた。
「―――――ぅわぁっ」
驚いた魔女は木から滑るが、なんとか着地した。欠伸をしながらぶらりと泣き声のする方へ向かって歩く。
痩せ細った少年が七人、それぞれへたりこんで声を張り上げて泣いていた。
「あー。あなたたち、なんで揃って泣いてんの?」
投げやりに放った言葉は少年たちに聞こえていたようで、ピタリと泣き止んで魔女を見上げる。
涙で汚れた顔を一つ一つ眺めながら、魔女はため息をついた。
「七人か。こりゃまた大人数でおいでなすったもんだ―――なに、どうしたの?」
少年たちがお互いの顔を不思議そうに見ているので、魔女は首を傾げて尋ねる。
一人がおずおずと言う。
「おれたち………十五人なんだけど」
少年の言葉に辺りを見渡した魔女は畑の中に蠢く影を見つけて、すぅ、と息を吸い―――
「こらぁぁぁっ!!!」
魔女の怒鳴り声に、畑の影たちも魔女の周りに座り込んでいた少年たちもびくぅっと固まる。
魔女がじろりと見やると、少年たちは身をすくめる。
「あなたたち、とっとと仲間を回収してきなさい。ヒトの安眠を泣き声で邪魔した上にヒトが丹精込めて作った畑荒らして野菜泥棒なんぞしてたら………」
畑を指差して目を細めてみせると、少年たちは一斉に畑に飛び込んで行った。
畑から連れ出された少年たちは、揃ってえぐえぐと泣いている。連れ出した方も不安げに仲間と魔女をチラチラと見ている。
好き勝手に畑に入られたことに文句の一つでも言おうかと思っていたが、魔女はどうでもよくなってしまった。
荒らされてるかもしれないけど、こう泣いて謝られちゃうとなぁ。
そもそも畑って、ただの暇潰しだし、それを荒らされたからって文句言うのも大人げないというか………面倒くさいというか。
説教なんてできるほどご立派でもないしねぇ。
ため息をつきながら眺めてみると、少年たちは皆ボロボロの服を着て、その身体は痩せ細って汚れていた。
「あーもぅ………面倒だわ」
ぼそりと呟くと、少年たちは揃って魔女を見上げる。
大きなため息をつくと、魔女は手を振りながら言う。
「あなたたちはもう一度畑に入って、野菜を収穫してきなさい。いい?食べれるやつを、丁寧に収穫するのよ?あなたたちは水汲みを手伝って。はい、起立!」
魔女が手を叩いて促すと、少年たちはわらわらと動き出した。
魔女に促されるまま身体を清めた少年たちは、揃って目を丸くする。
「なに固まってるの。ほら、これ受け取ったら座りなさい。全員座るまでは待つのよ」
魔女はシチューをよそって渡し、またよそって渡す。少年たちが全員座ったのを見て、満足そうに頷いた。
「はい、じゃあ挨拶します。いただきます」
『い、いただきます』
戸惑いながらお互いの様子を見あっていた少年たちだが、魔女が片手で促すと、競うように食べ始めた。
猛然とシチューを掻き込む少年たちに、「他の料理も食べなさい」とか「シチューはお代りあるから、ほしかったらお皿持っておいで」とか声をかけながら鍋をかき回していた。
肉も野菜も綺麗に食い尽くされ、魔女が洗い物から戻っても少年たちはてんでに寝転がって満足げに腹を擦っていた。
「食後のお茶注ぐから、座りなさぁい」
声をかけると、はーい、と返事をしながら敷物に寄ってきた。
「それで、あなたたちはなんの仲間なの?」
魔女の一言に、それまでにこやかだった雰囲気が一気に沈んだ。
「………俺たちは、聖地を取り返そうと旅をしていたんだ」
なんとかそう言ったのは、最初に魔女に話しかけた少年だった。水汲みや食事の様子を見る限り、この子がリーダー格なのかもしれない。
「聖地?」
リーダー格が頷くと、他の少年たちが次々に言う。
「神様が復活された場所なんだよ」
「他の国のやつらにとられたんだ」
「大人たちは何にもしようとしなかったんだ」
「だから俺たちが」
「ちょっと待った、ストップ」
魔女が手を上げて制すると、皆ピタリと口をつぐむ。
「あなたたちだけで旅をしたの?大人なしで」
身体の小さな子が口を尖らせて言う。
「大人たちは仕事ばかりだよ」
「大人はいないけど、元々はもっと多かったんだよ」
「その子たちはどうしたの?」
再び少年たちは沈黙する。
「親が迎えに来たんだよ」
一人が苦々しげに言った。
「言い出しっぺのくせに」
どういうこと?と首を傾げると、少年たちは口々に説明する。
「一人が言い出したんだよ。自分についてくれば、聖地を取り戻せるって」
「お告があったんだって」
「大人たちはマトモに取り合ってくれなかったけど」
「だから、俺たちだけで教皇様に会いに行ったんだ」
ふんふんと頷きながら魔女はお茶を飲む。
「子どもだけでよく教皇サマに会えたね」
リーダー格が肩を竦める。
「その言い出したやつが、金持ちの息子だったんだよ。親が議員だかなんだからしくて」
「らしくてって。友だちじゃないの?」
全員が首を横に振る。
「んで、教皇サマはなんて言ったの」
今度は揃ってむくれてみせる。
「家に帰りなさいって」
ふぅんと魔女は頷いた。
「でも、諦めきれなくて」
「海へ行けば証明できるかと思ったのに」
「証明ってお告の?」
少年たちが頷く。
「お告では、海が割れて聖地まで歩いて行けるっていわれてたんだ」
「でも岸で待っても海は割れなくて」
うん、と魔女は唸る。
「俺たちの信心が足りないのかと思って、皆で祈ったんだ」
こめかみをひくつかせながらも、魔女は何も言わずに聞くことに集中する。
「でも全然海は割れなくて」
「そのうち、親が迎えに来たヤツらは帰っちゃったんだ」
少年たちの声がどんどん勢いを失っていく。
お告通りにならない焦り、仲間と思ってた子への不信感、仲間が次々に減っていく悲しさ、悔しさを思い出しているのかもしれない。
「それで、あなたたちはどうしたの?」
静かに問うと、答えたのはやはりリーダー格の少年だった。
「どうって、祈るしかないよ。他にどうしようもないんだから」
意地もあったかもしれない。
「祈ってもなんにもならなくてお腹も空いてきたときに、声をかけてきたんだ」
おいで。船を出してあげよう。
「聖地まで行けるって皆で乗ってご飯を出してもらって、食べていたら眠くなって………起きたら、知らない所だった」
その瞬間を思い出したのか、皆一様に項垂れている。
「聖地に行きたいって言ったら、殴られて。船代を払え、払えないなら働けって」
「お腹空いたって言っても怪我したって言っても殴られる」
「眠ったら鞭で打たれる」
次第に泣き声が混じり、すぐに大音量で泣き出した。
「もぅいやだよ!がぇりだぃよ!」
「だずげでよぉぉ!」
「おどぉさぁぁん!おがぁざぁぁん!」
口々に言葉にならない叫びをあげて泣き叫んでいる。
泣き声に呼応するように泉も波立つ。
魔女はため息をついてその場を離れた。
中でも年上の少年たちが落ち着いてきた頃、魔女はふらりと現れて「あなたね」とリーダー格の少年を呼んだ。
「泣き止んだ順に顔洗わせて。で、あなたたちは一緒に来てちょうだい」
最後の一人が顔を洗い終わったとき、わぁぁっと歓声があがる。
四人がかりで運ぶ大皿には焼き菓子が山ほど乗っていた。運ぶ四人は重そうにしながらも表情は誇らしげだ。
他の少年たちも魔女の元に駆け寄って皿や茶器を運ぶ。
茶を淹れて食べなさいと勧めるや、少年たちは一斉に菓子に飛びつく。
魔女はその様子をじっと見ていた。
満足感で次々に目を擦ったり欠伸をする者が出てきた。
次々にその場で寝転がる少年の一人を魔女は毛布で包んで頭を撫でる。
「一生懸命だったのは良いんだけどね」
隣の少年も同じように毛布で包んで頭を撫でる。
「親の言うことをもうちょっと聞かないとね」
さらに隣の少年も。
「聖地が大事だって、解っていても」
さらにまた隣の少年を。
「その前にやらなくちゃいけないこともあるからね」
頭を撫でながら静かに声をかける。
「聖地を取り戻すなんて、格好いいけど」
眠っていても構わず語りかける。
「それは、あなたたちがやるべきことだったのかな?」
「本当に大人たちはマトモに取り合わなかったかな?」
「その人たちの言うことを、あなたたちはきちんと聞いていたかな?」
答えるのは満足そうな寝息ばかり。
泉の表面が音をたてて揺れている。
「本当はあなたたちも咎人として裁かれるんだけどね」
少し眉を寄せて一瞬空を睨んでからまた頭を撫でる。
「あなたたちもある意味被害者だから、今回はオマケだよ」
また頭を撫でてから、空に向かって宣言する。
「輪廻の輪に導いてあげる」
目を閉じて長い息をついてから、また穏やかな笑みを浮かべる。
「次は、ちゃんとお父さんとお母さんの言うことを聞いてね」
「勝手に家出しちゃ駄目だよ」
今回みたいなことはなかなか起こることではないけど、次は違えないでほしい。
「もう少しの辛抱だよ」
今はもう間に合わないけど。
「今を踏ん張れば、またお父さんとお母さんに会える」
この毛布が守りになってくれればと思う。
「だから、あと少し、頑張って」
そして、皿に残った焼き菓子を泉に落とす。
「かなり先になるかもしれないけど、お子さんにはまた会えます。今の嘆きが次には喜びに変わるよう」
その声は届かないだろうが、菓子が溶けて散るにつれ波は次第に収まっていった。
その姿を認めて、魔女は無言で立ち上がると茶を淹れる。
座り直したあとも、二人で湯気がたつカップを見据えて黙りこんでいた。
先に沈黙を破ったのは、大男だった。
「今回は、重かったな」
ポツリと言う。
魔女は泉を見やる。
水面はすっかり薙いでいた。
「一人の子どもがお告を受けたって言ってた」
それを受けて大男は面白くなさそうに片眉を上げた。
「それは、まぁ………天使だったモノだろうな」
顔を上げた魔女を片手で制す。
「前のとは違う。何の力もないガキに囁いて唆した―――ガキは、それを言い広めてそれにつられるガキがわらわらいた―――それだけだ」
「それだけ」
繰り返して魔女は俯く。
ヒトの子が勝手にやったこととその報い。
それが神の見解だというのか。
確かに一つの地を己の神のために取り合うなんて、阿呆らしいとは思った。
でも、人間に信心を求めたのは神ではなかったのか。
手足代わりになると調子にのって天使を造ったのは、神ではなかったのか。
自分もその一人なのに、あの少年たちを自業自得で片付けられるのか―――
ふいに大男がわざらしいため息をついた。
「ヒトに迷惑かけといて、神サマなんてよく名乗ってられるよな?」
挑発するように言うその視線を追うと、変わらず光の打ち合いが続いている。
魔女はそれを睨み付けた。
「お告のガキはどうしたって?」
光を睨みながら大男が問う。
「親が連れて帰ったって」
そうか、と大男は冷めた茶を一気に呷ると音をたててカップを置いた。
「何か、する気?」
見上げる魔女に、大男はニヤッと笑ってみせた。
「ガキが元気で親元にいるんなら、囁いたヤツの気配を辿るくらいできるだろう。製造元まで辿ってお前の不法投棄でヒトの子が不遇の死を遂げることになったと訴えてやる」
「そんなことして、大丈夫なの?」
眉を寄せた魔女を、腰を屈めて大男はニヤリと覗きこんだ。
「なんだ魔女サマ、心配してくれるのか?」
「はっ!?なっ?」
言葉に詰まる魔女に構わず、大男は厳しい表情で空を睨む。
「言い分はどうあれ、神に非はないとは言えねぇよ。あの無駄な暇潰しを止めさせるのに役立つかもしれん」
そうかもしれないけど。
それをしてあんたは大丈夫なの?
思うがまたからかわれても困る魔女は黙るしかない。
大男は不敵に笑った。
「魔女サマが頑張ってくれたんだ。俺も一仕事するさ」
そう、と頷く。
「帰ってきたら、また肉焼いてくれや」
「さっきので全部出しちゃったから、自分で持ってきてよ」
おう、と嬉しそうに答えて大男は手を大きく振って帰っていく。
その後ろ姿を見送って、魔女は一つ息を吐くと冷えた茶をゆっくり飲んだ。
「―――――ぅわぁっ」
驚いた魔女は木から滑るが、なんとか着地した。欠伸をしながらぶらりと泣き声のする方へ向かって歩く。
痩せ細った少年が七人、それぞれへたりこんで声を張り上げて泣いていた。
「あー。あなたたち、なんで揃って泣いてんの?」
投げやりに放った言葉は少年たちに聞こえていたようで、ピタリと泣き止んで魔女を見上げる。
涙で汚れた顔を一つ一つ眺めながら、魔女はため息をついた。
「七人か。こりゃまた大人数でおいでなすったもんだ―――なに、どうしたの?」
少年たちがお互いの顔を不思議そうに見ているので、魔女は首を傾げて尋ねる。
一人がおずおずと言う。
「おれたち………十五人なんだけど」
少年の言葉に辺りを見渡した魔女は畑の中に蠢く影を見つけて、すぅ、と息を吸い―――
「こらぁぁぁっ!!!」
魔女の怒鳴り声に、畑の影たちも魔女の周りに座り込んでいた少年たちもびくぅっと固まる。
魔女がじろりと見やると、少年たちは身をすくめる。
「あなたたち、とっとと仲間を回収してきなさい。ヒトの安眠を泣き声で邪魔した上にヒトが丹精込めて作った畑荒らして野菜泥棒なんぞしてたら………」
畑を指差して目を細めてみせると、少年たちは一斉に畑に飛び込んで行った。
畑から連れ出された少年たちは、揃ってえぐえぐと泣いている。連れ出した方も不安げに仲間と魔女をチラチラと見ている。
好き勝手に畑に入られたことに文句の一つでも言おうかと思っていたが、魔女はどうでもよくなってしまった。
荒らされてるかもしれないけど、こう泣いて謝られちゃうとなぁ。
そもそも畑って、ただの暇潰しだし、それを荒らされたからって文句言うのも大人げないというか………面倒くさいというか。
説教なんてできるほどご立派でもないしねぇ。
ため息をつきながら眺めてみると、少年たちは皆ボロボロの服を着て、その身体は痩せ細って汚れていた。
「あーもぅ………面倒だわ」
ぼそりと呟くと、少年たちは揃って魔女を見上げる。
大きなため息をつくと、魔女は手を振りながら言う。
「あなたたちはもう一度畑に入って、野菜を収穫してきなさい。いい?食べれるやつを、丁寧に収穫するのよ?あなたたちは水汲みを手伝って。はい、起立!」
魔女が手を叩いて促すと、少年たちはわらわらと動き出した。
魔女に促されるまま身体を清めた少年たちは、揃って目を丸くする。
「なに固まってるの。ほら、これ受け取ったら座りなさい。全員座るまでは待つのよ」
魔女はシチューをよそって渡し、またよそって渡す。少年たちが全員座ったのを見て、満足そうに頷いた。
「はい、じゃあ挨拶します。いただきます」
『い、いただきます』
戸惑いながらお互いの様子を見あっていた少年たちだが、魔女が片手で促すと、競うように食べ始めた。
猛然とシチューを掻き込む少年たちに、「他の料理も食べなさい」とか「シチューはお代りあるから、ほしかったらお皿持っておいで」とか声をかけながら鍋をかき回していた。
肉も野菜も綺麗に食い尽くされ、魔女が洗い物から戻っても少年たちはてんでに寝転がって満足げに腹を擦っていた。
「食後のお茶注ぐから、座りなさぁい」
声をかけると、はーい、と返事をしながら敷物に寄ってきた。
「それで、あなたたちはなんの仲間なの?」
魔女の一言に、それまでにこやかだった雰囲気が一気に沈んだ。
「………俺たちは、聖地を取り返そうと旅をしていたんだ」
なんとかそう言ったのは、最初に魔女に話しかけた少年だった。水汲みや食事の様子を見る限り、この子がリーダー格なのかもしれない。
「聖地?」
リーダー格が頷くと、他の少年たちが次々に言う。
「神様が復活された場所なんだよ」
「他の国のやつらにとられたんだ」
「大人たちは何にもしようとしなかったんだ」
「だから俺たちが」
「ちょっと待った、ストップ」
魔女が手を上げて制すると、皆ピタリと口をつぐむ。
「あなたたちだけで旅をしたの?大人なしで」
身体の小さな子が口を尖らせて言う。
「大人たちは仕事ばかりだよ」
「大人はいないけど、元々はもっと多かったんだよ」
「その子たちはどうしたの?」
再び少年たちは沈黙する。
「親が迎えに来たんだよ」
一人が苦々しげに言った。
「言い出しっぺのくせに」
どういうこと?と首を傾げると、少年たちは口々に説明する。
「一人が言い出したんだよ。自分についてくれば、聖地を取り戻せるって」
「お告があったんだって」
「大人たちはマトモに取り合ってくれなかったけど」
「だから、俺たちだけで教皇様に会いに行ったんだ」
ふんふんと頷きながら魔女はお茶を飲む。
「子どもだけでよく教皇サマに会えたね」
リーダー格が肩を竦める。
「その言い出したやつが、金持ちの息子だったんだよ。親が議員だかなんだからしくて」
「らしくてって。友だちじゃないの?」
全員が首を横に振る。
「んで、教皇サマはなんて言ったの」
今度は揃ってむくれてみせる。
「家に帰りなさいって」
ふぅんと魔女は頷いた。
「でも、諦めきれなくて」
「海へ行けば証明できるかと思ったのに」
「証明ってお告の?」
少年たちが頷く。
「お告では、海が割れて聖地まで歩いて行けるっていわれてたんだ」
「でも岸で待っても海は割れなくて」
うん、と魔女は唸る。
「俺たちの信心が足りないのかと思って、皆で祈ったんだ」
こめかみをひくつかせながらも、魔女は何も言わずに聞くことに集中する。
「でも全然海は割れなくて」
「そのうち、親が迎えに来たヤツらは帰っちゃったんだ」
少年たちの声がどんどん勢いを失っていく。
お告通りにならない焦り、仲間と思ってた子への不信感、仲間が次々に減っていく悲しさ、悔しさを思い出しているのかもしれない。
「それで、あなたたちはどうしたの?」
静かに問うと、答えたのはやはりリーダー格の少年だった。
「どうって、祈るしかないよ。他にどうしようもないんだから」
意地もあったかもしれない。
「祈ってもなんにもならなくてお腹も空いてきたときに、声をかけてきたんだ」
おいで。船を出してあげよう。
「聖地まで行けるって皆で乗ってご飯を出してもらって、食べていたら眠くなって………起きたら、知らない所だった」
その瞬間を思い出したのか、皆一様に項垂れている。
「聖地に行きたいって言ったら、殴られて。船代を払え、払えないなら働けって」
「お腹空いたって言っても怪我したって言っても殴られる」
「眠ったら鞭で打たれる」
次第に泣き声が混じり、すぐに大音量で泣き出した。
「もぅいやだよ!がぇりだぃよ!」
「だずげでよぉぉ!」
「おどぉさぁぁん!おがぁざぁぁん!」
口々に言葉にならない叫びをあげて泣き叫んでいる。
泣き声に呼応するように泉も波立つ。
魔女はため息をついてその場を離れた。
中でも年上の少年たちが落ち着いてきた頃、魔女はふらりと現れて「あなたね」とリーダー格の少年を呼んだ。
「泣き止んだ順に顔洗わせて。で、あなたたちは一緒に来てちょうだい」
最後の一人が顔を洗い終わったとき、わぁぁっと歓声があがる。
四人がかりで運ぶ大皿には焼き菓子が山ほど乗っていた。運ぶ四人は重そうにしながらも表情は誇らしげだ。
他の少年たちも魔女の元に駆け寄って皿や茶器を運ぶ。
茶を淹れて食べなさいと勧めるや、少年たちは一斉に菓子に飛びつく。
魔女はその様子をじっと見ていた。
満足感で次々に目を擦ったり欠伸をする者が出てきた。
次々にその場で寝転がる少年の一人を魔女は毛布で包んで頭を撫でる。
「一生懸命だったのは良いんだけどね」
隣の少年も同じように毛布で包んで頭を撫でる。
「親の言うことをもうちょっと聞かないとね」
さらに隣の少年も。
「聖地が大事だって、解っていても」
さらにまた隣の少年を。
「その前にやらなくちゃいけないこともあるからね」
頭を撫でながら静かに声をかける。
「聖地を取り戻すなんて、格好いいけど」
眠っていても構わず語りかける。
「それは、あなたたちがやるべきことだったのかな?」
「本当に大人たちはマトモに取り合わなかったかな?」
「その人たちの言うことを、あなたたちはきちんと聞いていたかな?」
答えるのは満足そうな寝息ばかり。
泉の表面が音をたてて揺れている。
「本当はあなたたちも咎人として裁かれるんだけどね」
少し眉を寄せて一瞬空を睨んでからまた頭を撫でる。
「あなたたちもある意味被害者だから、今回はオマケだよ」
また頭を撫でてから、空に向かって宣言する。
「輪廻の輪に導いてあげる」
目を閉じて長い息をついてから、また穏やかな笑みを浮かべる。
「次は、ちゃんとお父さんとお母さんの言うことを聞いてね」
「勝手に家出しちゃ駄目だよ」
今回みたいなことはなかなか起こることではないけど、次は違えないでほしい。
「もう少しの辛抱だよ」
今はもう間に合わないけど。
「今を踏ん張れば、またお父さんとお母さんに会える」
この毛布が守りになってくれればと思う。
「だから、あと少し、頑張って」
そして、皿に残った焼き菓子を泉に落とす。
「かなり先になるかもしれないけど、お子さんにはまた会えます。今の嘆きが次には喜びに変わるよう」
その声は届かないだろうが、菓子が溶けて散るにつれ波は次第に収まっていった。
その姿を認めて、魔女は無言で立ち上がると茶を淹れる。
座り直したあとも、二人で湯気がたつカップを見据えて黙りこんでいた。
先に沈黙を破ったのは、大男だった。
「今回は、重かったな」
ポツリと言う。
魔女は泉を見やる。
水面はすっかり薙いでいた。
「一人の子どもがお告を受けたって言ってた」
それを受けて大男は面白くなさそうに片眉を上げた。
「それは、まぁ………天使だったモノだろうな」
顔を上げた魔女を片手で制す。
「前のとは違う。何の力もないガキに囁いて唆した―――ガキは、それを言い広めてそれにつられるガキがわらわらいた―――それだけだ」
「それだけ」
繰り返して魔女は俯く。
ヒトの子が勝手にやったこととその報い。
それが神の見解だというのか。
確かに一つの地を己の神のために取り合うなんて、阿呆らしいとは思った。
でも、人間に信心を求めたのは神ではなかったのか。
手足代わりになると調子にのって天使を造ったのは、神ではなかったのか。
自分もその一人なのに、あの少年たちを自業自得で片付けられるのか―――
ふいに大男がわざらしいため息をついた。
「ヒトに迷惑かけといて、神サマなんてよく名乗ってられるよな?」
挑発するように言うその視線を追うと、変わらず光の打ち合いが続いている。
魔女はそれを睨み付けた。
「お告のガキはどうしたって?」
光を睨みながら大男が問う。
「親が連れて帰ったって」
そうか、と大男は冷めた茶を一気に呷ると音をたててカップを置いた。
「何か、する気?」
見上げる魔女に、大男はニヤッと笑ってみせた。
「ガキが元気で親元にいるんなら、囁いたヤツの気配を辿るくらいできるだろう。製造元まで辿ってお前の不法投棄でヒトの子が不遇の死を遂げることになったと訴えてやる」
「そんなことして、大丈夫なの?」
眉を寄せた魔女を、腰を屈めて大男はニヤリと覗きこんだ。
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「はっ!?なっ?」
言葉に詰まる魔女に構わず、大男は厳しい表情で空を睨む。
「言い分はどうあれ、神に非はないとは言えねぇよ。あの無駄な暇潰しを止めさせるのに役立つかもしれん」
そうかもしれないけど。
それをしてあんたは大丈夫なの?
思うがまたからかわれても困る魔女は黙るしかない。
大男は不敵に笑った。
「魔女サマが頑張ってくれたんだ。俺も一仕事するさ」
そう、と頷く。
「帰ってきたら、また肉焼いてくれや」
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おう、と嬉しそうに答えて大男は手を大きく振って帰っていく。
その後ろ姿を見送って、魔女は一つ息を吐くと冷えた茶をゆっくり飲んだ。
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